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第二幕〜マティアス〜
68 17歳 父の興味
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「マティアス、世話をかけたな」
執務室で、書面をめくる父は、まるで元の父のようだった。
その目の焦点さえ合っていれば。
そして、言葉とは不似合いに、皺だらけのシャツと無精髭、櫛も通していない髪からは、垢じみた匂いがした。
「まだ、体調が悪いのではありませんか?ご無理なさらず・・・」
私が気遣うと、父は突然激昂した。
「お前まで、私を病人扱いするのか!!!」
部屋の隅では、ベネディクトが唇を噛み、頭を下げていた。
どうやらこのやり取りはすでに行われたらしい。
静まり返った部屋の中で、父の荒い息の音だけが響いた。
「まさか。偉大なる父上にそんなこと、思うことすらあり得ません」
私が表情を変えずに言い返すと、父はイライラしたように書類をめくった。
「これも・・・これも・・・どれもダメだ!まともなものは一つもない。ベネディクト、領地から上がってきた税の報告はどこに行ったのだ。隣国を調査させた報告書は・・・領地境界線の付近で牛が盗まれていた件についての調査書はまだか!」
税の報告書は先月上がってきたものに不手際があり、戻したものだった。
隣国を調査させた報告書は、2年前。その後、国レベルでの合意に至り、現在は小康状態が続いている。無用な刺激をしないように、調査は中止しているところだ。
領地の境界線付近における牛の窃盗事件は、大規模な窃盗団の首領を絞首刑にしてから1年経っていた。
私とベネディクトは目を見合わせた。
今、父の要求した書類や事件はすでに過去のものであり、全て父が中心となって解決した問題だったからだ。
「大変申し訳ありません。ご準備いたしますので、少々お待ちください」
ベネディクトは一礼して執務室を出た。おそらく、過去の書類を持ってくるつもりだろう。
「父上、不手際があり、申し訳ございません」
父は焦ったように書面をめくり、乱暴にサインを書き入れている。
まさか正本ではないよな・・・?用意周到なベネディクトならさりげなく書面の差し替えぐらいやりそうなものだが、ここまで父が壊れているとは・・・
父がふと顔を上げた。
「アディ」
思い出したようにその名を呟くと、窓の外を眺めた。
そこには、庭師に花を見せられているリュカがいた。
おそらく、療養のため、庭を案内してやっているところだろう。
リュカは未だ目が覚めたり、起きたりを繰り返し、ぼんやりと、まるで夢の中の住人のような状態のため、意識がはっきりしている日には、少しでもと歩かせる治療を行なっていた。
(まさか)
「父上、ご冗談を。あれは弟のリュカですよ?」
父は苛立ったように私を見た。
「知っておる」
そしてまた窓の外に目を移すと、その視線は食い入るように一点を見つめ、動かなくなった。
慌てて書面をもって部屋に入ってきたベネディクトが、その様子を見て、首を振る。
「父上、そろそろお休みになられては?お茶をご用意いたしましょう」
「いらん」
父はそのままリュカをじっと見つめ続けた。食い入るように、時折まるで愛しいものでも見るように陶然として。
(このままではまずい)
どこかで警報が鳴り始めた。
リュカは兄弟の中でも一番アディに似ている。
黒髪に若草色の瞳。
父の興味がリュカに向いても不思議はない。
(何が何でも阻止しなければ)
父とリュカを争う気はさらさらない。
リュカは私のものだ。リュカの視線の一瞥すら与えてなるものか。
しかも、気にかけていなかったとはいえ、実の息子だ。
恥を知れ。
私の中で暗い怒りが炎のように舞い上がった。
「ベネディクト、絶対にリュカを一人にしないように。父の目に触れないように注意しろ」
「承りましてございます」
即座に返ってきたベネディクトの声から、彼も父がリュカに興味を持つことを恐れていたことがわかった。
しかし、危機はすぐ訪れた。
その日、明るい日差しの中でリュカは眠っていた。
父がリュカの部屋に入る姿を見たメイドが私のところまで走って知らせに来た。
慌ててリュカの部屋に入ると、父の黒い影がリュカに覆いかぶさり、唇を貪っていた。
さらにその手はリュカの体をまさぐり、もどかしげに服の合わせ目を外そうとしていた。
沸騰するような激しい怒りが、私の中を駆け抜けた。
「何をしているんですか!」
父を怒鳴りつけると、父は見られてはいけない場面を見られたと理解しているのか、下手に出てごまかそうとした。
そうはいかない。
「アディが死んだからって急にリュカに近づくのはおやめください」
これまでどれほど、リュカが辛い思いをしたと思っているだ。
実の父でありながら、閣下と呼ばせ、体罰を容認し、目を合わせたこともなければ、優しい言葉の一つもかけたことがない。
しかも、アディの代わり?ふざけるな。リュカは唯一の存在だ。
「いいですか、父上。これはあなたの子で愛人ではありません」
図星をつかれた父がひるんだ。
「今すぐこの部屋から出て行ってください」力づくでも、出て行ってもらいますよ。なんなら殺してでも。私の目に宿った凶暴な光に、父は感づいたらしい。
「マティアス、お前、まさか」
見開いた瞳に、衝撃が浮かんでいた。
だからなんだ。義務は果たす。それ以上の要求をされる覚えはない。
そもそも、あなたにそんな資格があるとでも?
「何をくらだないことをおっしゃっているのですか」
ばかばかしい。
どちらが理にかなっているかなんて、考えるまでもない。
執務室で、書面をめくる父は、まるで元の父のようだった。
その目の焦点さえ合っていれば。
そして、言葉とは不似合いに、皺だらけのシャツと無精髭、櫛も通していない髪からは、垢じみた匂いがした。
「まだ、体調が悪いのではありませんか?ご無理なさらず・・・」
私が気遣うと、父は突然激昂した。
「お前まで、私を病人扱いするのか!!!」
部屋の隅では、ベネディクトが唇を噛み、頭を下げていた。
どうやらこのやり取りはすでに行われたらしい。
静まり返った部屋の中で、父の荒い息の音だけが響いた。
「まさか。偉大なる父上にそんなこと、思うことすらあり得ません」
私が表情を変えずに言い返すと、父はイライラしたように書類をめくった。
「これも・・・これも・・・どれもダメだ!まともなものは一つもない。ベネディクト、領地から上がってきた税の報告はどこに行ったのだ。隣国を調査させた報告書は・・・領地境界線の付近で牛が盗まれていた件についての調査書はまだか!」
税の報告書は先月上がってきたものに不手際があり、戻したものだった。
隣国を調査させた報告書は、2年前。その後、国レベルでの合意に至り、現在は小康状態が続いている。無用な刺激をしないように、調査は中止しているところだ。
領地の境界線付近における牛の窃盗事件は、大規模な窃盗団の首領を絞首刑にしてから1年経っていた。
私とベネディクトは目を見合わせた。
今、父の要求した書類や事件はすでに過去のものであり、全て父が中心となって解決した問題だったからだ。
「大変申し訳ありません。ご準備いたしますので、少々お待ちください」
ベネディクトは一礼して執務室を出た。おそらく、過去の書類を持ってくるつもりだろう。
「父上、不手際があり、申し訳ございません」
父は焦ったように書面をめくり、乱暴にサインを書き入れている。
まさか正本ではないよな・・・?用意周到なベネディクトならさりげなく書面の差し替えぐらいやりそうなものだが、ここまで父が壊れているとは・・・
父がふと顔を上げた。
「アディ」
思い出したようにその名を呟くと、窓の外を眺めた。
そこには、庭師に花を見せられているリュカがいた。
おそらく、療養のため、庭を案内してやっているところだろう。
リュカは未だ目が覚めたり、起きたりを繰り返し、ぼんやりと、まるで夢の中の住人のような状態のため、意識がはっきりしている日には、少しでもと歩かせる治療を行なっていた。
(まさか)
「父上、ご冗談を。あれは弟のリュカですよ?」
父は苛立ったように私を見た。
「知っておる」
そしてまた窓の外に目を移すと、その視線は食い入るように一点を見つめ、動かなくなった。
慌てて書面をもって部屋に入ってきたベネディクトが、その様子を見て、首を振る。
「父上、そろそろお休みになられては?お茶をご用意いたしましょう」
「いらん」
父はそのままリュカをじっと見つめ続けた。食い入るように、時折まるで愛しいものでも見るように陶然として。
(このままではまずい)
どこかで警報が鳴り始めた。
リュカは兄弟の中でも一番アディに似ている。
黒髪に若草色の瞳。
父の興味がリュカに向いても不思議はない。
(何が何でも阻止しなければ)
父とリュカを争う気はさらさらない。
リュカは私のものだ。リュカの視線の一瞥すら与えてなるものか。
しかも、気にかけていなかったとはいえ、実の息子だ。
恥を知れ。
私の中で暗い怒りが炎のように舞い上がった。
「ベネディクト、絶対にリュカを一人にしないように。父の目に触れないように注意しろ」
「承りましてございます」
即座に返ってきたベネディクトの声から、彼も父がリュカに興味を持つことを恐れていたことがわかった。
しかし、危機はすぐ訪れた。
その日、明るい日差しの中でリュカは眠っていた。
父がリュカの部屋に入る姿を見たメイドが私のところまで走って知らせに来た。
慌ててリュカの部屋に入ると、父の黒い影がリュカに覆いかぶさり、唇を貪っていた。
さらにその手はリュカの体をまさぐり、もどかしげに服の合わせ目を外そうとしていた。
沸騰するような激しい怒りが、私の中を駆け抜けた。
「何をしているんですか!」
父を怒鳴りつけると、父は見られてはいけない場面を見られたと理解しているのか、下手に出てごまかそうとした。
そうはいかない。
「アディが死んだからって急にリュカに近づくのはおやめください」
これまでどれほど、リュカが辛い思いをしたと思っているだ。
実の父でありながら、閣下と呼ばせ、体罰を容認し、目を合わせたこともなければ、優しい言葉の一つもかけたことがない。
しかも、アディの代わり?ふざけるな。リュカは唯一の存在だ。
「いいですか、父上。これはあなたの子で愛人ではありません」
図星をつかれた父がひるんだ。
「今すぐこの部屋から出て行ってください」力づくでも、出て行ってもらいますよ。なんなら殺してでも。私の目に宿った凶暴な光に、父は感づいたらしい。
「マティアス、お前、まさか」
見開いた瞳に、衝撃が浮かんでいた。
だからなんだ。義務は果たす。それ以上の要求をされる覚えはない。
そもそも、あなたにそんな資格があるとでも?
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