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第一幕〜リュカ〜
43 12歳 兄と婚約者
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目を覚ますとひとりだった。
乱れていたはずの服はきちんと首までボタンが留められている。
服のまま寝ていたので、シャツもズボンもしわくちゃだったけど、まあ仕方ない。
俺はベッドから降りてシャツをズボンにたくしこんだ。
ズボンについたしわを伸ばそうと引っ張ってみたけど、まっすぐにするのは難しそうだ。
ちょっと考えて気にしないことにした。
窓から差し込む光も、いつもとは輝きが違う。
プリズムのように光が反射して、どこもかしこもキラキラと揺らめいていた。
うれしい。
さっきまでの兄との逢瀬を思い出し、胸の中では小さなウサギが跳ねまわりながら踊っている。
ずっと兄に避けられてきた。
目も合わせてもらえなかったり、すれ違う時に体が触れないように避けられたこともあった。
胸の中に石が詰まったような日々。
もう終わったんだ。
これからはまた兄に可愛がってもらえるに違いない。
前みたいに一緒に遊んだり、おやつを食べたり、キスしたりできるんだ。
ついこの間、「大きくなるまでは禁止」と言われたけど、気の迷いだったのかもしれないし。
もう、恐ろしい奥様はここにはいない。
ダメだと思っても、口角が上がるのを止められなかった。
兄の顔が見たい。
(会いに行っても、いいよね?)
俺は鏡に向かって髪をなでつけると、書斎を出た。
「兄上はどちらに?」
美しい花柄が描かれた繊細なティーセットを運ぶメイドに声をかける。このティーセットは大事なお客様にしか使わないはずだけど、どなたがみえているのかな?
「中庭でお客様のお相手をしていらっしゃいますよ」
鼻にそばかすの散った若いメイドがにこやかに答えた。
そういえば、メイドたちも最近は伸び伸びしているような気がするなあ。きっと奥様が恐ろしかったんだろう。
俺は密かに共感しながら、礼を言って中庭に向かった。
今日は随分暑い日だ。
日差しが強い。
身体中にじっとりと汗がにじんでくる。
来客が来ていたら話はできないかもしれないが、運が良ければ、客との挨拶にかこつけて兄と言葉を交わせるかもしれない。
中庭に近づいていくと、お仕着せを着た3人のメイドたちの姿が見えた。その奥の木陰には、白いクロスのかかったテーブルとピンク色の花をあしらったティーセットが見える。
兄が誰を相手にしているのかはちょうど影になって見えない。
植え込みの陰から少しだけ乗り出して見てみると、高い笑い声が上がった。
イネスだ。
さっきまでの浮き足立った気持ちを足で踏みにじられたような気持ちになる。
胸の奥底から湧き上がってくるどす黒い気持ちを抑えらえれない。
喉の奥の大きな塊を無理に抑え込むと涙が滲んだ。
兄も笑っていた。
兄がイネスの髪に手を伸ばし、愛しげに撫でると、兄の陰になっていたイネスの顔が見えた。
頬を染め、眩しそうに兄を見ている。
イネスが何かを言うと、兄はイネスに向かい体を寄せ・・・口付けた。
耳の奥でガンガンと大きな音が鳴っている。
足元が揺れだした。
頭がぐるぐると回り何も考えられない。
ウソだ。
そんなはずない。
だって、さっき、にいちゃんはあんなに・・・
でも、にいちゃんには触らせてもらえなかった。いつも、いつだって。
もしかして、哀れな俺を可哀想だと思って合わせてくれていただけ?
俺が寂しがって兄に触って欲しがったから、付き合ってくれていただけ?
イネスの白い腕が兄の首に回った。
兄がイネスに何かを言う。
イネスがクスクスと笑い兄に体を寄せる。
兄も笑う。
イネスの手が兄の髪の中に差し込まれ、兄の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
兄は抗議の声を上げながらイネスの手首を掴んだ。
イネスが軽く悲鳴をあげると、兄は慌てて手を離す。
親密な恋人同士のじゃれあいに、メイドたちも和やかに微笑んでいる。
そして、二人はお茶に口をつけ、二言三言交わすと見つめあい・・・そしてまた口付けた。
ぐらぐらする。
頬を撫でる風に涙がこぼれていることに気がついた。
(にいちゃん、なぜ?)
最初に浮かんだ言葉は泡のように消えていった。
そんな疑問を持つ資格なんてない。
切り裂かれた胸の痛みとともに、目の前が真っ赤に染まった。
「愛人の子」
「わきまえろ」
「公爵様の恥」
「娼婦の息子」
かつて投げられた言葉が眠っていた地雷のように次々と弾け、俺を切り刻む。
痛い。
苦しい。
心が壊れる。
母の死に顔が目に浮かぶ。
もうどこにも帰れない。
ここには居たくない。
でも、いく場所もない。
ただのこども。
ここを出てどうやって暮らしていったらいいのかもわからない。
でも、俺の居場所は、どこにも、ない。
「ああああああ」
小さくうめき声をあげて膝を抱えた。
なんて無価値な俺。
このまま消えて無くなってしまえたらいいのに。
弟妹ですらも俺の力を必要としていない。
この世に俺を必要としてくれる人など、どこにもいない。
ああ、早く。
この世界から、俺を消してくれ。
乱れていたはずの服はきちんと首までボタンが留められている。
服のまま寝ていたので、シャツもズボンもしわくちゃだったけど、まあ仕方ない。
俺はベッドから降りてシャツをズボンにたくしこんだ。
ズボンについたしわを伸ばそうと引っ張ってみたけど、まっすぐにするのは難しそうだ。
ちょっと考えて気にしないことにした。
窓から差し込む光も、いつもとは輝きが違う。
プリズムのように光が反射して、どこもかしこもキラキラと揺らめいていた。
うれしい。
さっきまでの兄との逢瀬を思い出し、胸の中では小さなウサギが跳ねまわりながら踊っている。
ずっと兄に避けられてきた。
目も合わせてもらえなかったり、すれ違う時に体が触れないように避けられたこともあった。
胸の中に石が詰まったような日々。
もう終わったんだ。
これからはまた兄に可愛がってもらえるに違いない。
前みたいに一緒に遊んだり、おやつを食べたり、キスしたりできるんだ。
ついこの間、「大きくなるまでは禁止」と言われたけど、気の迷いだったのかもしれないし。
もう、恐ろしい奥様はここにはいない。
ダメだと思っても、口角が上がるのを止められなかった。
兄の顔が見たい。
(会いに行っても、いいよね?)
俺は鏡に向かって髪をなでつけると、書斎を出た。
「兄上はどちらに?」
美しい花柄が描かれた繊細なティーセットを運ぶメイドに声をかける。このティーセットは大事なお客様にしか使わないはずだけど、どなたがみえているのかな?
「中庭でお客様のお相手をしていらっしゃいますよ」
鼻にそばかすの散った若いメイドがにこやかに答えた。
そういえば、メイドたちも最近は伸び伸びしているような気がするなあ。きっと奥様が恐ろしかったんだろう。
俺は密かに共感しながら、礼を言って中庭に向かった。
今日は随分暑い日だ。
日差しが強い。
身体中にじっとりと汗がにじんでくる。
来客が来ていたら話はできないかもしれないが、運が良ければ、客との挨拶にかこつけて兄と言葉を交わせるかもしれない。
中庭に近づいていくと、お仕着せを着た3人のメイドたちの姿が見えた。その奥の木陰には、白いクロスのかかったテーブルとピンク色の花をあしらったティーセットが見える。
兄が誰を相手にしているのかはちょうど影になって見えない。
植え込みの陰から少しだけ乗り出して見てみると、高い笑い声が上がった。
イネスだ。
さっきまでの浮き足立った気持ちを足で踏みにじられたような気持ちになる。
胸の奥底から湧き上がってくるどす黒い気持ちを抑えらえれない。
喉の奥の大きな塊を無理に抑え込むと涙が滲んだ。
兄も笑っていた。
兄がイネスの髪に手を伸ばし、愛しげに撫でると、兄の陰になっていたイネスの顔が見えた。
頬を染め、眩しそうに兄を見ている。
イネスが何かを言うと、兄はイネスに向かい体を寄せ・・・口付けた。
耳の奥でガンガンと大きな音が鳴っている。
足元が揺れだした。
頭がぐるぐると回り何も考えられない。
ウソだ。
そんなはずない。
だって、さっき、にいちゃんはあんなに・・・
でも、にいちゃんには触らせてもらえなかった。いつも、いつだって。
もしかして、哀れな俺を可哀想だと思って合わせてくれていただけ?
俺が寂しがって兄に触って欲しがったから、付き合ってくれていただけ?
イネスの白い腕が兄の首に回った。
兄がイネスに何かを言う。
イネスがクスクスと笑い兄に体を寄せる。
兄も笑う。
イネスの手が兄の髪の中に差し込まれ、兄の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
兄は抗議の声を上げながらイネスの手首を掴んだ。
イネスが軽く悲鳴をあげると、兄は慌てて手を離す。
親密な恋人同士のじゃれあいに、メイドたちも和やかに微笑んでいる。
そして、二人はお茶に口をつけ、二言三言交わすと見つめあい・・・そしてまた口付けた。
ぐらぐらする。
頬を撫でる風に涙がこぼれていることに気がついた。
(にいちゃん、なぜ?)
最初に浮かんだ言葉は泡のように消えていった。
そんな疑問を持つ資格なんてない。
切り裂かれた胸の痛みとともに、目の前が真っ赤に染まった。
「愛人の子」
「わきまえろ」
「公爵様の恥」
「娼婦の息子」
かつて投げられた言葉が眠っていた地雷のように次々と弾け、俺を切り刻む。
痛い。
苦しい。
心が壊れる。
母の死に顔が目に浮かぶ。
もうどこにも帰れない。
ここには居たくない。
でも、いく場所もない。
ただのこども。
ここを出てどうやって暮らしていったらいいのかもわからない。
でも、俺の居場所は、どこにも、ない。
「ああああああ」
小さくうめき声をあげて膝を抱えた。
なんて無価値な俺。
このまま消えて無くなってしまえたらいいのに。
弟妹ですらも俺の力を必要としていない。
この世に俺を必要としてくれる人など、どこにもいない。
ああ、早く。
この世界から、俺を消してくれ。
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