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第一幕〜リュカ〜

33 12歳 母、そして兄と。

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「おれ、公爵家ではいてもいなくて同じなんだ。だから、もうここに戻ってきちゃダメかな」
「リュカ」
母は俺の手を両手で包んだ。

「いてもいなくても同じなら最初からお前を引き取りたがったりはしなかったはずよ。正直、お前を引き取ると言う旦那様には反対したの。でも、どうしても必要だからと説得されてね。それに、お前にとっても悪い話じゃないはずだって。ここにいても、せいぜい商人の家に見習いに行くぐらいしか先はないでしょう?お前を連れていくときに爵位を与えてくださるっておっしゃってたのよ?」

国一番の公爵家は領地も広大に持っている。
公爵様も複数の爵位を持っているし、兄はすでにそのうちの一つの伯爵位を継いでいる。
本当は俺も子爵位か男爵位をもらえるはずだったが、奥様が反対したのでその話は無くなったと聞いていた。
でも、特に悔しいとも残念だとも思わなかった。
爵位を与えられたら、それを理由にまた新しい嫌がらせをされるのが目に見えていたから。
俺が耐えられなくなるのが先か命が尽きるのが先かわからない。
そう考えると、手の内にすらない爵位に執着する気持ちはどうしても生まれなかった。

「母ちゃん、俺、爵位なんていらない。俺、貴族なんて向いてないんだよ」
「まあ。私も一応貴族の出なんだけど。あなたは両親とも貴族なんだから、生まれながらに貴族なのよ?」

母は呆れたように言うと、俺の頬をつねった。

「高位貴族ではないけどね。言ってなかったものね。旦那様がね。私のお父様の爵位を買い戻してお前に与えてくださるっておっしゃったのよ。もう領地も手放した貧乏男爵家だけど、せめてそれくらいはと思ってね」
「名前ばかりじゃ、しょうがないだろ」
「まあ、そうなんだけどね。旦那様のお力でお前が身を立てられるように教育していただいて、父の爵位を継いでくれたらと思っていたのよ」

母の思いは理解できないでもない。
でも、俺はもう嫌なんだ。
・・・でも、俺は長男だから・・・言えない。

どうしても喉の奥から出すことができない拒絶の言葉を母は敏感に感じ取ったのか、やさしく俺の頬を撫でた。

「私の勝手な思いだから、お前が気にすることはないわ。ただ、お前の将来が少しでも明るくなればと思っただけなのよ。ここにいては到底手に入れることのできない地位も富も手に入れることができるでしょ。その機会を与えてやりたいと思っただけなの」
「かあちゃん」
「だから、お前が辛いならやめてもいい。でも旦那様を説得しないといけないから、ちょっと待ってね。どっちみちすぐには無理よ。子供を産んで落ち着いてからもう一度話し合いましょう。それまで、待てる?」
「・・・ん」

確かに、今すぐ産気づきそうな母にこれ以上は酷だろう。
静かにうなずくと、母は俺を抱きしめた。

「こんなに大きくなって。お前は私の誇りよ。愛してるわ」
「ん、俺も母ちゃん大好き」
「リュカ、リュカ」

母は嬉しそうに喉の奥で笑うと俺をぎゅっと抱きしめた。

「ここに戻ってきても、公爵家に留まってもどちらでもいいわ。でも、お世話になった方には感謝しなさい。ここにいたよりもはるかに多くのことを学べたはずよ」
「そうだね」

俺は母の背中にそっと手を回した。幼い頃よりも随分と小さくなった母の体は、相変わらず温かかった。



翌朝早く、兄が俺を迎えにきた。
俺を公爵家に送りそのまま学校に向かうそうだ。

兄の出迎えに感謝する母とおそるおそる高貴な貴族をのぞき見する弟妹たちと目があうと、兄はにが笑いした。

「いつの間にか、兄弟が増えていたんだな。まあ話には聞いていたが・・・」

迎えの馬車の中で俺と向き合いながら、うれしそうに笑う兄。
兄はなぜ、なんでもないふうに見えるんだろう。
この前まともに話をしたのがいつかわからないほど前なのに、毎日話をしているように自然に微笑みかけてくる姿には違和感を感じる。
俺は何を話したらいいのかわからず、黙りこんでいた。
窓の外では、萌え始めた新緑が淡い葉を芽吹き始め、春の訪れを告げていた。

「もうすぐ、お前も学園に入学するんだね」

優しげに俺を見つめる兄は返事をしない俺に苛立ったのか眉根を寄せた。

「リュカ、まだ機嫌は直らないのか」

少し尖った声色に振り向くと、兄が俺の首の後ろを掴み引き寄せた。
しっとりとした唇と俺の唇が重なる。

「リュカ、そろそろ、私を許してくれないか」

ささやきながら俺の唇をついばみ、ぬるりとした舌が俺の歯の間から侵入してくる。
舌を絡め取りながら、強く吸う兄の唇に息もできなくなる。
俺はもっとして欲しくて口を開けた。
兄の舌は俺の舌根を刺激しながら、ねっとりと俺の口の中を這い回った。かっと体温が上がると同時に兄は俺を強く抱きしめた。

「リュカ・・・私のことを捨てないでくれ」

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