34 / 279
第一幕〜リュカ〜
33 12歳 母、そして兄と。
しおりを挟む
「おれ、公爵家ではいてもいなくて同じなんだ。だから、もうここに戻ってきちゃダメかな」
「リュカ」
母は俺の手を両手で包んだ。
「いてもいなくても同じなら最初からお前を引き取りたがったりはしなかったはずよ。正直、お前を引き取ると言う旦那様には反対したの。でも、どうしても必要だからと説得されてね。それに、お前にとっても悪い話じゃないはずだって。ここにいても、せいぜい商人の家に見習いに行くぐらいしか先はないでしょう?お前を連れていくときに爵位を与えてくださるっておっしゃってたのよ?」
国一番の公爵家は領地も広大に持っている。
公爵様も複数の爵位を持っているし、兄はすでにそのうちの一つの伯爵位を継いでいる。
本当は俺も子爵位か男爵位をもらえるはずだったが、奥様が反対したのでその話は無くなったと聞いていた。
でも、特に悔しいとも残念だとも思わなかった。
爵位を与えられたら、それを理由にまた新しい嫌がらせをされるのが目に見えていたから。
俺が耐えられなくなるのが先か命が尽きるのが先かわからない。
そう考えると、手の内にすらない爵位に執着する気持ちはどうしても生まれなかった。
「母ちゃん、俺、爵位なんていらない。俺、貴族なんて向いてないんだよ」
「まあ。私も一応貴族の出なんだけど。あなたは両親とも貴族なんだから、生まれながらに貴族なのよ?」
母は呆れたように言うと、俺の頬をつねった。
「高位貴族ではないけどね。言ってなかったものね。旦那様がね。私のお父様の爵位を買い戻してお前に与えてくださるっておっしゃったのよ。もう領地も手放した貧乏男爵家だけど、せめてそれくらいはと思ってね」
「名前ばかりじゃ、しょうがないだろ」
「まあ、そうなんだけどね。旦那様のお力でお前が身を立てられるように教育していただいて、父の爵位を継いでくれたらと思っていたのよ」
母の思いは理解できないでもない。
でも、俺はもう嫌なんだ。
・・・でも、俺は長男だから・・・言えない。
どうしても喉の奥から出すことができない拒絶の言葉を母は敏感に感じ取ったのか、やさしく俺の頬を撫でた。
「私の勝手な思いだから、お前が気にすることはないわ。ただ、お前の将来が少しでも明るくなればと思っただけなのよ。ここにいては到底手に入れることのできない地位も富も手に入れることができるでしょ。その機会を与えてやりたいと思っただけなの」
「かあちゃん」
「だから、お前が辛いならやめてもいい。でも旦那様を説得しないといけないから、ちょっと待ってね。どっちみちすぐには無理よ。子供を産んで落ち着いてからもう一度話し合いましょう。それまで、待てる?」
「・・・ん」
確かに、今すぐ産気づきそうな母にこれ以上は酷だろう。
静かにうなずくと、母は俺を抱きしめた。
「こんなに大きくなって。お前は私の誇りよ。愛してるわ」
「ん、俺も母ちゃん大好き」
「リュカ、リュカ」
母は嬉しそうに喉の奥で笑うと俺をぎゅっと抱きしめた。
「ここに戻ってきても、公爵家に留まってもどちらでもいいわ。でも、お世話になった方には感謝しなさい。ここにいたよりもはるかに多くのことを学べたはずよ」
「そうだね」
俺は母の背中にそっと手を回した。幼い頃よりも随分と小さくなった母の体は、相変わらず温かかった。
翌朝早く、兄が俺を迎えにきた。
俺を公爵家に送りそのまま学校に向かうそうだ。
兄の出迎えに感謝する母とおそるおそる高貴な貴族をのぞき見する弟妹たちと目があうと、兄はにが笑いした。
「いつの間にか、兄弟が増えていたんだな。まあ話には聞いていたが・・・」
迎えの馬車の中で俺と向き合いながら、うれしそうに笑う兄。
兄はなぜ、なんでもないふうに見えるんだろう。
この前まともに話をしたのがいつかわからないほど前なのに、毎日話をしているように自然に微笑みかけてくる姿には違和感を感じる。
俺は何を話したらいいのかわからず、黙りこんでいた。
窓の外では、萌え始めた新緑が淡い葉を芽吹き始め、春の訪れを告げていた。
「もうすぐ、お前も学園に入学するんだね」
優しげに俺を見つめる兄は返事をしない俺に苛立ったのか眉根を寄せた。
「リュカ、まだ機嫌は直らないのか」
少し尖った声色に振り向くと、兄が俺の首の後ろを掴み引き寄せた。
しっとりとした唇と俺の唇が重なる。
「リュカ、そろそろ、私を許してくれないか」
ささやきながら俺の唇をついばみ、ぬるりとした舌が俺の歯の間から侵入してくる。
舌を絡め取りながら、強く吸う兄の唇に息もできなくなる。
俺はもっとして欲しくて口を開けた。
兄の舌は俺の舌根を刺激しながら、ねっとりと俺の口の中を這い回った。かっと体温が上がると同時に兄は俺を強く抱きしめた。
「リュカ・・・私のことを捨てないでくれ」
「リュカ」
母は俺の手を両手で包んだ。
「いてもいなくても同じなら最初からお前を引き取りたがったりはしなかったはずよ。正直、お前を引き取ると言う旦那様には反対したの。でも、どうしても必要だからと説得されてね。それに、お前にとっても悪い話じゃないはずだって。ここにいても、せいぜい商人の家に見習いに行くぐらいしか先はないでしょう?お前を連れていくときに爵位を与えてくださるっておっしゃってたのよ?」
国一番の公爵家は領地も広大に持っている。
公爵様も複数の爵位を持っているし、兄はすでにそのうちの一つの伯爵位を継いでいる。
本当は俺も子爵位か男爵位をもらえるはずだったが、奥様が反対したのでその話は無くなったと聞いていた。
でも、特に悔しいとも残念だとも思わなかった。
爵位を与えられたら、それを理由にまた新しい嫌がらせをされるのが目に見えていたから。
俺が耐えられなくなるのが先か命が尽きるのが先かわからない。
そう考えると、手の内にすらない爵位に執着する気持ちはどうしても生まれなかった。
「母ちゃん、俺、爵位なんていらない。俺、貴族なんて向いてないんだよ」
「まあ。私も一応貴族の出なんだけど。あなたは両親とも貴族なんだから、生まれながらに貴族なのよ?」
母は呆れたように言うと、俺の頬をつねった。
「高位貴族ではないけどね。言ってなかったものね。旦那様がね。私のお父様の爵位を買い戻してお前に与えてくださるっておっしゃったのよ。もう領地も手放した貧乏男爵家だけど、せめてそれくらいはと思ってね」
「名前ばかりじゃ、しょうがないだろ」
「まあ、そうなんだけどね。旦那様のお力でお前が身を立てられるように教育していただいて、父の爵位を継いでくれたらと思っていたのよ」
母の思いは理解できないでもない。
でも、俺はもう嫌なんだ。
・・・でも、俺は長男だから・・・言えない。
どうしても喉の奥から出すことができない拒絶の言葉を母は敏感に感じ取ったのか、やさしく俺の頬を撫でた。
「私の勝手な思いだから、お前が気にすることはないわ。ただ、お前の将来が少しでも明るくなればと思っただけなのよ。ここにいては到底手に入れることのできない地位も富も手に入れることができるでしょ。その機会を与えてやりたいと思っただけなの」
「かあちゃん」
「だから、お前が辛いならやめてもいい。でも旦那様を説得しないといけないから、ちょっと待ってね。どっちみちすぐには無理よ。子供を産んで落ち着いてからもう一度話し合いましょう。それまで、待てる?」
「・・・ん」
確かに、今すぐ産気づきそうな母にこれ以上は酷だろう。
静かにうなずくと、母は俺を抱きしめた。
「こんなに大きくなって。お前は私の誇りよ。愛してるわ」
「ん、俺も母ちゃん大好き」
「リュカ、リュカ」
母は嬉しそうに喉の奥で笑うと俺をぎゅっと抱きしめた。
「ここに戻ってきても、公爵家に留まってもどちらでもいいわ。でも、お世話になった方には感謝しなさい。ここにいたよりもはるかに多くのことを学べたはずよ」
「そうだね」
俺は母の背中にそっと手を回した。幼い頃よりも随分と小さくなった母の体は、相変わらず温かかった。
翌朝早く、兄が俺を迎えにきた。
俺を公爵家に送りそのまま学校に向かうそうだ。
兄の出迎えに感謝する母とおそるおそる高貴な貴族をのぞき見する弟妹たちと目があうと、兄はにが笑いした。
「いつの間にか、兄弟が増えていたんだな。まあ話には聞いていたが・・・」
迎えの馬車の中で俺と向き合いながら、うれしそうに笑う兄。
兄はなぜ、なんでもないふうに見えるんだろう。
この前まともに話をしたのがいつかわからないほど前なのに、毎日話をしているように自然に微笑みかけてくる姿には違和感を感じる。
俺は何を話したらいいのかわからず、黙りこんでいた。
窓の外では、萌え始めた新緑が淡い葉を芽吹き始め、春の訪れを告げていた。
「もうすぐ、お前も学園に入学するんだね」
優しげに俺を見つめる兄は返事をしない俺に苛立ったのか眉根を寄せた。
「リュカ、まだ機嫌は直らないのか」
少し尖った声色に振り向くと、兄が俺の首の後ろを掴み引き寄せた。
しっとりとした唇と俺の唇が重なる。
「リュカ、そろそろ、私を許してくれないか」
ささやきながら俺の唇をついばみ、ぬるりとした舌が俺の歯の間から侵入してくる。
舌を絡め取りながら、強く吸う兄の唇に息もできなくなる。
俺はもっとして欲しくて口を開けた。
兄の舌は俺の舌根を刺激しながら、ねっとりと俺の口の中を這い回った。かっと体温が上がると同時に兄は俺を強く抱きしめた。
「リュカ・・・私のことを捨てないでくれ」
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
Please,Call My Name
叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。
何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。
しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。
大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。
眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる