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第一幕〜リュカ〜
30 12歳 母との再会
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街の中心部まで行けば何とかなるだろうという甘いもくろみは、軽くはずれた。
そもそも5歳で公爵邸に半ば閉じ込められるようにして育った俺には、土地勘などさらさらなかった。
あちこちたずね歩き、やっと覚えのある路地にたどり着いた時にはもう日が傾きはじめていた。
だが、街の活気あふれる空気は俺に力を与え、街行く人に尋ねながら自分の行く道を選べることに少し興奮していた。ここでは誰にも強制されない。俺の髪が黒いからと、蔑んだ目で見る人もいない。むしろ、皆自分のことで忙しく、その無関心が心地よかった。
足は棒のように痛いが、胸は踊る。
久しぶりに「本物の」家族に会えるのだ。
路地を曲がり、遠くから俺が育った小さな家の赤い屋根が見えた時には、胸の奥がじんとした。
ぎしぎし鳴る庭の外の木戸も、強い風が吹くとガタガタと揺れいつか根元からぽっきりと折れるだろうと思っていた風見鶏も、全てが懐かしい。
走り寄って木戸を開けると、思い出よりも随分と庭は狭くなっていた。
かなり広かったはずだが・・・こんなに庭は小さかった?
いや、違う。俺が大きくなったんだ。
5歳の頃と12歳の今では、視点が全く違う。
高い視点から見た庭は狭く、家もこじんまりとしていた。
時の流れを感じ、胸の奥が痛む。
全て変わってしまったんだろうか。
もしかして、俺のことも忘れてしまったんじゃないだろうか。
家に入りたいが、同時にきびすを返して逃げ出したい。
だけど、母ちゃんだけは俺のことを忘れてはいないはずだ。
そう考えて自分を奮い立たせると、どんどんと家のドアをノックし、返事も待たずに家に入った。
「かあちゃん・・・?」
ささやき声が部屋の中を響く。ドアを開ければすぐそこは居間で、そこにある揺り椅子に腰掛けたまま母が眠っていた。
すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てながら、眠る母を見つめると懐かしさがこみ上げてくる。
少し癖のある黒髪と長い睫毛に白い肌。幼い頃、よく口付けたピンク色の頬も記憶どおりだった。
母はいつも、桃の匂いがした。
「かあちゃん!」
懐かしさに声が大きくなった。
母のまぶたがピクリと動き、つぎの瞬間、俺の姿を見つけると、母の顔に大きな笑みが広がった。
「リュカ?!」
ああ、かあちゃん、やっぱりかあちゃんだ。俺のこと忘れていなかった。
すぐにわかってくれた。
ここを出た時は、ほんの小さな子供だったのに。
「かあちゃん、俺だよ。かあちゃん」
会いたかったよ。
思いを込めて母を見つめると、母はよたよたと立ち上がり、両手を広げた。
言葉はいらない。
俺は母に駆け寄り、おもいっきり抱きしめた。
(温かい)
どれほど、この温もりが恋しかっただろう。
突然家から連れ出され、わきまえることばかりを覚えさせられた年月。
戻りたかった。帰りたかった。
俺をあの冷たい家におしとどめた人の思い出が胸をよぎり、チクリと胸がいたんだ。
(いや、今は考えたくない。それに、俺はもう、いらないんだ)
小さく首を振り、母をぎゅっと抱きしめる。
「大きくなったわね、リュカ。立派になって。会えてうれしいわ」
母はもう俺よりも小さくなっていた。でも、母が俺を優しく抱きとめると、子どもの頃抱きしめられたのと同じような安心感が俺を満たした。
ああ、そうだ。かあちゃんってこんな感じだった。
そっと目を閉じる。
鼻孔をくすぐる桃の香り。指先から伝わる温かさ。
(ここが、俺の家だ)
俺は指先にそっと力を入れた。
この幸せを逃さないように。
「やさしくね」
母は俺の必死さに気がついていたのだろう。
なだめるように笑いながら、俺に言う。
目にはいっていたのに、理解していなかった。母に夢中になりすぎていた。
「かあちゃん、腹がでかい」
「ふふ、そうよ。女の人はお腹に赤ちゃんがいると、こうなるのよ。もう忘れた?」
そういえばそうだった。
しばらくそんな人はいなかったのでうっかりしていたが、そういうもんだった。ときどき、ティーパーティーで会うどこかの夫人でこういう腹の人がいた。
「弟が生まれた時のこと?覚えてる訳ないよ」
母に言うと、「それはそうね」と母はまた笑った。弟は俺より3歳年下なだけだ。その当時の俺は2歳ちょっとぐらい?もう全部忘れてしまった。
そう言えば、母はよく笑う。
以前は気がつかなかったけど、あの冷たい家の奥様とは全然違う。
母が笑うとキラキラとした何かがあふれでる。
表面的な美しさだけじゃない。優しさとか、喜びとか。そんな言葉がぴったりくる人なんだ。
「弟?」
俺が腹を見ながら聞くと、「妹かもしれないでしょ」とまた笑った。
「かあちゃん、俺、何人兄弟がいるの?」
「あんたは今、5人兄弟よ。もうすぐ6人兄弟になるわ」
そういうと、母は手のひらで椅子に座るようすすめた。
そもそも5歳で公爵邸に半ば閉じ込められるようにして育った俺には、土地勘などさらさらなかった。
あちこちたずね歩き、やっと覚えのある路地にたどり着いた時にはもう日が傾きはじめていた。
だが、街の活気あふれる空気は俺に力を与え、街行く人に尋ねながら自分の行く道を選べることに少し興奮していた。ここでは誰にも強制されない。俺の髪が黒いからと、蔑んだ目で見る人もいない。むしろ、皆自分のことで忙しく、その無関心が心地よかった。
足は棒のように痛いが、胸は踊る。
久しぶりに「本物の」家族に会えるのだ。
路地を曲がり、遠くから俺が育った小さな家の赤い屋根が見えた時には、胸の奥がじんとした。
ぎしぎし鳴る庭の外の木戸も、強い風が吹くとガタガタと揺れいつか根元からぽっきりと折れるだろうと思っていた風見鶏も、全てが懐かしい。
走り寄って木戸を開けると、思い出よりも随分と庭は狭くなっていた。
かなり広かったはずだが・・・こんなに庭は小さかった?
いや、違う。俺が大きくなったんだ。
5歳の頃と12歳の今では、視点が全く違う。
高い視点から見た庭は狭く、家もこじんまりとしていた。
時の流れを感じ、胸の奥が痛む。
全て変わってしまったんだろうか。
もしかして、俺のことも忘れてしまったんじゃないだろうか。
家に入りたいが、同時にきびすを返して逃げ出したい。
だけど、母ちゃんだけは俺のことを忘れてはいないはずだ。
そう考えて自分を奮い立たせると、どんどんと家のドアをノックし、返事も待たずに家に入った。
「かあちゃん・・・?」
ささやき声が部屋の中を響く。ドアを開ければすぐそこは居間で、そこにある揺り椅子に腰掛けたまま母が眠っていた。
すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てながら、眠る母を見つめると懐かしさがこみ上げてくる。
少し癖のある黒髪と長い睫毛に白い肌。幼い頃、よく口付けたピンク色の頬も記憶どおりだった。
母はいつも、桃の匂いがした。
「かあちゃん!」
懐かしさに声が大きくなった。
母のまぶたがピクリと動き、つぎの瞬間、俺の姿を見つけると、母の顔に大きな笑みが広がった。
「リュカ?!」
ああ、かあちゃん、やっぱりかあちゃんだ。俺のこと忘れていなかった。
すぐにわかってくれた。
ここを出た時は、ほんの小さな子供だったのに。
「かあちゃん、俺だよ。かあちゃん」
会いたかったよ。
思いを込めて母を見つめると、母はよたよたと立ち上がり、両手を広げた。
言葉はいらない。
俺は母に駆け寄り、おもいっきり抱きしめた。
(温かい)
どれほど、この温もりが恋しかっただろう。
突然家から連れ出され、わきまえることばかりを覚えさせられた年月。
戻りたかった。帰りたかった。
俺をあの冷たい家におしとどめた人の思い出が胸をよぎり、チクリと胸がいたんだ。
(いや、今は考えたくない。それに、俺はもう、いらないんだ)
小さく首を振り、母をぎゅっと抱きしめる。
「大きくなったわね、リュカ。立派になって。会えてうれしいわ」
母はもう俺よりも小さくなっていた。でも、母が俺を優しく抱きとめると、子どもの頃抱きしめられたのと同じような安心感が俺を満たした。
ああ、そうだ。かあちゃんってこんな感じだった。
そっと目を閉じる。
鼻孔をくすぐる桃の香り。指先から伝わる温かさ。
(ここが、俺の家だ)
俺は指先にそっと力を入れた。
この幸せを逃さないように。
「やさしくね」
母は俺の必死さに気がついていたのだろう。
なだめるように笑いながら、俺に言う。
目にはいっていたのに、理解していなかった。母に夢中になりすぎていた。
「かあちゃん、腹がでかい」
「ふふ、そうよ。女の人はお腹に赤ちゃんがいると、こうなるのよ。もう忘れた?」
そういえばそうだった。
しばらくそんな人はいなかったのでうっかりしていたが、そういうもんだった。ときどき、ティーパーティーで会うどこかの夫人でこういう腹の人がいた。
「弟が生まれた時のこと?覚えてる訳ないよ」
母に言うと、「それはそうね」と母はまた笑った。弟は俺より3歳年下なだけだ。その当時の俺は2歳ちょっとぐらい?もう全部忘れてしまった。
そう言えば、母はよく笑う。
以前は気がつかなかったけど、あの冷たい家の奥様とは全然違う。
母が笑うとキラキラとした何かがあふれでる。
表面的な美しさだけじゃない。優しさとか、喜びとか。そんな言葉がぴったりくる人なんだ。
「弟?」
俺が腹を見ながら聞くと、「妹かもしれないでしょ」とまた笑った。
「かあちゃん、俺、何人兄弟がいるの?」
「あんたは今、5人兄弟よ。もうすぐ6人兄弟になるわ」
そういうと、母は手のひらで椅子に座るようすすめた。
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