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第一幕〜リュカ〜
19 8歳 兄との約束
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「危ないところでした。すぐに吐かせなければ、今頃はもうこの世におりませんでしたよ」
ぼんやりした意識の向こうで、医者が告げている。
「おかしいと思ったんだ。私にナッツ入りのクッキーを出すなんて。私が食べないことはわかっていたはずだから・・・標的はリュカだ」
「まさかこんな手に出るとは思いませんでした」
「私もだ。甘かった」
兄の悔しそうな声と震える手。兄は本気で怒っていた。
「にい・・・兄上」
自分の出したガラガラ声におどろく。
毒で喉を焼かれたらしい。ヒリヒリと焼け付くような痛みは、危うく命を落とすところだったと思い知らされる。
兄は、はっとしたように振り返り、その顔に柔和な笑みが貼り付けられた。
「心配したんだぞ、リュカ」
「兄上、心配をおかけして・・・申し訳ありません」
俺、奥様に殺されかけたんだ。そして、兄はそれを俺に知らせたくないと思っている。
微妙な空気のなか、医者が俺たちの間に割ってはいった。
「失礼します、診察させていただきますよ」
医者は舌やまぶたの裏を確認し、指を視線で追わせた。
「ふむ。大丈夫そうですな。1週間程度静養すれば元に戻るでしょう。マティアス様の機転のおかげですよ」
「先生、ありがとうございました、兄上も・・・」
「消化のいいものを食べて、ゆっくり休みなさい」
医師はうなずき、ベネディクトを伴って部屋を出て行った。
「リュカ、すまない」
兄はしょんぼりと肩を落としていた。まるで雨に濡れた犬みたいだ。
「にいちゃん、にいちゃんのせいじゃない、でしょ?」
「いや、私の責任だ。ナッツ入りのクッキーが入っていた時に、おかしいと思わなければならなかったのに。私はナッツが食べられないんだよ。この家のものなら誰でも知っている。気づくべきだったのに・・・」
「でも、にいちゃんのお陰で、俺の命が助かったって先生が」
「私が先に気づくべきだったんだよ。母はね、まあ、色々と難しくて・・・私はそれを知っていたのに・・・」
「俺のかあちゃんがあいじんだから?」
一瞬、兄はひるんだ。
「まあ、そうとも言うな」
「いつも先生に言われてたもん。かあちゃんはあいじんだし、俺はわきまえろって」
「そうか」
あの兄が困ったように目を泳がせた。
「でも、話をしたこともないのに、これ以上どうわきまえたらいいのかわかんない」
「そうだな。でも、お前が傷つくのは、苦しいよ」
「にいちゃん、俺が傷つくと苦しいの?」
「もちろんだよ。リュカ。お前はたった一人の私の弟だ。可愛くてたまらない。さっき、お前の顔が真っ白に変わって行った時、本当に怖かった。失ってしまうのかと・・・」
「にいちゃん」
「リュカ。これからは私がもっと気をつけるから。だからお前も気をつけておくれ。たのむよ」
切々と訴える兄の声。
俺は死にかかった恐怖よりも、ここまで心配してもらえることの方がうれしかった。
でも、兄が自分を責めるのは嫌だ。
「うん、にいちゃん。俺、気をつける」
それが俺にできる精一杯のことだから。
しばらくして、湖にルイスが浮かんでいた。
夜明け前、庭の手入れを始めようとした庭師が発見したそうだ。
その顔は目は見開いていたけれど、口元は笑うように上がっていたそうだ。ルイスの胸ポケットには、妙なほど大金が入っていたから自殺のはずがないから事故だろうって。多分、酔っ払って足を滑らせたってことだったけど、本当のことはわからない。
使用人達の噂話で、俺が仕入れられたのはここまでだった。
兄は翌年から入る予定だった寄宿舎への入寮を取りやめた。
理由は、「もっと勉強がしたいから」
高位貴族である兄は、寄宿舎に入ってしまったら役職を押し付けられ、家庭教師から学べる時間が限られてしまう。
閣下はさすが我が息子と喜んだそうだが、本当は違う。兄は俺を守るため、家に残ることにしたのだ。
隙あらば俺を害そうと手ぐすね引いている奥様から一人で逃げ延びるには、俺は幼すぎた。
あの頃、兄が俺を守ってくれなかったら、俺は生き延びることができなかっただろう。
だから、俺はどうあっても「兄のもの」、なのかもしれない。
ぼんやりした意識の向こうで、医者が告げている。
「おかしいと思ったんだ。私にナッツ入りのクッキーを出すなんて。私が食べないことはわかっていたはずだから・・・標的はリュカだ」
「まさかこんな手に出るとは思いませんでした」
「私もだ。甘かった」
兄の悔しそうな声と震える手。兄は本気で怒っていた。
「にい・・・兄上」
自分の出したガラガラ声におどろく。
毒で喉を焼かれたらしい。ヒリヒリと焼け付くような痛みは、危うく命を落とすところだったと思い知らされる。
兄は、はっとしたように振り返り、その顔に柔和な笑みが貼り付けられた。
「心配したんだぞ、リュカ」
「兄上、心配をおかけして・・・申し訳ありません」
俺、奥様に殺されかけたんだ。そして、兄はそれを俺に知らせたくないと思っている。
微妙な空気のなか、医者が俺たちの間に割ってはいった。
「失礼します、診察させていただきますよ」
医者は舌やまぶたの裏を確認し、指を視線で追わせた。
「ふむ。大丈夫そうですな。1週間程度静養すれば元に戻るでしょう。マティアス様の機転のおかげですよ」
「先生、ありがとうございました、兄上も・・・」
「消化のいいものを食べて、ゆっくり休みなさい」
医師はうなずき、ベネディクトを伴って部屋を出て行った。
「リュカ、すまない」
兄はしょんぼりと肩を落としていた。まるで雨に濡れた犬みたいだ。
「にいちゃん、にいちゃんのせいじゃない、でしょ?」
「いや、私の責任だ。ナッツ入りのクッキーが入っていた時に、おかしいと思わなければならなかったのに。私はナッツが食べられないんだよ。この家のものなら誰でも知っている。気づくべきだったのに・・・」
「でも、にいちゃんのお陰で、俺の命が助かったって先生が」
「私が先に気づくべきだったんだよ。母はね、まあ、色々と難しくて・・・私はそれを知っていたのに・・・」
「俺のかあちゃんがあいじんだから?」
一瞬、兄はひるんだ。
「まあ、そうとも言うな」
「いつも先生に言われてたもん。かあちゃんはあいじんだし、俺はわきまえろって」
「そうか」
あの兄が困ったように目を泳がせた。
「でも、話をしたこともないのに、これ以上どうわきまえたらいいのかわかんない」
「そうだな。でも、お前が傷つくのは、苦しいよ」
「にいちゃん、俺が傷つくと苦しいの?」
「もちろんだよ。リュカ。お前はたった一人の私の弟だ。可愛くてたまらない。さっき、お前の顔が真っ白に変わって行った時、本当に怖かった。失ってしまうのかと・・・」
「にいちゃん」
「リュカ。これからは私がもっと気をつけるから。だからお前も気をつけておくれ。たのむよ」
切々と訴える兄の声。
俺は死にかかった恐怖よりも、ここまで心配してもらえることの方がうれしかった。
でも、兄が自分を責めるのは嫌だ。
「うん、にいちゃん。俺、気をつける」
それが俺にできる精一杯のことだから。
しばらくして、湖にルイスが浮かんでいた。
夜明け前、庭の手入れを始めようとした庭師が発見したそうだ。
その顔は目は見開いていたけれど、口元は笑うように上がっていたそうだ。ルイスの胸ポケットには、妙なほど大金が入っていたから自殺のはずがないから事故だろうって。多分、酔っ払って足を滑らせたってことだったけど、本当のことはわからない。
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