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第一幕〜リュカ〜

11 7歳 本宅への招待

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俺が公爵邸に引き取られてから2年たった頃、公爵邸から呼び出しがあった。

「まあ、なんとか、なるでしょう」教師は、不安と諦めの混じった声で言った。

どういう風の吹き回しか、公爵が俺を見せに来るように教師に命令したらしい。
旦那様に会えたら、母の様子を聞くことができるだろうか、もしかして家に帰っていいと言ってくれないか、と淡い期待が泡のように浮かび上がってくる。

期待に胸を高鳴らせ、本宅を訪問する日がやってきた。
若草色のコートと美しく銀糸が施されたベストに真っ白く輝くシルクのブラウスを身につけ、黒髪をキッチリと後で束ねた俺は、まるで良家の子息のように見える。
だが、鏡に写った俺は、目ばかり大きく硬い表情のまま口元を引き締めていた。

教師も落ち着かない様子で、何度も「粗相のないように」と繰り返し、足を震わせている。
馬車の中で教師の足が触れるたび、その震えから緊張が移ってくるような気がして、足が触れないようにそっとよけた。

俺が長男じゃなければ、この機会に教師に恥をかかせて逃げ出そうと考えたかもしれない。
でも、母はもうすぐっ旦那様のお子を産むと聞かされていた。であれば、逃げ帰ったところで、すぐに捕まってしまうだろう。

本宅の大きな門をくぐった後に、整然と整備された広い道を走りぬけた。
道の両側には幾何学的に配置された木々が並んでいる。

(三角形とか円筒形の木が金持ちの趣味なのかな。それとも、街路樹をそういう風に剪定しているってことなのかな?)

不思議に思った俺が教師に尋ねると、一瞬ぽかんとしていたが、質問の意図を察したらしい。

「この馬車は先ほどからずっと、公爵邸の庭園の中を走っているのですよ?」
「うそっ」

やばい。教師は鞭がないことを残念そうに眉根をゆがめた。

「口の聞き方に気をつけなさい。これから先、間違ってもそのような口を聞いてはなりません」
「はい」

俺は視線を膝の上に落とした。

(こんなに広い道が家の中にあるなんて考えつくわけないじゃんか)

そう思ったが、口には出さなかった。

馬車が曲がると、目の前に大きな白亜のお屋敷が現れた。
真っ白で太い柱の上には美しい彫刻があしらわれ、完璧に計算された作りのファサードは権力と金のにおいがした。
白い大理石をふんだんに使い、正面玄関には赤い絨毯が敷かれている。贅の限りをつくした建物や絨毯にひるみ、汚してはいけないと端を歩くと、家庭教師が苛立ったように舌を打った。
だがそのとき、俺の頭は真っ白になっていた。俺なんて、この床にある大理石一つの価値すらないに違いない。粗相がないようにしないと。

俺は、今まで教師が俺に対して言ってきたことの意味を初めて理解した。

「公爵様のお胤を頂戴して生まれた」
「お情けで生きている」
「立場をわきまえろ」

やっと、話が繋がった。
確かに、こんな豪華で大きな家の当主とつながりがあるなんて、世の中の一般的な価値観から行ったらすごいことなのかもしれない。
でも・・・
俺の中では旦那様は突然家に来ては母を組み敷き、腰を振っているただの男に過ぎなかった。
そんな男を前に、これからどう対処したらいいのか、家の豪華さと優美さに圧倒されながら、幼いながらも戸惑っていた。

玄関で俺たちを出迎えたのは、白髪の目つきの鋭い使用人・・・いや一目で身分が高いとわかる人だった。

「まずは、ご家族の方々にご挨拶を」使用人が家庭教師に告げると、まるでボタンでも押されたように、教師はぴょこんと飛び上がった。
「はい、ご案内ありがとうございます」何度もお辞儀を繰り返し、俺を振り返った。「家令のベネディクト様だ。ご挨拶しなさい」
「初めまして。リュカと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ぼっちゃま。みなさん楽しみにお待ちになっておられますよ」

使用人の目は俺を見ると優しげにゆるみ、応接室に案内してくれた。
教師もホッとしたようだ。とりあえず第一関門はクリアしたらしい。
その屋敷にあるすべてのものが高級そうで、玄関ホールに飾られている花瓶も生けられた花も、絨毯も柱の一つ一つも俺をビビらせてくる。
だが、ベネディクト様にはそんなこと、思いもよらないだろう。静かに俺たちを先導し、目の前で美しい花のレリーフで飾られた重い扉が開けられた。

「リュカ様がお見えになりました」


いよいよ俺の新しい「家族」と対面するときがきた。

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