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4 決戦

222 暗転

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議事堂の中央を突き破り、太い金色の柱が立った瞬間。
一瞬静まり返った周囲には大歓声が巻き起こった。

「やっぱり、ステラ様は俺たちの聖女様だったんだ!」
「聖女様、バンザーイ」
「聖女様のおかげで子供が字を覚えることができました!」
「聖女様、歌をありがとうございます!」
「心を救っていただきました」
「いつも支えてくださりありがとうございます」
「俺たちに知識を与えてくださった!」
「聖女様、俺たちと一緒に市井で暮らしましょう!」
「そうだそうだ!お偉方はなんもわかっちゃいない。俺たちが大切にしますから!」
「お偉い貴族様は俺たちのために聖女様がしてくださったことがどれだけ尊いのか、わかっちゃいないんだよ!!」
「そうだそうだ!」
「聖女様を渡せ!」

聖女に感謝する者。
共にありたがる者。
聖女に対する高位貴族の対応に不満を覚える者。
それぞれがそれぞれの思いを露わにし、その思いは集団により増幅されていった。

ただ、聖女が議事堂から放った光は、人々の心に良い影響を与えていた。
ステラの力は浄化の力が最も強く、人々の心に溜まった不平や不満を洗い流し、感謝の気持ちを増幅する効果があった。
光の影響の受け方には個人差がある。
すぐ浄化される者、ゆっくりと浄化される者。
何も起こらなければ、それぞれがそれぞれの穏やかさを得て家路についたことだろう。

しかし、光は、突然、消えた。

「何が起こったんだ?」
「まさか聖女様の身に何か?」
「聖女様・・・?」

不安がじわじわと、だが急速に広がっていく。
泣き出す者もいた。
不満を増幅させていく者もいる。

「聖女様、お顔を出してください、俺たちに無事を確認させてください!」
「そうだ聖女様を出せ!」
「朝方はお元気だったぞ!今すぐご無事な姿を見せやがれ!」

民衆の不安はだんだんと凶暴なものへと変化していった。
そもそも、お偉方は何にもわかっちゃいない。
身分が高いことを嵩にきて、庶民を見下す奴ら。
そういえば、国一番の大貴族のお姫様は王妃になりたくて、聖女様を排除しようとしていたんじゃなかったか?
命を狙われているって噂もあった。
いや、見た者がいるって・・・

不安は渦を巻くようにどんどん大きくなっていく。
民衆の不安がピークに達した時、空を黒い雲が覆い始めた。
雲はぐんぐんと勢いを増しながら広がり、太陽は黒い雲の後ろに隠れた。

そして、世界は暗黒に覆われた。

バキバキバキ!!!

激しい音を立てながら、叢雲の間から空を舐めるように雷が光る。
空一面に光る雷は行き先を探しながら、あちこちに小さな雷を落とし始めた。

「なんだ?何が起こっているんだ?」
「ひっ、あの雷、危険なんじゃないのか?」
「まさか、聖女様の身に何か?」
「天がお怒りだ」
「ひいいいい、恐ろしい、何が起こっているんだ」

バリバリバリバリ

天を裂く音。

ドーン!!!!

地響きと共に一本の大きな雷が落ち、火の手が上がった。

「て、天罰だ・・・」

誰かが叫ぶと民衆はパニック状態に陥った。

「恐ろしい・・・ここまで天を怒らせるとは・・・」
「・・・聖女様はご無事なのか?」
「聖女様、聖女様」

泣き出すもの、わめくもの、叫ぶもの。
広場はまさに阿鼻叫喚となった。

「聖女様ーー」
絶叫する者。
「あっちは・・・アドランテ家の邸宅がある方向じゃないのか?」
「まさか、アドランテ家の者が聖女様を害したってことなのか」
「自分の娘を王妃にするために?」
「許せない」
「俺たちの聖女様を!」
「やっちまえ!」

誰かが発した声に民衆の高揚した気分は、一気に凶暴化した。

「ぶっ壊せ!」
「ぶっ潰しちまえ!」
「いつも俺たちを見下しやがって!」

「お前たち、落ち着きなさい!」
騎兵が止めようとするが、民衆はゆっくりとアドランテ家の方角に移動を始めた。

「落ち着け、落ち着くんだ!!」
いくら止めても全く止まる気配はない。
このままでは、アドランテ家にいる人の身が危ない。

騎兵の一人が危険を知らせる笛を吹いた。

ピーーーーッ!!!

一人が鳴らすと次から次に警笛を鳴らす音が響き渡る。

ピーーーーッ!!!
ピーーーーッ!!!
ピーーーーッ!!!
ピーーーーッ!!!

その音は、ますます民衆の不安をあおり、足を早めさせた。


その頃、議事堂の中では聖女を救おうと、魅了の確認のために臨席していた10人ほどの医師たちが力を尽くしていた。
ルシアナは鎮静剤を飲まされ、気を失ったように寝ている。
アドランテ家の当主夫妻は両手を後ろに拘束され、膝をつかされている。
公爵は涙を流したまま、放心していたが、公爵夫人はブツブツと何かを呟きながら笑っていた。
無理やり飲まされた鎮静剤は、即吐き出してしまい、全く効果はなかった。

「どうだ。聖女様をお救いできそうか」

国王が聞くが、医師は小さく首を振った。

「まことに申し訳ありません。出血が多すぎます。現身うつしみの聖女様ゆえ、これ以上は・・・」

「だめだ!許さん。何があろうとステラを救え」

ハルヴァートが叫んだ。
彼の目は血走り、顔面蒼白になっている。受けた衝撃の大きさを隠しきれないその姿からは、かつて氷の王太子と呼ばれたことがあったとは、想像もつかない。
誰の目から見ても、愛する女を失いかけている一人の男にしか見えなかった。
そしてその女の魂は、今にも消え去ろうとしている。

「ステラ、なぜ守れなかったんだ。ステラ・・・ステラ・・・」

聞こえてくるのは、ステラに呼びかけるハルヴァートの声。
痛みに満ちたその声を聞くだけで、涙がこぼれそうなほど、その声は苦しみに満ちていた。
議事堂の中には悲しみがあふれ、嗚咽を堪えられないものすら現れていた。

悲しみに満ちた空気は、駆け込んできた警備兵に破られた。

「国王陛下、宰相閣下、大変です。暴徒と化した民衆がアドランテ家に向かっています。このままではアドランテ家にいる者の身に危険が及ぶ可能性があります!」

公爵家といえば、小さな国家と同じ。
一大企業体でもあるとともに、大勢の人がそこで働いている。
アドランテ家ともあれば、兵士や騎士などの家臣を除く使用人の数だけでも1000人は下らない。
少なく見積もってもその10分の1は常に屋敷の管理を担っているはずだ。

議事堂の外で騒いでいる民の声は徐々に大きくなり、とうとう議事堂の中までその喧騒が届き始めた。

「中に入れろ!」
「聖女様の無事を確認させろ!」
「聖女様ーーー!!!」

無理やり議事堂の中に入ろうとする民と、必死でそれを止める警備兵達の声が聞こえてくる。

「状況はどうなっているのだ!」
「警備に対し、民衆の人数が多すぎます。全く指示を聞かず、暴走しています!」

宰相に報告する警備兵の真剣な声は、それが事実であることを告げていた。

先ほどまで歓喜にあふれていた民衆は一転、暴徒と化し始めていた。
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