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4 決戦
202 王都の飲み屋にて
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「よお、今日は飲みに行かないか?」
ケイレブがサイラスの肩に手を置いた。
今、サイラスの家で過ごすケイレブと辺境の騎士たちは、はっきり言って暇だ。
毎日、ブラウン家の騎士たちと鍛錬や手合わせをした後は特にやることもない。
屋敷の守りはブラウン家がしっかり固めているし、直接入り込もうとする不届き者もいない。
聖女の護衛とは言っても有名無実だ。
とは言っても、世話になっている身の上。しかもその家の末っ子が生死の境をさまよっているとなると、毎日大人しく過ごすしかなかった。
ブラウン家が国の宝である聖女を庇護するのはともかく、辺境の騎士たちまで庇護する義理はない。
辺境の野生児とはいえ、一応気を使う部分もあるのだ。
ジョセフが目を覚まし、一昼夜明けた今なら、外に遊びに行ってもいいと考えたのかなと、サイラスは思った。
「まあ、いいが。貴殿もずっとこの屋敷から出ることなく過ごされているし。聖女様も明後日には出頭が決まったことだし、いいタイミングではあるな」
サイラスは、生真面目に答えた。
ケイレブはニヤニヤと笑っている。
「できればな、サイラス殿には王都で一番人の出入りが多いところをご紹介いただきたいんだよな?とは言っても低級なところじゃないぞ?ある程度の格式があって、そこで聞いた話ならまあそこそこ信頼できる程度の店がいいんだよな。それに、大声を出しても目くじら立てられないところ、な?」
「ふーん。なるほどな。なんとなくわかったような気もするが、乗ってやろう。他に希望は?」
「そうだな、できれば何箇所か紹介してほしいな。人の集まるところで飯が美味ければ、なおいいな」
「わかった。では夕刻に」
サイラスが紹介した店は、王都でも穴場として知る人ぞ知ると言われる店だった。
客の半分は貴族だが、ここでは身分を名乗るのはタブーとされている。
娼婦の出入りも禁止され、料理や会話を楽しむ「真面目な飲み屋」だ。
油と肉の匂いが充満する店内では、エールを注文する声が次々に飛び交っている。
ジョッキを運ぶ少年や店員は忙しく立ち働き、活気があふれていた。
時折店主が顔を出し、常連に挨拶したり料理の感想を聞いたりするのも人気の秘密なようだ。
店内ではそこかしこから酔っ払った男たちの笑い声や歌声が聞こえてくる。
ざわざわと沸き立つ店内に、グラスの音。肉の焼ける匂い。
今日の仕事を終えた男たちは、一杯か二杯エールと会話を楽しんで、家路につく。
「うまい!」
ケイレブとビルは王都のエールに舌鼓を打った。
「久しぶりに外で飲むエールは最高だな!」
「そうだな!」
ビルも珍しくケイレブに対し敬語抜きで話している。
肩の力をぬき、楽しんでいる二人を見ていると、サイラスはホッとした。
少しでも楽しんで息抜きになるといいのだが。襲撃以来、気が抜ける日はなかった。
ジョセフの目が覚め、命を失う危機を脱し、やっと一息つけたところだ。
ビルとケイレブはウキウキしながら、これまで捕まえた魔物の話などを楽しげにしている。
周りにいた客は、珍しい話を大声で話すこの男たちの会話にさりげなく聞き耳を立てていた。
「ま、そうは言ってもこれからは魔物も減っていくだろう」
「そうだな、まさか当代の聖女様のお力があれほど強いとは思っても見なかったからなあ」
酔いが回ったケイレブが聖女の名を出した瞬間、店の中の雰囲気がガラリと変わった。
100年ぶりに顕れた聖女の話は、みんなが知りたい格好のネタなのだ。
「ほう、聖女様のお力とはなんだ?」サイラスが相槌を打つ。
「よくぞ聞いてくれた!」
ケイレブがまた一杯エールを飲み干す。
「おい、店主!お代わりをくれ!」
店主はお代わりを持ってきながら、ケイレブたちの話に入ってきた。
「兄さん、いい飲みっぷりだね。どこからきたんだい?それに聖女様のお力ってのは?なんの話だい?」
「それがだよ」またケイレブがエールをグイッと呑む。
「いやー、このエール本当に最高だな!うちの領地に聖女様が慰問に来てくださったんだけど、聖女様が領地に入った途端魔獣化した獣が激減したんだよ。どんどん増えるばっかりで本当に困ってたんだよなぁ。人を襲ったり作物を荒らしたり。俺たちは肉も野菜も不足するようになっちまって本当に困ってたんだ。それなのに、聖女様がぱーっとこうだ」
ケイレブが両手を大きく広げた。
「あっちこっちからウワーッと光を集めてくださって、えいって投げると、その場所が浄化されちまうんだよ。本当に俺たちびっくりしたんだよ。あんなことできる人間がいるのかよって。さすが聖女様だよな~」
「そっちの兄さんも見たのかい?」
別の男がビルに話しかけた。
「もちろんだとも。俺は聖女様が森や湖を浄化するその現場に居たんだからな?末代まで自慢できるってみんなで話してたんだ。もちろん聖女様に同行を許されるのは選ばれた騎士だけだ。例えば、俺みたいな、めちゃくちゃ腕が立つ騎士ってことよ!」
「うわーっはっは!気分がいいな!」ケイレブが高笑いする。
「聖女様のような有難いお方にお仕えできるなんて、運がいい!」
「そうだよ。その話が本当なら、あんた相当運がいいよ」
別の男が近寄ってきた。
「もっと聖女様の話を聞かせてくれよ。聖女様はどんなことをなされるんだい?」
ケイレブは男に向かって身を乗り出した。
「聖女様は、浄化がお得意なんだ。馬に盛られた薬も光の力で浄化しちまったし、辺境に発生してた魔物も浄化して元の姿に戻しちまった。それに、お綺麗でお優しいしなあ。王太子殿下が夢中になって追いかけ回したってのも、まあ男ならわかるよなあ?」
ケイレブとビルはうんうんと頷きあった。
「でも、聖女様に関する悪い噂も聞いたんだけど、どっちが本当なんだろう。俺たちは直接会ったことがないからわからないんだよな」
「王太子殿下も騙されてるって話だぞ?」
「しかも聖女じゃないって話もあるんだろ?」
「聖女なんて本当にいるのかなあ」
「いるわけないよな」
集まってきた男たちは口々に意見を言い出した。
「おいおい、俺の目を疑ってんのかよ。まあ、聞け」
ケイレブがギロリと目を見開いた。
ケイレブがサイラスの肩に手を置いた。
今、サイラスの家で過ごすケイレブと辺境の騎士たちは、はっきり言って暇だ。
毎日、ブラウン家の騎士たちと鍛錬や手合わせをした後は特にやることもない。
屋敷の守りはブラウン家がしっかり固めているし、直接入り込もうとする不届き者もいない。
聖女の護衛とは言っても有名無実だ。
とは言っても、世話になっている身の上。しかもその家の末っ子が生死の境をさまよっているとなると、毎日大人しく過ごすしかなかった。
ブラウン家が国の宝である聖女を庇護するのはともかく、辺境の騎士たちまで庇護する義理はない。
辺境の野生児とはいえ、一応気を使う部分もあるのだ。
ジョセフが目を覚まし、一昼夜明けた今なら、外に遊びに行ってもいいと考えたのかなと、サイラスは思った。
「まあ、いいが。貴殿もずっとこの屋敷から出ることなく過ごされているし。聖女様も明後日には出頭が決まったことだし、いいタイミングではあるな」
サイラスは、生真面目に答えた。
ケイレブはニヤニヤと笑っている。
「できればな、サイラス殿には王都で一番人の出入りが多いところをご紹介いただきたいんだよな?とは言っても低級なところじゃないぞ?ある程度の格式があって、そこで聞いた話ならまあそこそこ信頼できる程度の店がいいんだよな。それに、大声を出しても目くじら立てられないところ、な?」
「ふーん。なるほどな。なんとなくわかったような気もするが、乗ってやろう。他に希望は?」
「そうだな、できれば何箇所か紹介してほしいな。人の集まるところで飯が美味ければ、なおいいな」
「わかった。では夕刻に」
サイラスが紹介した店は、王都でも穴場として知る人ぞ知ると言われる店だった。
客の半分は貴族だが、ここでは身分を名乗るのはタブーとされている。
娼婦の出入りも禁止され、料理や会話を楽しむ「真面目な飲み屋」だ。
油と肉の匂いが充満する店内では、エールを注文する声が次々に飛び交っている。
ジョッキを運ぶ少年や店員は忙しく立ち働き、活気があふれていた。
時折店主が顔を出し、常連に挨拶したり料理の感想を聞いたりするのも人気の秘密なようだ。
店内ではそこかしこから酔っ払った男たちの笑い声や歌声が聞こえてくる。
ざわざわと沸き立つ店内に、グラスの音。肉の焼ける匂い。
今日の仕事を終えた男たちは、一杯か二杯エールと会話を楽しんで、家路につく。
「うまい!」
ケイレブとビルは王都のエールに舌鼓を打った。
「久しぶりに外で飲むエールは最高だな!」
「そうだな!」
ビルも珍しくケイレブに対し敬語抜きで話している。
肩の力をぬき、楽しんでいる二人を見ていると、サイラスはホッとした。
少しでも楽しんで息抜きになるといいのだが。襲撃以来、気が抜ける日はなかった。
ジョセフの目が覚め、命を失う危機を脱し、やっと一息つけたところだ。
ビルとケイレブはウキウキしながら、これまで捕まえた魔物の話などを楽しげにしている。
周りにいた客は、珍しい話を大声で話すこの男たちの会話にさりげなく聞き耳を立てていた。
「ま、そうは言ってもこれからは魔物も減っていくだろう」
「そうだな、まさか当代の聖女様のお力があれほど強いとは思っても見なかったからなあ」
酔いが回ったケイレブが聖女の名を出した瞬間、店の中の雰囲気がガラリと変わった。
100年ぶりに顕れた聖女の話は、みんなが知りたい格好のネタなのだ。
「ほう、聖女様のお力とはなんだ?」サイラスが相槌を打つ。
「よくぞ聞いてくれた!」
ケイレブがまた一杯エールを飲み干す。
「おい、店主!お代わりをくれ!」
店主はお代わりを持ってきながら、ケイレブたちの話に入ってきた。
「兄さん、いい飲みっぷりだね。どこからきたんだい?それに聖女様のお力ってのは?なんの話だい?」
「それがだよ」またケイレブがエールをグイッと呑む。
「いやー、このエール本当に最高だな!うちの領地に聖女様が慰問に来てくださったんだけど、聖女様が領地に入った途端魔獣化した獣が激減したんだよ。どんどん増えるばっかりで本当に困ってたんだよなぁ。人を襲ったり作物を荒らしたり。俺たちは肉も野菜も不足するようになっちまって本当に困ってたんだ。それなのに、聖女様がぱーっとこうだ」
ケイレブが両手を大きく広げた。
「あっちこっちからウワーッと光を集めてくださって、えいって投げると、その場所が浄化されちまうんだよ。本当に俺たちびっくりしたんだよ。あんなことできる人間がいるのかよって。さすが聖女様だよな~」
「そっちの兄さんも見たのかい?」
別の男がビルに話しかけた。
「もちろんだとも。俺は聖女様が森や湖を浄化するその現場に居たんだからな?末代まで自慢できるってみんなで話してたんだ。もちろん聖女様に同行を許されるのは選ばれた騎士だけだ。例えば、俺みたいな、めちゃくちゃ腕が立つ騎士ってことよ!」
「うわーっはっは!気分がいいな!」ケイレブが高笑いする。
「聖女様のような有難いお方にお仕えできるなんて、運がいい!」
「そうだよ。その話が本当なら、あんた相当運がいいよ」
別の男が近寄ってきた。
「もっと聖女様の話を聞かせてくれよ。聖女様はどんなことをなされるんだい?」
ケイレブは男に向かって身を乗り出した。
「聖女様は、浄化がお得意なんだ。馬に盛られた薬も光の力で浄化しちまったし、辺境に発生してた魔物も浄化して元の姿に戻しちまった。それに、お綺麗でお優しいしなあ。王太子殿下が夢中になって追いかけ回したってのも、まあ男ならわかるよなあ?」
ケイレブとビルはうんうんと頷きあった。
「でも、聖女様に関する悪い噂も聞いたんだけど、どっちが本当なんだろう。俺たちは直接会ったことがないからわからないんだよな」
「王太子殿下も騙されてるって話だぞ?」
「しかも聖女じゃないって話もあるんだろ?」
「聖女なんて本当にいるのかなあ」
「いるわけないよな」
集まってきた男たちは口々に意見を言い出した。
「おいおい、俺の目を疑ってんのかよ。まあ、聞け」
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