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4 決戦

190 月の夜に

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「スー、ここにいたのか」

宿の中庭のベンチでぼんやりと月をみていると、後ろから静かに声をかけられる。
落ち着かなくて部屋を出てきた私を探してくれていたみたい。

「ジョセフ」
振り返ると、優しい笑顔のジョセフが私をみていた。
「隣に座ってもいいか?」
頷くと、私の横にジョセフが座った。

「どうした?リーラが心配して探してるぞ?」
「うん。ちょっと、落ち着かなくて」
「そうか。まあ、今日は色々あったからな?」

ジョセフの声が、優しく心にしみる。

「ちょうどよかった。少し話がしたかったんだ」

そう言うと、そのまま黙り込んだ。月が私たちを照らす。
静かな沈黙。

「その・・・話って、何?」
「ん・・・そのことなんだけどさ。僕のお守り、預かってくれないかな?時々落としそうで心配になることがあってさ」
「ジョセフ・・・」
「本当だぞ?ほら、大事なお守りだからさ。やっぱり失くしたら困るだろ?」
「失くすわけないじゃない。今までだって失くしてないんだから」
「でも、ほら、僕はスーの護衛騎士だし。僕がスーを守るから、スーは僕のお守りを守ってくれないかな。聖女だし、得意なんじゃないのか?」
「まだ、候補だもん」
「スーが持っているだけで僕も安心できるからさ。なっ、頼むよ」
ジョセフはそう言うと、首からお守りのナイフをぶら下げている革紐を外し、私の頭にくぐらせた。

その時にジョセフの想いが一瞬流れ込んでくる。この、想いは・・・

「ジョセフ、ごめん」
「何が」
「んー。いろいろ、たくさん。いつもありがとう。感謝してる。こんな騒ぎにも巻き込んじゃったし。それに・・・」これ以上は言えない。私も、ジョセフも望んでないから。
二人の間を沈黙が満たす。

「なんか、私みんなに迷惑をかけてばかりな気がする」
「ん?」
「申し訳なくなってきちゃって。本当は意地を張らずに逃げるべきだったんだろうか。私が聖女じゃなかったら、こんな騒ぎにはならなかったのに。考え始めたら辛くなって部屋を出てきちゃった」
「スー」
「それにね、人を傷つけるのが怖いの。前はそこまで考えなかったのに。剣術の授業では、本当に剣で人を傷つけようと思ったことなんて、一度もなかったから。正直、剣を刺して血が流れることを考えただけで、気を失いそうになるの。怖いの。怖くてたまらない。自分の身を守るだけだって言い聞かせても、それすらできない。私なんて、リカルドが言うように、教団の中で一生守られて生きていくのが一番いいのかな。そんなことまで考えちゃって・・・」
「スー」ジョセフがなだめるように私の名を呼び、肩に手を回した。
その指先から私を励ましたい気持ちが伝わってくる。

「スー。そう思う気持ちもわからないわけじゃない。でも、気にするな。みんなスーのことが好きだから協力してるんだよ。ただ単に聖女だからってことじゃないんだ。お前、頑張ったよ。ずっと、ずっと長い時間をかけて頑張ってきたじゃないか。初めてあった時なんて、何も持っていない、痩せぽっちな女の子でさあ。ご飯食べてるのかって心配したんだぞ?」
「だから、助けたお礼にご馳走してくれたの?」
「ははっ。それだけじゃないけど、結構それはあったな」
「そうなんだ。あの時は美味しかったよ」
「じゃあ、よかった。またいつでも食わせてやるからさ、元気出せよ。子供達に字を教えたり、学校を作ったり、それから歌を教会から解放するなんて誰でもできることじゃない。それに、森の浄化までやってのけたんだ。すごいじゃないか。それは自分のためじゃなかったろ?スーのみんなを思いやる心が、他の人たちの心を動かしてるんだよ」
ちょっと、涙が出てきた。
私はそれを隠すようにジョセフの肩に顔をうずめた。

「それに、濡れ衣は晴らさなきゃな?男爵領の領民だってみんな困るだろ?自分のためだけじゃないんだよ。」
「うん・・・そうだよね」

くぐもったような私の声から、泣いていることを悟られたらしい。
ジョセフが私のことを抱きしめるようにそっと、両手を私の身体に回した。
あくまでも、そっと。
遠くから守るように、励ますように、そっと。

「元気出せよ、スー」
「うん・・・」
「明日の朝、目が覚めたら、元気になるぞ?」
「約束する・・・ありがとう、ジョセフ。大好き」

ピクリとジョセフの手が揺れた。

「最高の友達だよ。ずっとそばにいてね」
「そうだな、スー。僕も・・・好きだよ」

ジョセフは私に触れないよう、でも温かく私を包み込んだ。
その指先からは、ただ、私を励ましたい、と言う純粋な心だけが流れ込んでくる。
優しさが、今は苦しい。失えない友達。永遠に友達。

軋むように胸が痛む。
私の罪をどうか許して。

そこにあったのは、月明かりだけ。
私たちをみていたのは静かに照らす月の光だけだった。
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