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3 ヒロインへの道
181 決意(王太子ハルヴァート 13)
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ああ、愛しい。
心音が跳ね上がる。
その目を見た瞬間、ハルヴァートの心に湧き上がったのは、ただ愛しいという気持ちだけ。
逃げたくても逃げられない、失えない相手。
いつのまにか、人生に入り込み、ハルヴァートの心を掴んで離さない。
魂が求める相手とはこういう存在のことなのだ。
目の前にいる少女は屈託なく笑っている。
まるで、ハルヴァートの迷いが存在するなど考えたこともない、というように。
ただ会えて嬉しいとだけ、その笑顔は語っていた。
手を伸ばせば抱きしめられる。その距離にいるステラを見たときに、ハルヴァートは悟った。
「これは、私の女だ。私が何としても守らなければならない存在だ」
事の真偽はどうでもいい。
ステラが私を魅了した?それがどうした。
ただ、この女は何が何でも守らなければならない。
決して危険にはさらせない。
指先一つでも傷つけさせてなるものか。
「逃げろ」
言葉とは、なんと不自由なんだろう。
大切なことを告げなければならないのに。絞り出すように出た言葉は単純で、そして苦しいものだった。
ただ、心からの望みは、ステラが生き延びること、それだけ。
傷つかず、どこかで平穏に暮らしてくれれば、必ず迎えに行く。
浄化ができるようになったから、そばにいさせて欲しいという君に言えることは、綺麗事ではなかった。
生き延びてくれ、そしていつか必ず迎えに行く。
2度と会えなくなったとしても、君が生きてさえいてくれれば、それでいい。
敵の手に落ちたらきっと、死んだ方がマシだと思うような目に合わされるに違いない。
「頼む、君が無事でいてくれることだけが、私の望みだ」
最後に放った言葉は君に届いたのだろうか。
それとも薄れゆく時の中、宙に舞い、消え去ってしまったんだろうか。
ただ、ステラの瞳にはなんの陰りもなかった。
なんの後ろめたさも、嘘もない。
いつもどおり。
出会った時から今まで、いつだって陰りのないあの瞳でハルヴァートを見ていた。
(ステラは、無実だ)
その確信は、ハルヴァートに大きな自信を与えた。
いままで、捕らえられていた疑念の檻はどこかになくなっていた。
体にまとわりつき、力を奪う疑惑はその形を失くした。
体が、心が、軽い。
これが、ヴィダルの望んでいたことかと悟る。
さすが、わが生涯の師だ。
私を信じてくれている者も、力になってくれる者もいる。
必ず、この戦いに勝たなければならない。
ハルヴァートは決意を胸に、固くこぶしを握り締めた。
***********************************************
「お会いになれたようですな」
ハルヴァートの目に宿る意志の力を見たヴィダルはほっと息を吐いた。
「そうだな。お前達のおかげだ。ご苦労であった」
ハルヴァートはねぎらうように、微笑みを浮かべながら神官達を見回した。その姿は、昨日の途方にくれたような人物と同じ人物とは思えないほど体の中から湧き上がる活力に満ち溢れていた。
「世話になったな。この恩は忘れぬ。もし、私が廃嫡されなければ、いずれ恩を返すこともできよう」
「恐れ多いことにございます」
神官達は頭を下げた。
昨日までは、ヴィダルの頼みだからとそれほど乗り気でなく引き受けた神官も、自分たちが力を尽くして行った秘術は、王太子だけではなく聖女や国のために役に立つことだったのだと、誇りに思うような気持ちが生まれていた。
真実が明らかになれば、王太子は聖女と協力し、民のために国を繁栄させてくれるに違いない。
神官たちが期待をこめてハルヴァートを見つめると、彼はしっかりと頷き、次にヴィダルを見た。
「ヴィダル。決心がついた。私は私の信ずるところに従う。お前の力が必要だ」
「もちろんでございます。このヴィダル、何があろうと殿下をお支えいたします。腹を決めて信じるのです。そうすれば人は付いてきます」
ヴィダルの声はハルヴァートの心に沁みいるように響いた。
「ただ一つ、お約束をお願いいたします」
ヴィダルはしっかりとハルヴァートの目を見た。
「何だ」
「私の教えをお忘れになりませんように。恩は必ず返すもの。本日恩を返すことをお約束なさいました。ゆめゆめお忘れなきよう。廃嫡されなければ、などという弱気はなりませんぞ?」
ハルヴァートはニヤリと笑った。
「手厳しいな」
「はい。殿下の師ですから」
「そうだな。師の教えには従わねばなるまい。何があろうと、全力で努めよう」
「よいですな。迷ってはなりません。それは絶対です。迷わず自分の信じる道を進めば必ず人はついてきます。殿下を信じる人々を迷わせてはなりません。それが王たる者の務めです」
「うむ。もう迷わん」
決意に満ちた愛弟子の姿に、ヴィダルはこっそりと涙を拭った。
トントン。ドアをノックする音とともに、「失礼します」と侍従のクロードが入ってきた。
クロードはヴィダルや神官に目礼すると、ハルヴァートの耳元にそっと囁いた。
「辺境に向かっていた使者が、そろそろ到着する見込みとの報告がありました」、と。
心音が跳ね上がる。
その目を見た瞬間、ハルヴァートの心に湧き上がったのは、ただ愛しいという気持ちだけ。
逃げたくても逃げられない、失えない相手。
いつのまにか、人生に入り込み、ハルヴァートの心を掴んで離さない。
魂が求める相手とはこういう存在のことなのだ。
目の前にいる少女は屈託なく笑っている。
まるで、ハルヴァートの迷いが存在するなど考えたこともない、というように。
ただ会えて嬉しいとだけ、その笑顔は語っていた。
手を伸ばせば抱きしめられる。その距離にいるステラを見たときに、ハルヴァートは悟った。
「これは、私の女だ。私が何としても守らなければならない存在だ」
事の真偽はどうでもいい。
ステラが私を魅了した?それがどうした。
ただ、この女は何が何でも守らなければならない。
決して危険にはさらせない。
指先一つでも傷つけさせてなるものか。
「逃げろ」
言葉とは、なんと不自由なんだろう。
大切なことを告げなければならないのに。絞り出すように出た言葉は単純で、そして苦しいものだった。
ただ、心からの望みは、ステラが生き延びること、それだけ。
傷つかず、どこかで平穏に暮らしてくれれば、必ず迎えに行く。
浄化ができるようになったから、そばにいさせて欲しいという君に言えることは、綺麗事ではなかった。
生き延びてくれ、そしていつか必ず迎えに行く。
2度と会えなくなったとしても、君が生きてさえいてくれれば、それでいい。
敵の手に落ちたらきっと、死んだ方がマシだと思うような目に合わされるに違いない。
「頼む、君が無事でいてくれることだけが、私の望みだ」
最後に放った言葉は君に届いたのだろうか。
それとも薄れゆく時の中、宙に舞い、消え去ってしまったんだろうか。
ただ、ステラの瞳にはなんの陰りもなかった。
なんの後ろめたさも、嘘もない。
いつもどおり。
出会った時から今まで、いつだって陰りのないあの瞳でハルヴァートを見ていた。
(ステラは、無実だ)
その確信は、ハルヴァートに大きな自信を与えた。
いままで、捕らえられていた疑念の檻はどこかになくなっていた。
体にまとわりつき、力を奪う疑惑はその形を失くした。
体が、心が、軽い。
これが、ヴィダルの望んでいたことかと悟る。
さすが、わが生涯の師だ。
私を信じてくれている者も、力になってくれる者もいる。
必ず、この戦いに勝たなければならない。
ハルヴァートは決意を胸に、固くこぶしを握り締めた。
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「お会いになれたようですな」
ハルヴァートの目に宿る意志の力を見たヴィダルはほっと息を吐いた。
「そうだな。お前達のおかげだ。ご苦労であった」
ハルヴァートはねぎらうように、微笑みを浮かべながら神官達を見回した。その姿は、昨日の途方にくれたような人物と同じ人物とは思えないほど体の中から湧き上がる活力に満ち溢れていた。
「世話になったな。この恩は忘れぬ。もし、私が廃嫡されなければ、いずれ恩を返すこともできよう」
「恐れ多いことにございます」
神官達は頭を下げた。
昨日までは、ヴィダルの頼みだからとそれほど乗り気でなく引き受けた神官も、自分たちが力を尽くして行った秘術は、王太子だけではなく聖女や国のために役に立つことだったのだと、誇りに思うような気持ちが生まれていた。
真実が明らかになれば、王太子は聖女と協力し、民のために国を繁栄させてくれるに違いない。
神官たちが期待をこめてハルヴァートを見つめると、彼はしっかりと頷き、次にヴィダルを見た。
「ヴィダル。決心がついた。私は私の信ずるところに従う。お前の力が必要だ」
「もちろんでございます。このヴィダル、何があろうと殿下をお支えいたします。腹を決めて信じるのです。そうすれば人は付いてきます」
ヴィダルの声はハルヴァートの心に沁みいるように響いた。
「ただ一つ、お約束をお願いいたします」
ヴィダルはしっかりとハルヴァートの目を見た。
「何だ」
「私の教えをお忘れになりませんように。恩は必ず返すもの。本日恩を返すことをお約束なさいました。ゆめゆめお忘れなきよう。廃嫡されなければ、などという弱気はなりませんぞ?」
ハルヴァートはニヤリと笑った。
「手厳しいな」
「はい。殿下の師ですから」
「そうだな。師の教えには従わねばなるまい。何があろうと、全力で努めよう」
「よいですな。迷ってはなりません。それは絶対です。迷わず自分の信じる道を進めば必ず人はついてきます。殿下を信じる人々を迷わせてはなりません。それが王たる者の務めです」
「うむ。もう迷わん」
決意に満ちた愛弟子の姿に、ヴィダルはこっそりと涙を拭った。
トントン。ドアをノックする音とともに、「失礼します」と侍従のクロードが入ってきた。
クロードはヴィダルや神官に目礼すると、ハルヴァートの耳元にそっと囁いた。
「辺境に向かっていた使者が、そろそろ到着する見込みとの報告がありました」、と。
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