上 下
185 / 247
3 ヒロインへの道

181 決意(王太子ハルヴァート 13)

しおりを挟む
ああ、愛しい。

心音が跳ね上がる。
その目を見た瞬間、ハルヴァートの心に湧き上がったのは、ただ愛しいという気持ちだけ。
逃げたくても逃げられない、失えない相手。
いつのまにか、人生に入り込み、ハルヴァートの心を掴んで離さない。
魂が求める相手とはこういう存在のことなのだ。

目の前にいる少女は屈託なく笑っている。
まるで、ハルヴァートの迷いが存在するなど考えたこともない、というように。
ただ会えて嬉しいとだけ、その笑顔は語っていた。

手を伸ばせば抱きしめられる。その距離にいるステラを見たときに、ハルヴァートは悟った。

「これは、私の女だ。私が何としても守らなければならない存在だ」

事の真偽はどうでもいい。
ステラが私を魅了した?それがどうした。
ただ、この女は何が何でも守らなければならない。
決して危険にはさらせない。
指先一つでも傷つけさせてなるものか。

「逃げろ」

言葉とは、なんと不自由なんだろう。
大切なことを告げなければならないのに。絞り出すように出た言葉は単純で、そして苦しいものだった。

ただ、心からの望みは、ステラが生き延びること、それだけ。
傷つかず、どこかで平穏に暮らしてくれれば、必ず迎えに行く。

浄化ができるようになったから、そばにいさせて欲しいという君に言えることは、綺麗事ではなかった。
生き延びてくれ、そしていつか必ず迎えに行く。
2度と会えなくなったとしても、君が生きてさえいてくれれば、それでいい。
敵の手に落ちたらきっと、死んだ方がマシだと思うような目に合わされるに違いない。

「頼む、君が無事でいてくれることだけが、私の望みだ」

最後に放った言葉は君に届いたのだろうか。
それとも薄れゆく時の中、宙に舞い、消え去ってしまったんだろうか。

ただ、ステラの瞳にはなんの陰りもなかった。
なんの後ろめたさも、嘘もない。
いつもどおり。
出会った時から今まで、いつだって陰りのないあの瞳でハルヴァートを見ていた。

(ステラは、無実だ)

その確信は、ハルヴァートに大きな自信を与えた。
いままで、捕らえられていた疑念の檻はどこかになくなっていた。

体にまとわりつき、力を奪う疑惑はその形を失くした。
体が、心が、軽い。

これが、ヴィダルの望んでいたことかと悟る。
さすが、わが生涯の師だ。
私を信じてくれている者も、力になってくれる者もいる。
必ず、この戦いに勝たなければならない。
ハルヴァートは決意を胸に、固くこぶしを握り締めた。

***********************************************

「お会いになれたようですな」

ハルヴァートの目に宿る意志の力を見たヴィダルはほっと息を吐いた。

「そうだな。お前達のおかげだ。ご苦労であった」

ハルヴァートはねぎらうように、微笑みを浮かべながら神官達を見回した。その姿は、昨日の途方にくれたような人物と同じ人物とは思えないほど体の中から湧き上がる活力に満ち溢れていた。

「世話になったな。この恩は忘れぬ。もし、私が廃嫡されなければ、いずれ恩を返すこともできよう」
「恐れ多いことにございます」

神官達は頭を下げた。
昨日までは、ヴィダルの頼みだからとそれほど乗り気でなく引き受けた神官も、自分たちが力を尽くして行った秘術は、王太子だけではなく聖女や国のために役に立つことだったのだと、誇りに思うような気持ちが生まれていた。
真実が明らかになれば、王太子は聖女と協力し、民のために国を繁栄させてくれるに違いない。

神官たちが期待をこめてハルヴァートを見つめると、彼はしっかりと頷き、次にヴィダルを見た。

「ヴィダル。決心がついた。私は私の信ずるところに従う。お前の力が必要だ」
「もちろんでございます。このヴィダル、何があろうと殿下をお支えいたします。腹を決めて信じるのです。そうすれば人は付いてきます」
ヴィダルの声はハルヴァートの心に沁みいるように響いた。

「ただ一つ、お約束をお願いいたします」
ヴィダルはしっかりとハルヴァートの目を見た。
「何だ」
「私の教えをお忘れになりませんように。恩は必ず返すもの。本日恩を返すことをお約束なさいました。ゆめゆめお忘れなきよう。廃嫡されなければ、などという弱気はなりませんぞ?」

ハルヴァートはニヤリと笑った。

「手厳しいな」
「はい。殿下の師ですから」
「そうだな。師の教えには従わねばなるまい。何があろうと、全力で努めよう」
「よいですな。迷ってはなりません。それは絶対です。迷わず自分の信じる道を進めば必ず人はついてきます。殿下を信じる人々を迷わせてはなりません。それが王たる者の務めです」
「うむ。もう迷わん」

決意に満ちた愛弟子の姿に、ヴィダルはこっそりと涙を拭った。


トントン。ドアをノックする音とともに、「失礼します」と侍従のクロードが入ってきた。
クロードはヴィダルや神官に目礼すると、ハルヴァートの耳元にそっと囁いた。

「辺境に向かっていた使者が、そろそろ到着する見込みとの報告がありました」、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】嫉妬深いと婚約破棄されましたが私に惚れ薬を飲ませたのはそもそも王子貴方ですよね?

砂礫レキ
恋愛
「お前のような嫉妬深い蛇のような女を妻にできるものか。婚約破棄だアイリスフィア!僕は聖女レノアと結婚する!」 「そんな!ジルク様、貴男に捨てられるぐらいなら死んだ方がましです!」 「ならば今すぐ死ね!お前など目障りだ!」  公爵令嬢アイリスフィアは泣き崩れ、そして聖女レノアは冷たい目で告げた。 「でもアイリ様を薬で洗脳したのはジルク王子貴男ですよね?」

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...