125 / 247
3 ヒロインへの道
122 神官長の反論
しおりを挟む
ベリ神官長がホール中央に立つ姿は、静かでそして威厳に満ちていた。
王家の威厳とはまた違う、おごそかな神々しさ。
長年神に仕えている人特有の静けさを持っていた。
あたりにいる神官たちはベリ神官長の動向を固唾を飲んで見守っている。
一言でも聞き漏らすまいとするように。その目は信頼に満ちていた。
この人って、多分尊敬されている人なんだろうなって思う。
誠意のある人だ。
「申し上げます。聖女様‥‥‥いや、まだステラ様とお呼びすべきですな」
低い声がホールの床を滑るように伝わってくる。
「そうですな、まだ認定を受けていらっしゃらないので」
「さすがベリ神官長」
さざ波のように同意が広がっていく。
私は小さく頷いた。
いつの間にか聖女扱いが当たり前になっていたけど、できればまだ普通に扱ってくれた方が気が楽だし。
ベリ神官長は、真面目そうな黒い瞳を瞬いた。
「ごほん。聖女様の瞳に見つめられると、このベリですら、穏やかではいられませんな。なんせ100年ぶりに顕れた聖女様。そして、金環の瞳。憧れ続けた存在の瞳に私が映っているかと思うと‥‥‥いや、落ち着きましょう」
聖女って呼ばないって今言ったばかりだよね?
そして神官さんたちもなんで、コクコクと首ふり人形のように首を縦に振り続けてるの?
「古くより、教団では、教会における神を讃える歌や、聖女様を待ち望みお迎えする歌を大切に守ってまいりました。この度の聖女様のご提案ですが、神聖な歌を教会の外に出してよろしいのでしょうか。神聖なうたが市井で歌われることになり、人々の手垢にまみれ汚れてしまうことはありませんでしょうか。教会への敬意と神秘性を保つためにも、歌を教会から出すことには反対いたします」
「反対意見に同意する方で意見のある方はいらっしゃいますか」
ヴィダル先生が声をかけた。
ホールは静まり返っている。
ヴィダル先生は、聖堂の中にいる神官たちをゆっくりと見回した。
「リカルド神官、ファン神官長、先日は意見があったようですが」
名指しされたリカルドがびくりと肩を震わせた。
いつものテンションの高さはなりを潜め、濡れた子犬のように情けなさそうな顔で私を見た。
キュウーーンって鳴き声が聞こえてきそう。
しばらく私を見つめた後、意を決したように、口を開いた。
「聖女様は、このリカルドにお命じにならないのでしょうか」
「‥‥‥」何を?
私以外の人もそう思ったに違いない。静かすぎるホールの中、リカルドの言葉だけが、余韻を落としていた。
この話がどっちに向かうのわからず、リカルドの次の言葉を待つ。
「私は聖女様のお役に立つことだけを毎日願っております。お召しいただけないのは私の不徳の致すところなのか、それとももしや邪魔が入っているのか‥‥‥そもそも、聖女様は、人目に触れない方がいいのです。聖女様の神秘性を保ち、魂の汚れを避けることができます。結婚などとんでもない。聖女様は教団の奥深くで、大切に大切にお守りいたします。当然、歌を市井に落とすなどもってのほか。私が毎日聖女様のために歌をお捧げいたします。神聖なる聖女様のために心より歌わせていただきます‥‥‥」
リカルドの目がトロンとしてきた。
自分の言葉でトランス状態に?
ちょっともうほんとにさあ‥‥‥
心の底から無駄なイケメンって感じでもったいない。
教団でなんとかしてくれない?
「ゴホン」
ヴィダル先生が咳払いをして、リカルドの言葉を遮った。
「リカルド神官、論点の整理を」
「この上なく整理しております!」
リカルドが興奮したように紅潮した顔で立ち上がった。
「本当は聖女様が学園に通われるのも耐え難い!私がお守りするために神学教授として参上したのに‥‥‥あの王太子めが、恐れ多くも当代の聖女様の婚約者を名乗るなど思いあがりもはなはだしい!」
いや、絶対論点ずれてるって。
っつーかどんどんずれてるよ。
そんな話してないから。
私は呆れたようにリカルドを見た。
「ああっ!聖女様が眉をひそめられた!!おゆるしください、聖女様。どうか、この下僕めを踏んでくださいまし。さささ、どうぞ!」
リカルドがさっと床に伏せて、背中を私に向けた。
いやだキモい。
ちょっと、何言ってんのこいつ。
やっぱりリカルドはリカルドだよね。
しかも、頬を染めて踏んでってさあ。誰得?
そういうのは専門の方にお願いして。私は無理。
「落ち着きなさい、リカルド神官。聖女様の御前ですぞ」
「いえいえ、御前だからこそ!」
興奮したリカルドがずりずりと這いずりながら私に近寄ろうとする。
「ひっ」
「やめい」
ベリ神官長が、厳しい声で制止した。
「リカルド神官、聖女様に無礼ですぞ。退出しなさい」
「ええっ!!せっかくお側にはべっているのに‥‥‥おゆるしください。ベリ様」
はべってるって‥‥‥はべらせてないから!
「愚か者。お前からは邪念が透けて見えるわ。神官長として命ずる。ここから退出しなさい。そして反省のために経典を1冊写本すること」
「嗚呼‥‥‥ううう。写本など造作もないですが、聖女様のお側にぃぃぃぃ‥‥‥」
屈強な兵士のような体格の神官が、リカルドの首根っこを掴んで無理やり聖堂の外に引きずり出した。
「聖女様あああああ」
叫び声が遠ざかっていく。
ちょっとかわいそう?うーんでも、やっぱり、キモい。
王家の威厳とはまた違う、おごそかな神々しさ。
長年神に仕えている人特有の静けさを持っていた。
あたりにいる神官たちはベリ神官長の動向を固唾を飲んで見守っている。
一言でも聞き漏らすまいとするように。その目は信頼に満ちていた。
この人って、多分尊敬されている人なんだろうなって思う。
誠意のある人だ。
「申し上げます。聖女様‥‥‥いや、まだステラ様とお呼びすべきですな」
低い声がホールの床を滑るように伝わってくる。
「そうですな、まだ認定を受けていらっしゃらないので」
「さすがベリ神官長」
さざ波のように同意が広がっていく。
私は小さく頷いた。
いつの間にか聖女扱いが当たり前になっていたけど、できればまだ普通に扱ってくれた方が気が楽だし。
ベリ神官長は、真面目そうな黒い瞳を瞬いた。
「ごほん。聖女様の瞳に見つめられると、このベリですら、穏やかではいられませんな。なんせ100年ぶりに顕れた聖女様。そして、金環の瞳。憧れ続けた存在の瞳に私が映っているかと思うと‥‥‥いや、落ち着きましょう」
聖女って呼ばないって今言ったばかりだよね?
そして神官さんたちもなんで、コクコクと首ふり人形のように首を縦に振り続けてるの?
「古くより、教団では、教会における神を讃える歌や、聖女様を待ち望みお迎えする歌を大切に守ってまいりました。この度の聖女様のご提案ですが、神聖な歌を教会の外に出してよろしいのでしょうか。神聖なうたが市井で歌われることになり、人々の手垢にまみれ汚れてしまうことはありませんでしょうか。教会への敬意と神秘性を保つためにも、歌を教会から出すことには反対いたします」
「反対意見に同意する方で意見のある方はいらっしゃいますか」
ヴィダル先生が声をかけた。
ホールは静まり返っている。
ヴィダル先生は、聖堂の中にいる神官たちをゆっくりと見回した。
「リカルド神官、ファン神官長、先日は意見があったようですが」
名指しされたリカルドがびくりと肩を震わせた。
いつものテンションの高さはなりを潜め、濡れた子犬のように情けなさそうな顔で私を見た。
キュウーーンって鳴き声が聞こえてきそう。
しばらく私を見つめた後、意を決したように、口を開いた。
「聖女様は、このリカルドにお命じにならないのでしょうか」
「‥‥‥」何を?
私以外の人もそう思ったに違いない。静かすぎるホールの中、リカルドの言葉だけが、余韻を落としていた。
この話がどっちに向かうのわからず、リカルドの次の言葉を待つ。
「私は聖女様のお役に立つことだけを毎日願っております。お召しいただけないのは私の不徳の致すところなのか、それとももしや邪魔が入っているのか‥‥‥そもそも、聖女様は、人目に触れない方がいいのです。聖女様の神秘性を保ち、魂の汚れを避けることができます。結婚などとんでもない。聖女様は教団の奥深くで、大切に大切にお守りいたします。当然、歌を市井に落とすなどもってのほか。私が毎日聖女様のために歌をお捧げいたします。神聖なる聖女様のために心より歌わせていただきます‥‥‥」
リカルドの目がトロンとしてきた。
自分の言葉でトランス状態に?
ちょっともうほんとにさあ‥‥‥
心の底から無駄なイケメンって感じでもったいない。
教団でなんとかしてくれない?
「ゴホン」
ヴィダル先生が咳払いをして、リカルドの言葉を遮った。
「リカルド神官、論点の整理を」
「この上なく整理しております!」
リカルドが興奮したように紅潮した顔で立ち上がった。
「本当は聖女様が学園に通われるのも耐え難い!私がお守りするために神学教授として参上したのに‥‥‥あの王太子めが、恐れ多くも当代の聖女様の婚約者を名乗るなど思いあがりもはなはだしい!」
いや、絶対論点ずれてるって。
っつーかどんどんずれてるよ。
そんな話してないから。
私は呆れたようにリカルドを見た。
「ああっ!聖女様が眉をひそめられた!!おゆるしください、聖女様。どうか、この下僕めを踏んでくださいまし。さささ、どうぞ!」
リカルドがさっと床に伏せて、背中を私に向けた。
いやだキモい。
ちょっと、何言ってんのこいつ。
やっぱりリカルドはリカルドだよね。
しかも、頬を染めて踏んでってさあ。誰得?
そういうのは専門の方にお願いして。私は無理。
「落ち着きなさい、リカルド神官。聖女様の御前ですぞ」
「いえいえ、御前だからこそ!」
興奮したリカルドがずりずりと這いずりながら私に近寄ろうとする。
「ひっ」
「やめい」
ベリ神官長が、厳しい声で制止した。
「リカルド神官、聖女様に無礼ですぞ。退出しなさい」
「ええっ!!せっかくお側にはべっているのに‥‥‥おゆるしください。ベリ様」
はべってるって‥‥‥はべらせてないから!
「愚か者。お前からは邪念が透けて見えるわ。神官長として命ずる。ここから退出しなさい。そして反省のために経典を1冊写本すること」
「嗚呼‥‥‥ううう。写本など造作もないですが、聖女様のお側にぃぃぃぃ‥‥‥」
屈強な兵士のような体格の神官が、リカルドの首根っこを掴んで無理やり聖堂の外に引きずり出した。
「聖女様あああああ」
叫び声が遠ざかっていく。
ちょっとかわいそう?うーんでも、やっぱり、キモい。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】嫉妬深いと婚約破棄されましたが私に惚れ薬を飲ませたのはそもそも王子貴方ですよね?
砂礫レキ
恋愛
「お前のような嫉妬深い蛇のような女を妻にできるものか。婚約破棄だアイリスフィア!僕は聖女レノアと結婚する!」
「そんな!ジルク様、貴男に捨てられるぐらいなら死んだ方がましです!」
「ならば今すぐ死ね!お前など目障りだ!」
公爵令嬢アイリスフィアは泣き崩れ、そして聖女レノアは冷たい目で告げた。
「でもアイリ様を薬で洗脳したのはジルク王子貴男ですよね?」
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる