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3 ヒロインへの道
105 お母さんと住んでいた家
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滲み始めた涙をぐいっと拭い、えいっと自分に喝を入れた。
「こんにちは」
隣の家のダニエル爺さんに声をかける。ヒョイっと顔を出したダニエルは昔とあんまり変わらない、お爺ちゃんのままだった。白いお髭と優しげな青い瞳。大きな手で私の頭を撫でると、内緒だぞって言いながら、いつも飴玉をくれてたんだ。
顔を見れば、あの時の甘いりんご飴の味が口の中によみがえってくる。
「スー!!随分大きくなって!!別嬪さんになったなあ。お母さんにそっくりだ」
やっぱり、ズーって聞こえる!懐かしい!
「ありがとうございます。ご無沙汰しちゃってすみません。」
思わず顔がほころび、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになってくる。
お母さんが仕事で遅くなるときは、いつも気にかけてくれていたんだよね。
「ところで前私が住んでいた家って、もう別の方が住んでますよね?お家の中までとは言いませんので、少しだけ、庭を歩かせてもらうことはできそうでしょうか?」
少しだけ、少しだけでいい。ちょっとだけ、近くに寄りたいだけ。
ダニエル爺さんは、私がやっとここを訪ねるくらい心の整理がついたってわかってくれているようだ。全てを悟っているような微笑みを浮かべたあと、穏やかに言った。
「スー‥‥‥お前さんの家は誰も住んでいないよ。」
「そうなんですか?随分時間が経ったのに‥‥‥大家さんは‥‥‥?」
お母さんは大家さんがいるって言ってた気がしたけど、あれ?
「これを」
ダニエル爺さんは近くにあった引き出しから、真鍮でできたずっしりとした鍵を取り出し、私の掌の上に乗せた。
「隣はわしが管理しとるんじゃよ。男爵様に頼まれてな。大家さんとは男爵様のことかい?お前さんが訪ねてきたら鍵を渡すように言われとったんじゃ」
「とうさまが‥‥‥ありがとう。お爺ちゃん」
元いた家は綺麗に整えられていた。
小さな庭には花が咲き、木々も綺麗に剪定され人の手が入っていることが一目でわかる。
いつもギーギー軋む音を立てていた木戸はすっかり新しくなっていた。
鍵を入れるとカチリと音を立てて、音もなく開く。
その瞬間。
母の明るい笑い声がどこからか聞こえてくるような気がした。
(おかえり、スー。手を洗ってらっしゃい。)
(今日のおやつはチョコレートのクッキーよ)
ああ、お母さん。
もっと早く来れなくてごめん。
私の中の小さな女の子が泣きながら浮かび上がってくる。
お母さん、お母さん。
泣きながら抱きつく小さな女の子をお母さんが優しく抱きしめてくれた。
(ステラ、スー、私の可愛い娘。たからもの)
お母さんがぎゅっと私のことも抱きしめ、ふわっと陽の光に溶けていった。
ああ、そうだ。
ここで暮らした日々は私にとってかけがえのない日々だった。
どんなにひどい目にあっても、お母さんを思うだけでこの世には「愛」があると思えた。
なんて、かけがえのない日々だったんだろう。
もう二度と戻らない、大切な、大切な日々。
目頭が熱くなり、家の扉がにじんで見えた。
「木苺のジュースでもどうかの?」
ダニエル爺さんが後ろから声をかけてくれた。
「ゆっくりしていくといい。男爵様も時折いらっしゃっては、庭を歩いたり、家で休んだりしていらっしゃるよ。あの方は、お前のお母さんのことを本当に愛してらっしゃったからな」
「‥‥‥ありがとうございます」
ポロリと一粒涙がこぼれてしまった。
だめ、こらえないと。困らせちゃう。
私はぎゅっと唇をかんでうつむいた。
その時、私の頬を撫でるように風が吹き、木々の葉をざあっと揺らした。
葉が舞い散り、天に上がっていく。
その脇で、母が一番気に入っていたミモザの木が、掠れた音を立てた。
そっと、囁くように。内緒だよってくすくす笑っているように聞こえる。
(お母さんだ‥‥‥そばにいる。会いに来てくれたんだ。)
私は、目をつむり、母の面影を思い浮かべた。
(お母さん、ここにいてくれたんだね。今までずっと来られなくてごめんね‥‥‥)
母はにっこり笑うと、優しく私のことを包み込んでくれた。
黄色いミモザの花が風に舞い、私の周りを踊るように取り囲みそしてゆっくりと地面に落ちていった。
「いつだってここにいるわよ。スーのことを見守っているよ。」
どこからか、お母さんの優しい声が聞こえた気がした。
*******************************************
連載再開しました。長らくお待ちいただいた方がいらっしゃいましたらお礼申し上げます。
また、よろしくお願いします(^^)/
「こんにちは」
隣の家のダニエル爺さんに声をかける。ヒョイっと顔を出したダニエルは昔とあんまり変わらない、お爺ちゃんのままだった。白いお髭と優しげな青い瞳。大きな手で私の頭を撫でると、内緒だぞって言いながら、いつも飴玉をくれてたんだ。
顔を見れば、あの時の甘いりんご飴の味が口の中によみがえってくる。
「スー!!随分大きくなって!!別嬪さんになったなあ。お母さんにそっくりだ」
やっぱり、ズーって聞こえる!懐かしい!
「ありがとうございます。ご無沙汰しちゃってすみません。」
思わず顔がほころび、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになってくる。
お母さんが仕事で遅くなるときは、いつも気にかけてくれていたんだよね。
「ところで前私が住んでいた家って、もう別の方が住んでますよね?お家の中までとは言いませんので、少しだけ、庭を歩かせてもらうことはできそうでしょうか?」
少しだけ、少しだけでいい。ちょっとだけ、近くに寄りたいだけ。
ダニエル爺さんは、私がやっとここを訪ねるくらい心の整理がついたってわかってくれているようだ。全てを悟っているような微笑みを浮かべたあと、穏やかに言った。
「スー‥‥‥お前さんの家は誰も住んでいないよ。」
「そうなんですか?随分時間が経ったのに‥‥‥大家さんは‥‥‥?」
お母さんは大家さんがいるって言ってた気がしたけど、あれ?
「これを」
ダニエル爺さんは近くにあった引き出しから、真鍮でできたずっしりとした鍵を取り出し、私の掌の上に乗せた。
「隣はわしが管理しとるんじゃよ。男爵様に頼まれてな。大家さんとは男爵様のことかい?お前さんが訪ねてきたら鍵を渡すように言われとったんじゃ」
「とうさまが‥‥‥ありがとう。お爺ちゃん」
元いた家は綺麗に整えられていた。
小さな庭には花が咲き、木々も綺麗に剪定され人の手が入っていることが一目でわかる。
いつもギーギー軋む音を立てていた木戸はすっかり新しくなっていた。
鍵を入れるとカチリと音を立てて、音もなく開く。
その瞬間。
母の明るい笑い声がどこからか聞こえてくるような気がした。
(おかえり、スー。手を洗ってらっしゃい。)
(今日のおやつはチョコレートのクッキーよ)
ああ、お母さん。
もっと早く来れなくてごめん。
私の中の小さな女の子が泣きながら浮かび上がってくる。
お母さん、お母さん。
泣きながら抱きつく小さな女の子をお母さんが優しく抱きしめてくれた。
(ステラ、スー、私の可愛い娘。たからもの)
お母さんがぎゅっと私のことも抱きしめ、ふわっと陽の光に溶けていった。
ああ、そうだ。
ここで暮らした日々は私にとってかけがえのない日々だった。
どんなにひどい目にあっても、お母さんを思うだけでこの世には「愛」があると思えた。
なんて、かけがえのない日々だったんだろう。
もう二度と戻らない、大切な、大切な日々。
目頭が熱くなり、家の扉がにじんで見えた。
「木苺のジュースでもどうかの?」
ダニエル爺さんが後ろから声をかけてくれた。
「ゆっくりしていくといい。男爵様も時折いらっしゃっては、庭を歩いたり、家で休んだりしていらっしゃるよ。あの方は、お前のお母さんのことを本当に愛してらっしゃったからな」
「‥‥‥ありがとうございます」
ポロリと一粒涙がこぼれてしまった。
だめ、こらえないと。困らせちゃう。
私はぎゅっと唇をかんでうつむいた。
その時、私の頬を撫でるように風が吹き、木々の葉をざあっと揺らした。
葉が舞い散り、天に上がっていく。
その脇で、母が一番気に入っていたミモザの木が、掠れた音を立てた。
そっと、囁くように。内緒だよってくすくす笑っているように聞こえる。
(お母さんだ‥‥‥そばにいる。会いに来てくれたんだ。)
私は、目をつむり、母の面影を思い浮かべた。
(お母さん、ここにいてくれたんだね。今までずっと来られなくてごめんね‥‥‥)
母はにっこり笑うと、優しく私のことを包み込んでくれた。
黄色いミモザの花が風に舞い、私の周りを踊るように取り囲みそしてゆっくりと地面に落ちていった。
「いつだってここにいるわよ。スーのことを見守っているよ。」
どこからか、お母さんの優しい声が聞こえた気がした。
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連載再開しました。長らくお待ちいただいた方がいらっしゃいましたらお礼申し上げます。
また、よろしくお願いします(^^)/
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