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2 学園編
91 エリザベスの断罪
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「久しいな、エリザベス・キース伯爵令嬢」
校内にある応接室の窓の前にハルヴァートは立っていた。
背の高いハルヴァートが窓の前に立つと、光を遮り妙な迫力を生み出していた。
その表情は逆光のためよく見えない。
他の生徒と同じグレーの制服を着ているはずなのに、なぜこんなに圧迫感を生み出せるのだろうか。
ハルヴァートに呼び出され、入り口付近に立ち尽くすエリザベスの顔面は蒼白だった。
肩が小さく震えている。
対するハルヴァートはいつもと変わらず、機械のような冷静さと威厳を保っていた。
アイスブルーの瞳は射るような鋭さでエリザベスのことを見つめている。まるで何一つ見逃さないと宣言しているように。
冷たい空気の中、エリザベスは罠にかかった獲物の様な気分になっていた。
「お久しぶりでございます。王太子殿下。ご機嫌麗しゅう。」
エリザベスは必死で声の震えを抑え、カーテシーで挨拶しようとした。
「よい」
ハルヴァートはエリザベスの挨拶を手を振って制止した。
窓からは明るい陽ざしが降り注いでいる。
なのに、部屋の中の空気は寒気がするぐらいに凍りついていた。
「それでだ、キース嬢。」ハルヴァートはエリザベスをジロリと見つめた。
「早速本題に入ろう。私の婚約者であるステラに水をかけた不届き者がいるとか」
エリザベスはハッと目を見開くと、俯いてガクガクと震えだした。
全身に震えが走り、隠すことができない。
「何か知っていることはあるか」
ハルヴァートは氷のような冷たい視線でエリザベスを見つめた。
王家そのものの威厳と冷たい空気に、エリザベスは俯いたまま顔を上げられないでいた。
(どうしよう、どうしよう‥‥‥)
エリザベスの知っていた王太子は婚約者のために何かをするような人間ではなかった。
婚約者候補たちの集まるお茶会でハルヴァートが表情を変えたことは一度もなかった。
いつも無表情で決まったことしか話さない少年だった。あれから随分と成長し、別人のように大人びたが、本質は変わらないはずだ。
王太子は一体何を求めてエリザベスを呼び出したのか、何を考えているのか、考えてもわからない。
ただ、目の前の氷の王太子は怒っているようにも思える。
「わ、私は‥‥」
自分でも何を言おうとしたのか、何をいうべきなのかもわからない。
ただただ動揺して、何か言わなければならないと口を開いたが、結局何も言えずにそのまま固まってしまった。
「正直に話さねば、王家への反逆とみなす。ステラは私の婚約者であり、ステラに対する侮辱は私に対する侮辱だ。当然理解しているな?」
エリザベスは恐ろしくて顔を上げられなくなった。頭の上から聞こえるハルヴァートの声に、エリザベスの肩がビクリとはねる。
(ああ、どうしよう。でも父にバレたらお母様がどんな目にあわされるか分からない‥‥‥)
「エリザベス」ハルヴァートの声が響く。「これが最後の情けだ」
エリザベスの脚から力が抜け、がくりと床に膝をついた。
「あああああ、申し訳ありません。申し訳ありませんでした。魔が差したとしか思えません。申し訳ありません、申し訳ありません‥‥‥」
エリザベスは泣きながら、床に頭をこすりつけた。
「本当に‥‥‥、申し訳ありません‥‥‥」
「ふむ」
ハルヴァートはため息をつくと応接室に備え付けられた椅子に座った。
「申し開きがあるのなら言ってみるがいい」
目の前のエリザベスはかつての婚約者候補の一人ではあるが、いつも怯えたような瞳をしている少女だった。商人上がりと他の令嬢たちは馬鹿にしていたが、頭の回転も早く、ハルヴァートに無用に媚びないところなどは気に入っていた。ただ、時折視線に打算や諦めが混じるのが気にかかる存在であった。
水をかけるようなつまらない嫌がらせをする人間ではないと思っていたのだが。
「な、何も‥‥‥全ては私の問題です。ステラ様には申し訳ないことをしました」
エリザベスは涙を流しながら床に頭をこすりつけている。
「ただ、不敬な気持ちは毛頭ございませんでした。そこまで思い至らないほど愚かだったのです、本当に申し訳ありませんでした」
涙を流しながら床に頭をこすりつけながら謝っているエリザベスは小さく見える。
ステラに対してそこまでの害意はなかったということだろうか。
しかし、ステラに関して少しでも脅威があれば、取り除いておきたい。
どうしてやろうか。今ここで手打ちにしてもいいぐらいだが。
ハルヴァートは冷たい目でエリザベスを見下ろした。
「エリザベス。そなたはこのような愚かな事件を起こすとは思っていなかった。正直失望した。まともな理由すらないのか」
「理由‥‥‥すみません。私は、ステラ様の全てに嫉妬しました。妬ましかったんです‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
エリザベスが消え入りそうな声で告白した。
(やはり、ここでカタをつけておいた方が‥‥‥)
ハルヴァートの手が腰に下げた剣に伸びる。
「殿下」
クロードが小声で話しかける。
「ステラ様が‥‥‥」
その名前を聞いた瞬間、ハルヴァートは我に返った。
ステラに害を及ぼす危険があるというだけで、手打ちにしてしまうところだった。
(危ないところだった。ステラにバレたら、多分、間違いなく、マズイ。)
よくやった、クロード。
校内にある応接室の窓の前にハルヴァートは立っていた。
背の高いハルヴァートが窓の前に立つと、光を遮り妙な迫力を生み出していた。
その表情は逆光のためよく見えない。
他の生徒と同じグレーの制服を着ているはずなのに、なぜこんなに圧迫感を生み出せるのだろうか。
ハルヴァートに呼び出され、入り口付近に立ち尽くすエリザベスの顔面は蒼白だった。
肩が小さく震えている。
対するハルヴァートはいつもと変わらず、機械のような冷静さと威厳を保っていた。
アイスブルーの瞳は射るような鋭さでエリザベスのことを見つめている。まるで何一つ見逃さないと宣言しているように。
冷たい空気の中、エリザベスは罠にかかった獲物の様な気分になっていた。
「お久しぶりでございます。王太子殿下。ご機嫌麗しゅう。」
エリザベスは必死で声の震えを抑え、カーテシーで挨拶しようとした。
「よい」
ハルヴァートはエリザベスの挨拶を手を振って制止した。
窓からは明るい陽ざしが降り注いでいる。
なのに、部屋の中の空気は寒気がするぐらいに凍りついていた。
「それでだ、キース嬢。」ハルヴァートはエリザベスをジロリと見つめた。
「早速本題に入ろう。私の婚約者であるステラに水をかけた不届き者がいるとか」
エリザベスはハッと目を見開くと、俯いてガクガクと震えだした。
全身に震えが走り、隠すことができない。
「何か知っていることはあるか」
ハルヴァートは氷のような冷たい視線でエリザベスを見つめた。
王家そのものの威厳と冷たい空気に、エリザベスは俯いたまま顔を上げられないでいた。
(どうしよう、どうしよう‥‥‥)
エリザベスの知っていた王太子は婚約者のために何かをするような人間ではなかった。
婚約者候補たちの集まるお茶会でハルヴァートが表情を変えたことは一度もなかった。
いつも無表情で決まったことしか話さない少年だった。あれから随分と成長し、別人のように大人びたが、本質は変わらないはずだ。
王太子は一体何を求めてエリザベスを呼び出したのか、何を考えているのか、考えてもわからない。
ただ、目の前の氷の王太子は怒っているようにも思える。
「わ、私は‥‥」
自分でも何を言おうとしたのか、何をいうべきなのかもわからない。
ただただ動揺して、何か言わなければならないと口を開いたが、結局何も言えずにそのまま固まってしまった。
「正直に話さねば、王家への反逆とみなす。ステラは私の婚約者であり、ステラに対する侮辱は私に対する侮辱だ。当然理解しているな?」
エリザベスは恐ろしくて顔を上げられなくなった。頭の上から聞こえるハルヴァートの声に、エリザベスの肩がビクリとはねる。
(ああ、どうしよう。でも父にバレたらお母様がどんな目にあわされるか分からない‥‥‥)
「エリザベス」ハルヴァートの声が響く。「これが最後の情けだ」
エリザベスの脚から力が抜け、がくりと床に膝をついた。
「あああああ、申し訳ありません。申し訳ありませんでした。魔が差したとしか思えません。申し訳ありません、申し訳ありません‥‥‥」
エリザベスは泣きながら、床に頭をこすりつけた。
「本当に‥‥‥、申し訳ありません‥‥‥」
「ふむ」
ハルヴァートはため息をつくと応接室に備え付けられた椅子に座った。
「申し開きがあるのなら言ってみるがいい」
目の前のエリザベスはかつての婚約者候補の一人ではあるが、いつも怯えたような瞳をしている少女だった。商人上がりと他の令嬢たちは馬鹿にしていたが、頭の回転も早く、ハルヴァートに無用に媚びないところなどは気に入っていた。ただ、時折視線に打算や諦めが混じるのが気にかかる存在であった。
水をかけるようなつまらない嫌がらせをする人間ではないと思っていたのだが。
「な、何も‥‥‥全ては私の問題です。ステラ様には申し訳ないことをしました」
エリザベスは涙を流しながら床に頭をこすりつけている。
「ただ、不敬な気持ちは毛頭ございませんでした。そこまで思い至らないほど愚かだったのです、本当に申し訳ありませんでした」
涙を流しながら床に頭をこすりつけながら謝っているエリザベスは小さく見える。
ステラに対してそこまでの害意はなかったということだろうか。
しかし、ステラに関して少しでも脅威があれば、取り除いておきたい。
どうしてやろうか。今ここで手打ちにしてもいいぐらいだが。
ハルヴァートは冷たい目でエリザベスを見下ろした。
「エリザベス。そなたはこのような愚かな事件を起こすとは思っていなかった。正直失望した。まともな理由すらないのか」
「理由‥‥‥すみません。私は、ステラ様の全てに嫉妬しました。妬ましかったんです‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
エリザベスが消え入りそうな声で告白した。
(やはり、ここでカタをつけておいた方が‥‥‥)
ハルヴァートの手が腰に下げた剣に伸びる。
「殿下」
クロードが小声で話しかける。
「ステラ様が‥‥‥」
その名前を聞いた瞬間、ハルヴァートは我に返った。
ステラに害を及ぼす危険があるというだけで、手打ちにしてしまうところだった。
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