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2 学園編

41 聖女の入学 【あるモブの話】

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その方が学園に入学されることは以前から噂になっていた。
100年ぶりに我が国に顕現した聖女様。
ただ、その控えめなお人柄から、自らが聖女扱いされることを望まず、ひっそりと男爵領でお過ごしになっていらっしゃるとか。

また、王太子殿下が婚約者として是非にと望んでも、特別な立場に遠慮されて固辞されていらっしゃるという。なんと謙虚なことであろうか。

まさに聖女そのもののお人柄と、慕う者も多く、神聖ヘレナ教団の信徒の中ではすでに神格化されつつある程のお方が、この学園にいらっしゃるというのだ。

人前では一切感情を表さず、「氷の王太子」と呼ばれているハルヴァート殿下ですら、聖女様が学園に入学することが決まってから人が変わったようにソワソワされていると噂になっていた。

そして今日、いよいよ聖女様ことステラ・ディライト嬢が学園に到着されるのだ。
皆でお迎えし、聖女様の時代の到来を寿がねばならぬ。
聖女様の乗った馬車が到着する車止めは、聖女様を歓迎したい、いや一目見たいと熱烈に望む生徒達で溢れかえっていた。
どんなに高貴な方であろうと、学園内部までの馬車の乗り入れは禁止されている。
それは聖女様とて例外ではない。
謙虚な聖女様は当然のこととしてルールを受け入れられ車止めで降りて歩かれるという。
どこかの傲慢な令嬢とは大違いだ。

そのような資格はないからと、王家からの迎えを固辞された、という清貧の姿勢にも好感が持てる。
聖女様にお会いできる期待と、だれよりも早く聖女を見たいという高揚感から、教団から歌うことを禁止されている聖女様をお迎えする歌がどこかから聞こえてくる。我慢できずに歌い出した者がいるらしい。

生徒の輪の中には王太子殿下の姿が見える。
落ち着かなげに道を見つめるその姿は、いつもの冷静な姿とは全く違う。
単に一人の恋する相手を待つ男子生徒にしか見えなかった。

「別人みたい・・・」

ボソッと呟いた誰かの言葉に、周りの生徒達はうんうんと頷いた。

なんの飾り気もない、簡素な馬車がギシギシと音を立てながら学園の通路を入って来た。
紋章も付いていない、おそらく貸し馬車だろうその馬車が聖女が乗っている馬車なのだろうか?
さすがの聖女様、なんと清らかで欲のない方なんだろう。
望めば王家の馬車であろうと、もっと豪華な馬車だろうと望むがままだろうに。

その質素な馬車が車止めに着き、軋みながら止まった時、生徒達からは大きな歓声が起きた。
この歴史的な瞬間に立ち会いたい!聖女様をいち早くみたい!
生徒達の興奮は、最高潮に達していた。

大勢の生徒達の興奮に若干引き気味な(おそらく雇われの)馬車の御者がそそくさとドアの掛け金を外した。

カチャ

静かにドアが開く音とともに、そこから降りて来たのは・・・男?

なんで男?
聖女って、男?そんなのアリ?

ぽかんと口を開けるモブ達。

いやだって、ええ?見たことないぐらいの美少年だけど?でも、聖女様って、男なの?
まあ、服装はレースやフリル満載だし、ちょっと普通の男とは違うみたいだけど?
まあでもこのクラスの美形ならありなのか?
でもそれなら聖人様と名乗るべきでは・・・

あー、そっか。そういうことなのか。そりゃー、氷の王太子ことハルヴァート殿下があのボンキュッボンの婚約者候補の方々に見向きもしない訳だ!と皆が納得しかけたところで、王太子殿下が不機嫌そうに口を開いた。

「ステラはどうした」

ん?やっぱりこの男は聖女様ではないってことか?

「お久しぶりでございます。王太子殿下。姉は人が大勢いるこの状態に驚いてしまい、馬車の中に引きこもっております」
「全く。聖女の役割も王太子妃の役割も人目からは逃れることができないというのに」

王太子殿下は小さく舌打ちした。
え、舌打ち?あの殿下が?これは、聞いてはいけないものを聞いてしまったような・・・

王太子殿下は気をとりなおし、また氷のような無表情の仮面をかぶりなおした。

「人払いを」

無表情に側近候補に告げると、また馬車の入り口に向き直った。

我々モブはここから追い出されてしまう?せっかく聖女様を拝見する機会だというのに。
(ああ、長いこと心待ちにしていたのに・・・)
辺りに失望が満ち溢れた。すすり泣きまで聞こえて来た。

その時。

「お待ちください」

鈴の鳴るような美しい声とともにそのお方は現れた。

ドアを開ける白い指。
繋がる白い腕。
さらりと流れる、白銀の髪。
絶世の美女とも言えるその顔の中で誰もが魅了されるのは・・・

金環の瞳!!!間違いない!聖女さまだ!!!


「ステラ」聖女の顔を食い入るように見つめたまま、まるで魅了されたように王太子殿下が近寄っていく。
あんな殿下の表情は見たことがない。目の下を赤く染め、微笑みながら手を差し伸べる。
あれじゃあ、まるで・・・

だが、次に聖女様の言った言葉に一同は呆気にとられた。


「どなたでしたっけ?」
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