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5 壮介

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「オレ・・・白石だけど・・・」

部室のドアの向こうから、遠慮がちな、小さな声が聞こえた。
えっ、姫!?

「あの・・・温かいもの買ってきたから、着替えたら飲んでくれよな。」

俺は急いで部室のドアを思いっきり引いた。
そこには、大きな目をもっと大きく見開いた勇太。
次の瞬間にはおろおろと目を泳がせた。何だかあたふたしてる?

「いや、あの着替え中だったら悪いかと思って」
「もう着替えたから大丈夫。部室入るか?寒いし」

俺が体を脇に寄せると、勇太が小柄な身体を益々小さくするように遠慮しながら部室に入ってきた。

「お邪魔します・・・部外者なのにすいません。いや、ほんとにごめん。まさか、こんなことになるなんて思わなくて」

そりゃそうだろう。誰がこの寒い季節にバケツの水をかぶると思う?

「あのさ、何が好きか分からないから色々買ってみたんだけど、口に合うのあるかな?」

勇太は、手に持ったコンビニの袋から缶やペットボトルを次々に取り出し、部室の棚に置いていった。
コーヒー、紅茶、緑茶・・・全部暖かいものだ。
も、もしかして気遣いの人?いやー、ウチの姫は綺麗なだけじゃなくて気遣いもできるのか。すごいな。

「あとさ、タオル足りないかもと思って買ってきた。あと、下着も・・・サイズ分からないから適当だけど・・・」

タオルなんて部室にあるの適当に使えば良いのに。しかも、し、下着ぃ?
男が身につけるものを贈るなんて、ま、まさか・・・シ・タ・ゴ・コ・ロ?!
いかんいかん。妄想が炸裂するところだった。
落ち着け、俺。

「あの・・・富山くん?大丈夫・・・?」
「えっ!!俺の名前知ってるの?!」
「体育の時間一緒だよね。体育クラスで一番背が高いし知ってるよ?」

勇太は当たり前だろ、とでも言うようにうっすらと微笑む。
くらくらする。
思わず手近にあった缶を掴み一気飲みすると、ブラックコーヒーだった。うぇ苦い。
俺はお子ちゃま味のカフェオレしか飲めないんだよ!
しかし、これは天上人である勇太様からの御下賜品、吐き出すわけにはいかない・・・だ、だいじょーぶ。苦くない。これは天上の味、天上の味・・・
 
「富山くんはブラックコーヒー派なんだね。イメージ通りの硬派なのかな」

勇太がポツリとこぼす。
えっ?硬派?俺って硬派なの?知らなかった。
まあ、軟派ではないわな。
俺は苦さに涙目になりながらも、選択肢が間違っていなかったらしいことに少しだけほっとした。
 
「・・・」
「・・・」

く、くうきが重い・・・
静まり返った部室で口を開いたのは勇太の方だった。

「巻き込んで本当にごめんなさい。こんなことになるとは思ってもいなくて・・・」
しょんぼりと肩を落とす。
「・・・」

いや、なんかもしかしてこれ、ラッキーじゃね?棚から牡丹餅的な?
俺はどうにかこの機会に勇太と仲良くなれないか、高速で俺のコンピュータを弾く。
しかし上手い答えは検索できない。ダメだ、ポンコツだった。
メッセージアプリのアドレスを聞き出すとか?どうやって?いや、聞いてどうすんだよ?俺。
でも携帯が繋がっていれば、それだけで俺の携帯の価値が上がる気がするよな?

「本当にごめんね」

何も言わない俺が怒っているとでも思ったのか、勇太がオロオロと繰り返す。
単なる口下手なので気にしないでほしい。でも、それが言えたら口下手とは言えない。

「説明すべきだよね」
「・・・」

はっ!確かに一般的にはそうだよな。
メッセージアプリのこと考えたり、姫の攻略方法を検索したりして(ただし検索エンジンポンコツ)、なんか俺的天国ですっかり忘れてたわ。
近くに座るといい匂いがする。なんか柑橘的な?スーハースーハー。
あんまり深く吸いすぎて部室の男くさい匂いまで吸い込んでしまった。
ゲホゲホ。誰だよ、部室でタバコ吸ったの。健康に悪いだろ。

「だ、大丈夫?風邪ひいちゃったんじゃない?」

勇太は慌ててタオルを取り出すと俺の頭に残っていた水滴をゴシゴシと拭いた。
ここはもしかして本当に天国?俺の脳内だけじゃなくて?
あーずっとこのままでいたい。
でも、心配かけちゃいかん。ここはまともなことを返さないと!

「あー、いや、風邪はもう何年もひいてないし大丈夫だ。一体何があったんだ?」
「実は・・・あいつ、4組のやつなんだけど、なんか勘違いしててさ。俺に見せろって言うんだよ」
「は?」 
「本当は女なんだろうって。俺が男だって証拠を見せろっていって夏ぐらいから追い回されてるんだ。
最初はそこまで酷くなかったんだけど。夏前にラブレターみたいなの渡されそうになってさ、俺は女じゃないし、断ったら追い回されるようになって。段々おかしくなってきて、今日も別のダチの名前で呼び出されて行ったのにあいつがいたから、そのまま帰ろうとしたら追いかけてきてあの通り」

そ、それは勇太たんの秘宝を見ようと!?
そんなお宝本人の同意なしに見ても良いのか?俺も見たいわ。
はっ、それよりも。

「水をかけられたことは前にもあるのか?」
「前に2回ほどね。1回目は夏だったから気にせず帰ったし、2回目は用心してたから足が濡れた程度で済んだんだ。でも今回はダチだと思って行ったから油断して近づきすぎちゃって・・・本当に迷惑かけてごめんな」

勇太の体は、声とともにますます小さく縮こまっていくように見える。
 
「謝るな。」
「え?」
「謝るなよ、お前は何も悪くないだろ。それに俺が勝手に水を被っただけだし。お前は、何も、悪くないから」

勇太の大きな瞳が見開かれ、そして揺れた。
うっすらと滲んだ涙がますます勇太の瞳を美しく輝かせ、吸い込まれそうになる。

「でも、巻き込んでごめん・・・助けてくれてありがとう・・・」

顔を真っ赤に染め、俯きながら言った声は小さかったけど、俺にはしっかり聞こえたよ。
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