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45.モブ役者は観客たちに受け入れられる
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うぅ、舞台に出る前にこんなに緊張することなんて、かつてあっただろうか?
思わず、そう自分に問いかけそうになる。
だってさっきから、手のふるえが全然おさまってくれそうにない。
「大丈夫だよ、とりあえずマイクをかまえているふりをしていれば、サボってるとは思われないし、気を楽にしていこう?」
「は、ハイッ」
相田さんにまでなだめられたところで、こたえる声は引っくりかえってしまいそうだった。
あれから無事に2幕を終えて、矢住くんの状況についても続報が入っていて、上層部での会議の結果、1週間はお休みすることになったらしい。
そう、つまりは僕が明後日からの公演で悠之助の代役をつとめることが決まっていた。
ずっとやりたかった役だけど、こんなかたちでお鉢がまわってくるのは……やっぱり少し心苦しい。
でも、そんな僕にとっては、矢住くんのファンクラブでチケットをとった人を対象に、払いもどしに応じるという決定がされていたことは、わずかなりとも心の支えになったことだった。
実際、見に来たお客さんのなかには、劇場に来て矢住くんの不在を知り、そのまま帰っていった人もいると聞いている。
さらに1幕がおわり、2幕があけたときには、客席の人数が少し減っていたのも事実だ。
そりゃそうか……矢住くんのファンのなかには、舞台に出ている彼を見に来ているのであって、舞台自体を見に来ているわけじゃない人だっていてしかるべきだもんな……。
いないなら見なくてもかまわない、そう思われてしまうのは少しでもおもしろい舞台を作ろうと努力してきた側として、正直くやしかったけど、無理に見ろとまでは言えなかった。
きっとそういう人にとっては、僕のやったことはゆるしがたいことだと思うし。
カーテンコールでの客席の微妙な反応にも、それは如実にあらわれていた。
こういうとき、どうするのが正解なのかは、わからなかったけど……。
そして今は、終演後のアフタートークショーなるものにまで、矢住くんの代役として出ることになり、僕の緊張は最高潮に達していた。
いや、だって、完全にアウェイなんだもんな、ここは。
克服したつもりでいても、どうしても脳裏によみがえるのは、かつて東城のファンから浴びせられた罵倒の数々だ。
ファンの前に出るのが、怖い───。
思わずふるえそうになるからだをすくめ、ギュッと目をつぶる。
大丈夫、ここでの僕は端のほうにそっといればいいだけの存在なんだ。
これだけのきらびやかなメンバーのなかにまざれば、かすんで見えないくらいのモブ的存在なんだから。
そう必死に言い聞かせ、自分をふるい立たせようとしたところで、手どころか、くちびるまでふるえてきてしまいそうだった。
そんな僕の様子は、どうやら相田さんに心配をかけてしまったらしい。
「そんなに緊張するなら、手ぇつないで出よっか?」
「へっ?」
気がつけばとなりに来た相田さんに、片手をにぎられていた。
「おい、そこのイケメン、オレのかわいいシンヤに手ぇ出すんじゃねぇ!」
それを見た雪之丞さんが、すかさず声をあげる。
「だったら月城くんは、もう片方の手をにぎってあげればいいだろ?悠之助は、僕のかわいい仲間でもあるんだからね」
「チッ」
にこやかに拒否する相田さんに、雪之丞さんが舌打ちでかえしていた。
おかげで今の僕は両手をふたりにとられた状態で、なだめるようにキュッとにぎられる手に、かえって落ちつかないことになってしまっていた。
大の大人がこれって、はたから見て、どうなんだろう……?
「えっと、あのっ!どうせなら俺も緊張しまくってるんで、座長に手ぇつないでもらいたいですっ!」
「うん?いいよ、じゃあ皆で手をつないで出ようね」
さらにはもうひとりの若手イケメン俳優さんまでもがそんなことを言い出し、相田さんが快諾したところで、スタッフさんから呼び出しがかかる。
「はい、それではご登場いただきましょう!若手チームの皆さんです!」
司会のアナウンサーの人が言うのにあわせて、結局そろって手をつないだまま、舞台に出ていくことになった。
「「「キャーッ!」」」
その瞬間に客席からあがった黄色い悲鳴は、はたしてなんだったんだろうか?
とりあえず帰れコールとかはされずに済んでいるみたいで、ホッとする。
「それではあらためましてご紹介します!今回主演をつとめる相田裕基さんです!」
「皆さん、こんばんは相田です」
そしてファンからの盛大な拍手とともに、トークショーイベントがはじまったのだった。
* * *
「それでは本日、矢住ヒロさんに代わり、急きょ代役をつとめることになった羽月さんにもお話をうかがっていきたいと思います!今日ご覧になった方のなかには、おどろいた方も多いと思いますが、本当にそっくりでしたね!これはずっと練習されてきたんですか?」
司会のアナウンサーから、そう話をふられる。
「いえ、これまでの練習のときには、まったくちがうもので演じていたんですけど、その……今日は僕のワガママで、こういうかたちで演じさせてもらいました……」
「と、言いますと?」
どうにも、これを話してしまっていいものか迷う気持ちが、僕のセリフの歯切れを悪くさせていた。
「先ほど相田さんからもご説明があったとおり、矢住くんが事故に巻き込まれたらしいと聞いて、最初は安否すらわからなくて……とにかく不安でしょうがなかったんですけど、代役で出るのが決まって。だからせめて、その無事を祈りたくて、ただの遅刻で済むなら、いつでも交代できるようにしておきたかったんです」
それはむしろ、願いに近かった。
「だから、できるだけ矢住くんに寄せた演技をしようと、『ゲンかつぎ』みたいな気持ちで『今回だけ』という覚悟で演じました。それに今日いらした矢住くんのファンの方々も、きっと舞台のうえでかがやく彼の姿を楽しみにして来たと思うんです。それを少しでも味わってもらいたくて、無理を押しとおしてしまいました」
だから僕のエゴでしかなくて、それがファンにどう受け取られるかは、別の問題だ。
ふざけるな、全然似ていない!
お前なんかがヒロのモノマネをするなんて、おこがましい!!
そんな罵倒のセリフが客席から飛んできてもおかしくないと覚悟をしていたのに、しかし次の瞬間、客席から拍手がわき起こった。
最初はまばらだったそれも、すぐに万雷の拍手へと変わる。
「っ!」
思わず恐怖にうつむいてしまっていた僕が顔をあげれば、照明のついた客席がよく見える。
手前の席の人は満面の笑みをうかべて、その横の人は大きくうなずきながら、さらにその奥の人は涙をうかべて。
だけど皆に共通するのは、やさしいほほえみをうかべた人が多いということだった。
よかった、僕の思いは受け入れてもらえたんだ!
そりゃ全員が全員、納得したわけじゃないとは思うけど、それでも多くの人に認めてもらえた。
それがうれしくて、気がつけば僕も涙を流していた。
「おいおい、泣くなよシンヤ!ひよっ子のファンは、アイツとおなじで、前向きなヤツらが多いんだよ!アイツを心配して、ひよっ子の演技をまるごと再現してみせるなんつー無茶した師匠を嫌うわけねぇだろ?なぁ、皆!?」
僕の横に座る雪之丞さんが客席に問いかければ、さらに大きな拍手がかえってくる。
「あ、ありがとうございますっ!」
必死にツンと痛くなる鼻の奥に、涙を必死でこらえながらお礼を言うのがやっとだった。
そんな僕の背中を、雪之丞さんがぽんぽんとあやすようになでてくれる。
「えぇと、ここでその矢住さんからコメントが届いております」
司会の人の声に、今度は客席からは黄色い悲鳴のようなどよめきが起きた。
「読みあげますね。『劇場にお越しの皆様、本日はご観劇いただきまして、誠にありがとうございます!本日は不慮の事故により出られなくなってしまい、申し訳ありませんでした。僕の師匠なら、最高にかがやく悠之助を演じてくれると信じてるので、あえてこう言います。どうです、僕の師匠はすごいでしょう!?もう、大好きっ!!』だそうです」
「はぁ、こりゃ盛大にノロケられちまった気分だな。ひよっ子は稽古中もシンヤにべったりだったからなぁ……」
雪之丞さんのツッコミが入ったところで、客席は今日イチの盛りあがりを見せていた。
よかった、矢住くんのファンにも受け入れてもらえて……。
そう思ったら、なんだかガチガチに強ばっていたからだから、余計な力が抜けていく。
「それでは最後に、皆さんからごあいさつをして終わりたいと思います!」
司会のアナウンサーのセリフに、もう終わってしまうのかという客席からのブーイングを受けながら、僕から順にひとことずつあいさつをしていく。
そうして緊張のトークショーがようやく終わって退場しようとしたところで、気が抜けたからなのか足もとがもつれ、ふらついてしまった。
「あっ」
危ないと思ったときには、もうからだのバランスはくずれていた。
「危ねぇ!」
ダメだ、転んでしまう!
思わず目を閉じそうになったところを、後ろからガシッと雪之丞さんに腰をつかまれて支えられ、ハッとする。
「す、スミマセン!」
いけない、こんなところでつまずくなんて、ダサすぎる!
はずかしさに、カァッとほほが赤くなっていく。
「なんだよ、シンヤは緊張の糸が切れたか?まぁそらそうさな、あんだけムチャしやがったんだ。なら、無理すんねぃ」
「わぁっ?!」
フワッという浮揚感に、びっくりして声をあげれば、雪之丞さんによって抱きあげられたところだった。
───それも、いわゆる『お姫様抱っこ』のポーズで。
「お、おろしてくださいっ!」
「ダメに決まってんだろ、てめぇはおとなしくオレに抱かれとけ」
事態を把握してあわててさけんだところで、もう遅かった。
「「「ギェェ~~~ッ!!!」」」」
もはや言葉になっていないような悲鳴が客席からあがったのは、言うまでもなかった。
「あらあら、気をつけてくださいね~」
なんて、司会の人に見送られながら、僕たちはそのまま舞台の袖へとはけていく。
なぁ、これ、なんの羞恥プレイなんだ?!
こんなに多くのお客さんの前で醜態をさらしてしまって、もういたたまれないなんてモンじゃない!
おかげで僕は、顔があげられなかった。
「ハハッ、やっぱシンヤはかわいいなぁ!愛でてぇってなるな!」
真っ赤に染まる顔を隠したくて、必死に雪之丞さんにしがみついていれば、耳もとでは上機嫌そうな声が聞こえる。
「あの、もう大丈夫なので、本当におろしてください……っ!」
「んー、どうしよっかなぁ?いっそのこと、このままさらっちまおうか?」
そんなふうにからかわれたところで顔をあげれば、楽しそうに笑う雪之丞さんと目が合った。
「冗談でぃ!んなことしたら、東城の野郎が怖えぇからな!……にしても、あいかわらずからかい甲斐のあるヤツだな、シンヤは!」
そうしてようやくおろしてもらったところで、岸本監督からスタッフさんもふくめた全員に招集がかかった。
これから、明日の休演日をはさんで、明後日からの公演についてどうするか、その説明があるらしい。
その言葉に、あらためて僕たちは居ずまいをただしたのだった。
思わず、そう自分に問いかけそうになる。
だってさっきから、手のふるえが全然おさまってくれそうにない。
「大丈夫だよ、とりあえずマイクをかまえているふりをしていれば、サボってるとは思われないし、気を楽にしていこう?」
「は、ハイッ」
相田さんにまでなだめられたところで、こたえる声は引っくりかえってしまいそうだった。
あれから無事に2幕を終えて、矢住くんの状況についても続報が入っていて、上層部での会議の結果、1週間はお休みすることになったらしい。
そう、つまりは僕が明後日からの公演で悠之助の代役をつとめることが決まっていた。
ずっとやりたかった役だけど、こんなかたちでお鉢がまわってくるのは……やっぱり少し心苦しい。
でも、そんな僕にとっては、矢住くんのファンクラブでチケットをとった人を対象に、払いもどしに応じるという決定がされていたことは、わずかなりとも心の支えになったことだった。
実際、見に来たお客さんのなかには、劇場に来て矢住くんの不在を知り、そのまま帰っていった人もいると聞いている。
さらに1幕がおわり、2幕があけたときには、客席の人数が少し減っていたのも事実だ。
そりゃそうか……矢住くんのファンのなかには、舞台に出ている彼を見に来ているのであって、舞台自体を見に来ているわけじゃない人だっていてしかるべきだもんな……。
いないなら見なくてもかまわない、そう思われてしまうのは少しでもおもしろい舞台を作ろうと努力してきた側として、正直くやしかったけど、無理に見ろとまでは言えなかった。
きっとそういう人にとっては、僕のやったことはゆるしがたいことだと思うし。
カーテンコールでの客席の微妙な反応にも、それは如実にあらわれていた。
こういうとき、どうするのが正解なのかは、わからなかったけど……。
そして今は、終演後のアフタートークショーなるものにまで、矢住くんの代役として出ることになり、僕の緊張は最高潮に達していた。
いや、だって、完全にアウェイなんだもんな、ここは。
克服したつもりでいても、どうしても脳裏によみがえるのは、かつて東城のファンから浴びせられた罵倒の数々だ。
ファンの前に出るのが、怖い───。
思わずふるえそうになるからだをすくめ、ギュッと目をつぶる。
大丈夫、ここでの僕は端のほうにそっといればいいだけの存在なんだ。
これだけのきらびやかなメンバーのなかにまざれば、かすんで見えないくらいのモブ的存在なんだから。
そう必死に言い聞かせ、自分をふるい立たせようとしたところで、手どころか、くちびるまでふるえてきてしまいそうだった。
そんな僕の様子は、どうやら相田さんに心配をかけてしまったらしい。
「そんなに緊張するなら、手ぇつないで出よっか?」
「へっ?」
気がつけばとなりに来た相田さんに、片手をにぎられていた。
「おい、そこのイケメン、オレのかわいいシンヤに手ぇ出すんじゃねぇ!」
それを見た雪之丞さんが、すかさず声をあげる。
「だったら月城くんは、もう片方の手をにぎってあげればいいだろ?悠之助は、僕のかわいい仲間でもあるんだからね」
「チッ」
にこやかに拒否する相田さんに、雪之丞さんが舌打ちでかえしていた。
おかげで今の僕は両手をふたりにとられた状態で、なだめるようにキュッとにぎられる手に、かえって落ちつかないことになってしまっていた。
大の大人がこれって、はたから見て、どうなんだろう……?
「えっと、あのっ!どうせなら俺も緊張しまくってるんで、座長に手ぇつないでもらいたいですっ!」
「うん?いいよ、じゃあ皆で手をつないで出ようね」
さらにはもうひとりの若手イケメン俳優さんまでもがそんなことを言い出し、相田さんが快諾したところで、スタッフさんから呼び出しがかかる。
「はい、それではご登場いただきましょう!若手チームの皆さんです!」
司会のアナウンサーの人が言うのにあわせて、結局そろって手をつないだまま、舞台に出ていくことになった。
「「「キャーッ!」」」
その瞬間に客席からあがった黄色い悲鳴は、はたしてなんだったんだろうか?
とりあえず帰れコールとかはされずに済んでいるみたいで、ホッとする。
「それではあらためましてご紹介します!今回主演をつとめる相田裕基さんです!」
「皆さん、こんばんは相田です」
そしてファンからの盛大な拍手とともに、トークショーイベントがはじまったのだった。
* * *
「それでは本日、矢住ヒロさんに代わり、急きょ代役をつとめることになった羽月さんにもお話をうかがっていきたいと思います!今日ご覧になった方のなかには、おどろいた方も多いと思いますが、本当にそっくりでしたね!これはずっと練習されてきたんですか?」
司会のアナウンサーから、そう話をふられる。
「いえ、これまでの練習のときには、まったくちがうもので演じていたんですけど、その……今日は僕のワガママで、こういうかたちで演じさせてもらいました……」
「と、言いますと?」
どうにも、これを話してしまっていいものか迷う気持ちが、僕のセリフの歯切れを悪くさせていた。
「先ほど相田さんからもご説明があったとおり、矢住くんが事故に巻き込まれたらしいと聞いて、最初は安否すらわからなくて……とにかく不安でしょうがなかったんですけど、代役で出るのが決まって。だからせめて、その無事を祈りたくて、ただの遅刻で済むなら、いつでも交代できるようにしておきたかったんです」
それはむしろ、願いに近かった。
「だから、できるだけ矢住くんに寄せた演技をしようと、『ゲンかつぎ』みたいな気持ちで『今回だけ』という覚悟で演じました。それに今日いらした矢住くんのファンの方々も、きっと舞台のうえでかがやく彼の姿を楽しみにして来たと思うんです。それを少しでも味わってもらいたくて、無理を押しとおしてしまいました」
だから僕のエゴでしかなくて、それがファンにどう受け取られるかは、別の問題だ。
ふざけるな、全然似ていない!
お前なんかがヒロのモノマネをするなんて、おこがましい!!
そんな罵倒のセリフが客席から飛んできてもおかしくないと覚悟をしていたのに、しかし次の瞬間、客席から拍手がわき起こった。
最初はまばらだったそれも、すぐに万雷の拍手へと変わる。
「っ!」
思わず恐怖にうつむいてしまっていた僕が顔をあげれば、照明のついた客席がよく見える。
手前の席の人は満面の笑みをうかべて、その横の人は大きくうなずきながら、さらにその奥の人は涙をうかべて。
だけど皆に共通するのは、やさしいほほえみをうかべた人が多いということだった。
よかった、僕の思いは受け入れてもらえたんだ!
そりゃ全員が全員、納得したわけじゃないとは思うけど、それでも多くの人に認めてもらえた。
それがうれしくて、気がつけば僕も涙を流していた。
「おいおい、泣くなよシンヤ!ひよっ子のファンは、アイツとおなじで、前向きなヤツらが多いんだよ!アイツを心配して、ひよっ子の演技をまるごと再現してみせるなんつー無茶した師匠を嫌うわけねぇだろ?なぁ、皆!?」
僕の横に座る雪之丞さんが客席に問いかければ、さらに大きな拍手がかえってくる。
「あ、ありがとうございますっ!」
必死にツンと痛くなる鼻の奥に、涙を必死でこらえながらお礼を言うのがやっとだった。
そんな僕の背中を、雪之丞さんがぽんぽんとあやすようになでてくれる。
「えぇと、ここでその矢住さんからコメントが届いております」
司会の人の声に、今度は客席からは黄色い悲鳴のようなどよめきが起きた。
「読みあげますね。『劇場にお越しの皆様、本日はご観劇いただきまして、誠にありがとうございます!本日は不慮の事故により出られなくなってしまい、申し訳ありませんでした。僕の師匠なら、最高にかがやく悠之助を演じてくれると信じてるので、あえてこう言います。どうです、僕の師匠はすごいでしょう!?もう、大好きっ!!』だそうです」
「はぁ、こりゃ盛大にノロケられちまった気分だな。ひよっ子は稽古中もシンヤにべったりだったからなぁ……」
雪之丞さんのツッコミが入ったところで、客席は今日イチの盛りあがりを見せていた。
よかった、矢住くんのファンにも受け入れてもらえて……。
そう思ったら、なんだかガチガチに強ばっていたからだから、余計な力が抜けていく。
「それでは最後に、皆さんからごあいさつをして終わりたいと思います!」
司会のアナウンサーのセリフに、もう終わってしまうのかという客席からのブーイングを受けながら、僕から順にひとことずつあいさつをしていく。
そうして緊張のトークショーがようやく終わって退場しようとしたところで、気が抜けたからなのか足もとがもつれ、ふらついてしまった。
「あっ」
危ないと思ったときには、もうからだのバランスはくずれていた。
「危ねぇ!」
ダメだ、転んでしまう!
思わず目を閉じそうになったところを、後ろからガシッと雪之丞さんに腰をつかまれて支えられ、ハッとする。
「す、スミマセン!」
いけない、こんなところでつまずくなんて、ダサすぎる!
はずかしさに、カァッとほほが赤くなっていく。
「なんだよ、シンヤは緊張の糸が切れたか?まぁそらそうさな、あんだけムチャしやがったんだ。なら、無理すんねぃ」
「わぁっ?!」
フワッという浮揚感に、びっくりして声をあげれば、雪之丞さんによって抱きあげられたところだった。
───それも、いわゆる『お姫様抱っこ』のポーズで。
「お、おろしてくださいっ!」
「ダメに決まってんだろ、てめぇはおとなしくオレに抱かれとけ」
事態を把握してあわててさけんだところで、もう遅かった。
「「「ギェェ~~~ッ!!!」」」」
もはや言葉になっていないような悲鳴が客席からあがったのは、言うまでもなかった。
「あらあら、気をつけてくださいね~」
なんて、司会の人に見送られながら、僕たちはそのまま舞台の袖へとはけていく。
なぁ、これ、なんの羞恥プレイなんだ?!
こんなに多くのお客さんの前で醜態をさらしてしまって、もういたたまれないなんてモンじゃない!
おかげで僕は、顔があげられなかった。
「ハハッ、やっぱシンヤはかわいいなぁ!愛でてぇってなるな!」
真っ赤に染まる顔を隠したくて、必死に雪之丞さんにしがみついていれば、耳もとでは上機嫌そうな声が聞こえる。
「あの、もう大丈夫なので、本当におろしてください……っ!」
「んー、どうしよっかなぁ?いっそのこと、このままさらっちまおうか?」
そんなふうにからかわれたところで顔をあげれば、楽しそうに笑う雪之丞さんと目が合った。
「冗談でぃ!んなことしたら、東城の野郎が怖えぇからな!……にしても、あいかわらずからかい甲斐のあるヤツだな、シンヤは!」
そうしてようやくおろしてもらったところで、岸本監督からスタッフさんもふくめた全員に招集がかかった。
これから、明日の休演日をはさんで、明後日からの公演についてどうするか、その説明があるらしい。
その言葉に、あらためて僕たちは居ずまいをただしたのだった。
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