機械仕掛けの最終勇者

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第七章 激闘の後

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 ジエンドが発光し、各パーツが輝久の体から着脱される。それらは闘技場の上で一つに集まり、メイド服を着た幼児体型ロボットに戻った。

 疲労はしているものの、以前のように意識を失うことはなかった。無表情だが愛嬌のあるマキを眺めて、輝久は戦いが終わったのだと実感し、フッと肩の力が抜ける。

 同時に溜め息。仲間を守る為と自分に言い聞かせながら、戦闘中ずっと溜めていたストレスがぼやきとなって口から漏れる。

「はぁ……防御してただけで勝っちまった……」

 サムルトーザ戦でジエンドは終始守りに徹していただけ。一度もサムルトーザに対して明確な打撃や斬撃を与えていない。なのに、サムルトーザは全身バラバラ。灰になって闘技場から消えてしまった。

 マキがガシャガシャと機械音を立てながら、輝久の元まで歩いてきて、右脚に抱きついた。

「おめでとウございマス。勝利ノ抱擁を」
「固いし痛いって言ってんだろ」
「それだけデスか? 今日は愚痴が少なくテ何よりデス」

 そんな風に言われて、輝久は遂に爆発する。

「いつも通り、無茶苦茶な倒し方しやがって! 最後のとか、全然意味分かんなかったぞ! 何だよ、なんちゃらカウンターって! あれじゃあ反撃になってないだろ!」
「お褒め頂き光栄デス」
「褒めてねえし!」

 右脚に絡み付くマキの頭をグイと押して引き離した瞬間、

「テル!!」

 ぶるんぶるんと揺れる巨乳。クローゼが飛びつくようにして、輝久に抱きついてくる。高身長のクローゼに抱きつかれ、輝久はバランスを崩して、絡み合ったまま闘技場の石畳に倒れてしまう。

「痛ったいな、もう!」

 右脚をギチギチやられた後のタックル。輝久は怒って叫ぶ。だが、クローゼは輝久の言葉など耳に入っていないようで、吐息のかかる位置まで顔を近付けた。

「テル! 頼む! アタシと口付けしてくれ!」
「いや、何で!? どしたの、急に!?」
「分かんねえ! けど、そうしねえと気が済まねえんだよ!」
「はぁっ!?」

 輝久にはさっぱり意味が分からない。ただ力一杯抱きしめられたまま、クローゼの顔が迫ってくる。

(ちょ、ちょっと!? このままだとマジで……)

 だが、唇が触れ合う寸前「あっ」と呟いて、クローゼが動きを止めた。顔を離して、輝久の目の下に指を当てる。

 クローゼの指が濡れていた。そして、輝久は自分がまた泣いていることに気付く。ネィムが助かった時と同様、輝久は無意識に涙を流していた。

 クローゼは輝久が泣いているのを見て、興奮が収まったようだった。やがてクローゼもまた、両目から涙を溢れさせる。

「助けてくれてありがとう。ありがとうな」
「うん。クローゼを守れて良かった」

 いつしか気付くと、パーティが様子を遠巻きに窺っていた。ネィムもユアンも目に涙を溜めている。

 急に恥ずかしくなって、輝久はクローゼから離れる。

(ってか、何でまた泣いてんだ、俺!? マジで意味わかんねえ!!)

 覇王とのバトル後、お決まりのように泣いてしまう自分。出所不明の涙に対し、自己嫌悪に陥る輝久を、マキがジト目で見上げていた。

「テルは本当に泣き虫デス」
「うっせえな!」
「股間を撫でテあげまショウか? 人間は悲しイ時、股間を撫でれバ喜ぶと、脳内のデータベースにありマス」
「間違ってんだよ、そのデータ! 今すぐアプデしろ!」

 だが、クローゼはマキの情報に目を輝かせて迫ってくる。

「ようし! アタシが撫でてやる! 念入りに!」
「止めろってば! ゆ、ユアン! クローゼを何とかしてくれ!」

 パーティメンバーが見ている前で、辱めを受ける訳にはいかない。輝久は、暴挙に出ようとする妹の兄に必死に訴えるが、ユアンは目尻の涙を拭いながら笑顔を見せる。

「兄として許可するよ。テルなら構わない。そうだ、子供は二人がいいな!」
「飛躍しすぎなんだよ、お前は!」

 そんなやり取りをしながら、輝久はふと純真なお子様の視線に気付く。

「ネィムも勇者様の子供を産ませて頂きたいです!」
「意味、分かって言ってる!?」
「ようし! じゃあ、ネィムもアタシと一緒に産もうな!」
「はいです!」
「だから何でだよ!! 倫理観まで低レベルなのか、難度F世界は!」
「それデハ、マキも産みタイデス」
「お前はどう考えても無理だろ!!」
「エエエ……!」

 マキは吃驚したように、ガラス玉のような両目を大きく見開いた。黒いオイルが両目から零れる。ユアンが少し怖い顔で輝久を叱る。

「テル! 可哀想だよ! 皆で仲良く産めば良いじゃないか!」

 絶句する輝久の前で、ユアンは顔を赤らめて、モジモジしながら言う。

「ぼ、僕も出来たら、テルの子を産みたいな」
「ユアン……お前……! 実は一番ヤバい奴なのか……!」

 そんな感じで輝久達がワチャワチャしていると、闘技場にある二つの入口から、観客が少しずつ戻ってきていた。

「おっ! 皆、帰ってきたな!」
「武芸大会の再開だね!」

 兄妹の言葉に輝久は驚く。

「やるんだ……あんなことがあったのに……!」
「一年間、準備したんだ! 当然やるさ!」

 クローゼがニカッと笑顔を見せた。徐々に、すり鉢状の観覧席は元通りに埋まってきていた。輝久は観客の波を眺めながら「あっ!」と叫ぶ。

 南側の真ん中の席に、例の白髭の老人が座っていた。

「また、いる! あの爺さん!」

 老人は輝久の視線に気付くと、満足げに大きく頷き、立ち上がって踵を返した。

「逃げた! 今日は一言も言わずに!」
「それでハ、一言オジイサン改め、無言オジイサンに改名いたしまショウ」
「だから呼び方とか、どうでも良いわ!」

 聞きたいことは山ほどあった。追いかけようとした輝久だったが、先程見た老人の満足そうな表情を思い返す。まるで、仲間の勝利を祝うかのような老人の顔を。

(ま、いっか。今は)

 観客達が手分けして、荒れた闘技場を片付け始めていた。清掃の邪魔にならないように、輝久達も元いた観客席に戻った。




 
「クローゼさんの演舞、とっても素敵だったのです!」
「そうかあ? ありがとな、ネィム!」
「ユアンの火炎魔法モ凄かったデス」
「あと二、三個、火球を出せれば良かったんだけど。女神様の芸も盛り上がってたね!」

 マキが全身バラバラになった時、若干、観客が引いていたことを思い出して、輝久は吹き出した。

 全ての参加者の芸が終わり、司会のピエロが陥没した闘技場中央に立つ。

「それでは今回の武芸大会の優勝者を発表します!」

 観客達が水を打ったように静まり返る。輝久もまた誰が優勝するのか、固唾を呑んで見守った。

「前回の優勝者は剣を飲んだだけでした! しかし今回の優勝者は光の剣を飲み込み、変身し、更にその上で危険な侵入者も排除した――」

(ま、まさか……!)

「勇者様に決定致しました!!」
「何で!?」

 輝久は立ち上がり、大声で叫んだ。クローゼもまた叫ぶ。

「つーか、ジュペッゼのオッサン!! どうして、そんな詳しく知ってんだ!? あの時、闘技場にはアタシらしかいなかったろ!?」
「ヘヘッ! 司会だからね! ずっと観客席の端で隠れて見てたんだ!」
「マジかよ! すっげえ仕事魂だな!」

 クローゼが感心して拍手するが、輝久の気持ちは治まらない。観客席から闘技場まで駆けつける。

「そんな判定ダメだって! アンタが見てても他の人が見てないんだったら、不満が出るだろ!」

 輝久は観客席に座るソブラの荒くれ共を見渡す。皆、筋骨隆々で一癖も二癖もありそうな輩だが――。

「見てないが、ジュペッゼが言うんだから間違いないだろう!」
「そもそも勇者のお陰で大会が再開できたんだもんな!」
「おう! 色んな意味で優勝は勇者だ! 全く異論はないぜ!」

(ああ……流石、難度Fのほのぼの世界……!)

 輝久に観客達から惜しみない拍手と歓声が送られる。唯一、前回の優勝者だけが悔しげに闘技場に拳を打ち付けていた。

「くそおおおおおお!! 次は俺も剣を飲んだ後、変身して、侵入者を排除してやるうううううう!!」

 ユアンが輝久の隣で、頬をポリポリと掻いた。

「何だか、剣を飲み込む大会に変わってきてない?」
「ハッハハ! ま、とにかく! テル、優勝おめでとうな!」

 笑いながらクローゼが賞品である勇者の盾を持ってくる。

「その盾、あんまりいらないけど……」
「ゆ、勇者様! 盾は魔王の果汁飛ばし攻撃を、」
「防ぐ為に必要なんだろ? 分かったよ、ネィム。一応貰っとく」

 輝久がクローゼから勇者の盾を受け取ると、またも観客達から歓声が巻き起こった。

 闘技場に木霊する割れんばかりの拍手と歓声。そして、仲間達の笑顔。

(良かった……皆、無事で本当に……)

 心の底からしみじみとそう思い、輝久も自然に笑みがこぼれた。
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