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青いカラスのお話

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『青いからす

むかしむかしあるところに、仲の良い姉妹がいました。

ある日の夜、二人の目の前に突然老婆が現れいいました。

「青いからすを探してくれませんか?」

二人はその老婆の願いを聞き、青いからすを探す旅にでます。



 リンを膝の上に乗せたユウが優しい微笑を浮かべて、リンが目前に広げた本を声に出して読む。
 既にリンは読み書きが一通りできるようになったのだが、たまに読んでくれとせがんでくることもあった。
 ユウは嫌な顔をするどころか、喜びが溢れた満面の笑みで承諾する。
 ユウが読むのに合わせて、リンもぼそぼそと小さな声で後追い読みをしているようだ。

「青いからすは、二人の飼っていたからすだったのです。おしまい」

 読み終えて本を閉じる。

「ありがと、ユウ」

 リンが膝から降りると、今までユウにかかっていた重みと温もりが消えて、少し寂しい気もした。

「随分お気に入りなんだね、その本」

 見れば、本の端が擦れて大分くたびれているようだ。

「うん、大好き」

 リンがこくっと頷く。
 その本は、帝都に行った時に、リンが一目でほれ込んだ、表紙買いの一品だ。

 題名は青いからす
 帝都でもスタンダードな御伽噺である。

 二人の姉妹が青いからすを捜し求め、やがて自分達が飼っていた烏こそが本当の青いからすだった。転じて、幸せとか大事なものは手元にある事に気がつきにくいという教訓を説いたものである。

 リンはこの本を、何度も何度もユウに読んでもらい、この本を参考書にして読み書きを練習し、そしてまた何度も何度も読んだ。

 何がそんなにリンを惹きつけるのか、ユウにはわからなかったが、どうも烏というのがいいらしい。

「青いからす、いつか探す!」

 リンがむふーと鼻息も荒く、目をきらきらとさせる。

「そうだねぇ、そのうち探しにいこっか?」
「うん!」





 朝、ユウが目を覚まして最初にするのは、隣で丸くなって寝ているリンを起こさないようにベッドから抜け出すことだった。
 時折、ユウにしがみついている事もあるので、起こさないようにというのは至難の業のときもある。
 けれど、起こしてしまったとしても、寝ぼけ眼のリンは一瞬ばっと目を開くと、次の瞬間には再び毛布の中で丸くなってしまうのだが。

 店のカウンターに据え付けてある炊事場で水を汲み、顔を洗うと、冷たい水が朝の眠気を吹き飛ばしてくれる。
 寝巻きを脱いで、今日は何を着ようかな、とクローゼットの中をのぞく。
 あれこれ考えて、青を基調としたワンピースと、いつものエプロンに着替えることにする。ちなみに、彼女はワンピースを好んで着ていた。曰く、着るのが楽だから、だそうだ。

 着替えていると、リンも起き出してきて、自分用のクローゼットをあけ、着替え始める。
 リンは、いつものウェイトレスの服、白色が清潔感を感じさせるエプロンドレスだ。肩口とスカートの裾にはフリルが入っている。
 リンはその他にも様々な形状のウェイトレス服を持っているのだが、半分はユウの趣味とリンの納得の元で買ったもの、もう半分はリンが特に気に入ったものだった。
 今選んだエプロンドレスは、もはやリンの定番でもあるのだが、これはユウもリンも気に入ったものである。

 着替えが終われば、朝食の準備に取り掛かる。
 リンが台所に立ち、ユウはコーヒーやミルクといった飲み物の準備を始めた。
 今日の献立は、バケットに、鶏肉を茹でて手でちぎり野菜の上に乗せた鶏肉サラダ、それに卵焼き。
 ユウのコーヒーと、リンにはミルクを。

「うん、うまい。やっぱりリンの料理は美味しいねぇ」
「ふつう」

 ユウ自身も料理はできるし、それなりの味のものも作れるのだが、目の前の少女の作る料理には及ばない。レシピや作り方はユウが教えるのだが、リンはそれを一度で覚え、さらに絶品とも言える味付けに仕上げてしまう。

「まさに天才料理人」
「ふつう」

 ただ、知らない料理は作れないし、自分で工夫したり新しく料理を作ったりということをしないので、放って置くと、同じ料理のローテーションになってしまう。
 だからレシピの開発や献立、メニューの提案は主にユウが行っている。
 まぁ、店主なのだから当然といえば当然なのだが。

 さて、朝食が終わり、二人は店の開店準備にかかる。
 ユウはお湯を沸かし、コーヒー豆を丁寧に挽き始める。
 豆の挽き具合によって、苦味や雑実が変わってしまう事もあるので、豆を挽くのは重要な仕事だ。あまり早く挽いても、熱を持ってしまって香りが飛びやすくなるし、ゆっくりならゆっくりで、いつまでも豆が挽き終わらなくなってしまう。
 手早く、あせらず、一定の速度を保ちながら、丁寧に豆を挽いていくのだ。
 そうすると、やがてコーヒーの香ばしい香りが辺りに満ちて、鼻腔をくすぐる。

「ふふ、今日も美味しいコーヒーをよろしくね」

 語りかけるユウ。そうすると、コーヒーがさらに美味しくなる、ような気がしている。

 リンは貯蔵庫においてある焼き菓子の状態を確認して、だめになっていたり、足りなくなりそうなら追加で作る。幸い今日は大丈夫そうだ。

「売り切れること、ないけど。」

 自分で呟いて、少ししょんぼりしてしまった。
 貯蔵庫の隅に目を移すと、そこには少し大きめの鳥かごがおいてあった。柔らかい木材を利用した、変哲もない鳥かご。
 リンはそれをみて、想像する。

 ユウと二人でその鳥かごをもって旅に出るのだ。
 やがて、青いからすを見つけて、二人は幸せに暮らしましたとさ。

 過程をすっとばしているが、リンはユウと一緒に鳥かごを持って旅にでる場面と、既に青いからすを見つけて、二人で幸せに暮らす場面の二場面しか想像できなかった。
 つまり過程はどうあれ、旅に出るのとからすを見つけて幸せになるのはリンの中では確定ということらしい。

 お菓子の在庫確認も済んだし、一通り青い鳥の想像も終えて、店内に戻ると、そこには既に一人の客がいた。

「やぁ、リンリン」

 カウンターに腰掛けて、コーヒーの香りを楽しんでいる男が手をあげてリンを迎える。

「いらしゃいませ」
「いらっしゃいましたー」

 けらけらと楽しそうにしているが、やはりフードの所為で表情は読み取れない。

「ああ、リン。悪いけど、フードさんがリンの焼き菓子食べたいって」
「うん!」

 ユウの言葉に、リンがばっと目を輝かせると貯蔵庫にダッシュで引き返していった。

「ん? フードさん?」
「あ」

 しまったという顔をするユウ。
 リンと話をする時、このフードを深く被った客の事はいつもフードさんと呼んでいたから、ついついそれが出てしまったのだ。

「おかしいなぁ、どうして僕の名前がフーディ=F=フードフードってばれてるんだろう」
「それは嘘ですよね?」
「あ、わかりますか」

フードの客がおどけてみせる。

「まぁ、よかったらフーディって呼んで良いですよ。本名じゃないけど。なんならフーディンタイガーさんでもいいですよ?」

 フーディンタイガー。何年も続いている連作物の芝居劇だ。
 根無し草のタイガと名乗る青年が繰り広げる人情溢れる人間ドラマで、帝都や諸王国で手広く上演され、ファンも多い。原作の本もベストセラーとまではいかなくても、幅広く読まれているほどだ。

 ユウは実際にその芝居を見たことはなかったが、有名なので、さわり部分くらいはしっていた。

「じゃあ、フーディさんと呼ばせていただきますね。それにしてもフーディさんはタイガ好きだったんですか?」
「何度か見たことあってねぇ、あーいう根無し草生活は憧れるなぁ。僕は偽非根無し草だからねぇ」
「フーディ?」

 いつのまにかフーディの横に皿にマドレーヌを2つほど盛り付けたリンが立っていた。

「お、今日も美味しそうだねぇ、リンリンのお菓子は」
「こちらのお客様、フードさんの名前だよ。本名じゃないらしいけど」
「フードのフーディ……」

 マドレーヌを受け取って、嬉しそうに頬張っているフーディをじっと見るリン。その視線を感じて、フーディは椅子から勢いよく飛び降りて、ばっと両手を広げた。

「そう、僕はフードローブのフーディ。人呼んでフードローブのフーディさ!」
「まんまじゃないですか」

 ユウのツッコミが入る。

「フードローブのフーディ!」

 リンはフーディの格好にはたと思いついたのか、突然目をきらきらさせてフーディを見つめて叫んだ。

「青いからす、探せって言う人!」
「へ?」

 リンの言葉にわけがわからず、一瞬ぽかんとするフーディ。
 リンの中で、フーディは青いからすを探してくれと姉妹の前に現れる老婆と重なったようだ。

「いやぁ、僕これでも男なんだけれど。」

 ユウから青いからすの物語の件を聞いたフーディは理解したものの、自分の役割の、主に性別について納得がいってないようだった。

「じゃあ、フーディさんは青いからすを探して来いって言う老人で」

 ユウがにこっとして提案する。

「どうしても年寄りじゃないとだめなのか…」

 フーディは表情や顔が見えないから年齢不詳ではあるものの、声は若々しいので、老人とか中年ではなさそうだが。

「仕方ない…ユウ子、リン子や…じいちゃんはもうだめだ」
「おじいちゃん!」
「ちがう!」

 ユウとフーディのまさに一瞬の寸劇にリンから鋭いツッコミが入る。
 むむむ、とユウとフーディを睨むリン。

「あはは……えっと……ユウ子、リン子、青いからすを探してきておくれ?」
「うん、おじいちゃんのためにも探してくるよ! ね? リン子!」
「うん!」

 仕方なく始まった劇団小道による演劇。
 題目は青い鳥。
 フーディの出番はこれで終了。

「えっ?」

 絵本の台詞を喋りながら、ユウ子とリン子の冒険は続く。
 観客は、出番が終了しマドレーヌをつまみながらコーヒーを啜るフーディだけ。

 一生懸命に台詞を読みながら、絵の通りに身振り手振りをするリン。
 ニコニコ微笑みながら、リンに合わせて演技するユウ。

 やがて物語はクライマックスを迎えて――


 「私たちのからすが、青いからす、だったのね」

  しあわせはどこにあるのだろう

 「そうだったのね、青いからすはすぐそばに、いたのね」

  なんでもない言葉、よくある時間、よくある光景

 「しあわせは、すぐそばに、あったのね」

  一生懸命な人、優しい笑顔の人、見守る人

  それぞれが幸せを持ち寄った時、そこは幸せのあふれる場所になるのだろうか?

  二人の和やかで、ぎこちない演劇。笑顔のユウ、真剣なリン。


 その誰もがちょっとずつ幸せであるならば、そこから零れた幸せのかけらが、雪のようにこの店に積もって、それはやがて大きな幸せになるのかもしれない。

 それならば、自分も幸せを持ち寄ろう。
 自分のために、二人のために。

 フーディがまだ湯気の立っているコーヒーに目を落とすと、その黒い液体に自分の笑顔が映っているような気がした。


 演劇を終えた二人に拍手を贈るフーディ。
 少し気恥ずかしそうなユウと、やりきって満足げに胸を張るリン。

 少しでこぼこだけれど、目の前のこの二人は最高のパートナーなのだろう。フーディはそんな二人を優しい眼差しで見守るのだった。


  ここは優しさと、笑顔と、幸せが積もる喫茶店『小道』

  そこには優しい笑顔の店主と、何事にも一生懸命な小さなウェイトレスがいる。

  お勧めはコーヒー、訪れた人を自然と笑顔にさせる魔法をそえて――
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