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故郷のユウ
しおりを挟む「まずはこれを片付けないとね」
「ちょ、お母さん……」
リンと、その頭に乗っかったキャニの目の前で、薄い本のようなものが何冊も積み重なっていく。本だけでなく、手紙なども何通もあった。
「お前が方々を飛び回ってるから、年に一度帝都の冒険者ギルドのマスターさんがもってきてくれるんだけどね……」
本や手紙の他にも何だか高級そうな箱なんかもある。中に入っているものが容易に想像できて、ユウは辟易してしまっていた。
今ユウの目の前に積まれているのは、縁談のための肖像画や皇帝からの手紙、そしてその皇帝や貴族からの贈り物だった。
「今度マスターさんに送り返すようにいっとくね……」
「馬鹿いってんじゃないよ、貴族様や皇帝様に恥をかかせる気かい?」
「ええぇ……じゃ、これどうしろっていうの?」
縁談の肖像画や手紙などはまだいい。自分との縁談を受ける事を得だと感じさせるためなのだろうが、相手の肖像画とともに贈られた物が問題だった。
貴金属や、どこかの土地の権利書、さらには有名画家に描かせたと思しきユウの肖像画のようなものまである。
貴金属や権利書は、貴族としては腹も痛まぬ程度でかつ、そこそこ良いものなのであろうが、元々庶民でしかないユウにしてみればトンでもないものである。それも大概ではあるにせよ、ユウとしては特に自分の肖像画に関して、二割、いや三割増しで美人に描いてあるものだから、「これは私じゃない……」と思わずため息をついてしまう。
とにかくそんな物が、狭いキッチンの、狭いテーブルに、山となって置かれていた。
「売るなり、捨てるなりしておくれよ。いらないものなんだろう?」
「あー、いや、その……」
ユウはちらとリンを見やる。
半目のままで山となった手紙や肖像画をじっと見ていた。
母親からの手紙をくしゃくしゃにしただけであの怒りっぷりだったから、これを捨てるなどというと、リンは一体どういう反応をするのか――
容易に想像できてしまう。
「捨てるの…?」
じっと半目でユウを見つめているリンがぽそりと一言。
「えっ、いや、その、捨てない、かなぁ……」
「でも、いらない?」
「あー……」
リンはわかってはいるようだ。如何に人が心をこめて書いたであろう手紙とはいえ、ユウの本当に困ったような顔をみて、必要なものではないことくらいは。
けれど、リンの中にも葛藤はあって、「大事な手紙は人の心」なのだけれど、同時にその心がユウを困らせているならなんとかしてあげたいとも思う。
心は大事だけれど、ユウはもっと大事だから――
「燃やそう」
そして行き着いた結論がそれだった。
「ふぇっ!?」
驚いたのはユウと、そしてユウの母であった。
*
お団子三姉妹が空を行く。
キャニをリンが抱え、そのリンをユウが抱え、三つの頭が並んでいる。
かつてツクシの国に行った時にみた、丸いもちもちした玉状のお菓子で、それは串に必ず三つ刺さって売られていた。ユウとリンが二人で飛んでいたときには思いもつかなかったことだが、そこにキャニが加わった事によって、リンがその様を例えたのが始まりだ。
「おだんご~おだんご~」
びゅうびゅうと風切る音の中でリンが口ずさむ。微かに聞こえるそのリンの歌声にユウもキャニも合わせて歌い始める。
「三つ並んで~」
「串が刺さって~」
三人が三人ともニコニコと笑顔を見せて、リン作詞作曲のお団子の歌を歌いながら空を舞って行く。
帝都を横切って、港町を南に曲がり、点々とある集落をながしてしばらく飛ぶと、目的の村が見えてくる。
森を越えて、少し大きな川を越えた辺りにある小さな村――それがユウの故郷の村だ。
他国との国境が近いわけでもなく、魔族領からもかなり離れているから争いもなく至って平和な村である。しかしながら、帝都や港からもかなり離れているからパティの村同様、交通の類は不便で少なくとも潤っているとは言いがたい。
けれど牧歌的な雰囲気のその村は、平和で、穏やかで、なるほどユウが育った村かと納得できる雰囲気を持っていた。
小さな村、といっても、そこそこの人数が住んでいて村の中は帝都などの都会とはまた違った活気がある。人々は活き活きとした表情で農業や牧畜に励んでいて、男も女も、子供も老人も皆穏やかでありながら活発に村の中を駆け回っていた。
「おや、ユウでねーか?」
「あ、おじさん。元気だっけ?」
村の入り口には小さな屯所が設けられていて、一応帝都から派遣されてきた兵士が数人詰めている。が、この村へ来てかなりの年月が経つ者ばかりで、今話しかけてきたおじさんもまた、それこそユウの誕生から旅立ちまでを見送った一人である。
「元気も元気、まだまだ現役よー」
「そっか~、安心だなー」
ユウとおじさんの会話に目を丸くしているのはリンとキャニである。
いつもと何かが違うのだ。
いつも聞くユウの言葉と、今の言葉は何かが違っている。
「でも、突然だな、おめ」
「あはは、そうだけど、お母さんがね、一回顔出せって」
「そかー、じゃあ、早いとこいかねばね」
おじさんはニコニコ笑ってユウを通そうとして――
「まて、ユウ。おめ、ほんとにユウか?」
「へ?」
一瞬で少し険しい顔になったおじさんがユウと、そして連れの二人に視線を移す。
「ああ……この子達は、私が預かってんです。大丈夫」
「むぅ……ま、いいか」
そしておじさんがユウにそうしたように、リンとキャニにも変わらない笑顔を見せた。
「いくつだ?」
「?」
さっきから微妙に言葉がわかりずらくなっているリンが言葉の意味を介せず首をかしげる。
「リン、歳いくつだって?」
「あ……十一」
「おぉ、めんこい子だな。うん、ごめんなー、一応おじさんも仕事があるからちょっとだけ疑ったわ」
「だいじょぶ」
「そうかそうか、ありがとなー」
おじさんがポンポンとリンの頭を撫でてくれた。
「子供じゃないよ?」
「お、そかそか」
頭を撫でられて、ちょっと不満気なリンにおじさんはサムズアップを見せた。
「で、ユウ」
おじさんがささっと寄ってきて訝しげな顔でささやいてくる。
「はい?」
「まさか……おめの子か?」
今度はユウが目を丸くさせるのであった。
「ほんとに預かってるだけです!」
*
ようやく村の中に入れたユウ達だったが、出会う人出会う人皆、最初はユウの姿に驚いて、再会を喜び、次に犬を抱えた小さな子を見て、
「ユウの子か?」
と口をそろえて聞いてくる。
再会の喜びも何もあったものではない。
中には「五年も留守にしてたんだ、十歳の子供が居ても不思議じゃない」と滅茶苦茶な事を言い出す者までいた。けれど、それほどまでに再会を喜ばれて、しかも皆最初はリンの様子に驚くけれど、すぐに可愛い可愛いと頭を撫でてくれるのだから、ユウとしても嬉しい。子供かと毎度聞かれるたびに複雑な気持ちにはなるが。
それにしても、家にたどり着くまでに村人総出で待ち構えてるんじゃないかというほど人に出会う。
そうして皆がリンを見てお約束をこなしつつ、ようやく自宅の前にたどり着いたときには、ほとほと疲れてしまっていた。
リンは、最初は子ども扱いされるたびに、「子供じゃない」といっていたが、途中からあきらめたのか何も言わなくなってしまっていた。けれど、撫でられるのは嫌いじゃないらしく、頭を撫でてくる人を邪険にすることは無かった。
キャニはというと、ぐっすりと寝ていた。歩くほどに声を掛けられるユウや、頭をくしゃくしゃに撫でられるリンを尻目に、である。そんなキャニをリンは半眼で睨みつけている間に、どうにか家までたどり着いた。
「やっと……ついた……」
肩を落として大きなため息をついた。
そのため息を聞きつけたのかはわからないが、丁度良く扉が開いて、中からユウにそっくりな顔が出てきた。
「あら、ユウ?」
そのユウとそっくりな顔に、リンも、目が覚めたキャニも目を見開く。
「ユウ……が二人!」
「違うよ、私のお母さんだよ」
思わず声をあげたリンにユウが苦笑いして答える。
「あら……」
ユウの母親はそんなリンと、ユウの顔を交互に見比べながら呟いた。
「えっと……父親は?」
「お母さんまで……」
これまでの村人の様子から、半ば予想はしていたものの、やっぱりか、とユウはがっくりと肩を落とすのであった。
つづく
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