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霧の向こうにあるものは
しおりを挟むくいくい、と袖を引っ張られる感覚でユウは目が覚めた。
目を開けると、まだ薄暗い部屋の中で、隣に寝ていたはずのリンがユウの袖をひっぱりながら顔を覗き込んでいる。
「ふぁ……どうしたの?」
まだ起きるには少々早いように感じて、欠伸をしながらリンに尋ねるユウ。
「白い」
リンはただ一言ポソリといって、ユウの顔から視線を窓の外に移す。
釣られるようにユウも窓の外をみると、そろそろ昇りかけた陽で明るくなりそうな外は、まだ暗く、しかしながら、白い何かが窓の外を覆っていた。
「霧かぁ」
そう珍しくも思わずに、ユウはそのままベッドに倒れこんだ。
「ねぇ、ユウ」
それでも外が気になるのか、リンはまた目を閉じてまどろみ始めたユウをゆさゆさと揺り動かす。
「外が見えない」
「んー……そのうち晴れるよ……」
目を閉じたままユウがリンに背を向けてまた静かに寝息を立て始めた。
「むぅ……」
そんなユウの背中を半目で睨んで、今度はユウと反対側で丸くなっているキャニを揺さぶる。
「ふぁう……もうたべれない」
が、腹を見せて眠るキャニは、まったく起きる気配がなかった。
しばらく、ベッドの上で寝入っているユウとキャニを見比べて――独り頷くと、リンはのそのそとベッドから降りた。
「わぁ……」
外にでるとすぐ、目の前に霧が立ち込めていて全く先が見通せない。いつもなら見える街道も、白い霧に覆われて微かに街道の前に生えている木々が見える程度だ。今まで見たことのない風景にリンは思わず感嘆の声を漏らした。
「くしゅっ」
朝早い所為か、ひんやりとした空気がリンの肌を刺す。
やはり暖かい寝床から出てきたばかりの肌には少々寒い。思わずくしゃみをしてしまったリン。
それにしても、家から出てほんの少し歩いただけなのに、後ろを振り返ると、いつもの『小道』が霧の中にかすんで見える。
それは少しばかり幻想的で、別の世界に迷い込んでしまいそうな、そんな錯覚さえリンに覚えさせた。
街道へ向かって歩いていくリン。ふと横の森を見ても、木々の間にも霧が立ち込めていてその先は何も見えない。いつもであれば、遠くに動物の姿が見えたりもするのに――
霧というのは不思議なもので、遠くは見えないのに、近くが見えなくなるということはない。
遠くになればなるほど霧が重なるから見えなくなるだけなのだが、リンはそんな事は知らないから、とても不思議に思うのだ。
霧の先に何があるのか、と、あるいはどれだけ進めば完全に霧に囲まれるのか。辺りが白で覆われた霧の空間、霧の部屋――そんな事をリンは考えていた。
進めども進めども、視界は変わらずに、想像していたような「霧で出来た部屋」にはたどり着かない。そのうちに足元にユウと一緒に立てた『小道』の看板があることに気がついた。
どうやらもう街道にたどり着いてしまったらしい。
結局霧の部屋にはたどり着かず、その霧自体も薄くなってきていた。
ほう、と少し残念そうにふと見上げたリン。
「ふあ……」
見上げた先にあった光景に、思わずリンは息を呑んだ。
森と山の間にある草原が一面霧に覆われていて、顔を出した太陽の下まで雲海のように広がっていた。
その雲海からほんの少しだけ天辺を出した森の木々は、海に浮かぶ島々のよう。反対側の山は大陸か。
雲海の水平線に浮かぶ太陽は、霧に遮られて淡い光を放ち、ゆらゆらと揺れている。
一度地平線から顔を出したはずの太陽は、霧の海を越えて、二度目の日の出を見せる。
リンはそこに居合わせた。居合わす事ができた。
ゆっくりと昇っていく光とともに、それがまるで夢であったかのように、霧の海は少しずつ晴れていく。
木々の間に立ち込めていた霧も、『小道』を霞ませていた霧も、そして、リンを包んでいた霧も、少しずつ晴れていく。
微かに太陽の光を反射して、キラキラと輝きながら、白い海は消えてゆく――
放心したように、そのゆっくりとした変化を見つめているリン。
やがて、霧が晴れていつもの光景が戻ってくる。
けれど、その時、何故か霧に置いていかれてしまったような、そんな寂しさがリンの小さな胸をちくりとさせた。
ついさっきまで目の前に広がっていた幻想的な光景は、もうない。
リンは踵を返して、家路を歩み始める。
自分の心の中に切り取った、あの光景を何度も思い返しながら――
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