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悪魔の授賞式

受賞スピーチの力

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 そうして俺が頭を抱えていると揚羽がゆらゆらと姿を現した。どうやら外出していたようだ。







 「おぉ、起きてる。おはようございます有栖川さん」



 「おう、おはよう。てかこの数時間何してたんだよ、揚羽がいない間にすごいことあったんだぞ」



 「いきなり作家とは思えない語彙力ですね、びっくりしました。何があったんです、もう竜胆さんから連絡来たんですか」







揚羽はうだうだしながら話しかける俺を見下すかのように淡々と話す。こいつも中々初期からイメージが変わってきているな。しかもこっちは悪い方向な気がする。まぁ、自分が崇拝していた人間の私生活や本当の顔を見てこんなんだったら確かに拍子抜けもするか。







 「それがホントにもう連絡が来たんだよ、しかも佳作入選だけじゃなくてスピーチ付きだぜ、びっくりだよ。竜胆さんが心配になるくらい」



 「わお、それはとんでもないですね。早速スピーチ考えなきゃじゃないですか」



 「そうなんだよ―――てかなんか反応薄くないか。佳作とはいえ何もないのに比べたらすごいことだぞ」



 「いや、すごいびっくりしてますよ、ほんとに。だけど竜胆さんってめちゃ仕事できる感じするじゃないですか。なのでなんとかなるんじゃないかな、とも思ってたんです」



 「うーんそういうもんか」







いまいち納得しきれないが、竜胆さんを信頼していたということなんだろう。







 「で、何してたのさ、買い物って訳でもなさそうだし」そう聞くと揚羽は首をかしげて見せて、



 「うーん、ただの散歩です。こっちの世界に来てから、見るもの全てが過去のものなんだって思うと散歩すら楽しく思えてきて、最近ハマってるんですよ」



 「それで最近突然いなくなるのか」



 「そうです、最近はもうここ周辺の道を開拓しきっちゃって、新しい道を探してます」







俺の見知らぬ所で過去散歩をしていたわけか。過去散歩―――そう聞くとなんだか面白そうで俺もしたくなってくるな。







 「そんなことはどうでもよくて、スピーチですよ、スピーチ」



 「あぁ、そうだな―――でもなんか最優秀賞のときとそんな変わらなくてもいいかなぁと思っちゃってるんだよな」



 「えーそんなのもったいないじゃないですか」揚羽は顔全体で残念さを表現してみせた。そう言われてもな。







 「せっかく大きな舞台でスピーチできるんですよ、しかも有栖川さんはこんな出来事があった直後です。いくらでも爪痕残せるじゃないですか」







爪痕―――竜胆さんも同じこと言ってたな。しかしそんな攻めたスピーチをしてしまったら色々とまずくないか?俺の大犯罪者ルートは置いといたとしても、出版社的にも大問題だろう。そう考えていると揚羽が、







 「出版社のことを気にしているのなら大丈夫じゃないですか、だって出版社側は全て手違いで片付けるんでしょうし、有栖川さんのスピーチ内容まで手が回らなくてもしょうがないってなりますよ、きっと。どちらにせよ謝らなきゃいけないのに変わりはないでしょうけど」



 「そっか―――うーん」







そう言われてしまうと別に今回の問題に言及してもいい気がしてくるな。いやダメなんだろうけど。でも同時に、小説の内容的にも、この政府の横暴はあまり無視していいものでもない気もしてくる。



 



 しかしはっきりと圧力をかけられたと言ってしまうと、それこそ過激派が何をするか分からない。先ほど電話の最後に竜胆さんから少し聞いただけだが、ネットの一部では中々この文学賞問題も過熱しているらしいし。まあここで何かまずいことを言っても、政府にちょっと目を付けられている作家、位なものになるだけですぐに犯罪者扱いを受けることは無いだろうけども―――。俺はスピーチ一つになんでこんな悩まされているんだ。本来思ったことを言えば良いだけの場のはずなのに。







 「そこまで悩むなら、それこそ”匂わせ”る位にしてみてはどうですか。勘の鋭い人なら分かるレベルの曖昧な表現なら、有栖川の専売特許じゃないですか。最優秀賞を獲るレベルの表現力があるんですから」







揚羽にそう言われた時に俺はあることに気付かされた。作家で、なおかつ新人ともなれば、スピーチ一つとっても自分を表現する場なのかもしれない。そしてこの場を持って、こいつの小説を読んでみたいと思わせられるほどの印象を残さなくては、せっかくの舞台が無駄になってしまうのではないだろうか。ここにきてようやくふたりが言っていた”爪痕を残す”という言葉の意味が分かった気がした。



 











 そうして迎えた授賞式当日、俺は不思議と緊張していなかった。ちょっくら遊んでいくか、位の気持ちの方が強いのかもしれない。俺は揚羽に一緒に来なよと誘ったが、揚羽は「僕は作者の欄に名を連ねてないですし、行っても誰?ってなりますよ。今回は遠慮しときます。家で見守ってるので、楽しんできてくださいね」といつも通りの口調で説き伏せられてしまった。こういうことなら作者は有栖川照也と揚羽しっぺいの二人としておけばよかったな。実際二人で作り上げたものだし、どこかすっきりしない感じがする。







 そして控え室に通されてから数分経つと、聞き覚えのある声が俺を呼ぶのが聞こえた。







 「有栖川先生、ですよね」



 「はい、そうですが―――もしかして竜胆さん?」



 「あたりです、初めまして。ずっとお会いしたかったですよ」







竜胆さんは感慨深い、といった表情で微笑んでいた。







 「本来は担当と決まってすぐにでも、一度実際にお目にかかるべきではあったんですけど―――少し我々は色々とゴタゴタしていたので、顔合わせが遅くなってしまいました、申し訳ないです」



 「そんな、全然ですよ。何から何まで感謝しかないです、本当にありがとうございました」



 「こちらこそ、入社早々様々な経験をさせていただきありがとうございました」







竜胆さんは無邪気なようで、どこか上品さも兼ね備えた笑みを浮かべてそう言った。







 その後もいろいろな話に花を咲かせていると、俺以外の受賞者とその担当さんとみられる人たちがわらわらと集まってきた。外ではテレビや新聞社だと思われる記者達が入り口に集まって何かしている。手続きみたいなものがあるのだろうか。







 「有栖川先生、ですかな」







突然俺の背後に深みのある声が響く。ふり返るとそこにはカッコよく年を取った男性が少し微笑みながら仁王立ちしていた。それと同時に竜胆さんが「おはようございます」とお辞儀をする。なんだろう、お偉いさんか何かな。







 「お初にお目にかかります、有栖川照也です」



 「うんうん、初めまして。僕は有栖川先生の作品も担当している部署の編集長をやっているものです。竜胆くんほどではないだろうけど、これからもよろしくお願いしますね」



 「はぁ、あなたが編集長さん―――この度はいろいろとご迷惑おかけしまして」



 「なんのこれしき、迷惑に含まれませんよ。後、竜胆くんに聞いたかもしれないけど、僕も上の命令には正直馬鹿馬鹿しさを感じているからね」







編集長さんも大変な立ち位置なのだろうと改めて思い知らされた。彼も思うことはあるだろうに、こちらのわがままに付き合ってくれて、何度も言うがありがたいばかりだ。







 「さて、ご挨拶も済ませたところで、今我々がおかれている状況について説明しておこうか」



 「普通にイベントが進んでいく訳ではないんですか」俺は眉をしかめる。



 「いや、授賞式自体は元々の流れなんだけどね、有栖川先生の受賞は、ほら、本来無かったことにされているじゃない。これから話すのは―――いわばアリバイ工作、言い換えると作戦会議みたいなものだね」
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