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第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す
第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す 2
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やせこけた犬が、鼻をひくつかせながらカリンの前を横切っていく。
枯れた色をした屋根の連なり。
いまにも傾いて潰れそうな家々に、人々は身を寄せあって暮らしている。
王都ゴースバレンより北へ。馬で十日ほどの距離に、カリンの領地ロサはある。
グラニエラ家の者は先祖代々この地で生まれ、この地で育った。
決して豊かな土地ではない。
岩がちな地形は畑を作るのに適さず、気候も厳しい。
それでもカリンは、ロサとロサの民を愛していた。
「おお、カリン様だ」
「カリン様がお帰りになられた」
道を進んでいくと、カリンの姿を見つけた街の住人が次々に集まってきた。
歓迎という意味ではおなじでも、王都や道中の街や村で感じた狂熱とはまたちがう。
自分たちの領主の凱旋であることもそうだし、愛娘の里帰りを喜ぶような声も、そこにはある。
やはり自分はロサの人間だ。馬上から手を振りながら、カリンはそう感じていた。
四ヶ月ぶりの我が家は、すこしも変わっていなかった。
いちおうは領主の住まいなので、広さだけはそれなりにあるものの、武勲を立てて王から与えられたゴースバレンの屋敷などとはくらぶべくもない。
しょっちゅう雨漏りに悩まされるし、雪や風に潰されぬよう、普請もこまめにおこなわねばならない。
すでに報せが届いていたらしく、門の前には家人一同が顔をそろえていた。
「よくぞもどられました、姉上!」
アスターが進み出て一礼する。グラニエラ家の長男で、カリンとは四つちがいである。
父が死んだとき、アスターはまだほんの子供で身体も弱かったため、カリンが家督を継いだ。
「叙勲を受けたの?」
アスターの礼が騎士風だったので、カリンはそう訊ねた。
「はい、ひと月ほど前に。これで僕も、戦場で姉上のお手伝いができます」
誇らしげに、アスターは歯を見せて笑った。アビエントラントにおける騎士とは、軍の指揮権を持つ者のことでもある。
「いえ。アスターには、いましばらくロサを守っていてほしいのだけど」
「なぜです!? 僕はもう一人前です。剣の稽古も、一日たりと欠かしたことはありません」
「まあ、詳しい話はあとで――」
「あねうえー、おかえりなさい」
カリンが下馬すると、アスターよりもさらに幼い弟妹たちが、わらわらとむらがってきた。
「エメ、ファリア、エクト、サーリー。シランも。みんな、また大きくなったわね。いい子にしていましたか?」
「うん! こないだ裏の畑でおいもほったよ!」
「サーリーも!」
「あねうえ、わるい神様退治したんでしょ? そのお話聞かせて」
「聞きたい聞きたい」
「わかった。それじゃあ、夕食のときに」
まったく、使い魔たちより騒々しいな、とカリンは思った。
だが、この騒々しさがなにより懐かしく愛しい。
たくさんのちいさな手にひっぱられながら、カリンは屋敷に入った。
夕食後。
自室の窓辺に立って、カリンは空を見あげていた。
空は厚い雲に覆われ、星はおろか月さえ見えない。冷えこみ具合からして、明日には雪が降るのではないかと思われた。
こん、こん、とドアを叩く音がする。
「どうぞ」
振り返ると、アスターが入ってきた。
「みんな眠った?」
「はい。ファリアとサーリーが興奮してなかなか寝ついてくれませんでしたが」
アスターは手燭を卓に置き、カリンのそばへやって来た。
「それで、姉上。話というのは?」
邪神アルマミトラが異世界に逃れたという話は、混乱を避けるため家族にも漏らさぬよう口止めされている。カリンは、大事な使命を仰せつかったので、すぐにまた発たねばならないとだけ告げた。
「僕もいっしょにはいけないのですか?」
「危険なの。それに、いつ帰れるかわからないわ。一ヶ月か、一年先か……あるいはもっと。ここに残って、チビちゃんたちを守る人が必要でしょ?」
「そうですか……」
いろいろと言いたいことを呑み込んだという顔をしつつも、アスターはうなずいた。
歳の割に物分かりがいい。そうならざるを得なかったからだ。騎士叙勲の報告をしたときも、少年らしい憧れよりも、責任感が勝っているようすだった。
「アスター」
カリンは弟の首に腕をまわした。
アスターは一瞬身じろぎしたが、黙って抱擁を受け容れた。
「ごめんね」
「……いいえ」
できることなら、もうすこし子供でいさせてやりたかったと思う。いくら英雄ともてはやされたところで、どうしようもないことはあるものだ。
「そういえば、飾り紐をなくしたとおっしゃっていましたね」
「ええ」
残念ではあったが、あの紐が身代わりになってくれたおかげで命拾いしたのだと思えば気が楽だった。
「これを。新しいお守りです」
アスターが差し出したのは、手のひらに収まる大きさの人形だった。
髪が長く、武器らしきものを持っているので、おそらくはカリンに似せたのだろう。
「服の切れ端を集めて、シランが縫ったんです」
「ありがとう。大切にするね」
カリンは人形を胸に抱き、溢れそうになる涙をこらえた。
枯れた色をした屋根の連なり。
いまにも傾いて潰れそうな家々に、人々は身を寄せあって暮らしている。
王都ゴースバレンより北へ。馬で十日ほどの距離に、カリンの領地ロサはある。
グラニエラ家の者は先祖代々この地で生まれ、この地で育った。
決して豊かな土地ではない。
岩がちな地形は畑を作るのに適さず、気候も厳しい。
それでもカリンは、ロサとロサの民を愛していた。
「おお、カリン様だ」
「カリン様がお帰りになられた」
道を進んでいくと、カリンの姿を見つけた街の住人が次々に集まってきた。
歓迎という意味ではおなじでも、王都や道中の街や村で感じた狂熱とはまたちがう。
自分たちの領主の凱旋であることもそうだし、愛娘の里帰りを喜ぶような声も、そこにはある。
やはり自分はロサの人間だ。馬上から手を振りながら、カリンはそう感じていた。
四ヶ月ぶりの我が家は、すこしも変わっていなかった。
いちおうは領主の住まいなので、広さだけはそれなりにあるものの、武勲を立てて王から与えられたゴースバレンの屋敷などとはくらぶべくもない。
しょっちゅう雨漏りに悩まされるし、雪や風に潰されぬよう、普請もこまめにおこなわねばならない。
すでに報せが届いていたらしく、門の前には家人一同が顔をそろえていた。
「よくぞもどられました、姉上!」
アスターが進み出て一礼する。グラニエラ家の長男で、カリンとは四つちがいである。
父が死んだとき、アスターはまだほんの子供で身体も弱かったため、カリンが家督を継いだ。
「叙勲を受けたの?」
アスターの礼が騎士風だったので、カリンはそう訊ねた。
「はい、ひと月ほど前に。これで僕も、戦場で姉上のお手伝いができます」
誇らしげに、アスターは歯を見せて笑った。アビエントラントにおける騎士とは、軍の指揮権を持つ者のことでもある。
「いえ。アスターには、いましばらくロサを守っていてほしいのだけど」
「なぜです!? 僕はもう一人前です。剣の稽古も、一日たりと欠かしたことはありません」
「まあ、詳しい話はあとで――」
「あねうえー、おかえりなさい」
カリンが下馬すると、アスターよりもさらに幼い弟妹たちが、わらわらとむらがってきた。
「エメ、ファリア、エクト、サーリー。シランも。みんな、また大きくなったわね。いい子にしていましたか?」
「うん! こないだ裏の畑でおいもほったよ!」
「サーリーも!」
「あねうえ、わるい神様退治したんでしょ? そのお話聞かせて」
「聞きたい聞きたい」
「わかった。それじゃあ、夕食のときに」
まったく、使い魔たちより騒々しいな、とカリンは思った。
だが、この騒々しさがなにより懐かしく愛しい。
たくさんのちいさな手にひっぱられながら、カリンは屋敷に入った。
夕食後。
自室の窓辺に立って、カリンは空を見あげていた。
空は厚い雲に覆われ、星はおろか月さえ見えない。冷えこみ具合からして、明日には雪が降るのではないかと思われた。
こん、こん、とドアを叩く音がする。
「どうぞ」
振り返ると、アスターが入ってきた。
「みんな眠った?」
「はい。ファリアとサーリーが興奮してなかなか寝ついてくれませんでしたが」
アスターは手燭を卓に置き、カリンのそばへやって来た。
「それで、姉上。話というのは?」
邪神アルマミトラが異世界に逃れたという話は、混乱を避けるため家族にも漏らさぬよう口止めされている。カリンは、大事な使命を仰せつかったので、すぐにまた発たねばならないとだけ告げた。
「僕もいっしょにはいけないのですか?」
「危険なの。それに、いつ帰れるかわからないわ。一ヶ月か、一年先か……あるいはもっと。ここに残って、チビちゃんたちを守る人が必要でしょ?」
「そうですか……」
いろいろと言いたいことを呑み込んだという顔をしつつも、アスターはうなずいた。
歳の割に物分かりがいい。そうならざるを得なかったからだ。騎士叙勲の報告をしたときも、少年らしい憧れよりも、責任感が勝っているようすだった。
「アスター」
カリンは弟の首に腕をまわした。
アスターは一瞬身じろぎしたが、黙って抱擁を受け容れた。
「ごめんね」
「……いいえ」
できることなら、もうすこし子供でいさせてやりたかったと思う。いくら英雄ともてはやされたところで、どうしようもないことはあるものだ。
「そういえば、飾り紐をなくしたとおっしゃっていましたね」
「ええ」
残念ではあったが、あの紐が身代わりになってくれたおかげで命拾いしたのだと思えば気が楽だった。
「これを。新しいお守りです」
アスターが差し出したのは、手のひらに収まる大きさの人形だった。
髪が長く、武器らしきものを持っているので、おそらくはカリンに似せたのだろう。
「服の切れ端を集めて、シランが縫ったんです」
「ありがとう。大切にするね」
カリンは人形を胸に抱き、溢れそうになる涙をこらえた。
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