129 / 147
ついに16歳
16
しおりを挟むモーゼごっこが楽しい。
そう思えたのは初めてかもしれません。確実に、私の隣で楽しそうにしていらっしゃるレイチェル様のおかげでしょうね。
せっかくなので、ついでに私の女色の噂を確定的にしておこうと、私は唇を薄く開け、目元を和らげ、揺れる視線に恥じらいを演出しながらレイチェル様を見下ろしてみました。テーマは「恋人を見つめるユリ」で。彼女の事情に巻き込んでくださったのですから、こちらもしっかり利用させていただきます。
そんな私の視線を、レイチェル様が満足気な笑みで受け止めてくれました。しかし空いている方の手で力強い握りこぶしを作るのは、やめた方がいいと思うのです。
「パーフェクトな縁談避けですわ!」
おや。畏怖の対象である私を縁談避けにしようなんて、いい度胸ですね。薄々感じてはいましたが、心にとどめておいて欲しかったですよ。
驚いたことにレイチェル様はどうやら超劇嫉妬深いヤンデレ精霊、メディオディアに好意を抱いていらっしゃるようでして。というか、両思いだから正式契約に至っているの方が正しいのかもしれませんね。
ゲームで隠しルートを攻略した以上、彼女の精霊がヤンデレさんであることは承知しているはずなのですが。かと言って、放置した挙句に「みんな死んじゃえ!」されても困ります。よって、人の趣味をとやかく言う気もありませんし、こちらに迷惑が掛からなければ問題なしですよ。
とにかく、そんなわけでレイチェル様は婚約を避けたいらしく、今現在も周囲を威圧しまわって不快を蔓延させている彼女の精霊を止める気が全く無いようです。でもせめて、協力者である私へ向けるのを止めさせてはくれませんか。
微かに震え、怯えながらも私へ触れる様子から、勝手に精霊の方が警戒しているのかもしれませんけれども。
互いに転生者であることを明かしてからずっと、この調子です。怖れを大公令嬢としての仮面に隠してでも、私と積極的に関わろうとする理由が、私を利用するほかにもある気がするのです。
というのも、彼女から感じる怖れは他の人々が私へ向ける怖れと、なんとなく違うからです。私自身に怯えているわけではないというか・・・上手く表現できませんが、強いて言えば、親が許容してくれる範囲を探るために悪戯をしている子供のような。
面倒に巻き込まれないよう、そろそろ真意を確かめるべきでしょうか。
勝手に割れていく人波の直中をホール中央付近まで進んだ頃、宣言の後に帝国組とヘンリー殿下が入場されました。
見目麗しい王族たちのお姿に、令嬢がたから漏れたため息が聞こえます。
凛とした立ち姿が美しいダリア様は、赤みがかったピンクのほっそりしたシルエットのAラインドレスに身を包み、堂々とパートナーであるゼノベルト皇子の甘やかな視線を受けながら微笑んでみえます。
逆に余裕なさげに周囲を威嚇しつつデレデレとダリア様をエスコートするゼノベルト皇子殿下は、シンプルな白のシャツにグレーのタイとベスト、光沢のあるダークグレーのドレススーツと、服装だけは皇子然としていらっしゃいますね。
感嘆ものの麗しい一幕はずが、ゼノベルト皇子殿下の表情のせいで台無しですな。
甘々カップルに隠れるようにして会場入りされたヘンリー殿下は、意外なことに武闘大会でもお召しだった軍服姿です。その服装のチョイスとパートナー無しでお1人であるというところから、かなりやる気がない様がありありと感じられました。
それでも表情だけは対外用の天使モードで、可愛らしい微笑を浮かべつつ何かを探しているようです。会場を見渡すように動いていた碧眼が、私を捕らえた途端に見開かれ、その後すうっと細められました。
おぉ・・・。全身に鳥肌が立ちましたよ。
あの一件から、できる限りヘンリー殿下と2人きりにならないよう、私は気を付けて行動しております。
しかし彼にとっては、護衛であるツヴァイク様が他者の目という枠に入らないようでして。もう1人の護衛であるレオンの目を盗んでは、「カムは何人欲しい?」とか「初めてが私でなくてもかまわないよ」とか「私に任せてくれるなら最高のひと時を約束するよ」等、返答に困るようなことを言ってきました。
私と同じように鳥肌を立てている「私は貝。私は貝。」というようなお顔のツヴァイク様の横で。
おかしい! 「バル恋」は18禁乙女ゲームではないのですよ! なんでメインヒーローが下ネタ吐いてるんですか?! レオンも聞こえているのでしたら助けてくださいよ!!
げんなりしながら回想している間に、最後に入場してみえた国王陛下のありがたーい御言葉が終了してしまったようです。
ファーストダンスの曲が始まりました。
卒業パーティーは卒業生やその関係者への慰労の意味合いが濃く、夜会というくくりから外れるため、誰が最初に踊るといったルールはありません。それでも位が高い者が参加している以上、先にその他が踊り辛いのも確かでして。
モーゼごっこの延長で空いたままだったスペースを利用し、私はダンスの体勢に入ることにします。ホール中央に近い位置でもありますから、迷惑にはならないと思いますし。
「レイチェル様。私と踊っていただけますか?」
「えぇ。よろしくてよ」
王族に次ぐ位であるジスティリア大公のご令嬢へ、跪ひざまずきゆったりと微笑みながら手を差し出します。ややお顔が強張りかけているレイチェル様が、コクリと唾を飲んでから震える手を重ねてきました。
レッツ! しゃるうぃーだんす?
練習の成果か、滑り出しは順調です。
しかし練習の時もそうでしたが、どうしても視線が下がりがちな、レイチェル様。よろめきかけた彼女の細い腰を抱き寄せ、丸く可愛らしいお耳へ口を寄せて囁ささやきました。
「お顔が下がっていますよ。多少の失敗はフォローできます。最悪、足をお踏みになられても大丈夫。笑顔で踊りきってみせますから」
顔を離して微笑みかけると、レイチェル様が口元をひきつらせながら大公令嬢の仮面を被り直しました。まだ完全には強張りが解けていませんが、ダンスにおける表情の点数としては大丈夫な範囲でしょう。
「ちょっと、カム! あまりヘンリー王子殿下を煽らないでくださいませ! 最近、ライバル認定されたようで、当たりがきつくて困っていますのよ!」
ん? どういう意味でしょうか?
苦情の内容がいまいち理解できなくて首をかしげたら、張り付けた笑顔のまま深いため息をつかれてしまいました。
「今の、角度によっては口付けているように見えたと思いますわ。ひぃっ・・・恐い顔で笑ってる!」
レイチェル様、言葉遣いが崩れています。それにあの方の外面は天使様ですから、いつでもたいがい笑っていらっしゃいますよ。
大袈裟な・・・と思いながらヘンリー殿下をちらりと見れば、やはり外面感満載の微笑を浮かべていらっしゃいました。
うん。私も恐いわ。
「レイチェル様、もう少しです。お気を確かに、頑張ってください」
「えぇ。そうね!」
足を踏まれかけて、彼女の腰へ添えていた右手で柔らかい体を少し持ち上げました。レイチェル様は私より背が低くて体重も軽いため、ドレスの重みを足したとしても、こうして一瞬でしたら片腕でも持ち上げることができます。筋肉痛は確実でしょうけれども。
足を踏まれるダメージを最小限に抑えながら、時折ふらつく彼女を支え、優雅に踊り続けます。右腕がだるくなってきた頃にやっと曲が終わり、何とか無事、踊り切ることができました。息が上がっているレイチェル様のお顔も達成感にあふれています。
そのままさりげなく・・・のつもりで、かなり目立っていますが押し切って外へ出ようとしたところを、金茶の頭が遮りました。
「1曲目は譲ったのだから、2曲目はお付き合いしてくれるよね?」
そう言って悪魔が手を差し出したのは、もちろんレイチェル様の方へです。
私はにっこり笑って彼女から離れました。売られていく子牛のような目で縋られても、私には彼女を救い出す力もなければ、理由もありません。
「では、私はこれで失礼いたします」
皆の興味がヘンリー殿下とレイチェル様へ移ったのをこれ幸いと、気配を消しつつ外へ通じる扉へと向かいます。壁を伝うようにしてクラウドも別の扉へ到達したことを確認し、私はパーティー会場を後にしました。
0
お気に入りに追加
2,786
あなたにおすすめの小説
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
サブキャラな私は、神竜王陛下を幸せにしたい。
神城葵
恋愛
気づいたら、やり込んだ乙女ゲームのサブキャラに転生していました。
体調不良を治そうとしてくれた神様の手違いだそうです。迷惑です。
でも、スチル一枚サブキャラのまま終わりたくないので、最萌えだった神竜王を攻略させていただきます。
※ヒロインは親友に溺愛されます。GLではないですが、お嫌いな方はご注意下さい。
※完結しました。ありがとうございました!
※改題しましたが、改稿はしていません。誤字は気づいたら直します。
表紙イラストはのの様に依頼しました。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
異世界転生して悪役令嬢になったけど、元人格がワガママ過ぎて破滅回避できません!
柴野
恋愛
事故死し、妹が好んでいたweb小説の世界に転生してしまった主人公の愛。
転生先は悪役令嬢アイリーン・ライセット。妹から聞いた情報では、悪役令嬢には破滅が待っていて、それを回避するべく奔走するのがお決まりらしいのだが……。
「何よあんた、わたくしの体に勝手に入ってきて! これはわたくしの体よ、さっさと出ていきなさい!」
「破滅? そんなの知らないわ。わたくしこそが王妃になるに相応しい者なのよ!」
「完璧な淑女になるだなんて御免被るわ。わたくしはわたくしのやりたいようにするんだから!」
転生先の元人格である本当のアイリーンが邪魔してきて、破滅回避がままならないのだった。
同じ体に共存することになった愛とアイリーンの物語。
※第十九回書き出し祭りに参加した話を連載化したものです。
※小説家になろう、カクヨムで重複投稿しています。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!
美月一乃
恋愛
前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ!
でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら
偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!
瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。
「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」
と思いながら
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる