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ついに16歳

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「ねぇ、カム。大丈夫? 僕とのディナーは、また今度でもいいよ?」

 よほどひどい顔をしていたのか。自分の部屋を経由して別館の談話室へ戻った私へ、開口一番にレオンが気を遣ってくれました。心遣いはありがたいのですが、「後日また」という事でしたら今日終えてしまった方が気は楽になれそうです。

 私の腕に自分のそれを絡めつつ、心配そうに至近距離からこちらを見つめてくるレオンは、私と殿下が出かけている間に着替えたのでしょう。シンプルな白のシャツに濃茶のジャケット、黒のパンツといった彼らしい飾りけのない普段着で、例によって例のごとくシャツのボタンを3つ目まで開けて色気を振りまいています。
 とはいえそんな彼に慣れきっている私にとっては、さして気にすることでもないので普段通りスルーして辺りを見回しました。

「・・・殿下は?」
「あー。大丈夫。食堂へルーカスに連行されて行ったよ。今頃、冷気に震えながらアレクシス様と傷を抉り合っているんじゃないかな」
「はぁ?」

 何? どういう意味? 大丈夫なの?
 主に、というかルーカスだけを心配して眉根を寄せたら、レオンが面白くて仕方がないというように笑い始めました。

「あはははっ! 大丈夫! あれで皆、なんだかんだ仲がいいんだ・・・くくっ」

 どうやら顔が口ほどにものを言っていたようです。いくらツヴァイク様のように心の声が駄々洩れだったとしても、そんな腹を抱えて笑うほどではないと思うのですが。
 眉間に皺を寄せたまま睨みつけると、レオンが深呼吸をして笑いを収めます。

「・・・ごめん。ごめん。久しぶりに君と、お互いに素でやり取りできるのがうれしかっただけ。ちょっと待ってね」

 喉の調子を整えるかのように何度も咳ばらいをしたレオンが、私から2歩離れた位置へ立ちます。そして左手を胸に腰を折り、私へ右手を差し出しました。

「さあ、カーラ様。こちらへどうぞ」

 抵抗するだけ時間を無駄にしますから、私は躊躇なく手を重ね、さっさとエスコートされます。どこへ連れて行くつもりかと訝しむ私を、レオンは外へ連れ出しました。
 外出するならば戸締りを。と、振り返ると、玄関前に立っていたクラウドが慇懃に礼をします。

「いってらっしゃいませ」

 おや。珍しい。彼にも、私にも勝てないレオンに私の護衛を譲るなんて。
 クラウドも成長するんだなと感心していた私へ、レオンが呆れた視線を向けてきました。

「カムは彼の執着を甘く見過ぎ。これから僕が行こうとしているのは、この別館の屋根の上なの。それでやっと、離れてくれるんだからね!」
「あぁ。そう。」

 ブレませんね。クラウド。
 レオンと同じような呆れた視線をクラウドへ向けたら、頭を下げたまますすっと別館へ入り扉を閉めてしまいました。不味い自覚があるのなら、改善する努力をすればいいのに。無理して限界へ達し、本格的に病んでしまわれても困りますが。

 やれやれという感じのため息をひとつ吐き、レオンが私と向かい合って両手をつなぎます。
 何をするのかと問う前に、私と彼を囲むように風が渦巻き始めました。意図を察した私は抵抗せず、彼の魔法に身を任せます。案の定、2人まとめて浮き上がり、そのままゆっくりと屋根の上へ移動しました。
 2人一緒に風魔法で移動させるなんて、器用ですね。

「君とは長い付き合いだけど、2人きりで夕食を共にするのは初めてだよね」
「そういえば、そうですね」

 確かに。テトラディル領ではお昼は部屋食でしたので、チェリを含めて一緒に食べましたが、食堂でいただく夕食時は護衛としてクラウドと共に近くに控えていました。ルーカスが来てからは一緒に食べましたが、だからこそ2人きりではありませんでした。最近は「ヘンリー殿下とりまき隊」と一緒の、騒が・・・賑やかな食事でしたね。

 王都は南の国境にあるテトラディル領より気温が低いですが、雪が降ったとしても積もるほど降ったりはしません。ですから屋根の傾斜はそうきつくもなく、転がり落ちたり、滑ってしまう心配をしなくてもよさそうです。
 屋根の棟近くにはすでに敷物が広げてあり、ぼんやりとその周りだけを照らしているランプの近くに大き目のバスケットが置いてありました。どうやらあの中に本日のディナーが入っているのだと思われます。

「テトラディル領都の屋敷の料理人が王都で店を開いたって、知ってた?」
「いいえ。初耳です」
「やっぱり! その店でね、カムが好んで作らせていた料理の数々を、自分で考えたんだって偽って出してるんだよ! ひどいよね?!」

 ぷんすかしながらレオンが敷物の方へ私をエスコートしてくれます。
 示された場所へ素直に座ると、レオンが膝掛けをくれました。足先から腰まですっぽり入るほど大きなそれを、ありがたく膝にかけて足を投げ出します。秋口は日中が暖かくても、日が沈んでからは急激に冷えますからね。
 足元が温ぬくまって思わずほうっと力を抜いた私の隣、肩が触れそう・・・というか、すでに密着している状態で腰かけたレオンへ、可視光線ビームがでそうな抗議の視線を送りました。
 全く意に介した様子はありませんが。

「いえ。別に構わないと思いますよ。私は説明したり希望を伝えたりしただけで、試行錯誤して再現してくれたのは彼ですし。私が実際に作れるわけでもありませんしね。―――もうちょっと離れてくれませんか。」
「ふぅん。カムは無欲だねぇ。ま、そこがいいんだけど。―――この方が温かいでしょ?」

 そう言ってレオンが取り出したのは、油紙に包まれた両手の拳を合わせたくらいの大きさのもの。匂いから予測すると、きっとなんちゃって照り焼きバーガーです。じゅるり。

 無表情の下で涎を垂らしている私が、無欲なものですか。しっかりどっぷり食欲に塗まみれていますよ。しかも前世から。
 少量で満腹になってしまう体のせいで、今世は七つの大罪である「暴食」を犯すことはできませんが、地位を振りかざして、食べたいものを開発、改善してもらう程度には欲深い自覚があります。

 わくわくしながらレオンから包みを受け取り、一旦膝の上へ置きます。再び籠の中へ手を入れたレオンが、同じ包みを手にしたのを見届けてから手を合わせました。
 元料理長、ありがとうございます! いただきます!
 なんとなく寂しそうに色気を漏らして私の手元を見ているレオンを無視し、包みを手に取り開いていきます。レオンの包みが何バーガーか知りませんが、今更、交換なんて受け付けませんよ。

 薄暗くてお互いの顔もなんとなくしか見えないのですから、無礼講でオーケーでしょう。大口を開いて、がっぷりとかぶりつきました。
 うむ! やはり照り焼きバーガーもどき! 素晴らしい再現力です!

 モグモグ食べ進める私を、レオンが慈愛に満ちた目で見てきました。
 おっと、口の端にタレがついているようです。無作法なのは承知の上で、ペロペロと口周りを舐めまわします。
 自分の包みを開けもせず私を見ていたレオンが、息を飲んだ気配がしました。どうせ令嬢らしくない振る舞いを見咎めたのでしょう。
 無視してかぶりつくたびにペロペロしていたら、ようやく自分の包みを開いたレオンが顔を寄せてきました。

「・・・ここにも付いてるよ」
「んぐぅ?!」

 舐められた! ギリギリ口じゃないところをベロっとされた!

 まだ口の中に入っている上に、両手が大事な照りーテリヤキバーガーで塞がっているため、手も口も出せません。早く飲み下して文句を言おうとモグモグし続ける私へ、レオンが悪びれもせず、愉悦に満ち満ちた顔で色気を振りまきながら言いました。

「だって僕も両手がふさがってるんだもん。仕方ないで」
『仕方なくない! おのれ』
『はーい。オニキスはこっちなー』
『おい?! トゥバーン! 放せ!! やめっ! カーラぁぁぁ!』

 唐突に暗闇からおどろおどろしく現れたオニキスが、あっという間にレオンの精霊トゥバーンに巻きつかれました。そしてレオンの向こう、屋根の端へと引きずられて行きます。茫然とその様子を見ていた私の方へレオンが振り返り、楽しそうに笑いました。

「また別の日にやり直すのと、今我慢するの。どっちがいい?」
「・・・・・・・・・・・・我慢する方で。」

 オニキスが「ガビーン」と背後に書いてありそうな感じで、ぱかっと口を開けたまま私を見つめてくるので、そっと目を逸らしました。それと同時に、私の手から照りーを撤去しようとしていたレオンの手が引いて行き、ほっとします。
 お帰り。私の照りー!
 私は静かになった精霊たちを放置して、再び至福の時間へと誘われることにしました。幸せ。

 順調に食べ進み、私の照りーはもうあと3口で完食だというところ。入って行かない胃袋を口惜しく思いながら残りを見つめていたら、レオンにひょいっと奪われました。文句を言う前に紅茶が入っているらしいカップを渡されます。
 いつの間に食べ終わった上に、お茶まで用意しているのですか。

「また買ってきてあげるから、そんな顔しないの」
「・・・絶対ですよ」

 恨みのこもった目を向けているというのに、レオンは私へ優しい笑みを向けてきます。しかし色気を漂わせても残り3口の照りーを1口で食べてしまったのが、ちゃらになることはありません。食べ物の恨みは恐ろしいのです。
 惜しくはあっても実際、完食できたかというと無理だったと分かっていますので、約束を信じて怒りを鎮めます。視線をレオンから前へと移して口にした紅茶は程よい熱さで、ささくれた心を溶かしてくれるようでした。
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