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ついに16歳
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「さあ、皆さま。もちろん優勝を目指しますわよ。そして自由を勝ち取るのです!」
1人盛り上がるレイチェル様と、その両脇を固める双子の戦闘メイド、キキとモモが無表情で拳を振り上げます。
赤い襷を銀のポニーテールの根元へリボンのように結んだレイチェル様を背後に、私は目を閉じて次なる戦いに向けて心を落ち着けるますのですよ。
横から感じる視線は確実にクラウドのもので、きっと私が気分でも悪いのではないかと心配しているのでしょう。
気分は悪くないですよ。居心地が悪いだけで。
さて。なぜこんなにジスティリア大公令嬢主従組と、私たち主従組の間に温度差があるのかというと。
初戦で手を抜いて負けようとした私とクラウドを、正座させて見下ろしてきたレイチェル様が言うにはですね。現在、レイチェル様が婚約されていないのは、大公閣下の「好いた者と結婚させてあげたい」とかいうお花畑発言から来ていまして。
その弊害か、次期大公の座を狙った年頃の貴族子息たちがいまだに多く婚約をしていない状態なのでございます。ヘンリー王子殿下もその御1人ですね。
んで。そうなると当然ですがお相手がいないために、年頃の貴族令嬢たちも婚約者がいない方々が多いというわけでございます。
長年の想い人と一緒になれたことで暫く脳みそに花が生えていた大公閣下も、ようやく最近になって現在の異常とも思える状態にお気づきになったようです。レイチェル様にこうおっしゃったそうな。
「学園に通っている間に婚約者を見つけなさい。さもないと卒業と同時にパパが決めた者と結婚してもらうからね!」
と。あ、ちゃんともっと難しいお言葉で告げられたそうですよ。
それにレイチェル様は泣いて反発したそうな。泣いて泣いて、食事をまる1日ボイコットしたレイチェル様に、折れた大公閣下が「ヴァルキュリアの称号を得たなら、期限を延期してもいい」と条件を追加したのです。
ちょろくないですか。大公閣下。
まあ、そんなわけでレイチェル様は武闘大会で優勝し、優勝した組の女生徒へ与えられる「戦乙女ヴァルキュリア」の称号が欲しいとのこと。めげずに毎日私と仲良くしようと頑張ってみえた理由がわかるってもんですよ。
ちなみに男子生徒へ与えられるのは「戦神テュール」の称号ですね。
順当に勝ち進んだ私たち・・・というか主に戦っているのは私とクラウドで、7割がたクラウドの戦果です。戦闘メイドたちは大将であるレイチェル様の両脇を固め、そこから離れませんし。その方がこちらとしてもやりやすいので、一応そういった作戦になっているのですよ。
武闘大会はリーグ戦になっていまして、5日間かけて行われます。本日は4日目。今から準決勝です。
決勝はもちろん5日目、最終日でございます。
で! 私はこの4日間、ずうぅぅぅぅぅっとですね! 紫紺の生地に珊瑚色と白のリボンやレースで飾られたゴスロリを着ているわけなのですよ!!
わざと汚したり、破ったりしても、すぐ新しいものが出てくるのです!
レイチェル様、いったい何着用意したんですか?!
実は2日目に試合開始ギリギリまで逃げ隠れしてみたのですが、待機部屋へ入った途端に捕獲されまして。背後にアナコンダを背負った恐ろしい笑顔のレイチェル様が、私めを見下ろしながら静かにお訊ねになられました。
「悩殺したい? それとも魅了したい?」
レイチェル様は右手にあの、超劇肌色面積過多のアレと、左手に前日も着たゴスロリを掲げていらっしゃいました。
「ゴスロリでお願いいたします。」
すぐさま平伏した私の行動は正しかったと。普通だったと断言できます。
速攻で着替えて、大人しく縦ロールされましたよ。それからは無駄な抵抗を止め、従順に着用させていただいております。
さあ。現実逃避をしている間に、試合の準備が整ったようです。
武器は刃を潰したものを使用。頭部攻撃禁止。時間は無制限のルールでございます。
ちなみに魔法の使用についてですが、制限はございません。まあ、学生の中にそう大掛かりな魔法が使える者はいませんし、例え使えたとしても詠唱完了前に阻害してしまえばいいだけです。
もちろん、怪我に備えてちゃんと学園所属の治癒術師が複数控えておりますよ。
ここはモノクロード国王立の学園で、武闘大会は一大イベントですから、当然のように王族のどなたかが必ず観戦にいらっしゃいます。
本日は側妃様と、その弟君様ですね。側妃様の弟君は軍に所属しておみえで、今日は軍の代表としての観覧なのだそうです。
国王陛下は明日、最終日におみえになるとか。
ずっと閉じていた目を開けて隣を確認すれば、クラウドがこくりと頷いて前を向きました。
ただ立っているだけであっても全くの隙の無い様に、いつも通りの頼もしさを感じます。
が、しかし。いつもよりかなりがっつり多いブラビラとしたレースと、少々可愛らしさを感じてしまう水色の従者服に違和感を覚えまくりです。
視界にちらついて集中しきれない!
ただし、それは対戦相手も同じようで、困惑を隠しきれない様子で私やレイチェル様へと視線を彷徨わせています。
そんな視線も何のその。黒地に碧の縁取りがされたゴスロリ着用のレイチェル様は、堂々と大将の椅子へ腰かけて見えます。なぜそこで軍服風のお色にしてしまうのですか。
センターと言えばピンクではないのですか。
そのピンクを着ているのは双子の戦闘メイドの1人で、桃色の髪を右上で1つにまとめたモモです。
もう1人は黄色の髪を左上で1つにまとめたキキ。こちらも髪色と同じ黄色のゴスロリを着用。2人ともゴスロリの上に白エプロンを着けています。
もう完全にあれです。戦う美少女戦隊的なあれ。ポーズもサービスするべきでしょうか。
とは言いつつも真剣な試合の場でそんなことをする気は毛頭なく。でも威嚇しておくのはありかな、と思い直して手にしていた薙刀を頭上でクルクルと回し、ガンっと石突、刃が無い方で地を打って縦に持ちました。無駄に狂気たちがたゆんとします。
その音に対戦相手全員がこちらへ視線を向けましたので、にいっと口角を上げてみました。面白そうに目を細めるダリア様の横で、ゼノベルト皇子殿下が口元を引きつらせています。
対戦相手であるゼノベルト皇子殿下組は、意外なことに大将が青髪・・・なんですけれどなんとなく別の色が混じっているように見える髪色のご令嬢でした。オニキス曰く錆浅葱というらしいです。確か子爵家のご令嬢だったような。
帝国組は魔法学を履修できませんし、帝国に伝わる呪文で魔法が発動しなかったらしいゼノベルト皇子殿下は前衛です。当然と言えば当然ですな。
私の前にいるのがゼノベルト皇子殿下ともう1人。武術の授業で姿を目にしたことがある男の先輩ですね。伯爵家の3男だったはずです。
クラウドの前にはダリア様と、こちらも武術の授業で姿を目にしたことがある男の先輩が身構えています。こちらは子爵家の次男だったかな。
大将以外の相手は全員、剣を使用するみたいですね。先輩方は一般的な剣ですが、帝国組は細身の剣、レイピアです。
対するこちらは私が薙刀、クラウドが剣。双子の戦闘メイドは何も持ってはいませんがその身のこなし的におそらく、暗器を仕込んでいると思われます。ここまで使用したところを目にしてはいませんが。
レイチェル様は・・・どうかな。たぶん回復役オンリーなのだと思います。初戦の時、弓を手にしてすぐメイド達に取り上げられていましたし。確実に戦力外ですね。
「両者、準備はよろしいか?」
東京ドーム6個分はあるだろう魔法演習場のリングは、安全のためか観客席から20メートルくらい離してある作りになっています。
そのサッカーグラウンド5つ分かという広さのリング中央に立った主審役の先生へレイチェル様と、相手の大将である令嬢が右手を挙げて合図をしました。それを確認した先生がリングの端の方へと移動します。
「では、始め!」
高くまっすぐに挙がっていた手が振り下ろされ、試合が開始されました。
一気に間合いを詰めてきたゼノベルト皇子殿下を迎え撃って打ち合い、わざと競り負けて薙刀の刃を払いながら柄を回転させ、石突で相手の肩を打ち据えます。
「ぐっ」
さすがに剣を取り落としはしませんでしたが、ひるんだ隙に詠唱を開始していたもう1人の先輩へと苦無を放ちました。剣で弾かれましたが、詠唱が止まったので良しとします。
そのまま相手の大将の方へ走ろうとしましたが、そうはいきませんでした。行く手を阻んだゼノベルト皇子殿下の剣と、再び打ち合います。
相手の戦法は、これまでの通り前衛4人で足止めをしている間に、大将である令嬢が魔法で遠距離攻撃をしてくるというものだと思います。そうして徐々に前衛が対戦相手の大将に迫り、襷を奪うという。他の組も似たようなものなので、よくある手ですね。
ですから相手の大将の詠唱が終わる前に阻害したいのですが、やはり準決勝まで来た組ですのでなかなか大将へ近づかせてはくれません。
まあ、ご令嬢の得意な魔法は氷の矢で、一度の詠唱で出現するのはだいたい2~7本。発動されても打ち落とせない数ではありません。
数に大きな開きがあるのは、呪文の文言に曖昧な部分があるせいらしいですよ。解説のオニキスさんによると「複数」という制限が働いてはいても明確ではないために、精霊がその場の気分で数を決めているとのことでした。呪文の構築って複雑ですね。
「お前、槍も扱えたんだな!」
正確には槍ではなく薙刀ですが、別に訂正する必要もありませんのでにいっと口角を上げるにとどめます。
前回までは普段の授業のように双剣で戦っていました。しかし間合いが短いためか準々決勝で少々時間がかかってしまいましたから、今回は奥の手を持ってきたわけです。そういえばゼノベルト皇子殿下の前で薙刀を使ったことありませんでしたね。
先程と同じようにわざと競り負けると、再び打ち据えられるのを警戒したゼノベルト皇子殿下が身を引きました。私はそちらを追わず、再び詠唱を始めていた先輩へ走り寄って突きを繰り出し、それを払ってきた剣に薙刀の刃を絡めて弾きます。そのまま柄を回転させて石突で先輩の胸を押し、仰向けに倒れ込んだ先輩の脇腹へ薙刀を突き刺しました。
「フュンフェン脱落!」
脇腹の横ギリギリに刺さっている薙刀を青い顔で見ている先輩に、副審の先生が脱落の声をかけました。
ぐふふ。油断大敵ですわ。
とはいえ、私の急な動きに反応できたのですから、そう気を抜いていたわけではありませんけれども。誰しも魔法の詠唱中はわずかな隙が生れるものです。魔法を諦めなかったのが敗因ですよ。
背後に気配を感じて引き抜いた薙刀を振り向き様に払います。
思ったより近くにいたゼノベルト皇子殿下に薙刀を捕まれました。即座に薙刀から手を離して柄を踏みつけ、飛び上がってゼノベルト皇子殿下の剣を持つ手へ回し蹴りを入れます。
剣を吹っ飛ばすことはできませんでしたが、蹴られた手を押さえてよろめく、ゼノベルト皇子殿下。
この隙に止めを刺そうとして、彼の目が虚空へ向けられていることに気付きました。
「カーラ様!」
既に1人を脱落させ、ダリア様を追い詰めていたクラウドが、そちらを放って走り寄ってきます。その焦った様子に、私は慌ててゼノベルト皇子殿下の視線の先へ目を向けました。
「げ。」
おそらく・・・いえ、確実に百では足りない、夥しい数の氷の矢が目に入り、思わず令嬢らしからぬ声が漏れ出ました。
ヤバい。これを発動されたら、負けるどころか死者がでるかもしれません。とりあえずレイチェル様の方へ走ります。
標的がこれまで通り対戦相手の大将であるならば、あの氷の矢の大群は彼女へ降り注ぐことになります。私も魔法を使用すれば問題なく回避できますが、この大勢の観客の前で使用したくはありません。双子の戦闘メイドが迎え撃つための魔法の詠唱を始めていますので、それに便乗して魔法を使う事にしましょう。
会場が静まり返っているため、令嬢の詠唱が微かに聞こえます。副審の先生が止めようとしていますが、手元の呪文帳へ目を落とし集中している令嬢へは声が届いていないようです。
微かに聞こえていた令嬢の声が途切れた途端、氷の矢が一斉にレイチェル様の方へ向きました。
「―――我が盾となれ!」
同時に発動した黄色のキキの風魔法がレイチェル様と戦闘メイド達の周囲を囲みます。ちょっと強化しようと、そちらの方へちょうど伸びていた影を介して手を加えようとしたら、急に何の前触れもなく消えてしまいました。
レイチェル様を守っていた風も、発動間際だったモモの火球も、空を埋め尽くしていた氷の矢も。
『あの馬鹿っ!』
オニキスの悪態で我に返った私は気配を消しつつ走り出します。それに気づいたクラウドも走り出しました。
「あっ! 待て!!」
硬直から解けたゼノベルト皇子殿下が追ってきたときにはもう、茫然と佇む相手大将の目の前にいました。クラウドが。
「失礼いたします」
リボンのように錆浅葱色の髪を結んであった赤い襷へ手をかけ、クラウドが恭しくほどきます。それをようやく追いついた私へ差し出してきました。
何で私に渡すのか、と思いつつ、襷を持った手を頭上へ掲げます。
「勝ち・・・かな?」
首を傾げつつ主審の先生を見れば、勝者を明言はしませんでしたが試合終了を宣言されました。副審である先生方も集まってきたところからして、これから審議でもされるのでしょう。
その後、夕食後の発表で魔法の消失は詠唱失敗のための未発動扱いとされました。そして私たちは決勝へと無事、駒を進めるのことができたのでした。
1人盛り上がるレイチェル様と、その両脇を固める双子の戦闘メイド、キキとモモが無表情で拳を振り上げます。
赤い襷を銀のポニーテールの根元へリボンのように結んだレイチェル様を背後に、私は目を閉じて次なる戦いに向けて心を落ち着けるますのですよ。
横から感じる視線は確実にクラウドのもので、きっと私が気分でも悪いのではないかと心配しているのでしょう。
気分は悪くないですよ。居心地が悪いだけで。
さて。なぜこんなにジスティリア大公令嬢主従組と、私たち主従組の間に温度差があるのかというと。
初戦で手を抜いて負けようとした私とクラウドを、正座させて見下ろしてきたレイチェル様が言うにはですね。現在、レイチェル様が婚約されていないのは、大公閣下の「好いた者と結婚させてあげたい」とかいうお花畑発言から来ていまして。
その弊害か、次期大公の座を狙った年頃の貴族子息たちがいまだに多く婚約をしていない状態なのでございます。ヘンリー王子殿下もその御1人ですね。
んで。そうなると当然ですがお相手がいないために、年頃の貴族令嬢たちも婚約者がいない方々が多いというわけでございます。
長年の想い人と一緒になれたことで暫く脳みそに花が生えていた大公閣下も、ようやく最近になって現在の異常とも思える状態にお気づきになったようです。レイチェル様にこうおっしゃったそうな。
「学園に通っている間に婚約者を見つけなさい。さもないと卒業と同時にパパが決めた者と結婚してもらうからね!」
と。あ、ちゃんともっと難しいお言葉で告げられたそうですよ。
それにレイチェル様は泣いて反発したそうな。泣いて泣いて、食事をまる1日ボイコットしたレイチェル様に、折れた大公閣下が「ヴァルキュリアの称号を得たなら、期限を延期してもいい」と条件を追加したのです。
ちょろくないですか。大公閣下。
まあ、そんなわけでレイチェル様は武闘大会で優勝し、優勝した組の女生徒へ与えられる「戦乙女ヴァルキュリア」の称号が欲しいとのこと。めげずに毎日私と仲良くしようと頑張ってみえた理由がわかるってもんですよ。
ちなみに男子生徒へ与えられるのは「戦神テュール」の称号ですね。
順当に勝ち進んだ私たち・・・というか主に戦っているのは私とクラウドで、7割がたクラウドの戦果です。戦闘メイドたちは大将であるレイチェル様の両脇を固め、そこから離れませんし。その方がこちらとしてもやりやすいので、一応そういった作戦になっているのですよ。
武闘大会はリーグ戦になっていまして、5日間かけて行われます。本日は4日目。今から準決勝です。
決勝はもちろん5日目、最終日でございます。
で! 私はこの4日間、ずうぅぅぅぅぅっとですね! 紫紺の生地に珊瑚色と白のリボンやレースで飾られたゴスロリを着ているわけなのですよ!!
わざと汚したり、破ったりしても、すぐ新しいものが出てくるのです!
レイチェル様、いったい何着用意したんですか?!
実は2日目に試合開始ギリギリまで逃げ隠れしてみたのですが、待機部屋へ入った途端に捕獲されまして。背後にアナコンダを背負った恐ろしい笑顔のレイチェル様が、私めを見下ろしながら静かにお訊ねになられました。
「悩殺したい? それとも魅了したい?」
レイチェル様は右手にあの、超劇肌色面積過多のアレと、左手に前日も着たゴスロリを掲げていらっしゃいました。
「ゴスロリでお願いいたします。」
すぐさま平伏した私の行動は正しかったと。普通だったと断言できます。
速攻で着替えて、大人しく縦ロールされましたよ。それからは無駄な抵抗を止め、従順に着用させていただいております。
さあ。現実逃避をしている間に、試合の準備が整ったようです。
武器は刃を潰したものを使用。頭部攻撃禁止。時間は無制限のルールでございます。
ちなみに魔法の使用についてですが、制限はございません。まあ、学生の中にそう大掛かりな魔法が使える者はいませんし、例え使えたとしても詠唱完了前に阻害してしまえばいいだけです。
もちろん、怪我に備えてちゃんと学園所属の治癒術師が複数控えておりますよ。
ここはモノクロード国王立の学園で、武闘大会は一大イベントですから、当然のように王族のどなたかが必ず観戦にいらっしゃいます。
本日は側妃様と、その弟君様ですね。側妃様の弟君は軍に所属しておみえで、今日は軍の代表としての観覧なのだそうです。
国王陛下は明日、最終日におみえになるとか。
ずっと閉じていた目を開けて隣を確認すれば、クラウドがこくりと頷いて前を向きました。
ただ立っているだけであっても全くの隙の無い様に、いつも通りの頼もしさを感じます。
が、しかし。いつもよりかなりがっつり多いブラビラとしたレースと、少々可愛らしさを感じてしまう水色の従者服に違和感を覚えまくりです。
視界にちらついて集中しきれない!
ただし、それは対戦相手も同じようで、困惑を隠しきれない様子で私やレイチェル様へと視線を彷徨わせています。
そんな視線も何のその。黒地に碧の縁取りがされたゴスロリ着用のレイチェル様は、堂々と大将の椅子へ腰かけて見えます。なぜそこで軍服風のお色にしてしまうのですか。
センターと言えばピンクではないのですか。
そのピンクを着ているのは双子の戦闘メイドの1人で、桃色の髪を右上で1つにまとめたモモです。
もう1人は黄色の髪を左上で1つにまとめたキキ。こちらも髪色と同じ黄色のゴスロリを着用。2人ともゴスロリの上に白エプロンを着けています。
もう完全にあれです。戦う美少女戦隊的なあれ。ポーズもサービスするべきでしょうか。
とは言いつつも真剣な試合の場でそんなことをする気は毛頭なく。でも威嚇しておくのはありかな、と思い直して手にしていた薙刀を頭上でクルクルと回し、ガンっと石突、刃が無い方で地を打って縦に持ちました。無駄に狂気たちがたゆんとします。
その音に対戦相手全員がこちらへ視線を向けましたので、にいっと口角を上げてみました。面白そうに目を細めるダリア様の横で、ゼノベルト皇子殿下が口元を引きつらせています。
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帝国組は魔法学を履修できませんし、帝国に伝わる呪文で魔法が発動しなかったらしいゼノベルト皇子殿下は前衛です。当然と言えば当然ですな。
私の前にいるのがゼノベルト皇子殿下ともう1人。武術の授業で姿を目にしたことがある男の先輩ですね。伯爵家の3男だったはずです。
クラウドの前にはダリア様と、こちらも武術の授業で姿を目にしたことがある男の先輩が身構えています。こちらは子爵家の次男だったかな。
大将以外の相手は全員、剣を使用するみたいですね。先輩方は一般的な剣ですが、帝国組は細身の剣、レイピアです。
対するこちらは私が薙刀、クラウドが剣。双子の戦闘メイドは何も持ってはいませんがその身のこなし的におそらく、暗器を仕込んでいると思われます。ここまで使用したところを目にしてはいませんが。
レイチェル様は・・・どうかな。たぶん回復役オンリーなのだと思います。初戦の時、弓を手にしてすぐメイド達に取り上げられていましたし。確実に戦力外ですね。
「両者、準備はよろしいか?」
東京ドーム6個分はあるだろう魔法演習場のリングは、安全のためか観客席から20メートルくらい離してある作りになっています。
そのサッカーグラウンド5つ分かという広さのリング中央に立った主審役の先生へレイチェル様と、相手の大将である令嬢が右手を挙げて合図をしました。それを確認した先生がリングの端の方へと移動します。
「では、始め!」
高くまっすぐに挙がっていた手が振り下ろされ、試合が開始されました。
一気に間合いを詰めてきたゼノベルト皇子殿下を迎え撃って打ち合い、わざと競り負けて薙刀の刃を払いながら柄を回転させ、石突で相手の肩を打ち据えます。
「ぐっ」
さすがに剣を取り落としはしませんでしたが、ひるんだ隙に詠唱を開始していたもう1人の先輩へと苦無を放ちました。剣で弾かれましたが、詠唱が止まったので良しとします。
そのまま相手の大将の方へ走ろうとしましたが、そうはいきませんでした。行く手を阻んだゼノベルト皇子殿下の剣と、再び打ち合います。
相手の戦法は、これまでの通り前衛4人で足止めをしている間に、大将である令嬢が魔法で遠距離攻撃をしてくるというものだと思います。そうして徐々に前衛が対戦相手の大将に迫り、襷を奪うという。他の組も似たようなものなので、よくある手ですね。
ですから相手の大将の詠唱が終わる前に阻害したいのですが、やはり準決勝まで来た組ですのでなかなか大将へ近づかせてはくれません。
まあ、ご令嬢の得意な魔法は氷の矢で、一度の詠唱で出現するのはだいたい2~7本。発動されても打ち落とせない数ではありません。
数に大きな開きがあるのは、呪文の文言に曖昧な部分があるせいらしいですよ。解説のオニキスさんによると「複数」という制限が働いてはいても明確ではないために、精霊がその場の気分で数を決めているとのことでした。呪文の構築って複雑ですね。
「お前、槍も扱えたんだな!」
正確には槍ではなく薙刀ですが、別に訂正する必要もありませんのでにいっと口角を上げるにとどめます。
前回までは普段の授業のように双剣で戦っていました。しかし間合いが短いためか準々決勝で少々時間がかかってしまいましたから、今回は奥の手を持ってきたわけです。そういえばゼノベルト皇子殿下の前で薙刀を使ったことありませんでしたね。
先程と同じようにわざと競り負けると、再び打ち据えられるのを警戒したゼノベルト皇子殿下が身を引きました。私はそちらを追わず、再び詠唱を始めていた先輩へ走り寄って突きを繰り出し、それを払ってきた剣に薙刀の刃を絡めて弾きます。そのまま柄を回転させて石突で先輩の胸を押し、仰向けに倒れ込んだ先輩の脇腹へ薙刀を突き刺しました。
「フュンフェン脱落!」
脇腹の横ギリギリに刺さっている薙刀を青い顔で見ている先輩に、副審の先生が脱落の声をかけました。
ぐふふ。油断大敵ですわ。
とはいえ、私の急な動きに反応できたのですから、そう気を抜いていたわけではありませんけれども。誰しも魔法の詠唱中はわずかな隙が生れるものです。魔法を諦めなかったのが敗因ですよ。
背後に気配を感じて引き抜いた薙刀を振り向き様に払います。
思ったより近くにいたゼノベルト皇子殿下に薙刀を捕まれました。即座に薙刀から手を離して柄を踏みつけ、飛び上がってゼノベルト皇子殿下の剣を持つ手へ回し蹴りを入れます。
剣を吹っ飛ばすことはできませんでしたが、蹴られた手を押さえてよろめく、ゼノベルト皇子殿下。
この隙に止めを刺そうとして、彼の目が虚空へ向けられていることに気付きました。
「カーラ様!」
既に1人を脱落させ、ダリア様を追い詰めていたクラウドが、そちらを放って走り寄ってきます。その焦った様子に、私は慌ててゼノベルト皇子殿下の視線の先へ目を向けました。
「げ。」
おそらく・・・いえ、確実に百では足りない、夥しい数の氷の矢が目に入り、思わず令嬢らしからぬ声が漏れ出ました。
ヤバい。これを発動されたら、負けるどころか死者がでるかもしれません。とりあえずレイチェル様の方へ走ります。
標的がこれまで通り対戦相手の大将であるならば、あの氷の矢の大群は彼女へ降り注ぐことになります。私も魔法を使用すれば問題なく回避できますが、この大勢の観客の前で使用したくはありません。双子の戦闘メイドが迎え撃つための魔法の詠唱を始めていますので、それに便乗して魔法を使う事にしましょう。
会場が静まり返っているため、令嬢の詠唱が微かに聞こえます。副審の先生が止めようとしていますが、手元の呪文帳へ目を落とし集中している令嬢へは声が届いていないようです。
微かに聞こえていた令嬢の声が途切れた途端、氷の矢が一斉にレイチェル様の方へ向きました。
「―――我が盾となれ!」
同時に発動した黄色のキキの風魔法がレイチェル様と戦闘メイド達の周囲を囲みます。ちょっと強化しようと、そちらの方へちょうど伸びていた影を介して手を加えようとしたら、急に何の前触れもなく消えてしまいました。
レイチェル様を守っていた風も、発動間際だったモモの火球も、空を埋め尽くしていた氷の矢も。
『あの馬鹿っ!』
オニキスの悪態で我に返った私は気配を消しつつ走り出します。それに気づいたクラウドも走り出しました。
「あっ! 待て!!」
硬直から解けたゼノベルト皇子殿下が追ってきたときにはもう、茫然と佇む相手大将の目の前にいました。クラウドが。
「失礼いたします」
リボンのように錆浅葱色の髪を結んであった赤い襷へ手をかけ、クラウドが恭しくほどきます。それをようやく追いついた私へ差し出してきました。
何で私に渡すのか、と思いつつ、襷を持った手を頭上へ掲げます。
「勝ち・・・かな?」
首を傾げつつ主審の先生を見れば、勝者を明言はしませんでしたが試合終了を宣言されました。副審である先生方も集まってきたところからして、これから審議でもされるのでしょう。
その後、夕食後の発表で魔法の消失は詠唱失敗のための未発動扱いとされました。そして私たちは決勝へと無事、駒を進めるのことができたのでした。
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「完璧な淑女になるだなんて御免被るわ。わたくしはわたくしのやりたいようにするんだから!」
転生先の元人格である本当のアイリーンが邪魔してきて、破滅回避がままならないのだった。
同じ体に共存することになった愛とアイリーンの物語。
※第十九回書き出し祭りに参加した話を連載化したものです。
※小説家になろう、カクヨムで重複投稿しています。
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