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もう15歳

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 屋根からかっこよく飛び降りても良かったのですが、目立たないに越したことはないので、黒づくめたちの背後へ転移します。音もなく地に足を付けた私の前へ、すぐにクラウドが転移してきました。
 私は一度、行ったことがある場所と、見える範囲へ転移することができます。しかしクラウドは、見知った人の気配を目指してしか転移できません。この場合は私の気配を追ってきたという事ですね。

 現れたと思ったとたん、クラウドは行動を開始ます。迷いの無い太刀筋でバッサバッサと切り捨てていくのは、人の命を奪う事への躊躇が無くなったためでしょう。
 もちろん冷徹な心を手に入れたわけではなく、今、彼が手にしている剣には「殺人無効」が付与してあるからですよ。目で追うのもやっとな一撃は致命傷だからか、切ったそばから傷が塞がってしまいます。「刃に触れると即寝」も付与してありますので、流血もなく相手が倒れていく様がまるで、時代劇の殺陣たてのようですね。
 ちなみに今回の眠りは、極限まで便意を催すと覚める仕様になっております。

 彼があっという間に制圧してしまったため、私の出番が全くありませんでした。別に戦闘狂ではありませんから、構いませんけれども。
 私は「必要になることがあるかも」と採取しておいた蔓植物の種を影から取り出し、植物魔法で育てます。それを操って地面に転がっている6人を拘束し、近くの太めの木へ縛りつけました。

「よし。この調子でこっそりお守りしまっ?!」
『や~ん! 助けて! カーラ様!』

 突然、何かが腰へしがみついて来て、驚きのあまり息を飲んで硬直します。叫ばなかった自分を褒めたい。
 聞いたことのある『声』に視線を落とせば、フランツ王子殿下の精霊、フレイが実体化して私のお腹を締め上げていました。

 天使が! 涙目、上目遣いの天使が、私を見つめている!

 鳥肌が立つほどの「萌え」に襲われた私は、衝動のままにすぐさましゃがみ込んで、文字通り天使の姿のフレイを抱きしめました。フレイが私の頬へ自分のそれを押し付けてきたので、私もグリグリ擦り付けて答えます。
 すると私の影から出てきたオニキスが、今にも噛みつかんばかりのうなり声をあげながら、フレイに詰め寄りました。

『フレイ! 宿主はどうした?!』
『えっとね、今ね、襲われてるよ』
「はぁ?!」

 あっけらかんと言い放たれた台詞せりふに、思わず声をあげてしまいました。
 私は即座にフランツ王子殿下のいらっしゃるお部屋の窓近く、外壁の出っ張りの上へと転移します。一拍も間をおかず窓の反対側へ転移してきたクラウドと共に、そっと中を覗きこみました。
 中ではフランツ王子殿下が、3人の黒ずくめと剣で戦っています。その近くには殿下の護衛と思わしき人物3人と、黒づくめが4人倒れています。
 どうやらフランツ王子殿下自身は、フレイの操る風によって守られているようですが、このまま放置は不味いかな。

「・・・。」

 私は無言で黒ずくめたちの背後を指し、その手を握って立てた親指を首の前で水平に動かして、クラウドを見ます。

「・・・。」

 コクリとクラウドが頷いたのを確認して、窓に最も近い所にいた黒ずくめの背後へ転移しました。もちろんフランツ王子殿下が、他の黒ずくめへ気を捕られている隙に。
 私が苦無くないで1人眠らせる間に、クラウドが残りを眠らせました。後から転移してきた彼の方が、私の倍の成果があるって、どういう事でしょうか。

 ムッとしつつもそれどころではないので、急いでフランツ王子殿下の護衛に近寄ります。1人は残念ながら事切れていましたが、2人は瀕死で意識はないものの、まだ息がありました。
 眠らせた3人を縄で拘束し終えたクラウドが、戸惑いながらも剣を構え続けているフランツ王子殿下と私の間に入り、視界を遮ります。その隙に私は護衛の状態異常を解除し、ついでに眠りを付与しました。今、起きて騒がれても面倒ですからね。

 護衛2人が安らかな寝息を立てているのを確認して、私は立ち上がります。
 フランツ王子殿下の前に立っているクラウドの横へ並べば、警戒したままのフランツ王子殿下が私へ視線を向けました。途端にその朱金色の凛々しい眉がはの字になり、剣を持つ手が下がります。

「カーラ殿・・・か?」

 何故バレたし?!
 動揺を悟られないよう、無表情のまま自分へかけた状態異常が解けていないか確認しました。しかしちゃんと「認識阻害」も「視覚阻害」も付与されています。よって私は水色の髪の、どこにでもいそうなごく普通の青年に見えているはずなのですよ。
 さらに困惑する私の影から、オニキスの唸り声が聞こえました。

『離れろ! フレイ! お前のせいで、王子にカーラの正体がばれてしまったではないか!』

 実体化していないために姿は見えませんが、どうやらフレイがまだ私の腰にしがみついているようです。
 誤魔化しきれないと悟った私は、それでも少しあがいてみる事にしました。

「今はカーライルとお呼びください」

 その場で跪いてクラウドと共にモノクロード国式の最敬礼をすると、フランツ王子殿下が剣を鞘へ収めてから、クラウドへと視線を移しました。

「承知した。では彼は貴女の従者か」
「はい。彼の事はクラウディオとお呼びください」

 せっかく偽名を考えましたからね! 一応、伝えてみます。
 フランツ王子殿下は鷹揚に頷くと、剣の鞘を握っていない右掌みぎてのひらを上にして少しだけ手を挙げ、私たちへ立つように促しました。私は立ち上がり、ゆっくりと略式の礼をとります。そして非常に言いにくい事を、端的に伝えました。

「申し訳ございませんが、殿下を国外へ救出することはできません」
「・・・そうか」

 フランツ王子殿下は顔に出さないように気を配ってみえますが、それでも伏せられた瞳に落胆がうかがえます。しかしすぐ、気丈にも顔を上げられたので、私は安心させるように微笑みながら告げました。

「殿下。私は殿下をお連れすることはできませんが、お守りすることはできます。私の正体が知れると面倒なので、陰ながらお守りすることになりますが、安全な場所へ避難されるまでお供いたします」
「わかった。私も貴女の事を、決して口外しないと誓おう」

 後でこっそり「カーラに類することを他者に伝えられない」の呪いを付与しようと思っていたのですが、先んじて宣言されてしました。思わず、言葉に詰まります。
 私は引きつりかけた口角を何とか持ち上げて、再び笑顔を作り出しました。

「・・・ありがとうございます」

 案外と食えない人だな、と思いながら深く頭を下げます。
 そのまま、この後どうしようかと考えましたが、すぐに思いつくことでもありません。こっそりお守りするつもりでしたので、姿を見られるどころか、正体がバレた後の事を何も考えていなかったのです。
 そろそろ不審がられるかなというタイミングで顔を上げると、警戒した様子のクラウドが私に聞こえる程度の声で告げました。

「カーライル様、誰か来ます」

 さて。また襲撃者でしたらこのまま応戦すればいいだけですが、そうでなかった場合が面倒です。
 フランツ王子殿下は人質とはいえ、表向きは国賓扱いなのですからここに至るまでの警備に問題が発生していれば、皇城の警備を担うものが駆けつけてくるでしょうし。
 ここはとりあえず隠れて様子を窺うのが正解かな。フレイもいますから、抵抗する間もなく、という事はないと思います。

「私たちは姿を隠しますが、お側近くにいますのでご安心ください。それに無事だった殿下の護衛2名も、じきに目を覚ましますよ」
「え?」

 フランツ王子殿下が目を見開いて、血まみれで横たわったままの護衛へと視線を向けます。
 まあ、先程の私の行動は看取ったともとれますからね。きっともう3人とも息がないと思っていらっしゃったのでしょう。

「では殿下、失礼いたします」

 クラウドと共に略式の礼をとり、すぐきびすをかえして窓を開け、飛び降ります。浮遊感が落下に転じた瞬間に、屋根の上へと転移しました。
 間を置かず目前へ現れたクラウドが、回収してくれた私の苦無を刃に触れないようにして差し出してきます。それに手を伸ばしたタイミングで、フランツ王子殿下のお部屋へ数人が走り込んできました。

「フランツ殿! あぁ、よかった! 怪我はないか?!」
「私は無傷です。モイセイ様」

 耳を澄ます私へ届いたのは、安堵がにじむ男性の声と、若干引いているようなフランツ王子殿下のお声でした。
 状況的にモイセイ様という方が先程クラウドが感知した気配の主で、とりあえず敵ではないようです。それにフランツ王子殿下の態度からして、高位のお方なのは確実ですね。モノクロード国第2王子であるフランツ王子殿下より高位となると・・・。

「今、お部屋にいらっしゃったのは恐らく、モイセイ・レイ・トゥリ殿下。皇帝陛下のご側室の御1人です」
「なるほど」

 例の18禁乙女ゲームのような、ここグレイジャーランド帝国の女帝スヴェトラーナ様の5人いる御側室のお1人ですね。それではフランツ王子殿下でも敬意を示さねばなりません。
 え。でも待って。お名前に「トゥリ」を冠しているのなら、ご出身はそちらということになります。さっき襲ってきたのもトゥリの差し金でしたよね?
 慌てて屋根の端から身を乗り出しかけた私を、影から出てきたオニキスが止めました。

『待て。あれには王子に対する敵意が無い。様子を見た方がいい』

 負の感情が読めるオニキスが言うのですから、間違いありませんね。私はその場へ膝を付き、会話に耳を傾けることにしました。

「トゥリへ放っている間者より、貴殿をさらう計画があると報告があって、急いで参ったのだが・・・遅かったようだな。申し訳ない」
「いえ。お気を配っていただいただけで十分です」

 相変わらず硬い声で応じる、フランツ王子殿下。
 対するモイセイ殿下は配下らしき数人へ、目を覚ましたもののまだぼーっとしているらしいフランツ王子殿下の護衛と、襲撃者たちの状態を確認するよう指示を出します。そして地を這うような恐ろしい声音で言いました。 

「トゥリの毒婦め。身の程もわきまえず他国の王子に手を出そうとは、愚かな・・・強欲と操り人形と共に、我が葬り去ってくれるわ」

 うん。とりあえず、さっきの黒ずくめたちの雇い主を、嫌悪しているのはわかりました。抽象的過ぎて、相手が誰なのか分かりませんでしたけど。
 フランツ王子殿下の護衛2名の無事を確認すると、モイセイ殿下は彼らへ荷物をまとめるように指示を出しました。

「フランツ殿。陛下は「これ以上皇都に損害を与えるくらいなら、からの皇城などくれてやる」と、決断を下された。それに「どうせすぐアヂーンとドゥヴァで玉座を取り合って、争うだろうから」ともな。その間に我々は、各領地の実権を奪う手筈になっている。もう半分以上済んでいるから、そう長くはかからないだろう。だが、申し訳ないがフランツ殿にはしばらく、チティリへ陛下と共に身を隠していただく事になりそうだ」

 チティリは最近急発展を遂げていて、その中心を担う「苔むす大樹カクタス・マム」の本拠地ですよね。皇帝陛下の母君の出身地でもありますが、大丈夫なのでしょうか。

「さあ、急ぐのだ。陛下はマムと共に脱出される。チティリの隠れ家で落ち合う予定だが、身重の陛下より遅いのでは、我がメルにお仕置きされてしまう!」

 おぉ。どうやらマムは皇帝陛下側の人間のようですね。よかった。

 その後、隠し通路を使って皇城から脱出したフランツ王子殿下たちは、出口で「メル」と呼ばれていた皇帝陛下のご側室の御1人、メレル・レング・ピャーチ殿下と共に帝都脱出を図ります。何度か襲撃を受けたものの、この見た目優し気なメレル殿下が鬼強くてですね、私たちの出番は全くなく、10日間ほどで無事にチティリ領へと逃げ延びたのでした。








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フランツ王子が若干引いていた理由と
側室さんたちに興味がある方は
「白雪帝と7人の個性的な人々」を読んでみてくださいませ
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