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もう15歳

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 さて、王立学園ヴァイスセットは週休2日制でございます。
 そんなわけで久々にやって来ました、カーライル村。なぜ久しぶりなのかというと、新婚さんのお家にちょくちょくお邪魔するのは・・・ねぇ?
 もちろん、運動直後っぽい満足げなチェリと、やはり満足げなのに何かの絞りかすのような感じのドード君に、会ってしまったことがあるからではありませんよ。ええ。決して。

「チェリ、身体の調子はどうですか?」
「至って健康でございますよ、カーラ様。お気遣い、ありがとうございます」

 グレイジャーランド帝国から宣戦布告がなされたことにより、まだ開戦はしていませんが北の国境は厳戒態勢と聞いています。しかし南の国境であるこちらへは何の影響も無いようで、いつも通りの雰囲気ですね。

「つわりはどうなんですか?」

 現在、チェリは妊娠3か月に差し掛かろうとしています。つわりがあるときつい時期ですが、ぱっと見た感じのチェリにそんな様子はありません。

「空腹を感じるとほんの少し吐き気を感じますが、その程度で済んでいます」

 ゆったりと椅子へ腰かけて幸せそうに笑うチェリに代わり、ドード君が搾りたてのマンゴージュースをくれました。その中へ氷を出現させ、ついでにマドラーも作ってかき混ぜます。

 さすがチェリの旦那様。私をもてなそうとしていたチェリを、ちゃんと私の許可を得てから座らせ、飲み物、お茶菓子を用意するまで淀みない動きでした。テーブルへ並べる所作さえ完璧でしたので、しっかり調きょ・・・イクメン候補生として順調に学んでいるようです。
 私はチェリのグラスへも氷を入れようとして、やめました。妊婦さんはあまり体を冷やさない方がいいでしょうし。
 グラスへ向けかけた人差し指を彷徨わせたのに気づいたらしく、チェリが微笑みを浮かべたまま言いました。

「先ほどまで湧き水で冷やしていた実を使いましたから、程よく冷えています。このままで十分でございます」

 さすがチェリ。言葉にしなくともわかってくれたことを、嬉しく思います。
 あまり長い事、安定期前の妊婦さんに同じ姿勢で無理をさせてはいけないので、早々にお暇してマンゴー畑へ移動しました。

「農園、加工工場共に、これといった問題もございませんし、住民たちも元気です」
「・・・そう。それはよかった」

 ダーブさんはもう60歳近いはずなのに、その元気溌剌げんきはつらつな輝く笑顔を向けられて、思わず目を細めます。
 眩しい! 私なんかより確実に無垢であろう精神がにじみ出ていて、目が潰れそうです。
 そんな私を不思議そうに見ていたダーブさんの向こうから、別の意味で目が潰れそうな人物が現れました。

「・・・ごきげんよう。ケララ」
「こんにちは、カーラ様。変わらぬ美しさをこの目に収められた悦びで、私の心が張り裂けそうでございます」

 いつも通りの恍惚とした視線に、鳥肌が立ちます。
 そんな私をよそにケララが何事かをダーブさんへ囁くと、ダーブさんがこちらへ一礼して去っていきました。
 私の後ろにはクラウドがいますし、ケララは私より各段に弱いので身の危険はありません。しかし第一印象が悪すぎて、彼が近くにいると緊張するのですよね。
 ビクビクしている私から2メートルほど離れた位置で、ケララが跪きます。両手を合わせて額を地面へ付ける、ガンガーラ式最敬礼の下僕バージョン―――通常は地面すれすれで止める―――をしてから真顔で私を見上げました。

「ニルギリ様からの伝言がございます」

 おや。珍しい。以前はどうでもいい用事でも呼び出してきたのに。そういえば、最近はとんとお呼びがかかりませんでしたね。
 私がこくりと頷いて先を促すと、ケララが咳払いしてから言いました。

「「今、大掃除中だからしばらく呼ばない。呼ぶまで来るな」だ、そうです」
「・・・」

 えっと・・・今のは王弟殿下の声真似こえまねなんですかね? 全然似てませんでしたけど。
 満足げにやり切った感を出すケララを渋い顔で見下ろしていると、何を勘違いしたのか、慌てた様子で跪いたままズリズリと寄ってきました。

「ひっ」
「カーラ様、大丈夫です! 陛下のお言葉もございます!!」

 ノーサンキュー。無用です。必要ありません。
 眉間の皺が深くなっているだろう私を無視して、ケララは手を伸ばせば私に触れられそうな位置で続けました。

「陛下からの伝言でございます。「黒の存在がおおやけになると、無用な争いを呼ぶ。それについては早々に国内へ緘口令を敷いたから、今のところ問題はない。ついでに「黎明れいめいの女神」と言うのは「豊穣ほうじょうの呪文」だという事にしておいた。それを黒の存在の次に重要な機密として扱っていたのだが、帝国へ漏れたらしい。目立つ行動は控えよ。もう私の妃になってしまえ」とのことです」

 自分の正規の主である王弟殿下より、陛下の声真似の方が上手いのはどういうことですかね?
 と、いうか申し訳ございません。すでにやらかしてきました。あと、最後の言葉は空耳ね。

「・・・そんなこと、ここで話しても大丈夫なのですか?」

 ジリジリと後ずさり、ケララから距離を置きつつ訊ねます。するとケララがあっけらかんと笑いました。

「大丈夫です。カーラ様。このマンゴー畑は、カーラ様へ害をなすことを考えると排除されますので」

 あれ? 以前は「カーライルへ悪意を持つと」だったはずなのですが、いつの間にか条件が変わっています。まあ、確実にオニキスさんの仕事ですけど。
 少しだけ首を傾げた私の動作に、自分の発言を疑っていると思ったらしいケララがとん、と自分の胸を叩きました。

「自分で実践しましたから、間違いありません! とはいっても、カーラ様を相手にちょっと不埒な想像をしただぎゃ!!」

 どこかの方言のような語尾になったのは、仏頂面のクラウドがケララの腕を後ろ手に捻りあげているからです。
 うん。よし。話は終わったようなので、そろそろ帰りますか。
 ケララを刺激しないようにゆっくり後ろへ下がると、痛みに歪む顔を上げて彼が声を張り上げました。

「最後にもうひとつ! 「夜の女神」の再来とされるカーラ様を危険に晒さらすよりは、とモノクロード国は「黎明の女神」の呪文を唱えられる者として、アレクシス・トリステン公爵令息を擁立しました。カーラ様のご学友だと記憶していますが、御身の安全のため、できる限り近づかないことをお勧めします」
「・・・え?」

 まさか・・・そんな・・・。
 血の気が引く感覚がして、次の瞬間にはクラウドに抱きかかえられていました。

「カーラ様! カーラ様が気に病む必要は―――」

 曖昧になってきた意識の向こうで、ケララが何か言っています。懸命に意識を浮上させようとしましたが、その努力は実らず、ついに視界が真っ暗になってしました。



 ぼんやりすることなく、一気に場面が変わったかのように覚醒しました。見上げた天蓋はようやく見慣れてきた寮の自室のもので、ほっとすると同時に、クラウドとは違う気配が傍らにあることに気づきます。
 反射的に飛び起きて身構えたら、くらっときました。シーツへ膝をついた姿勢から横へ、べしゃっとベッドへ倒れ込んでしまいます。
 すると私と同じ紫紺の瞳の持ち主が、呆れた口調で言いました。

「倒れてから一刻も経っていないが、それでも目覚めてすぐ動くものじゃない」

 40歳を超えたというのに相変わらず若々しい父が、額へかかった菖蒲色の髪をかき上げながら言います。その膝の上にあるのは書類の束。
 どうやら仕事をしながら、私が目を覚ますのを待っていたようです。

 ・・・ん? ここは学園寮別館にある、私の部屋ですよね? なぜ父がここに?
 ゆっくり身を起こすと、今度はちゃんと起きることができました。ここにいるはずのない父の姿が目の前にあることから、なんとなくお説教タイムな予感がしてベッドの上に正座します。
 神妙に目を伏せる私に、父がため息をつきました。

「カーラ。行動する前に相談しなさいと言ったはずだ。フランツ王子殿下の事は、まあいい。トリステン公爵のご子息が、帝国が欲しがっている呪文「黎明の女神」の使い手として、お前の代わりに矢面へ立つことも、大部分はこちらの事情だ。それにこれはご子息ご本人が、宰相であるお父上へ進言した上で決定した事だから、お前に全く関係ないわけではないが、今はいい。問題は、だな―――」

 目を伏せていても、父の鋭い視線を感じます。続いた言葉はやはり、思った通りの内容でした。

「トゥリ領へ麦畑を与えたのはお前だろう? カーラ」
「・・・はい」

 今更とぼけても無駄なので、正直に認めます。予測はしていたもののやはりショックだったのか、書類を持っていない方の手で額を押さえる、父。
 私は申し訳なさから、深々と頭を下げました。

「申し訳ございません」
「・・・それは何についての謝罪だ? お前は、麦畑を与えた結果が、今回の帝国からの宣戦布告だと、分かっているのか?」
「っ!」

 予感はあったものの、目を背けていた事実を突きつけられて、暫く呼吸をすることもできませんでした。
 南の隣国ガンガーラのように、欲しいものを与えてしまえばいいと、安易に考えたことが間違いだったのです。まさかそれ以上に欲するなんて。思いもよりませんでした。
 私のせいで戦争が起きる。その結果が、伏せたままの背に重く圧し掛かってくるようです。
 額がシーツへ触れるのを感じながら、頭を下げ続けていると、父が重々しく口を開きました。

「いいか。ガンガーラでお前が施した慈悲は、カーライルと言う男の存在があったからこそ、お前が望んだとおりに受け入れられた。あれは胡散臭い男だったが、難民たちの信頼をしっかり得ていたからな。それにガンガーラ王の手腕も大きい。じりじりと国力が弱まってはいたが、ガンガーラ王は民を虐げることなく、税を下げつつ国庫を飢え対策のために開き、国民と共に貧しさに耐えていた。国民の王家への信頼が厚いからこそ、情報操作もうまくいき、お前は安全だったんだ」

 そこで一つ息をついた父が、身動きした気配がします。紙が何かに触れる軽い音から、ベッドのサイドボードへ、持っていた書類を置いたのだと分かりました。

「だが帝国は駄目だ。まだ皇帝が変わってから日が浅い。それに南のトゥリの頭領は欲深いことで有名だ。今回の宣戦布告もまだ確認が取れていないが、皇帝の意思ではなく、トゥリが勝手に動いたのだろうとこちらは予測している。宣戦布告してきたのに攻め入ってこず、国境でまだ睨み合っているだけなのは、帝都ノーリへ東のアヂーン、南東のドゥヴァと共に侵攻しているからだとも」

 はっとして顔を上げると、父がじっと私を見つめてきます。その目は私を責めているというよりは、この後どう行動するのか、と問うている様でした。

「オニキス。フレイは無事ですか?」
『フレイもその主である王子も無事だ。だが父君の予測通り、帝都が攻め落とされている最中らしい。幸い、まだ皇城まで迫ってはいないが、戦況は芳しくないようだ。命の危険が間近にあるわけではないので、フレイに焦りはないがかなり緊張している』

 オニキスは父へも聞こえるように話したらしく、父が渋面になりました。
 どうしましょう。フレイはそれなりに大きい方の精霊らしいので、フランツ王子殿下を守り切れないなんてことは無いと思います。
 しかし念のため、彼だけ助け出してもいいのですが・・・どうせなら、皇帝陛下も助けてしまってはどうですかね? で、皇帝陛下をモノクロード国が擁護しつつ、こちらの正当性を訴えて勝手に宣戦布告してきた南東連合軍へ投降を促すみたいな。

「お父様」

 さすがに怒られたばかりで勝手に行動する気はありませんから、先程考えたことを父へ告げます。
 すると目を見張った後で、おもむろに立ち上がりました。

「登城する」

 その行き先からして、国王陛下へ指示を仰ぎに行くようですが、私も同行すべきですよね。
 私も一緒に行くためにベッドから降りようとすると、父が首を横へ振りました。

「お前は同行しなくていい」
「・・・よろしいのですか?」

 その場でどうやるのか、実践して見せた方が早いかと思うのですが。
 困惑しながら動きを止めた私へ、父が厳しい表情で言いました。

「私は陛下に忠誠を誓っているし、優秀な為政者として認めている。だが、だからこそ、お前のその常識外れな力は隠しておくべきだ。戦争の道具にされかねないし、過度に怖れられればお前を処分しようとするかもしれない」

 確かに。
 やる気はないですが、一気に広範囲の敵を殲滅することはできますし、王家はすでに暗殺込みでレオンを私の監視に付けていました。
 それにどこへでも簡単に侵入できる転移は、利用価値が高いでしょうし。

「私に任せて、大人しく待っていなさい。まあ、近いうちにこっそり協力してもらうかもしれないがな」

 おそらく神妙な顔をしているだろう私をそのままに、父が部屋を出て行きます。それと入れ違いに、クラウドが入ってきました。
 クラウドはベッドの上に座っている私の額へ触れ、心配そうに顔を覗き込んできます。彼が口を開きかけた時、父が出て行ったばかりの扉が、ノックの後に返事を待たず開きました。
 気まずそうな父が入って来ます。

「カーラ。戦争はいつか起きた。戦争が起きること自体はお前のせいではない。ただ、それが今になったのはお前の行動の結果だよ」

 私へ近づきながら父が言った内容を、しっかり受け止めます。再び目を伏せた私の頭を、父がぐしゃぐしゃっと撫でました。

「お前の慈悲を無下にした帝国のトゥリ領がくそなのは事実だが、善意が必ずしも善意で返ってくるわけではない事を覚えておけば、それでいい。そう気に病むな」

 父がさらっと汚い言葉を吐いたことに驚いて顔を上げ、私は目を瞬かせました。
 すると父は、にいっと笑ってもう一度私の頭を撫で、クラウドを一瞥します。それからサイドボードの上にあった書類を手に取って、足早に部屋を出て行きました。
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