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もう15歳

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 手伝うとは言ったものの、「ここを持っていていただけますか?」と言われた骨組みやシートの一部を、私はただ持っていただけで、クラウドは手際よくテントを組み立ててしまいました。
 私だったらきっと説明書があったとしても、無理だろうな。純粋に尊敬します。

 クラウド、レオン、ツヴァイク様が分担して持っていたテントはそれなりに大きなものだったので、まだ眠らせたままの男性陣を、やや狭苦しいものの全員、そこへ寝かせることができました。
 さすがに女性であるダリア様をそこへ寝かせるのははばかられたので、彼女が背負っていた小型のテントも組み立てて、そちらへ寝かせました。予定では私もこのテントへお邪魔する予定だったのですよ。
 ちなみに襲撃者たちは1か所にまとめただけで、地面へそのまま転がされています。

「よくもまぁ・・・こんなに・・・」

 私も暗器をいくつか仕込んでありますが、クラウドほどではないと思います。
 私は今、クラウドが「居合切りだと?!」という感じで切り倒して、さらに適度な高さに切った丸太へ、彼と向かい合うようにして座っています。彼との間、私の目の前に並べられた暗器の数々に、思わずため息が漏れました。
 約束通りクラウドの武器へ「殺人無効」と「刃先に触れると即寝」を付与しようと、武器をすべて出してもらったのですよ。そうしたらもう、出るわ出るわ。
 十数本のナイフや鞘付きの細身の短剣、先端に重りの付いた鎖はともかく、これって吹き矢ですよね。忍者か。

 気持ち腰回りがほっそりしたようなクラウドへ視線を向けると、考えるようなしぐさの後、ごそごそと懐を探ったと思ったら、縄が出てきました。いつものやつです。
 そこに入っていたのですか。でも、それに闇魔法を付与する必要はありませんよね?

「クラウドは、本当に異空間収納が作れないのですか?」

 素朴な疑問を口にしつつ、端から順に闇魔法を付与していきます。付与し終えたものをそのまま手渡すと、クラウドはそれをいろいろな所へ仕舞いながら言いました。

「カーラ様の影のようなことでしたら、できません」

 へえ。でも、これだけ仕込めたら必要ないですよね。彼はその場で土魔法を使って、武器を作ることもできますし。魔法学を履修していない今は、禁止ですけれども。
 その後、黙々と武器に闇魔法を付与していると、クラウドがおずおずと口を開きました。

「あの・・・カーラ様」
「なんですか?」
「できれば、ルーカス様がお持ちのような物を、私にも作っていただけませんか?」

 それは私がルーカスへあげた、異空間収納付きの籠手の事ですよね。これ以上、どんな危険物を仕込むつもりなのでしょうか。どうしても欲しいというのでしたら、作りますけれど。
 最後の暗器である小ぶりのナイフに闇魔法を付与し終えて、それを弄びながら考えます。

 うーん。どんなものがいいのでしょうか。
 安全面だけでしたらペンダントでもいいのですが、従者が装飾品をいくつも着けていると目立ちます。ですから異空間収納もそれに付与するとなると・・・胸元から武器が出てくるのは無しかな。

 刃先へ触れないようにしてナイフをクラウドに手渡すと、彼はそれを袖口へ仕舞いました。
 そうだ。腕輪にしましょう。輪の中から出てくるイメージで望んだ物をその手に出したり、握っている物を仕舞えるようにして、ついでに「身に着けている者は傷害無効」を付与すればいいのではないでしょうか。

「腕輪にしようと思います。かまいませんか?」
「はい」

 よし。腕輪に決定。外せるように金具を設定するのはできなくもありませんが、面倒なのですよね。だったらクラウドの手首に合わせてしまった方が、不意に外れてしまったり、壊れたりする心配もありませんし。 

 嬉しそうにこちらを見るクラウドへ右手を差し出すと、意図を察した彼がそちらへ左手を載せました。
 装飾品は利き手でない方がいいですよね。思惑通りに乗せられた左手を軽く握ると、さらに嬉しそうに茜色の目を細めて、彼もまた少し手を握り返してきました。
 私より体温が低いのか、少しひんやりとして感じる、ややかさついた大きな褐色の手。手入れの行き届いた殿下の優美な手とは違い、硬くて男性らしい・・・。

 っと。ダメダメ。
 意識し始めると変に気恥しくなってきてしまうので、頭を振って思考を切り替えます。

 素材はクラウドの鈍色の髪に合わせて、銀にしましょうか。あ、でも銀はすぐ酸化してしまいますから、ミスリルと混ぜて、合金にした方がよさそうです。
 手の甲ギリギリで、回せば甲を抜けるくらいの輪をイメージします。幅は・・・1センチくらいで。装飾は、まあ、蔦が這っている感じでいいかな。
 クラウドの手が乗っていない方の左手で、クルクルと回るように現れたやや緑がかった銀の腕輪にふれます。そして先程考えたとおりの闇魔法を付与しました。

 使用法の説明は・・・やって見せた方が早いかな。
 私はクラウドの手を放し、自分の左手へ全く同じ腕輪で、私に合わせたものを作りました。闇魔法の付与も同様に。

「いいですか、クラウド。こうして武器を握って・・・聞いてますか?」

 にまにまとクラウドにしては珍しい、抑えきれなかったらしい笑みを浮かべながら、彼は腕輪をそれがない方の右手で弾くようにして回しています。
 ずっと欲しかったおもちゃを手にした少年のような表情からして余程、欲しかったみたいですね。気分も上向いたようで、なによりです。

「クラウド」

 もう一度、しっかりと名を呼ぶと、クラウドが相変わらずの笑みを浮かべたままで、こちらへ視線を向けました。
 その目の前で、左手を軽く振るようにして、彼が見ていない間に腕輪へ収納した短剣を、掌へ出現させます。じっと観察するクラウドの目の前で、再び短剣を腕輪へ収納しました。

「できそうですか?」
「・・・少し、お時間をいただければ、おそらく」

 クラウドは感覚型の天才肌なので、説明するよりも実際やって見せた方が早いのです。まあ、私も感覚でやっていますから、説明するのは難しいのですけれども。
 早速、腰元を探って出てきた短剣を左手に握り、クラウドは練習を始めました。

 よしよし。私の安全面もこの腕輪で確保されたわけですし、次の問題へ移りましょうか。

「オニキス、レオンだけ起こしてくれませんか?」
『わかった』

 餅は餅屋。殿下を起こすより、レオンへ後始末の方法を聞いた方が早いかと思いまして。これだけ無事な襲撃者がいるのですから、連行してから専門の方が尋問してくれればいいでしょうし。
 私の足元へ寄りかかっていたオニキスへ頼むと、彼はちらっとテントに視線を向けただけでした。
 どうやったのか分かりませんが、ちゃんと「眠り」を解除してくれたようです。すぐにテントの入り口を乱暴に払いのけて、レオンが飛び出てきました。

「カムぅぅぅぅ!!!」

 勢いよく私へ飛びつこうとするレオンの顔を、鷲掴みます。しかしその程度で怯むことはなく、また、みぞおちへ決まったオニキスの蹴りをも物ともせず、そのまま力業で座っている私の腰元へ抱き着いてきました。

「おわっ」

 その勢いに押されて後ろへ傾ぎかけた私の体を、レオンがぐっと抱きしめる力を強くして止めます。
 「きゃっ」じゃないのは、そろそろ諦めてもらおうか。

「あいつ殺していい?」

 私のお腹へグリグリと頭を押し付けていたレオンが、いきなり物騒なことを言い出しました。「あいつ」とはレオンの視線からしておそらく、私を切りつけかけた者の事でしょう。

『いいぞ』
「こらこら」

 嫌がらせのつもりなのか、レオンの肩へ乗りながらオニキスが勝手に許可をしたので止めます。

「駄目に決まっているでしょう?」

 宥めるようにレオンの頭とオニキスの胸を撫でれば、両者共に目を細めました。物騒な考えはこのまま消えてしまえと念じながら、丁寧に撫で続けます。

「レオン。後始末を頼めますか? もちろん殺せと言う意味ではありませんよ」
「任せて!」

 機嫌が回復したようなタイミングで、レオンへお願いをしました。
 肩に乗っているオニキスを無視した動きで――重みを感じないのですから当然と言えば当然ですが――体を起こしたレオンが小指程の細い笛を吹くと、何処からともなく鳥が現れます。羽音もなくレオンの腕にとまったのは、フクロウですね。
 レオンは懐から何やら取り出すと、それを鳥の足にあった筒へ入れて、梟を薄暗くなりつつある空へ放ちました。その姿を目で追う私の腰へ、レオンが再び縋りついてきます。

「ねえ、カム」
「はい」

 なんとなくレオンの滅紫めっし色の髪と、その上から移動して私の横でお座りしているオニキスの頭を撫でながら返事をします。いつもより少しだけ硬いレオンの声に緊張を感じ取ったので、視線はそちらへ向けず、テント設営後にクラウドが用意してくれた焚火へ向けました。
 レオンもまた私へ視線を向ける気がないようで、私の膝へ頬をのせる格好のまま、ひとつため息をついてから口を開きます。

「クラウドは確かに強い。この場にいる誰よりもね。でもね、君の意思に反するからといって殺すことをためらった挙句、守るべき主を危険にさらすのでは、護衛失格だよ」

 視界の端でクラウドが顔を上げたことがわかりました。私は時折爆ぜる焚火を眺めながら、止まりかけた手を意識して動かし続けます。
 パチパチという音のみが響くこの場の空気は、ねっとりと重く、体へ圧し掛かってくる感じがしました。

 レオンに言われずとも、クラウドは分かってるはずです。それでもできなかったのはクラウドの弱さでしょうね。私も同類ですけれども。
 先程の戦闘で人を殺めていないのは、おそらく私とクラウドだけ。オニキスが集めてきた襲撃者の半数が死者だったことは、確認済みです。
 足を引っ張ったことは確実なので、下から感じるレオンの視線が気まずくて、焚火を凝視し続けます。するとレオンが体を起こして、彼の頭を撫でていた私の手を両手で包み込むようにしてきました。

「ねえ、カム。お願い。僕を婚約者にして。そしたら大っぴらに殿下より優先させるのは無理でも、君を守る大義名分ができる。お願いだから、僕に君を守らせて」

 ・・・お? このセリフ。どこかで聞いたような。
 って、これ、あれですよ! 好感度MAXになった時のレオンハルト・ペンタクロム伯爵令息が主人公へ囁くセリフにそっくり! 殿下の件くだりとか、ところどころ違いますけど。

 ゲームのレオンハルトはチュートリアルか?! という具合に、ちょろかったですよ? でも、それにしてもちょろすぎやしませんかね? 私、悪役令嬢ですし、イベントこなして攻略した覚えどころか、ゲーム自体まだ始まっていませんし。
 視線は焚き火へ向けたまま、頭のなかでごちゃごちゃ考えていると、私の手を握るレオンの手に力がこもりました。

「カムはさ、もしかしてクラウドが好きなの?」
「は? ま・・・」

 まさか、と口にしかけて、慌てて口を閉じました。
 危なかった。クラウドの前で否定しようものなら、彼の精神面がかなり面倒な状態になることは確実です。私はレオンと目を合わせ、できるだけゆったりと微笑みながら、告げました。

「好きですよ。貴方の言う好きとは違うかもしれませんが」

 よし。どうとでもとれる、模範解答ですね!
 視界の端でクラウドが、再び練習を始めたのが分かります。思惑通りにいったようで、よかった。しかしこれ以上突っ込まれても困るので、方向を反らさなければ。

「・・・えっと・・・な・・・なぜ・・・?」

 あぁ。失敗です。最初の関門を突破したことに浮かれて、次の手を誤ってしまいました。
 焦りを読み取らせまいと、レオンから目をそらさずにいると、彼はいつになく真剣な表情でこちらを覗き込んできます。

「だって、殿下の求婚も断るつもりなんでしょ?」

 確かに殿下の求婚は断るつもりですが、だとしたらどうだと言うのでしょうか?
 質問の意図を問うように首を傾げると、レオンはほんの少し寂しそうに目を細めました。

「もしカムが従者であるクラウドが好きだったり、噂通りの性癖だったとしても、殿下のあの言葉を信じるなら、悪くない条件だと思うんだ。ちょうどいい隠れ蓑になるし。きっと徹底的にカムの想い人を隠しつつ、守ってくれるよ」

 なるほど・・・殿下を利用すればいいのにって事ですね。
 そんな、悪魔を利用するなんて怖ろしい事をすれば、怖ろしい見返りが待っているに違いありません。きっと魂を抜かれてしまうでしょう。あぁ、怖い。怖い。想像しただけでも鳥肌ものです。
 ここは変な誤解を招かないように、本音で話しておきますか。前回は殿下に邪魔されましたが、元々、そのつもりでしたし。

「レオン。貴方には話しておきますね。これはお父様も承知してみえることですが・・・私は誰とも結婚する気はありません」
「どうして?」

 訝し気なレオンへ、私は晴れやかに笑って見せます。同情を誘う気はありませんからね。

「・・・「夜の女神」になど、なりたくないからですよ」

 レオンがはっとして目を見張り、とても痛々しい者を見るように顔を歪めて、私から目をそらしました。
 もう。私の身を守るための方便なのですから、感情移入しないでくださいよ。
 だいたい、この世界の人たちは女性にとって結婚が幸せの象徴かのように扱っていますが、結婚と言うのはゴールではないのですよ? 前世でも母に「結婚しろ」と言われながら、その先にある苦労を延々と聞かされて、ほんとに母は私に結婚して欲しいのだろうかと、疑問に思ったものです。

 また訪れた焚火の爆ぜる音のみが支配する空間はやはり重く、不快な空気が漂っています。
 それがどれほど続いたでしょうか。レオンがふっと息を吐くように笑うと、私へ視線を戻しました。

「そっか。いいよ。僕も協力する。でも覚えていて。僕は結婚なんて、対外的な形に捕らわれなくて構わないって。君の心に、どんな形であれ、僕の存在があれば満足なんだ」

 そう言ってレオンは少し寂しそうに、けれども満足気に笑いました。
 その匂い立つような色気に心臓が跳ね上がります。同時に顔に熱が集まった感覚から、鏡を見ればきっと自分が赤面しているだろうことが分かりました。

 ぐう。最近は殿下の護衛をしていたために、いつもきっちりと閉めていたシャツのボタンを、今は3つ目まで開けているのがいけないのでしょう。きっとそうです。

「大好きだよ。カム」

 ずっと握られていた手を、まるで壊れ物へ触れるように撫でられて、ぞわっとしました。
 ちょっと。やめてくださいよ。鳥肌が立ってしまったではないですか。
 文句を言おうと口を開きかけた時、私とレオンの間へ、オニキスが頭を覗かせました。

『おい。来たぞ』
「・・・残念。時間切れだね」

 もう一度するっと私の手を撫でて、レオンは立ち上がります。そして木々の影へと消えていきました。

 
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