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もう15歳
22
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ヘンリー殿下を狙った暗殺者ドーランは、黒幕を吐かせる前に獄中死したと聞きました。
どうやらまだ毒物を隠し持っていたようです。その寮部屋にも黒幕へつながる物は何もなく、また本物のドーランが彼の家で遺体で発見されたことにより、成りすましがバレるまでの短期間で、仕事を終えるつもりだったことが分かっただけでした。
学園の方はというと、翌日が休校となり、王宮騎士団が投入されて学園内のあらゆる施設の捜索が行われました。そして早くも翌々日から授業が再開されたのですが、これは軟禁状態で寮へ押し込んでおくよりも、授業をした方が有意義だという判断からのようです。その合間を縫って、あらゆる人の身元確認も行われました。
結果、良かったのか、悪かったのか・・・何も発見されず、真相は闇の中へ葬られてしまいそうでございます。
物々しい騎士団の方々が行き来する中、容赦なく授業は進行しましたが、ターゲットであったヘンリー王子殿下が無事だったこともあってか、翌週には生徒たちも状況に慣れてきたようです。騎士団の姿を見ても、怯えなくなりました。
というか、まだ怯えられている私は、一体なんだと思われているのでしょうか。別に構いませんけれども。
そんなこんなで、さすがに入学1月後に毎年開催される、新入生歓迎会的なプチ舞踏会は当然のように中止。王族とお近づきになるチャンスを潰されたお嬢様がたは非難轟々でしたが、私はほっとしつつも変わりばえのない平和な日々を過ごしていました。
「カーラ・テトラディル殿、手会わせ願えないだろうか?」
「は・・・はい。フランツ王子殿下」
最敬礼しようとして思いとどまり、略式の礼をとった私を見て、鷹揚に頷くフランツ殿下。
現在は武術の授業中なのですが、放任主義なのか先生は「質問があれば来い」というスタンスで、危険がないかだけを見てはいますが、これといった課題を課しません。ですから皆、思い思いに筋トレしたり、手合わせをしたりしています。
私はというと、例によって例のごとくクラウドと手合わせをするのが常なのですが・・・そのクラウドは今、レオンを伸しています。若干、オーバーキル気味な気がしないでもありません。
練習剣を使うレオンに対し、丸腰のクラウドは拳や足を使うものの、牽制するだけで実際殴る蹴るする気はないようです。レオンは目に見える怪我はなさそうですが、クラウドは執拗に関節技を狙っていますので、あちこち痛いんじゃないかなと思います。
いつの間にやらルーカスに勝てたら、クラウドへの挑戦権が得られるというルールができているようで、魔法抜きなら7割の勝率を誇るレオンは、度々こうしてクラウドと手合わせをするようになりました。
今のところ、挑戦権を得ることができたのはレオンだけ。彼の後にルーカスと手合わせをしていたアレクシス様は、剣を蹴り飛ばされてたった今、降参したところです。
ルーカスは私も手合わせしたことがありますが、いろいろ試したせいか一通り武器が扱えて、どれも標準より少し上の腕前があります。なかでも飛びぬけているのがゲームでも適性が高かった弓で、大概の生徒はど初っ端に矢じりのない、先端に小さな綿が付いた矢を胸に当てられて瞬殺されます。これをかいくぐってなんとか接近戦へ持ち込んだとしても、体術の方が得意なのでかえって手ごわくなり、攻略が難しい。
まだ私にルーカスが勝ったことはありませんけれども、油断はできません。
「兄上! ずるい!!」
私と向かい合って立つフランツ王子殿下を、ヘンリー殿下が咎めました。
何がずるいのか分かりません。
「私にはヘンリーたちのような褒賞は必要ないからな。構わないだろう?」
悠々と練習用の刃を潰した剣を構えながら、フランツ王子殿下が笑いました。何のことかとヘンリー殿下へ視線を向けると、気まずそうに目をそらされます。
これは後で問い詰める必要がありますね。
「準備はよろしいか?」
「はい。フランツ王子殿下」
私は逆手に、こちらも刃を潰した短剣を2振り持ち、構えました。
金髪、碧眼のフランツ王子殿下はヘンリー殿下ほど整ってはいませんが、それでも美丈夫と言ってもいいくらいに王子然としています。その無駄のない立ち姿が美しい。
遠慮なく鑑賞しながらも、仕掛けるタイミングを探ります。
「参る!」
先に動いたのはフランツ王子殿下でした。
思ったより早い!
真正面から振り下ろされた斬撃を右の短剣で受け止めかけ、その重さにもう片方も使います。流して後ろへ下がると返す刃で斜め上へ切り込まれたので、さらに下がって距離を取りました。
やはり王族だからなのか、ヘンリー殿下と同じ正規の騎士の太刀筋ですね。しかし体格がいいフランツ王子殿下の剣は、ヘンリー殿下と比べようもないほど重い。何度もまともに受けたのでは力負けしてしまうでしょう。
ここはスピード勝負ですよ。
「はっ」
弾かれるのを覚悟のうえで左の短剣を投げました。狙い通り剣で弾いたために空いた、フランツ王子殿下の懐へ走り込みます。そのまま右の短剣で喉元を狙いましたが、その手首をつかまれ封じられました。
私は短剣を手放し、捕まれた右手を下げてフランツ王子殿下の手首を掴みます。こうすると手首を支点とした梃子の原理で、相手の手から抜けられるのですよ。
「え?」
驚愕の表情のフランツ王子殿下の肩を左手で掴み、右手を引きつつ体を回転させ、足を払えば技の完成です! 柔道技のような感じで投げられたフランツ王子殿下の腕を、後ろ手に捻りました。
「いっ・・・まいった。」
うふふ。私はラスボスとしての威厳を保てたようです。
掴んでいた腕を開放し、フランツ王子殿下が捻られた肩を押さえて座り込んでいるところを、手を貸して立っていただきました。だって見下ろしたままでは、不敬ですからね。
フランツ王子殿下は「やってくれたな」という表情で私を見るヘンリー殿下へ視線をむけてから、苦笑いして私に言いました。
「最後にヘンリーが惚れ込んだ、貴女の実力を知ることができて良かった。・・・ヘンリーを頼む」
「は・・・え・・・っと?」
私の返事を待たず、背を向けて去っていくフランツ王子殿下を見送っていると、ヘンリー殿下に肩をたたかれました。
「後で一緒に見舞いへ行こうね」
ヘンリー殿下の言葉で、肩を押さえたままのフランツ王子殿下に気付きます。
私はため息を噛み殺して、たぶんバツの悪そうな感じだろう顔を、ヘンリー殿下へ向けました。
「よろしくお願いします」
ヘンリー殿下がお伺いをたててくださり、フランツ王子殿下から「夕食後なら構わない」とのお返事をいただきました。
で、悪魔を使役した当然の報いでしょうね。私は不本意ながら、ヘンリー殿下と夕食を共にしております。
「殿下」
「なんだい?」
食堂が使用可となり、毒を飲まされた時のトラウマなど全くないと言った様子の殿下と、高位貴族用の個室で二人きりのディナー。
扉の外にクラウドと、殿下の護衛であるツヴァイク様がいますが、部屋の中は私たちだけなのです。ちなみに殿下のもう一人の護衛である地獄耳は、下の食堂でルーカスと一緒に夕食をとっているはずです。
この状況・・・はっきり言って、気まずい。
「武術の授業の際に、フランツ王子殿下がおっしゃいました、褒賞とはなんですか?」
「・・・覚えていたんだね」
覚えていたというか、今無理やり思い出したの方が正しいですね。
興味があるような、無いような質問内容なので、特にこれといった表情も無い私に対し、殿下が眉尻と口角を下げて、なんとも情けない顔をしました。そのまま視線をあちこち、ゆっくりと彷徨さまよわせている様子からして、私へ話そうか迷っているみたいです。
なので私は急かさず、殿下をじっと見つめながら待ちました。
やがて意を決したらしい殿下が、キリッとした表情になって、私を真っ直ぐに見ます。
「まずルーク。あ、君の弟のルーカスの事ね。次いで君の従者に勝てたら、君に婚約を申し込めるというものだよ」
「・・・何を勝手に決めていらっしゃるのですか?」
ジト目で殿下を軽く睨むと、彼は慌てて首を横へ振りました。
「考えたのも、実行したのも、アレクだよ! 私じゃない!!」
あら。アレクシス様でしたか。
発案者が悪魔でしたら予測できない結果と、恐ろしい見返り要求にビクビクしながら、沙汰を待つ事になるところでした。しかし、アレクシス様というのでしたら、何かお考えがあるのでしょう。
あぁ・・・なるほど。
「さすが、お優しいアレクシス様。私の「誰とも婚約したくない」という願いを叶えるために、そんな条件をお決めになられたのですね。だってクラウドに勝てる者など、実践経験が豊富な騎士や兵士ならともかく、学園の生徒内にはいないでしょうから」
「・・・君は何でアレクの行動だけ、そんな好意的にとるの? 私の時は物凄く警戒するくせに」
そんな、悪魔と、私を怖れながらも気を遣ってくださる心優しいアレクシス様を比べるなんて・・・なんとおこがましい事をするのでしょう。
つい咎めるような表情になってしまった私に、殿下がため息をつきました。
「アレクが優しいと思っているのは、君だけだよ」
ぼそっと失礼なことを呟いて、殿下は食事を再開されます。それに倣って、私も食事を再開しました。
王族だけあって、殿下の作法は完璧です。時折、カチャリと小さな音がするだけで、静かな、沈黙が重く感じる空間が広がります。
くうっ。やはり気まずい!
「殿下」
「なんだい?」
再び、無理やり話題を探して、話しかけます。殿下はそんな私を、なんとなく面白がっているように感じるので、話題を提供しないのはわざとかもしれません。
「フランツ王子殿下の事ですが・・・」
「ちょっと待ってね。カーリー、防音を」
『御意』
殿下の精霊の声がして、空気の流れが変わりました。
前回のレオンの例がありますからね。どこで誰が聞いているかもわかりませんし。
どうやらフランツ王子殿下を話題にすると、他者に聞かれたくないような内容が含まれる可能性があるようです。気まずさを和らげようというつもりだったのですが、話題の選択を誤ってしまったようです。でもまあ、せっかくなので聞いておきましょうか。
「いいよ。兄上が、どうしたんだい?」
「殿下とフランツ王子殿下は・・・その・・・」
言いよどむ私を、殿下が軽く笑いました。
「仲いいよ。私はそう思っている。敵意を向けられたこともないし」
意外、ではありません。ここ数日、お二人の様子を見ていましたが、互いを疎ましく思っている様子も、避けている様子もありませんでしたからね。
しかしそうなるとフランツ王子殿下の母君である、側妃様の影響はどうなのかが気になります。
「あの・・・では側妃様の件は?」
「あぁ。君は巻き込まれるのを嫌がっていたから、話さなかったけれど・・・巻き込まれてしまった以上は、気になるよねぇ」
殿下の碧眼がすうっと細くなり、それと共に口角がきゅっと上がりました。いつものニヤニヤ顔ですね。
「どこまで話そうか?」
「・・・殿下をお守りする上で、私が知っておくべき最低限でお願いします」
毒食わば皿まで。
攻略対象へ関わるなんてしたくありませんが、ゲーム設定から大分かけ離れてきた、現在。死ぬはずはないと、たかをくくって放置した挙げ句に死なれでもしたら、寝覚めが悪すぎます。
積極的に手を出さずとも、なんとかできる程度に関わっておく方がよさそうだと判断しました。何よりも巻き込まれたというのに、蚊帳の外のまま事が進んでいくなんて気持ち悪すぎます。
「ふふ。そんな君が私は好きだよ」
殿下がニヤニヤをやめて、柔らかく微笑みます。
くうっ。可愛い。
悪魔に魂を抜かれかけて、拳を握ることでなんとか正気を保ちました。魅了されないように視線をそらすと、視界の端に殿下が再びニヤニヤしているのが見えます。
「そうだね・・・端的に言うと、命を狙われるたびに、その証拠がすべてエリスリーナ妃へ繋がっている」
はっとして殿下の顔を見ましたが、予想した満足そうな顔ではなく、困惑したような顔でした。
「でもね。決定的な証拠はないんだよ。ものすごく怪しいだけで。しかもあからさまに繋がるものだから、逆にエリスリーナ妃を陥れるためではないかと疑い始めていた」
そこで殿下は言葉を切り、まだ話してもいいのかと言うように、私を見つめてきます。
ここで話を止められると、気になって今夜眠れなくなりそうなので、コクりと頷いて先を促しました。殿下は再び柔らかく微笑んで続けます。
「そして先日のドーランの自白で、この仮説の真実味が増した。そもそも取り巻きたちはともかく、エリスリーナ妃自身は幼いころから父の婚約者として、国母たれと育てられた方だ。幼い頃はその厳格さを敵意と勘違いしていたが、今ならそうではないとわかる。あの方は王太子であるヒース兄上がよほどの腑抜けでもない限り、国を傾けるような真似はしないだろう。実際、フランツ兄上も王太子を補佐して国を支えようという意思が強い」
ヘンリー殿下の実の兄である、ヒースクリフ王太子殿下は優秀な方だと聞きます。10歳の誕生パーティー以来、お会いしたことがありませんから、どこまで本当かはわかりませんが、悪い噂は聞いたことがありませんのでほぼ事実と見てもいいでしょう。
1人で納得していると、殿下が少し寂しそうな顔になりました。
「実際、帝国への留学を志願されたしね」
モノクロード国の北に位置する、隣国グレイジャーランド帝国は、つい最近皇帝が代わったばかりで、まだ落ち着いていないと聞きます。
帝国はようやく和平が結ばれた南の隣国ガンガーラ程、仲が悪い国ではありません。
しかしグレイジャーランド帝国は幾つかの部族が寄り集まってできています。よって内乱も多く、それが時々モノクロード国にも飛び火して、度々小競り合いを起こしています。
そんな国へ留学となると、指し示す意図はひとつ。
「それはつまり・・・」
「人質ってことだよ」
私の予測を、殿下が肯定してくれました。
どうやらまだ毒物を隠し持っていたようです。その寮部屋にも黒幕へつながる物は何もなく、また本物のドーランが彼の家で遺体で発見されたことにより、成りすましがバレるまでの短期間で、仕事を終えるつもりだったことが分かっただけでした。
学園の方はというと、翌日が休校となり、王宮騎士団が投入されて学園内のあらゆる施設の捜索が行われました。そして早くも翌々日から授業が再開されたのですが、これは軟禁状態で寮へ押し込んでおくよりも、授業をした方が有意義だという判断からのようです。その合間を縫って、あらゆる人の身元確認も行われました。
結果、良かったのか、悪かったのか・・・何も発見されず、真相は闇の中へ葬られてしまいそうでございます。
物々しい騎士団の方々が行き来する中、容赦なく授業は進行しましたが、ターゲットであったヘンリー王子殿下が無事だったこともあってか、翌週には生徒たちも状況に慣れてきたようです。騎士団の姿を見ても、怯えなくなりました。
というか、まだ怯えられている私は、一体なんだと思われているのでしょうか。別に構いませんけれども。
そんなこんなで、さすがに入学1月後に毎年開催される、新入生歓迎会的なプチ舞踏会は当然のように中止。王族とお近づきになるチャンスを潰されたお嬢様がたは非難轟々でしたが、私はほっとしつつも変わりばえのない平和な日々を過ごしていました。
「カーラ・テトラディル殿、手会わせ願えないだろうか?」
「は・・・はい。フランツ王子殿下」
最敬礼しようとして思いとどまり、略式の礼をとった私を見て、鷹揚に頷くフランツ殿下。
現在は武術の授業中なのですが、放任主義なのか先生は「質問があれば来い」というスタンスで、危険がないかだけを見てはいますが、これといった課題を課しません。ですから皆、思い思いに筋トレしたり、手合わせをしたりしています。
私はというと、例によって例のごとくクラウドと手合わせをするのが常なのですが・・・そのクラウドは今、レオンを伸しています。若干、オーバーキル気味な気がしないでもありません。
練習剣を使うレオンに対し、丸腰のクラウドは拳や足を使うものの、牽制するだけで実際殴る蹴るする気はないようです。レオンは目に見える怪我はなさそうですが、クラウドは執拗に関節技を狙っていますので、あちこち痛いんじゃないかなと思います。
いつの間にやらルーカスに勝てたら、クラウドへの挑戦権が得られるというルールができているようで、魔法抜きなら7割の勝率を誇るレオンは、度々こうしてクラウドと手合わせをするようになりました。
今のところ、挑戦権を得ることができたのはレオンだけ。彼の後にルーカスと手合わせをしていたアレクシス様は、剣を蹴り飛ばされてたった今、降参したところです。
ルーカスは私も手合わせしたことがありますが、いろいろ試したせいか一通り武器が扱えて、どれも標準より少し上の腕前があります。なかでも飛びぬけているのがゲームでも適性が高かった弓で、大概の生徒はど初っ端に矢じりのない、先端に小さな綿が付いた矢を胸に当てられて瞬殺されます。これをかいくぐってなんとか接近戦へ持ち込んだとしても、体術の方が得意なのでかえって手ごわくなり、攻略が難しい。
まだ私にルーカスが勝ったことはありませんけれども、油断はできません。
「兄上! ずるい!!」
私と向かい合って立つフランツ王子殿下を、ヘンリー殿下が咎めました。
何がずるいのか分かりません。
「私にはヘンリーたちのような褒賞は必要ないからな。構わないだろう?」
悠々と練習用の刃を潰した剣を構えながら、フランツ王子殿下が笑いました。何のことかとヘンリー殿下へ視線を向けると、気まずそうに目をそらされます。
これは後で問い詰める必要がありますね。
「準備はよろしいか?」
「はい。フランツ王子殿下」
私は逆手に、こちらも刃を潰した短剣を2振り持ち、構えました。
金髪、碧眼のフランツ王子殿下はヘンリー殿下ほど整ってはいませんが、それでも美丈夫と言ってもいいくらいに王子然としています。その無駄のない立ち姿が美しい。
遠慮なく鑑賞しながらも、仕掛けるタイミングを探ります。
「参る!」
先に動いたのはフランツ王子殿下でした。
思ったより早い!
真正面から振り下ろされた斬撃を右の短剣で受け止めかけ、その重さにもう片方も使います。流して後ろへ下がると返す刃で斜め上へ切り込まれたので、さらに下がって距離を取りました。
やはり王族だからなのか、ヘンリー殿下と同じ正規の騎士の太刀筋ですね。しかし体格がいいフランツ王子殿下の剣は、ヘンリー殿下と比べようもないほど重い。何度もまともに受けたのでは力負けしてしまうでしょう。
ここはスピード勝負ですよ。
「はっ」
弾かれるのを覚悟のうえで左の短剣を投げました。狙い通り剣で弾いたために空いた、フランツ王子殿下の懐へ走り込みます。そのまま右の短剣で喉元を狙いましたが、その手首をつかまれ封じられました。
私は短剣を手放し、捕まれた右手を下げてフランツ王子殿下の手首を掴みます。こうすると手首を支点とした梃子の原理で、相手の手から抜けられるのですよ。
「え?」
驚愕の表情のフランツ王子殿下の肩を左手で掴み、右手を引きつつ体を回転させ、足を払えば技の完成です! 柔道技のような感じで投げられたフランツ王子殿下の腕を、後ろ手に捻りました。
「いっ・・・まいった。」
うふふ。私はラスボスとしての威厳を保てたようです。
掴んでいた腕を開放し、フランツ王子殿下が捻られた肩を押さえて座り込んでいるところを、手を貸して立っていただきました。だって見下ろしたままでは、不敬ですからね。
フランツ王子殿下は「やってくれたな」という表情で私を見るヘンリー殿下へ視線をむけてから、苦笑いして私に言いました。
「最後にヘンリーが惚れ込んだ、貴女の実力を知ることができて良かった。・・・ヘンリーを頼む」
「は・・・え・・・っと?」
私の返事を待たず、背を向けて去っていくフランツ王子殿下を見送っていると、ヘンリー殿下に肩をたたかれました。
「後で一緒に見舞いへ行こうね」
ヘンリー殿下の言葉で、肩を押さえたままのフランツ王子殿下に気付きます。
私はため息を噛み殺して、たぶんバツの悪そうな感じだろう顔を、ヘンリー殿下へ向けました。
「よろしくお願いします」
ヘンリー殿下がお伺いをたててくださり、フランツ王子殿下から「夕食後なら構わない」とのお返事をいただきました。
で、悪魔を使役した当然の報いでしょうね。私は不本意ながら、ヘンリー殿下と夕食を共にしております。
「殿下」
「なんだい?」
食堂が使用可となり、毒を飲まされた時のトラウマなど全くないと言った様子の殿下と、高位貴族用の個室で二人きりのディナー。
扉の外にクラウドと、殿下の護衛であるツヴァイク様がいますが、部屋の中は私たちだけなのです。ちなみに殿下のもう一人の護衛である地獄耳は、下の食堂でルーカスと一緒に夕食をとっているはずです。
この状況・・・はっきり言って、気まずい。
「武術の授業の際に、フランツ王子殿下がおっしゃいました、褒賞とはなんですか?」
「・・・覚えていたんだね」
覚えていたというか、今無理やり思い出したの方が正しいですね。
興味があるような、無いような質問内容なので、特にこれといった表情も無い私に対し、殿下が眉尻と口角を下げて、なんとも情けない顔をしました。そのまま視線をあちこち、ゆっくりと彷徨さまよわせている様子からして、私へ話そうか迷っているみたいです。
なので私は急かさず、殿下をじっと見つめながら待ちました。
やがて意を決したらしい殿下が、キリッとした表情になって、私を真っ直ぐに見ます。
「まずルーク。あ、君の弟のルーカスの事ね。次いで君の従者に勝てたら、君に婚約を申し込めるというものだよ」
「・・・何を勝手に決めていらっしゃるのですか?」
ジト目で殿下を軽く睨むと、彼は慌てて首を横へ振りました。
「考えたのも、実行したのも、アレクだよ! 私じゃない!!」
あら。アレクシス様でしたか。
発案者が悪魔でしたら予測できない結果と、恐ろしい見返り要求にビクビクしながら、沙汰を待つ事になるところでした。しかし、アレクシス様というのでしたら、何かお考えがあるのでしょう。
あぁ・・・なるほど。
「さすが、お優しいアレクシス様。私の「誰とも婚約したくない」という願いを叶えるために、そんな条件をお決めになられたのですね。だってクラウドに勝てる者など、実践経験が豊富な騎士や兵士ならともかく、学園の生徒内にはいないでしょうから」
「・・・君は何でアレクの行動だけ、そんな好意的にとるの? 私の時は物凄く警戒するくせに」
そんな、悪魔と、私を怖れながらも気を遣ってくださる心優しいアレクシス様を比べるなんて・・・なんとおこがましい事をするのでしょう。
つい咎めるような表情になってしまった私に、殿下がため息をつきました。
「アレクが優しいと思っているのは、君だけだよ」
ぼそっと失礼なことを呟いて、殿下は食事を再開されます。それに倣って、私も食事を再開しました。
王族だけあって、殿下の作法は完璧です。時折、カチャリと小さな音がするだけで、静かな、沈黙が重く感じる空間が広がります。
くうっ。やはり気まずい!
「殿下」
「なんだい?」
再び、無理やり話題を探して、話しかけます。殿下はそんな私を、なんとなく面白がっているように感じるので、話題を提供しないのはわざとかもしれません。
「フランツ王子殿下の事ですが・・・」
「ちょっと待ってね。カーリー、防音を」
『御意』
殿下の精霊の声がして、空気の流れが変わりました。
前回のレオンの例がありますからね。どこで誰が聞いているかもわかりませんし。
どうやらフランツ王子殿下を話題にすると、他者に聞かれたくないような内容が含まれる可能性があるようです。気まずさを和らげようというつもりだったのですが、話題の選択を誤ってしまったようです。でもまあ、せっかくなので聞いておきましょうか。
「いいよ。兄上が、どうしたんだい?」
「殿下とフランツ王子殿下は・・・その・・・」
言いよどむ私を、殿下が軽く笑いました。
「仲いいよ。私はそう思っている。敵意を向けられたこともないし」
意外、ではありません。ここ数日、お二人の様子を見ていましたが、互いを疎ましく思っている様子も、避けている様子もありませんでしたからね。
しかしそうなるとフランツ王子殿下の母君である、側妃様の影響はどうなのかが気になります。
「あの・・・では側妃様の件は?」
「あぁ。君は巻き込まれるのを嫌がっていたから、話さなかったけれど・・・巻き込まれてしまった以上は、気になるよねぇ」
殿下の碧眼がすうっと細くなり、それと共に口角がきゅっと上がりました。いつものニヤニヤ顔ですね。
「どこまで話そうか?」
「・・・殿下をお守りする上で、私が知っておくべき最低限でお願いします」
毒食わば皿まで。
攻略対象へ関わるなんてしたくありませんが、ゲーム設定から大分かけ離れてきた、現在。死ぬはずはないと、たかをくくって放置した挙げ句に死なれでもしたら、寝覚めが悪すぎます。
積極的に手を出さずとも、なんとかできる程度に関わっておく方がよさそうだと判断しました。何よりも巻き込まれたというのに、蚊帳の外のまま事が進んでいくなんて気持ち悪すぎます。
「ふふ。そんな君が私は好きだよ」
殿下がニヤニヤをやめて、柔らかく微笑みます。
くうっ。可愛い。
悪魔に魂を抜かれかけて、拳を握ることでなんとか正気を保ちました。魅了されないように視線をそらすと、視界の端に殿下が再びニヤニヤしているのが見えます。
「そうだね・・・端的に言うと、命を狙われるたびに、その証拠がすべてエリスリーナ妃へ繋がっている」
はっとして殿下の顔を見ましたが、予想した満足そうな顔ではなく、困惑したような顔でした。
「でもね。決定的な証拠はないんだよ。ものすごく怪しいだけで。しかもあからさまに繋がるものだから、逆にエリスリーナ妃を陥れるためではないかと疑い始めていた」
そこで殿下は言葉を切り、まだ話してもいいのかと言うように、私を見つめてきます。
ここで話を止められると、気になって今夜眠れなくなりそうなので、コクりと頷いて先を促しました。殿下は再び柔らかく微笑んで続けます。
「そして先日のドーランの自白で、この仮説の真実味が増した。そもそも取り巻きたちはともかく、エリスリーナ妃自身は幼いころから父の婚約者として、国母たれと育てられた方だ。幼い頃はその厳格さを敵意と勘違いしていたが、今ならそうではないとわかる。あの方は王太子であるヒース兄上がよほどの腑抜けでもない限り、国を傾けるような真似はしないだろう。実際、フランツ兄上も王太子を補佐して国を支えようという意思が強い」
ヘンリー殿下の実の兄である、ヒースクリフ王太子殿下は優秀な方だと聞きます。10歳の誕生パーティー以来、お会いしたことがありませんから、どこまで本当かはわかりませんが、悪い噂は聞いたことがありませんのでほぼ事実と見てもいいでしょう。
1人で納得していると、殿下が少し寂しそうな顔になりました。
「実際、帝国への留学を志願されたしね」
モノクロード国の北に位置する、隣国グレイジャーランド帝国は、つい最近皇帝が代わったばかりで、まだ落ち着いていないと聞きます。
帝国はようやく和平が結ばれた南の隣国ガンガーラ程、仲が悪い国ではありません。
しかしグレイジャーランド帝国は幾つかの部族が寄り集まってできています。よって内乱も多く、それが時々モノクロード国にも飛び火して、度々小競り合いを起こしています。
そんな国へ留学となると、指し示す意図はひとつ。
「それはつまり・・・」
「人質ってことだよ」
私の予測を、殿下が肯定してくれました。
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