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もう15歳

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 生徒会室へ向かうという殿下と共に校舎の方へと戻り、それぞれ目的の場所があるとのことで解散いたしました。とはいっても、クラウドが私から離れることはなく、今も一緒にいますけれども。

「とりあえず事務へ履修希望票を提出しに行きますか。殿下と、アレクシス様の用紙もお預かりしてしまいましたし、早い方がいいでしょう」
「はい。カーラ様」

 事務は講堂の横、教育棟の1階にあるそうです。
 天気がいいので傾き始めた日を浴びながら、クラブ棟と教育棟に挟まれた中庭を歩くことにします。時々、生徒を見かけましたが、皆息をひそめ、草木と同化しようと頑張っていました。
 現在、午後の選択授業がなくて暇をしている生徒もいますけど、授業中の2、3年生もいますからね。騒がれて迷惑をかけなかっただけ良しとしましょう。

「クラウド。私はここで待っていますから、提出してきてくれませんか?」
「かしこまりました」

 事務の方々の邪魔をしてはいけないと思い、私は教育棟の入り口近くにあったベンチに腰かけます。クラウドは一礼してから、足早に事務へと向かって行きました。

 ぽけーっと空を見上げていると、私がいる教育棟の向かい側、クラブ棟の方にあるベンチの方から視線を感じました。どうやら逃げ遅れた生徒がいるようですね。
 怖がらせて騒がれるもの面倒なので、顔は空へ向けたまま、視線だけそちらへ向けます。結構距離があるので学年は分かりませんが、ズボンをはいている事から男子生徒、見事な金髪の持ち主が、じっとこちらを窺いみています。

 話しかけるどころか、目を合わせるだけでも面倒の予感しかしないため、視線を空へ戻してクラウドを待つことにしました。
 午前中は雲ひとつない快晴でしたが、午後になって少し雲が出てきましたね。

「お待たせいたしました。カーラ様」
「いいえ。ありがとう」

 一礼したクラウドに手を差し出されましたので、その手を借りて立ち上がります。例の生徒からまだ視線を向けられていますが、そちらを見ないように意識しながらクラウドを見上げました。

「この後はどうなさいますか?」
「そうですね・・・授業中で人が少ない間に、クラブ棟を覗いてみようと思います」
「お供いたします」

 お供しない事なんてあるのだろうか、とふと思いましたが、口に出すのはやめました。重い発言が帰ってきて、自爆するだけなのは目に見えています。

「例のクラブへ行ってみたいです」
「それでしたら、確かクラブ棟3階の北端が部室でございます」
「あら、近いですね」

 現在、私たちがいるのは学園最北の建物である講堂と、西にある教育棟の間です。ここからクラブ棟へ最短距離で向かうには、西へ向かって講堂の裏を歩けばいいのですが・・・例の生徒の横を通らなければなりません。
 私は気絶さえされなければ、ダッシュで逃げられても構わない・・・いえ。寧ろ気絶するくらいなら、とっとと逃げてほしいところです。

「クラウド、先行してくれませんか?」
「かしこまりました」

 一礼したクラウドが先を行こうとして、私が気にしている生徒に気付いたようです。というか正確には、生徒が居ることはわかっていたけれど、私が何を危惧しているか思い至ったと言うべきでしょうか。
 クラウドは私を振り返り、小さな声で言いました。

「カーラ様。お察しの通り、あの方はフランツ・モノクロード第二王子殿下です。学園内では略式の礼にとどめるように、とのお達しでございます」

 あ、うん。残念。思い至っていなかったようです。
 まったく・・・困った事に、私に慣れている人たちは、他の人々が私へ怖れを抱いているという事を、忘れているみたいなのですよね。まぁ、私もころっと忘れていて、入学式を大混乱させてしまったのですが。
 金髪、碧眼のフランツ王子殿下は、私の視線を感じたのか、俯いて膝の上の本へと目線を変えました。遠目でもヘンリー殿下より、がっしりした体格であることが分かります。ヘンリー殿下が美人なら、フランツ王子殿下は美丈夫といった感じですね。

「生徒会長がなぜこちらに? ヘンリー殿下はあの方に会いに行かれたのですよね?」
「私もそうだと思うのですが・・・フランツ王子殿下がこちらにみえる理由は、私にもわかりません」

 まさか・・・やはり仲が悪くて、ヘンリー殿下から逃げてきたとか?
 いやいやいやいやいや。やめよう! これ以上は面倒に足を突っ込んでしまいそうなので、考えないことにいたします。
 私はクラウドとの内緒話を終えて、クラブ棟へ向かって歩き出しました。
 途中、クラウドの言うとおりに、フランツ王子殿下へ右手を胸に頭を下げる略式の礼をします。

「ごきげんよう。フランツ王子殿下」
「あ・・・あぁ・・・」

 しまった。淑女の礼ではないのに、淑女の挨拶をしてしまいました。これでは動きと言葉がちぐはぐです。
 私は頭を下げたまま盗み見るように視線を上げて、ほっとしました。とりあえず私の失敗が咎められることはないようです。
 しかし口をぎゅっと引き結んで、膝の上の本に置かれていた手がきつく握られたことからして、早々に退散した方がよさそうだと判断しました。逃げなかったのは王族としてのプライドか、もしくは読書に夢中で私に気付かなかっただけかもしれません。
 私は頭を上げないで後退し、軽く会釈してからその場を離れます。

「からまれるかと、つい身構えてしまいましたよ」

 あっさり解放されて、拍子抜けしつつ小声でクラウドへ話しかけました。クラウドが無言で頷きましたから、彼も同感のようです。二人ともヘンリー殿下に毒されすぎているようですね。
 からまれたら名乗ろうと思っていたので、自己紹介もせずに退去してしまいました。まあ、いいか。私の名を知らないわけはないと思いますし、今度お会いした時にちゃんと名乗ることにします。

 さて、今から向かう裁縫部は確実にからんでくる王族が教えてくれた、部員数3人の穴場クラブでございます。
 実は他に家政科部なるものもあるのですが、そこの現部長である伯爵令嬢と覇権を争い、敗れた子爵令嬢とその取り巻きたちが立ち上げたクラブなんだとか。当初はもっと部員がいたらしいのですが、徐々に減り、現在は廃部寸前の3人しかいません。
 ちなみに部として認められるには、部長を含めて2人以上の部員が必要となります。

「こちらになります」

 クラウドが指した扉の上部に「裁縫部」とありますから、こちらで間違いないようです。
 ノックをしてみると中から入室の許可を告げる声が聞こえました。人の気配が複数ありますから、部員全員が揃っているのかもしれません。

「失礼いたします」

 クラウドが開けてくれた扉から中へ入ると、それまで和気あいあいとしていただろう空気が凍り付くのを感じました。予想通りの3人のご令嬢が、刺繍をしていたと思われる手元からこちらへ視線を移した途端に、固まってしまいます。
 気絶しないでくださいよ。

「お忙しいところを申し訳ございません。入部を考えているのですが、見学してもよろしいですか?」

 いち早く凍結から脱したのは、彼女が伯爵令嬢とやり合ったのだろうなという雰囲気の、気が強そうなご令嬢でした。
 私へ向かって引きつった笑みを浮かべると、内ポケットから何やら取り出して、隣の部員へと手渡します。受け取った部員は何かの書類らしきものにさっと目を通すと、素早く書き込みました。そして彼女もまた内ポケットから書類らしきものを取り出し、重ねます。もう一人の部員も同様にした後、最初の気の強そうな令嬢の手元には3枚の書類が揃いました。そこへ、引きつった笑みのままの令嬢がさらにもう一枚、書類を重ねてこちらへ近づいてきます。

「これを・・・」

 プルプル震えている書類を手にした途端、物凄い早業で荷物をまとめ、脱兎のごとく、3人が部室から出て行きました。口をはさむ隙もなくいなくなってしまった令嬢たちを見送り、手元に残った書類に目を落とします。

「・・・ええと?」

 4枚の書類の正体は、新部長欄が未記入の「部長変更届(所属部員承諾署名済み)」と、3人分の「退部届」でした。これが内ポケットにあったという事は、3人とも辞めるタイミングを計っていたという事でしょうか。
 とりあえず、クラウドへ差し出してみます。

「裁縫部部長、やってみます?」
「は・・・え?」

 反射的に書類を受け取ったクラウドの目線が、何度も私と書類を交互に移動しました。 


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