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もう15歳

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 完全に逃げ遅れました。私は絶対嫌そうに歪んでいるであろう自分の顔を見せないように、振り返ると同時に跪き、頭を下げます。

「お久しぶりにございます。ヘンリー王子殿下」

 貴方、さっきまで食堂でご令嬢たちに囲まれながら華やかにお食事中でしたよね? 王族、高位貴族なら使用できる個室もあるというのに、わざわざ人気をアピールするかのように!
 人気者の殿下が、嫌われ者の私を構う必要なんてございませんことよ!
 いいえ。決して僻んでなんていません。さすがにあのギラギラした、肉食獣の如きご令嬢たちを愛でる趣味は私にはありませんからね。

 ・・・おや。先ほどまで殿下の気を惹こうと、周りを取り巻いていた令嬢たちが、遠巻きにしてこちらを伺っています。
 悪魔め・・・私を肉食令嬢避けにしようという魂胆ですね!

「何? カーラ嬢の寮へ行くの? 私も是非見てみたいな! 別館とやらを」

 殿下のセリフに思ってもみなかった単語が含まれていたことで、思わず顔を上げてしまいました。

「別館?」

 眉をひそめる私から、気まずそうに殿下が目をそらします。その後ろにいたアレクシス様が、相変わらず標準で鋭い視線を殿下へ向けました。

「ヘンリー、いつまで跪かせておくつもりなんだ?」
「え? あぁっ!! ごめんね。カーラ嬢、立っていいよ。弟君たちも」

 許可を得ましたので、ゆっくり立ち上がります。すると遠巻きにしていた令嬢たちが、蜘蛛の子を散らすようにいなくなりました。
 私は手負いの獣か。

 ゲームスタートの1年前という現在、お二人の容姿もゲーム開始時とほとんど変わりありません。言葉遣いや、互いへの気安さも、ようやくゲームのようになりましたね。
 身長も設定どおり、女子の平均からこぶし一つ分高い私より、殿下はやや高く、アレクシス様はさらに拳一つ分高くなりました。

 悪魔の・・・いえ、王族オーラをまとうヘンリー王子の、キラキラと光を反射する金茶の髪は、ゲーム時のように緩く一つに束ねられて左の肩へ流されています。そして中性的な美少年顔を構成する細い眉の下、長い睫毛に縁取られた碧眼は私を興味深そうに見ています。可愛らしさを感じさせる桜色の唇はきつく弧を描き、柔らかそうな頬がやや紅潮していました。
 前世ではそれなりにはまった好みの容姿の美少年、というか美人の方がしっくりくるようになった殿下が、私に好意的な笑みを浮かべています。・・・嫌な予感しかしません。

 私はすうっと視線を横へ滑らせて、アレクシス様へ移しました。
 睨んでいるつもりはなくても鋭い、凍空いてぞらの貴公子の名にふさわしい空色の瞳は、少し目じりが緩んでいます。やはりゲームよりツンの成分が弱い気がしますね。ゲーム開始前から緩んでいるようでは、ツンデレできないではないですか。
 若草色の、さらさらとして癖がない長めの前髪も、さらに目つきの鋭さを和らげてしまっています。これはこれで「前髪が長いから、目つきが悪くなるんじゃないかな?」的なイベントがありますので、私はノータッチな方向で。

「お久しぶりです。カーラ様」
「お久しぶりにございます。アレクシス様」

 淑女の礼をしようとして、パンツスタイルだったことを思い出しました。右手を胸に、略式の礼をします。
 そうそう。ちゃんとお礼も言っておかねば。

「四季折々のお手紙、誠にありがとうございました」
「はっ。い、いえ。こちらこそ、お返事ありがとうございます・・・」

 先ほどまできりっとしていたのに、急に挙動不審になるアレクシス様。そして目を逸らされました。
 まあ、5年ぶりですし。いくら手紙のやり取りをしていたとしても、そう簡単に私への恐怖心は拭えませんよね。

「あれ? 私にはないのかな?」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる、悪魔。
 あの甘ったるい砂糖が吐けそうで、はた迷惑な手紙のどこに礼を言えと、言うのでしょうか。

「殿下」
「なになに?」
「私をお菓子に例えるのはおやめください」

 そしてそのお菓子を食した、というレポートもおやめください。なまめかしい描写が気色悪いです。
 殿下の誤解を招きかねない内容の手紙は、私が食べ物に関するときだけ食いつきがいいことに気付かれたようで、方向性を変えました。
 お菓子情報はいいんですよ。レシピが添えられたりいていて、重宝しました。その・・・描写がですね・・・官能小説かという・・・。いまだ未経験で、かれこれ43年拗らせている私の被害妄想なのですかね。貰った手紙を回し読みするというタブーを犯しきれず、私の中でくすぶらせたままですけど。

「あれ? 気に入らなかった? イギーに助言をもらったんだけどなぁ」

 あれはイングリッド様の仕業ですか!
 しかし殿下がはかられるなんてことがあるはずないですから、面白がって乗ったに違いありません。

 そういえば、イングリッド様の姿がありませんよ。・・・まさか!

「イングリッド様はどちらへ?」
「あぁ。イギーなら「ご令嬢たちに囲まれている時は話しかけないでくださいまし」って、他のお友達たちとどこかへ行ったよ」
「・・・そうですか」

 イングリッド様、うまい事逃げましたね。ゲームでは亡くなった設定でしたから、一瞬、焦りましたよ。
 一応、殿下の精霊に気を付けるよう言付けてはいましたが、こうして無事学園に入学されたという事は設定が回避されたとみていいのではないでしょうか。

「ねえねえ。カーラ嬢の寮へ行ってみようよ!」

 考えに沈みかけた私の顔を覗き込むように、殿下が話しかけてきました。私の寮へ行ってみようなんて・・・普通、女子寮へ男子は入ってはいけないのではないでしょうか。

「もしかして・・・まだ行ったことないの?」

 いぶかし気な私に気付いたようで、殿下が目を丸くして首を傾げました。相変わらず、いちいち動作が可愛い方ですね。

「はい。準備はクラウドに任せきりでしたので・・・」
「ああ。なるほど。それで今日まで騒ぎが起きなかったんだね」

 ええ。そうですよ。どうせ私は嫌われ者ですよ。
 投げやりな気分で視線を落として口角を引くと、殿下が私の手を取って、私より大きいのに可憐で美しく見える両手で包みこみました。

「私はそんな君でも好きだよ」

 ぞわっと鳥肌が立って、殿下の手を振りほどこうとしましたが、相手は王族だと思い出して踏みとどまります。異性に許可なく触れたことを咎める方向で行こう、と考えながら顔を上げて後悔しました。

 くっそ可愛いな。

 潤んだ大きめの碧眼はやや伏せられてはいますが、私をまっすぐに見つめていて、震える睫毛が紅潮した頬に影を落としています。薄く開いた桜色の唇は、いつものような無理に口角を上げる形ではなく、緩やかな弧を描いていました。

 悔しいけれど、私の中の「萌え」を呼び覚ますほどの威力ですよ。しかしこの方は悪魔、かつトラブルメーカーです。一体、何を企んでいるのやら・・・。

「本物の君は私が焦がれて思い描いていたより、ずっと美しいね」
「それはどうも。殿下の可愛らしさには足元にも及びませんわ。・・・それで? 今度はどんな問題を持ち込むおつもりですか?」
「信用ないなぁ・・・。私が本気で言っているとは思わないのかい?」
「大公令嬢との婚約が秒読み、という噂のある方の言葉とは思えませんね」

 眉尻が下がり、力が緩んだ殿下の手から、そっと自分の手を回収します。殿下がなんでもない事のように、笑いました。

「ああ、あれね。正直、いいところまでいったと思ったんだけど・・・ここ1年ほど、食いつきが悪いんだよねぇ」

 おのれ、悪魔め! さらっと恐ろしい事を言いおってからに!!
 誰かに聞かれでもしたらと、思わず辺りを見回すと、少し離れた所に生徒が3人立ってこちらを伺っているだけでした。20歳前後と思われるその3人をじっと見つめていると、殿下がそちらへ目を向けます。

「大丈夫。彼らは私の護衛兼従者だよ」

 こんなでも王族ですからね。3人は少ない方かな。あまり多く供を入学させると、供を入学させられなかった貴族の顰蹙ひんしゅくを買いますが、王族はその限りではありません。

「アレクシス様の護衛は?」
「私は世話係が同行していますが、必要な時以外は自由にさせています」

 ほうほう。護衛は必要ないとな?
 まあ、この学園内なら王族以外、護衛など必要ありませんからね。

 ちなみにレオンは「身支度も身を守るのも自分でできる」と単身で、弟のルーカスはそれに張り合って「僕も必要ない」と供を突っぱねたため単身です。
 まあ、どうにもならない時はクラウドが「お任せください」と言ってくれましたから、頼りにするとします。

「ね! 早く別館に行ってみようよ!!」

 楽しそうに笑う悪魔に先導され、私はため息を飲み込んで重い足を踏み出しました。

 


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