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もう15歳
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父に連れてこられたのは国境の町エンディアの城門にある詰所の、仮眠室のような所です。薄暗いそこには、うめき声を上げる人々がベッドの上だけでなく、床にも横たわっていました。15人前後でしょうか。
「ここには重傷者しかいない。死者は今のところ食われた者のみだ」
最も扉付近にいた人を見ると、肩口を食いちぎられたのか一部骨が露出している上に、抉られた部分の肉が壊死しかかっています。そして真っ青な顔で震えていました。毒が回っているのかもしれません。
「侯爵様、人払いは済みました」
先ほどスールと呼ばれた青年が父に報告します。そして部屋を出て行きました。
後に残されたのは、うめき声を上げる重傷者たちと、父、それから私です。クラウドとレオンには誰も入ってこないよう、扉の外での見張りを頼みました。
とりあえず一番近くにいた、先ほどの肩を食いちぎられた人に触れようと手を伸ばします。しかしどこにそんな力が残っていたのか、先程までぐったりしていた人が、飛び起きて壁際まで後ずさりました。
「来るな! 死神!!」
「なんだと?!」
つかみかかろうとする父を制して、風魔法で蝋燭の火を消しました。左右に5台ずつベッドが並ぶ部屋は、侵入を防ぐためか小さな窓が天井付近に3つあるだけなので、それだけで昼間だというのに隣にいる父が薄っすら見える程度の闇に満たされます。
「おやすみなさい」
うめき声が消え、寝息のみになったことを確認して、先ほど消した明かりを火魔法で付け直しました。
「・・・眠っているのか?」
「はい」
簡単な状態異常なら、私の影に続く者にも付与できるようになりました。今の場合は、私とともに暗闇にいたこの部屋の人々が対象ですね。あ。もちろん父は除外しましたよ。
壁にもたれかかったまま寝息を立てている重傷者に触れ、状態異常を解除していきます。
「ふふ・・・死神呼ばわりは久しぶりですね」
他に怪我はないか確認して、次の重傷者に触れました。
初めてクラウドに会った時を思い出していると、一人目をベッドへ戻し終えた父が私に鋭い目を向けてきます。
「誰に言われたんだ?」
「あー。えっと・・・ガンガーラで土壌改良をしていた時だったかな」
クラウドの事は黙っておくことにしました。なんか父の目が恐いですし。
「そんな恐い顔をしないでください。お父様」
「・・・言われ慣れているのか、気にしていないのか、どちらだ?」
「初対面の方に言われたところで、傷つくことはありませんよ」
父が渋面になりました。元々、私が意図的に怖がらせて他者を遠ざけているのですから、不快どころか願ったり叶ったりです。
それっきりお互い何も話すことはなく、父が凝視してくる中、私は黙々と重傷者を治していきました。噛まれたり、食いちぎられたりして毒が回っている人が殆どで、時々酷い火傷や、内臓破裂を起こしている人もいましたが、問題なく治せたと思います。
「終わりました」
「・・・ずいぶんあっさりしたものだな」
まあ、光の精霊の加護を持つ治癒術師が行う治癒は、神々しい光を伴いますからね。
そう思うと何のエフェクトもない闇魔法は地味かもしれません。別に目立ちたいわけではないので、意図的にそうしているのですけど。
「日が傾き始める頃には目を覚まします。それまでに私はこの部屋を離れたいのですが・・・」
「そうだな。それがいいだろう」
そう言って、父は扉の外にいたクラウドとレオンに入ってくるよう言いました。そして同じように扉外に控えていたスールも招き入れます。
「後始末をする手は足りているが、カーラが魔物を討伐するところをすでに大勢の人間が見ている。先に帰られると心象が悪い。私と共に行動しなさい」
「はい。お父様」
「スール、この者たちが目を覚ますまでここに居ろ。非公式に治癒術師を招いたことにして、口止めしておけ」
「はい。侯爵様」
頭を下げたスールを置いて、父と共に部屋を出ました。
ここエンディアの光教会は相変わらず、撤退したままです。国境であるエンディアどころか、テトラディル領の光教会すべてですけど。
まだ戦争回避が確実ではないからなのだと思いますが、いなくなってから15年も経っているせいか、テトラディル領は教会の信徒が激減したらしいですね。そして教会を快く思わない人が少なくないと聞きました。
まあ、元々高額な寄付金を出さなければ治癒の恩恵にも与あずかれませんし、一般人にとってそう重要ではなかったという事なのでしょうか。
部屋を出た足で軽傷で済んだ人々への見舞いや、被害状況を確認するなどして歩き回る父の後を、文字通り影のように気配を消して付いて回ります。父に話しかけられた時に私に気付いてしまった人は、凍り付いたり、手に持っていた何かを落としてしまったりしました。しかし移動中はいつもより近いようなクラウドと、父の背に挟まれているため目立つことなく済んだと思います。
その後、エンディアの侯爵邸へ移動して軽く昼食をとり、城壁修繕の指示や、ダラヴナに食べられてしまった人の遺族へのお悔やみ状と弔慰金の確認をする父を観察しました。初めて知りましたが、城壁内で魔物に襲われ死亡した場合、天災と同じ扱いになり、領主から弔慰金がでるのですね。
そうして父だけが忙しい一日を、共に過ごして終えました。
「カーライルとはどんなことを話したんだ?」
「そうですね・・・」
エンディアの侯爵邸で迎えた父と二人きりの夕食時、案の定カーライルについて聞かれました。父の中では要注意人物でしたからね。
思い出すふりをして、どう関わったことにするか考えます。
死人に口なし。私が知っていておかしいことは、すべてカーライルのせいにしてしまうことにします。
「主に力の使い方を教えていただきました」
「彼も精霊と契約していたのか?」
「さあ・・・あまり多くを語らない方でしたので」
カーライルの正体は私ですから答えは「YES」なのですが、胡散臭い感を強調して濁すことにします。
何度か食事した時の、怪しげな様子を思い出しているのでしょう。父が渋面になりました。
「薬に関してはどうだ?」
「彼がどうやって作っていたかは知りませんが、魔法で薬を再現することはできますよ」
夕食の準備が整うと同時に、父が人払いをしましたので、怯えて私を見ようともしない侍女たちは扉の外にいます。
父に見えるように掌を上にして左手を目の高さまで上げ、その上に土魔法で瓶を作ります。中に水を満たして、それに「酔い止め」の状態異常を付与しました。再現も何も、カーライルの時もこうして作っていたのですけどね。
私の嘘に気付かないなんて、冷静そうに見えて結構、父はいっぱいいっぱいなのかもしれません。
「・・・それは何の薬だ?」
「お父様がよく所望してみえた薬です」
父は眉間の皺を深めると、もの欲しそうな目で瓶を見つめてきました。
さて、ここエンディアはモノクロード国の南にある国境の町で、ガンガーラ国との境に広がる、嘆きの砂漠に接しています。最近は私の努力と、オニキスの助力の甲斐あって国境の川が復活し、砂漠も少しずつ縮小してきました。この5年はモノクロードもガンガーラも、干ばつは起きていません。
しかし未だ水に余裕があるわけではなく、また築100年は余裕のエンディア侯爵邸はテトラディル領都にある侯爵邸のように、各個人の部屋に浴室が併設されていたりはしないのです。
「ふふふ。大風呂って私は初めてですよ」
この屋敷を立てた代の侯爵様は、よほど効率主義者だったのか、シンプルかつ実用的な大風呂は領主が一番風呂だという取り決めがあるだけで、その後は領軍、使用人も使用可となっています。とはいっても、水が豊富にあるわけではありませんから特別な時にしか湯を張ることはないそうで、普段は皆体を拭く程度だとか。
でも私はお湯につかりたい! という事で父に直談判いたしました。その結果、魔法で湯を張り、私の入浴後は開放するという条件のもと、大風呂の使用が認められたのです。
「で? オニキスはなぜ、当然のようにここにいるのですか?」
脱衣所で、すでに下着を残すのみの状態である私の足元にいたオニキスが、ビクッとした後にそうっとこちらを見上げてきました。ぺたりと寝た耳と、くたっとした尾が哀愁を感じさせますが、許しません。
「一緒にお風呂へは入らない約束ですよね」
『・・・そろそろ「じこう」ではないのか?』
「時効はありません。私の思考からもっともらしい言葉を拾ってきてもダメですよ。クラウドとレオンと一緒に、入り口で待っていてください」
廊下に続く扉を指さすと、そちらへ一旦視線を向けてから、オニキスが再びこちらを見上げてきました。
『影に・・・』
「却下です」
『しかし初めての場所で離れるのは心配で・・・』
食い下がるオニキス。心配なのはわかるのですが、朝晩の着替えの時にいつも見られている下着姿ならともかく、全裸は見られたくありません。恥ずかしすぎます。
仕方がない。代打を呼びますか。
「モリ・・・」
『わかった! 待つ! ちゃんと外で待つから、モリオンと一緒に入るのはやめてくれ!』
言うが早いか、オニキスの姿が転移で消えたのを確認して、下着を脱ぎます。そして湯殿へ向かいました。
「はぁ~。びばびばですねぇ」
テトラディル領都の私の浴室ならともかく、ここには石鹸なんてありません。ざばっと湯をかぶって汚れを洗い流し、とっとと湯船につかりました。20人くらいなら一度につかれそうな湯船で、手足を投げ出して脱力します。
普段使用している浴槽も小さくはないのですが、やはり元日本人だからでしょうか。大きいお風呂というのはテンションが上がりますね。
あー。今度、温泉でも探してみようかな。
ぷかーっと浮いてくるお胸たちを指で沈めて遊んでいると、何やら脱衣所が騒がしくなりました。正確には、その外かな?
耳を澄ませると同時に乱暴に扉が開く大きな音がして、脱衣所へ騒ぎの元たちが入ってきました。
「わああああぁぁぁぁぁぁんんんん!!! カム!! カムぅぅぅ!!!!」
「お静かに! 人が集まってしまいます!!」
取り乱している様子のレオンと、それを落ち着けようとしているけれど焦った声のクラウド。
『音は廊下に漏れないよう遮断した! もっとしっかり拘束しろ!!』
誰かに・・・たぶんクラウドへ文句を言っているオニキス。そして・・・。
『ひいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!』
モリオンが悲鳴を上げました。
なんだかゆっくりしている雰囲気ではなので、仕方なく湯船から出て、水を操って髪と体を乾かします。そして影の異空間収納から適当な服を出しました。
あ。これムームーだ。チェリと遊んでいた時に作ったやつ。ハワイの正装とされている、ワンピース風のドレスですね。鎖骨と肩の上部が見えるほどざっくり空いた首元にフリルがあしらわれ、緩く絞られたウエストから裾にかけてゆったりと広がるシルエットになっています。これでいいか。パンツ履こう。
今にも脱衣所と湯殿を隔てる扉を開けられそうなので、植物魔法を使って即席でパンツを作って履き、さっとムームーをかぶって着て、脱衣所へ向かいました。
「何ですか? 騒々し・・・い?」
簀巻きにされて床に転がっている涙と鼻水まみれのレオンと、彼に馬乗りになって床へ押さえつけているクラウド。オニキスとモリオンは毛を逆立てて、少し離れた所で唸っています。
ん?
違和感を感じて、もう一度レオンへ視線を戻しました。
あれ? 髪色がプラチナブロンドじゃない?
『滅紫!! 滅紫っすよ、カーラ様!!』
モリオンが叫びます。
首を傾げた私に、オニキスが低い声で告げました。
『・・・ダラヴナだ。カーラ』
「ここには重傷者しかいない。死者は今のところ食われた者のみだ」
最も扉付近にいた人を見ると、肩口を食いちぎられたのか一部骨が露出している上に、抉られた部分の肉が壊死しかかっています。そして真っ青な顔で震えていました。毒が回っているのかもしれません。
「侯爵様、人払いは済みました」
先ほどスールと呼ばれた青年が父に報告します。そして部屋を出て行きました。
後に残されたのは、うめき声を上げる重傷者たちと、父、それから私です。クラウドとレオンには誰も入ってこないよう、扉の外での見張りを頼みました。
とりあえず一番近くにいた、先ほどの肩を食いちぎられた人に触れようと手を伸ばします。しかしどこにそんな力が残っていたのか、先程までぐったりしていた人が、飛び起きて壁際まで後ずさりました。
「来るな! 死神!!」
「なんだと?!」
つかみかかろうとする父を制して、風魔法で蝋燭の火を消しました。左右に5台ずつベッドが並ぶ部屋は、侵入を防ぐためか小さな窓が天井付近に3つあるだけなので、それだけで昼間だというのに隣にいる父が薄っすら見える程度の闇に満たされます。
「おやすみなさい」
うめき声が消え、寝息のみになったことを確認して、先ほど消した明かりを火魔法で付け直しました。
「・・・眠っているのか?」
「はい」
簡単な状態異常なら、私の影に続く者にも付与できるようになりました。今の場合は、私とともに暗闇にいたこの部屋の人々が対象ですね。あ。もちろん父は除外しましたよ。
壁にもたれかかったまま寝息を立てている重傷者に触れ、状態異常を解除していきます。
「ふふ・・・死神呼ばわりは久しぶりですね」
他に怪我はないか確認して、次の重傷者に触れました。
初めてクラウドに会った時を思い出していると、一人目をベッドへ戻し終えた父が私に鋭い目を向けてきます。
「誰に言われたんだ?」
「あー。えっと・・・ガンガーラで土壌改良をしていた時だったかな」
クラウドの事は黙っておくことにしました。なんか父の目が恐いですし。
「そんな恐い顔をしないでください。お父様」
「・・・言われ慣れているのか、気にしていないのか、どちらだ?」
「初対面の方に言われたところで、傷つくことはありませんよ」
父が渋面になりました。元々、私が意図的に怖がらせて他者を遠ざけているのですから、不快どころか願ったり叶ったりです。
それっきりお互い何も話すことはなく、父が凝視してくる中、私は黙々と重傷者を治していきました。噛まれたり、食いちぎられたりして毒が回っている人が殆どで、時々酷い火傷や、内臓破裂を起こしている人もいましたが、問題なく治せたと思います。
「終わりました」
「・・・ずいぶんあっさりしたものだな」
まあ、光の精霊の加護を持つ治癒術師が行う治癒は、神々しい光を伴いますからね。
そう思うと何のエフェクトもない闇魔法は地味かもしれません。別に目立ちたいわけではないので、意図的にそうしているのですけど。
「日が傾き始める頃には目を覚まします。それまでに私はこの部屋を離れたいのですが・・・」
「そうだな。それがいいだろう」
そう言って、父は扉の外にいたクラウドとレオンに入ってくるよう言いました。そして同じように扉外に控えていたスールも招き入れます。
「後始末をする手は足りているが、カーラが魔物を討伐するところをすでに大勢の人間が見ている。先に帰られると心象が悪い。私と共に行動しなさい」
「はい。お父様」
「スール、この者たちが目を覚ますまでここに居ろ。非公式に治癒術師を招いたことにして、口止めしておけ」
「はい。侯爵様」
頭を下げたスールを置いて、父と共に部屋を出ました。
ここエンディアの光教会は相変わらず、撤退したままです。国境であるエンディアどころか、テトラディル領の光教会すべてですけど。
まだ戦争回避が確実ではないからなのだと思いますが、いなくなってから15年も経っているせいか、テトラディル領は教会の信徒が激減したらしいですね。そして教会を快く思わない人が少なくないと聞きました。
まあ、元々高額な寄付金を出さなければ治癒の恩恵にも与あずかれませんし、一般人にとってそう重要ではなかったという事なのでしょうか。
部屋を出た足で軽傷で済んだ人々への見舞いや、被害状況を確認するなどして歩き回る父の後を、文字通り影のように気配を消して付いて回ります。父に話しかけられた時に私に気付いてしまった人は、凍り付いたり、手に持っていた何かを落としてしまったりしました。しかし移動中はいつもより近いようなクラウドと、父の背に挟まれているため目立つことなく済んだと思います。
その後、エンディアの侯爵邸へ移動して軽く昼食をとり、城壁修繕の指示や、ダラヴナに食べられてしまった人の遺族へのお悔やみ状と弔慰金の確認をする父を観察しました。初めて知りましたが、城壁内で魔物に襲われ死亡した場合、天災と同じ扱いになり、領主から弔慰金がでるのですね。
そうして父だけが忙しい一日を、共に過ごして終えました。
「カーライルとはどんなことを話したんだ?」
「そうですね・・・」
エンディアの侯爵邸で迎えた父と二人きりの夕食時、案の定カーライルについて聞かれました。父の中では要注意人物でしたからね。
思い出すふりをして、どう関わったことにするか考えます。
死人に口なし。私が知っていておかしいことは、すべてカーライルのせいにしてしまうことにします。
「主に力の使い方を教えていただきました」
「彼も精霊と契約していたのか?」
「さあ・・・あまり多くを語らない方でしたので」
カーライルの正体は私ですから答えは「YES」なのですが、胡散臭い感を強調して濁すことにします。
何度か食事した時の、怪しげな様子を思い出しているのでしょう。父が渋面になりました。
「薬に関してはどうだ?」
「彼がどうやって作っていたかは知りませんが、魔法で薬を再現することはできますよ」
夕食の準備が整うと同時に、父が人払いをしましたので、怯えて私を見ようともしない侍女たちは扉の外にいます。
父に見えるように掌を上にして左手を目の高さまで上げ、その上に土魔法で瓶を作ります。中に水を満たして、それに「酔い止め」の状態異常を付与しました。再現も何も、カーライルの時もこうして作っていたのですけどね。
私の嘘に気付かないなんて、冷静そうに見えて結構、父はいっぱいいっぱいなのかもしれません。
「・・・それは何の薬だ?」
「お父様がよく所望してみえた薬です」
父は眉間の皺を深めると、もの欲しそうな目で瓶を見つめてきました。
さて、ここエンディアはモノクロード国の南にある国境の町で、ガンガーラ国との境に広がる、嘆きの砂漠に接しています。最近は私の努力と、オニキスの助力の甲斐あって国境の川が復活し、砂漠も少しずつ縮小してきました。この5年はモノクロードもガンガーラも、干ばつは起きていません。
しかし未だ水に余裕があるわけではなく、また築100年は余裕のエンディア侯爵邸はテトラディル領都にある侯爵邸のように、各個人の部屋に浴室が併設されていたりはしないのです。
「ふふふ。大風呂って私は初めてですよ」
この屋敷を立てた代の侯爵様は、よほど効率主義者だったのか、シンプルかつ実用的な大風呂は領主が一番風呂だという取り決めがあるだけで、その後は領軍、使用人も使用可となっています。とはいっても、水が豊富にあるわけではありませんから特別な時にしか湯を張ることはないそうで、普段は皆体を拭く程度だとか。
でも私はお湯につかりたい! という事で父に直談判いたしました。その結果、魔法で湯を張り、私の入浴後は開放するという条件のもと、大風呂の使用が認められたのです。
「で? オニキスはなぜ、当然のようにここにいるのですか?」
脱衣所で、すでに下着を残すのみの状態である私の足元にいたオニキスが、ビクッとした後にそうっとこちらを見上げてきました。ぺたりと寝た耳と、くたっとした尾が哀愁を感じさせますが、許しません。
「一緒にお風呂へは入らない約束ですよね」
『・・・そろそろ「じこう」ではないのか?』
「時効はありません。私の思考からもっともらしい言葉を拾ってきてもダメですよ。クラウドとレオンと一緒に、入り口で待っていてください」
廊下に続く扉を指さすと、そちらへ一旦視線を向けてから、オニキスが再びこちらを見上げてきました。
『影に・・・』
「却下です」
『しかし初めての場所で離れるのは心配で・・・』
食い下がるオニキス。心配なのはわかるのですが、朝晩の着替えの時にいつも見られている下着姿ならともかく、全裸は見られたくありません。恥ずかしすぎます。
仕方がない。代打を呼びますか。
「モリ・・・」
『わかった! 待つ! ちゃんと外で待つから、モリオンと一緒に入るのはやめてくれ!』
言うが早いか、オニキスの姿が転移で消えたのを確認して、下着を脱ぎます。そして湯殿へ向かいました。
「はぁ~。びばびばですねぇ」
テトラディル領都の私の浴室ならともかく、ここには石鹸なんてありません。ざばっと湯をかぶって汚れを洗い流し、とっとと湯船につかりました。20人くらいなら一度につかれそうな湯船で、手足を投げ出して脱力します。
普段使用している浴槽も小さくはないのですが、やはり元日本人だからでしょうか。大きいお風呂というのはテンションが上がりますね。
あー。今度、温泉でも探してみようかな。
ぷかーっと浮いてくるお胸たちを指で沈めて遊んでいると、何やら脱衣所が騒がしくなりました。正確には、その外かな?
耳を澄ませると同時に乱暴に扉が開く大きな音がして、脱衣所へ騒ぎの元たちが入ってきました。
「わああああぁぁぁぁぁぁんんんん!!! カム!! カムぅぅぅ!!!!」
「お静かに! 人が集まってしまいます!!」
取り乱している様子のレオンと、それを落ち着けようとしているけれど焦った声のクラウド。
『音は廊下に漏れないよう遮断した! もっとしっかり拘束しろ!!』
誰かに・・・たぶんクラウドへ文句を言っているオニキス。そして・・・。
『ひいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!』
モリオンが悲鳴を上げました。
なんだかゆっくりしている雰囲気ではなので、仕方なく湯船から出て、水を操って髪と体を乾かします。そして影の異空間収納から適当な服を出しました。
あ。これムームーだ。チェリと遊んでいた時に作ったやつ。ハワイの正装とされている、ワンピース風のドレスですね。鎖骨と肩の上部が見えるほどざっくり空いた首元にフリルがあしらわれ、緩く絞られたウエストから裾にかけてゆったりと広がるシルエットになっています。これでいいか。パンツ履こう。
今にも脱衣所と湯殿を隔てる扉を開けられそうなので、植物魔法を使って即席でパンツを作って履き、さっとムームーをかぶって着て、脱衣所へ向かいました。
「何ですか? 騒々し・・・い?」
簀巻きにされて床に転がっている涙と鼻水まみれのレオンと、彼に馬乗りになって床へ押さえつけているクラウド。オニキスとモリオンは毛を逆立てて、少し離れた所で唸っています。
ん?
違和感を感じて、もう一度レオンへ視線を戻しました。
あれ? 髪色がプラチナブロンドじゃない?
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