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そろそろ10歳

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 朝、いつも通りパチリと目が覚めましたが、目覚めがいいとは言えません。何故なら今日は、金茶の悪魔が来る日だからです。
 殿下とアレクシス様は案の定、私の午後の鍛練に参加するようになりました。頻度は2、3日に1回。おみえになった日に、次の約束を取り付けてお帰りになりますので、ノーアポでは無くなりましたが。
 私はベッドに仰向けになり、両手を天井に向けて挙げました。

「オニキス。今日も頑張れるように、ぎゅってして」
『・・・あぁ』

 とは言ってもオニキスはオオカミ犬の姿なので、寝転んだままの私に上半身だけ乗っかってくれるのを、私が一方的に抱き締めるだけですけれど。
 オニキスが私の両肩に前足を置いて、私の上に体を伏せました。彼に乗られても、重みは感じません。その首元に腕を回して抱き締めました。ぎゅうぎゅうと締め付けつつ、頬をすり寄せます。

「癒される」
『気が進まないなら、逃げるか?』
「いいえ。後が面倒なので、予定通り付き合います」

 抱き締めたままオニキスの目元にキスをし、それから腕の拘束を解きます。少し体を起こして、オニキスもまた、私の目元にキスをくれました。
 目覚めの行事が終わったので起き上がろうとしましたが、オニキスがどいてくれません。

「オニキス、どいてください」
『嫌だ』

 重みは感じないのに、起き上がることができません。オニキスがどうやっているのか、いつも不思議に思います。
 乗っかったままのオニキスは、再び私の上に伏せると、私の首元に頭を埋めてくんかくんかし始めました。鼻息がくすぐったいです。

「何をしているのですか?」
『葛藤』

 意味がわかりません。
 首元に鼻息を感じながら、何となく逆立っている気がするオニキスの背を撫でました。最近はこうなると、オニキスの気が済むまで解放してもらえないので、大人しくそれを待ちます。
 オニキスも王子が来るのがストレスなのでしょうか? まさか精霊たちに、嫌味を言われたりしている?

「大丈夫ですか?」
『カーラが心配しているようなことはない』

 ふんふん言っていたオニキスの口が、かぱっと開いた気配がしたので、すかさず釘を刺します。

「耳と首を舐めたらお仕置きしますよ」

 オニキスは犬をコピーしているようだからと思って好きにさせていましたが、私の反応を楽しんでいる時がある気がするのです。特に、私が弱いらしい、耳と首を舐める時とか。

『・・・何をする気だ?』

 オニキスが嫌がることって、何でしょうか。添い寝禁止は私の安眠の妨げになってしまいますから、なしの方向で。

「そうですね・・・クラウドに聞いてみましょうか」
『なぜそこでクラウドがでてくる?』
「なんとなく? オニキスが嫌がることを知っている気がします」
『・・・』

 どうやら思い当たることがあるようで、黙り込んだオニキスがぐいぐいと頭を押し付けてきました。

『苦しい・・・』

 いやいや。どうみても、オニキスに頭を押し付けられている私の方が苦しいでしょう?

「よしよし。大好きよ、オニキス。後で悩みを聞きますから、とりあえずどいてください」
『何故だ?! 上手くいっていた筈なのに!』

 やはり、何か不満があるようですね。耳元で嘆くオニキスの背を撫で続けます。しばらくそうしていましたが、オニキスの毛がしっかり逆立ったかと思ったとたんに、彼が起き上がりました。

『わた・・・我は、我は・・・お前を』

 コンコン

「おはようございます。カーラ様」
「おはよう、チェリ」

 チェリにしては珍しく、ノックの後、返事を待たずに扉を開けました。いつも通り、洗顔用のたらいを持って入ってきます。
 その姿を睨みつけながら、オニキスが私の上から降りました。
 自由になったので私はベッドから降りて、朝の鍛錬へ向かうために着替えを始めます。オニキスとは後で話し合う必要がありますね。

『チェリ』
「珍しいですね。オニキス様が私に話しかけられるなんて。なんでしょうか?」

 私が脱いだ夜着を軽くたたみながら、チェリがあたりを見回しました。オニキスは姿を見せてはいないようですね。

『何故、邪魔をした?』
「申し訳ございませんでした。いえ、あちらに控えている兄の顔が恐いとか、そんなわけではありません」

 おぉ。クラウドが待ちくたびれているようです。身支度を整える手を早めると、オニキスがふんすと鼻を鳴らしました。もう聞こえていないようで、チェリは無反応です。

『そんなもの、カーラが笑いかけてやるだけで、瞬時に回復するだろう』
「待たされたのに、笑っただけで許してくれるわけないでしょう?」

 準備の最後に軽く髪をまとめていると、オニキスが足元にやってきて、こちらを見上げました。

『ならば軽く触れつつ、上目遣いで名を呼んでみればいい。クラウドが蹲ったら私の勝ちだ』
「何の勝負ですか。私が勝ったら、何かくれるのですか?」

 準備を終えてオニキスを見下ろします。オニキスは少し考えてから、答えました。

『今後一切、耳と首は舐めない』
「オニキスが勝ったら?」
『キ・・・』
「き?」
『・・・考えておく』

 視線を逸らされました。では交渉が済んだところで、勝負とやらをしてみましょう。

「おはようございます。カーラ様」
『おはようございますっす』
「おはよう。クラウド。モリオン」

 朝の挨拶をしながら、クラウドに近づきます。まずは軽く触れるんでしたね。

「待たせてごめんなさい」

 握手する感じでクラウドの右手にそっと触れると、彼は体を強張らせました。そのまま上目遣いで彼を見ます。

「クラウド」

 クラウドは私が触れていない方の左手で、鼻と口を覆いました。同時に右手に力が入り、私の手が少し痛い程度に握られます。しかしクラウドは蹲りませんでした。
 上を向いて何度か深呼吸した後、クラウドは勝ち誇った笑みを浮かべ、オニキスを見ます。

「カーラ様の勝ちです」
『お前、聞いていたな?』

 笑みを浮かべたまま、クラウドは得意げにオニキスに言い返しました。 

「聞こえただけです。主に異変がないか注意を払うのは、従者として当然でしょう?」
屁理屈へりくつを!・・・いつまでカーラの手を握っている?!』

 今にも噛み付かんばかりのオニキスを、私も勝ち誇った笑みで見下ろします。

「約束は守っていただきますよ。さあ、行きましょう。クラウド」

 がっくりとうなだれる、オニキス。それを横目に、握られたままの手を引いて、クラウドと廊下に続く扉へ向かいました。


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