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そろそろ10歳

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 ぷりちー幼女が私を引き止めた理由は、なんのことはない。よそ行きの可愛いドレスを、まだ着ていたかったからでした。
 いいよー。いいんだよー。子供は素直が一番さ。
 彼女は長老様の実のお孫さんで、可愛いドレスは良いとこにお勤めの両親が送ってきたのだとか。少しデザインが古めですから、お古でも譲ってもらったのかもしれません。ドレスのサイズを合わせ直すくらい、セバス族の大人なら出来るでしょうし。

 それを羨ましそうに見ていた村の少女たちを取っ捕まえて、チェリプロデュースで、私が植物魔法を駆使し、ドレスを着せて回りました。ついでに少年たちにも燕尾服を着せて。
 そうしたら、そのままなんちゃって舞踏会風の宴会に突入してしまいました。

 私は可愛い服を着た可愛い女の子たちが、きゃっきゃうふふしているのに大満足です。
 完璧ではなくとも可愛らしいダンスに見とれてしまい、危うくテトラディル邸での夕食をブッチするところでした。
 慌てて代打モリオンを投入して、セバス族兄妹を置いたままテトラディル邸に帰りました。



「お姉さま」
「ルーカス、どうしました?」

 宴会で少し食べてしまったので、なかなか食が進まない私に、弟がにっこりと微笑みました。

「今度は僕も一緒に、連れて行ってくださいね?」

 自分で着替えたのがいけなかったのか、砂っぽいのがバレたのか。
 知ってるんだぞと、言うような目は父そっくりです。

「・・・どこへですか?」
「連れて行ってくださいね。」

 かわいい弟よ、クエスチョンマークが消えましたよ。

「あの・・・」
「連れて、行って、ください、ね。」
「・・・はい。」

 ルーカスが満足気に食事を再開しました。更に食欲が無くなった私は、フォークとナイフを置きます。
 悪魔か?! あの金茶の悪魔の影響が、かわいい弟にまで及んでしまったのですか?!
 やや敗北感を味わいながら、ルーカスが食事を終えるまで、ひたすら紅茶を飲んでました。そして村に帰った頃には、宴会は終了していましたとさ。



「ねえ、鳥。鳥は私のどこが気に入ったのですか?」

 オアシスの大岩の上で、魔物にもたれかかって夜空を見上げます。
 自分で了承した手前、モリオンに代わってもらいっぱなしでは申し訳ないので、ちゃんとセバス族の村に泊まることにしました。しかし慣れない場所での一人寝のせいか、眠れません。そこで宴会後に割り当てられた部屋をこっそり抜け出し、ここまで転移してきました。
 オニキスは抜け出したのに気付いているとは思いますが、辺りに姿が見えませんし、最近は私から離れることが多いので、どこにいるのかわかりません。

「あなたとは話しができないのですよね」

 はぁ、と、小さくため息をつきます。
 魔物は私の髪を一筋嘴で摘まんでは、くりくりと羽繕いするように先端まで嘴を移動させていました。

「髪が気に入っているのですか?」

 魔物を見上げてそう問いかけると、ふるふると首を横に振り、翼を広げて私を包み込むようにしてきました。

「ぎゅってして欲しいのですか?」

 魔物はこくりと頷きかけ、慌てて首を横に振りました。違うようです。
 今度は胸を張って、翼を大きく広げました。胸元の羽がフワーッと膨らみます。

「・・・胸が好き?」

 ぶんぶんと高速で首を横に振る魔物。残像が見えそうです。そんな力いっぱい否定しなくても、怒りませんよ。
 なんとなくまた溜め息をついたら、鳥がふくふくと膨らんで、私にのし掛かって来ました。温められている卵の気分です。

『全部好き。元気出してって言ってるっす』

 モリオンの声がして、同時に殺気を感じました。慌てて魔物ごと、少し離れた所へ転移します。
 先ほどまで魔物の頭があった場所を、クラウドの剣が通りました。

「待ちなさい! クラウド!」

 驚いた魔物が飛び上がって逃げようとし、それをクラウドが追おうとします。その前に立ちふさがって、両手を広げました。

「あの魔物は・・・って、なんて顔をしているのですか」

 オアシスの魔物については話をしてあったので、それをもう一度説明しようとしたのですが、先にクラウドと話をするべきことがあるようです。
 動きを止めたクラウドは、眉間にしわを寄せてきつく唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔をしていました。剣の鍔がカタカタと音を立てていることから、震えているようです。どうも様子がおかしいですね。

「どうしました?」

 ゆっくりクラウドに近づくと、彼は手に持っていた剣を捨て、その場に跪きました。

「部屋にお姿がありませんでしたので、驚いてしまいました。ご無事でなによりです」

 頭を垂れたクラウドはまだ震えています。
 最近、別行動が多かったせいでしょうか。彼はオニキスの力を信用してるはずなので、私の安全面を心配することはなかったのですが。
 思い当たることはないかと、モリオンに視線を向けました。

『カーラ様、すごく楽しんでたっすから、言おうか迷ったっすけど・・・』

 モリオンが言いづらそうに耳を寝かせました。

『あの長老、カーラ様から引き離した後、主にしつこくカーラ様が黎明の女神じゃないのかって、聞いてきたっす』

 あぁ。噂のアレね。初めから疑っていたということですか。

『さらに宴会の途中で、今晩カーラ様を落とすか、他の者に代われって言ってきたっすよ』
「はぁ?」

 なるほど。クラウドがおかしいのは、そのせいですかね。前半はともかく、後半はクラウドの精神に悪そうな提案です。

『村長は、もっといい暮らしがしたかったみたいっす』

 確かにあの村は生きていくのがギリギリで、余裕があるようには見えませんでした。一度でも貴族の暮らしに触れたことのある人間には、底辺に近く感じるでしょう。

「そんな妙な手を使わなくても、村のためと言うなら手を貸しましたよ」
『残念ながら、私欲っす。しかもかなりの額、村への仕送りを着服しているみたいっす』
「・・・」

 眉間にしわを寄せて黙りこんだ私に、モリオンが言い淀みながら続けました。

『あと・・・その・・・カーラ様の時はなかったっすけど、宴会でボクに変わったあたりから、飲み物に媚薬と睡眠薬が混じってたっす』
『なんだと?!』
「のわっ!」

 突然現れたオニキスに驚いて、思わず声を上げてしまいました。「きゃっ」じゃないのは、お察し。

『あの爺! 強欲には気付いていたが、カーラに危害を加えようとするとは!』

 全身の毛を逆立てて、ギリギリと歯噛みしている、オニキス。その様子に圧倒されつつも、私は疑問を口にしました。

「どこにいたのですか? オニキス」
『え? オニキス様なら、カーラ様の影にずっといたっすよ』

 モリオンが首をかしげました。なんですと?

「はい? でも・・・あれ? じゃあ、あの晩も?」

 クラウドの不眠に対応した時も、いたのでしょうか? それにしては、よく邪魔をしに現れなかったものです。
 モリオンが反対側へ首をかしげました。

『あの時は、確かにいなかったっす』
『あの時とは、なんだ? クラウドの不眠って・・・カーラに膝枕をさせたのか!!』

 勝手に私の思考を読んで、勝手に怒り出すオニキスさん。クラウドがはじかれたように顔を上げました。

「あれ、夢じゃなかったのですか!」

 先ほどまでの悲壮感はどこへやら。クラウドが見たこともない、蕩けるような笑みをうかべました。ぞわっと鳥肌が立ちます。
 風邪ひいたかな。
 勝手に回復したっぽいクラウドは、ちょっと置いといて・・・。

「で、オニキスはどこへ行っていたのですか?」
『カーラは暗殺者であろうと、殺すのを嫌がるだろう? だから殺さないまでも、社会的に抹殺できる場所を探していた。魔物のように砂漠に捨てていたのでは、すぐに帰ってきてしまうからな』

 どういうことでしょうか。図らずも、モリオンと共に首をかしげてしまいました。

『実際に見た方が早い』

 そう言って、いつもの様子に戻ったオニキスが足元へやってきました。

『かなり遠い場所だ。我でないと届かないだろう。もっと近くに寄れ』

 オニキスがクラウドとモリオンを、目線で促しました。
 はっ! ちょっと待ってください!

「チェリは? チェリは無事ですか?!」
『む? あぁ・・・今、取り込み中だそうだ』

 え。いったい何の最中なのですか。

『あれは怒らせると怖い女だな。今回のことは村長の独断のようだ。明日の朝一番で、長老が実権を放棄して村を出るだろう』

 あは。そちらでしたか。ナニを想像したのかは内緒でお願いします。

『・・・行くぞ』

 私が胸を揉んでいる時と同じ目で、オニキスが私を見ます。つい目をそらした瞬間に、目の前の景色が変わりました。

 先ほどまで星空だったのに、太陽が真っ青な空に煌々と存在し、同じく真っ青な海が水平線まで続いています。そしてその直中ただなかにポツンとそびえたつ、巨大な円柱。樹木に覆われた上部はすり鉢状に窪み、中心に深々と水を湛えています。
 その上空に、私たちはオニキスの力によって浮いていました。

『どうだ。大海のど真ん中、周囲が一周断崖絶壁で船もつけられぬ。そして十分な水と、食料がある。精霊に乗っ取られたものとて、人の体ならば容易に抜け出すことも、助けを求めることもかなわない、天然の監獄だ』

 そこは、なんていうか・・・桃源郷? どこから来たのか、色とりどりの鳥たちが飛び回っています。

「もったいない。私が住みたいくらいです」
『むぅ。似たような島をもうひとつ見つけた。そちらはこれより小さいが砂浜がある。後で案内しよう』

 こんな所ならば、煩わしいものなどなく、誰も傷つけることもなく、心穏やかに、ひとり生きていけるだろうか。
 ぼんやりと考えてしまったのを、オニキスに読まれてしまったようです。

『カーラ。我はたとえお前が拒もうとも、離れることはないぞ』

 まっすぐに見つめてくる、黒い瞳。なぜこうも、彼は強く言い切れるのでしょうか。
 と、そのオニキスを押しのけて、クラウドが前へ出ました。

「オニキス様から離れたいときは、私にお命じください。必ずや足止めして見せましょう!」
『ク~ラ~ウ~ド~!!』

 怒ったオニキスが、クラウドを空中に放り出します。落下していくクラウドに、モリオンが悲鳴を上げました。

『なんでオニキス様に喧嘩を売るっすかぁ?!』

 モリオンなのか、自分で風を操っているのか、危なげなく戻ってくるクラウド。毛を逆立てて、オニキスが対峙しました。

『一度も勝てたためしもないくせに、よく言う!』
「くくく・・・勝った暁には・・・約束通り・・・」
『ない! そんな日は断じて来ない!』

 いつもの調子で喧嘩が始まりそうなのを見て、思わず笑ってしまいました。ムッとした感じで同時にこちらを見るオニキスと、クラウド。息ぴったりです。

「さあ、もう一つの楽園を見せてくれるのでしょう? チェリを迎えに行きませんか?」

 忘れていたというように、目を泳がせるふたり。また、笑ってしまいました。




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