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そろそろ10歳

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 クラウドたちが王弟のいる領土を抜けるまでの5日間で、土壌改良が国境まで終わりました。
 国境にあるはずの川はありませんでしたが、その跡に沿ってまばらに草木が生えていましたのでそれとわかりました。水気を探ると、他の場所より比較的浅い場所に感じましたから、単純に水量が少なくて地表に現れないのだと思います。
 今度、上流の方へ行ってみましょうか。
 ちなみにこの川は隣国ガンガーラを水源とし、テトラディル領との境を流れ、東の守りティーバム侯爵領をかすめて、海に至ります。

 旅を続けながら帰国希望者を送り、その村周辺の土壌改良をして大量の水を撒き、必要ならば井戸を掘り、マンゴーやスイカを植えました。当面は売買ではなく、飢えをしのぐ目的ですから、一気に実が生ったところまで育ててしまいます。もちろん、時期を外して実が生るように調整したものもありますよ。

 見慣れてしまったらしい帰国希望者たちはともかく、村に残っていた人々は、黒髪の私を見てかなり怯えていました。いきなり矢を射かけられた事もあります。ですから村に滞在することなく、次へ次へと先に進みました。
 国境付近での練習の甲斐あって、作業時間が短いのもあり、1日に2、3村を梯子したこともあります。村で休みたいという苦情が出なかったのは意外でした。

 あ。廃村は好き勝手して、オアシスを作ったりしてみました。なんかまたクラウドが鼻を押さえて蹲っていたのは、無視。
 ここは私がテトラディル侯爵令嬢と知る人が全くいない、モノクロード国外ですからね。国境からもかなり離れましたし。やりたい放題です! あぁ、楽しい!
 そんなことを繰り返しながら旅を続けること約1か月。

「カーラ様、あちらが私たちの生まれ育った村です」

 すべての帰国希望者たちを送り終え、せっかくなのでセバス族の村へ立ち寄ることにしました。セバス族の村は砂漠の真っただ中のオアシスにありました。砂除けのためか大人の目線くらいの高さの防壁が、村を囲っています。
 村の入り口には帯剣した、10歳前後の少年が二人立っていました。

「誰だ。この村に何の用だ」

 なぜか敵意むき出しです。従者教育はどこへ行ったのでしょうか。
 またいきなり遠くから攻撃されたくはなかったので、私は黒髪を隠すように頭から薄くて長い布をかぶっています。あんな怒りより驚きしかなかった経験は、一度で十分ですから。

「たまに人さらいが来るのですよ。セバス族の子供は高く売れるとか」
「なるほど」

 クラウドが見張りの少年と話をしている間に、チェリがこっそりと教えてくれました。せっかくなのでチェリも転移で連れてきたのです。
 今日は旅の疲れを癒すために午前中はダラダラして、午後の鍛錬をお休みにし、夕飯までフリーにしました。たまにはこんな日もいいでしょう。
 弟のルーカスは久しぶりにお昼寝でもすると言っていました。

「カーラ様、こちらへどうぞ」

 先ほどの態度とは打って変わって、右手を胸に当ててきれいに腰を折る少年たち。その背後に見える結構傷んでいる防壁は、後で直してしまいましょう。
チェリに導かれるまま村へ足を踏み入れ、少し歩いたところに数名の大人たちがいました。最も身なりのいい人物が、こちらへ進み出てきます。

「カーラ様、こちらが村の長老です」

 長老と言うには若く見えますが、50代くらいでしょうか。褐色の肌に、茜色の瞳は兄妹と同じで、水色の髪をしています。この世界では髪色は精霊の影響ですので、白髪しらがは存在しません。
 光の精霊がついた人間の髪を銀と見るか、白と見るかは議論が分かれるところですよ。

「これはこれは。この兄妹の主様ですか。このような辺境の村まで、ようこそおいでくださいました。私はこの村の長老を務めております、グイドと申します」
「長老様、お初にお目にかかります。私はカーラと申します。突然の訪問をお許しください」

 ガンガーラ式の手を合わせて膝を曲げる礼をしつつ、意図的に家名を口にしなかった私を、長老様は咎めることをしませんでした。私の横に立つクラウドをちらりと見て、私に視線を戻し笑いかけます。

「彼は少々癖がある子供でしたが、しっかり責務を果たしていますでしょうか?」
「ええ。まあ、多少のことは多めに見ております」
「えっ! カーラ様?!」

 本音で答えた私に、クラウドが慌てました。チェリがため息とともに、同情の目を兄に向けています。

「しばらくの間、彼をお借りしても?」
「ええ。どうぞ」

 半ば長老様に引きずられるように、集落へ去っていくクラウド。止めて欲しそうな彼に向かって、ひらひらと手を振りました。さて、私はチェリに村を案内していただきましょう。
 遠巻きにこちらを見ている子供たちを引き連れ、村の中を歩きます。村の中心には、透き通った水をたたえる泉がありました。直径10メートルくらいですかね。水位は2分の1程度まで下がっていますが、結構深そうです。

「水はこの通り、水量は減っていますが枯れることなく湧いていますので、こちらは問題ありません。ただ年々、砂漠が村を侵食してきていまして、防壁が砂に埋まってしまったところが何ヵ所もあります」

 私が何を知りたいのかわかっているチェリは、それを中心に案内してくれます。案内された先にあった畑は、20メートル前後にわたって砂に飲まれた防壁と共に半分が砂に埋まり、砂をかき出した跡がありました。

「もとは防壁の外にも畑があったのですが、今は見ての通り防壁内の畑も砂漠に侵食されてしまっています」
「チェリ、村長様に既存の防壁の外に砂防壁を作っていいかと、出入り口がいくつ欲しいか聞いてきていただけませんか?」
「かしこまりました」

 私に一礼して、チェリはクラウドが連れていかれた建物の方へ走っていきました。
 さて、待っている間に砂をどかしてしまいましょう。風魔法で畑を傷つけず、砂を巻き上げるくらいのつむじ風を作り、砂を防壁の外へ出していきます。
 途中、私を遠巻きに見ていた子供たちに視線を送ったら、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。予想通りの反応にニヤニヤしながら、作業を続けます。
 チェリが戻ってくるまでの間に、畑の砂を取り除き、防壁が下まで見えるようになりました。

「カーラ様、許可が出ました。出入り口は最低4か所欲しいそうです」
「わかりました」

 防壁の外へ出て、既存の防壁を土魔法で修繕しつつ、外の砂漠の砂を風魔法で均していきます。
 既存の防壁との距離は20~30メートルもあればいいかな。距離はおおざっぱですが、砂が入らないように隙間なく巨石を配置していきます。
 出入り口は三重に壁をちぐはぐに並べて、正面から砂が入り込まないようにしました。

『我も手伝おう』

 そう言って、オニキスは私と逆の方向へ進みながら、同じように魔法を使い始めました。その背を見送って、私も黙々と作業を続けます。
 時々、防壁を超えて村に入り込んでいる砂を除去しながら、村の外周の4分の1ほど来たところで、チェリが首をかしげました。

「今、オニキス様は離れていらっしゃいますか?」
「はい。逆方向から同じように進んでいるはずです」

 チェリは不思議そうに私を見て、ぽつりとつぶやきました。

「失敗したようですね」
「え? どこかおかしいですか」
「いいえ。カーラ様のことではありません」

 よくわかりませんが作業に関係ないようなので、また黙々と進めていきます。半分もいかないうちに、オニキスと合流しました。早いですね、オニキス。

「次は砂漠の境界でしたように、砂防壁までの間を土壌改良をしていきます」
『わかった。また逆方向に進めていく』

 再びオニキスの背を見送って、私も土壌改良していきます。慣れたもので、移動しながら3度ほど繰り返すと、逆方向から来たオニキスに会えました。あとは何本かマンゴーを植え、スイカも作っておきました。
 気が付けばもう夕暮れ時で、子供たちどころか、作業の成果を見た長老様や、教育係と思われる大人たちまで怯えています。
 よし。帰りましょうか。

「では、長老様、これにてお暇させていただきます」
「い、いいえ! こんなにしていただいて、このままお帰りいただくわけにはまいりません!! もう日が暮れますので、せめて一晩だけでもご滞在ください」

 怯えつつも、私たちに一泊するよう勧める長老様。そんな無理しなくてもいいのに。

「いいえ。お気になさらず」

 にっこり笑って踵を返したら、私を引きとめようとしたらしい殊勝な幼女が、私の頭を覆っていた布の裾を引きました。するりと落ちてあらわになる黒髪。
 あー。やばい感じ?

 ただでさえ規格外の魔法を乱用する訪問者に警戒していた空気が、氷河期に突入したかのように凍り付きました。息をすることさえ忘れて固まる人々。
 もう転移で逃げてもいい? ダメ?

 視線でチェリに問いかけていたら、氷漬けから最初に回復した長老様が口を開きました。

「貴女様はやはり、最近噂の「黎明れいめいの女神」様ではございませんか?」
「れいめい?」

 知らない単語に首をかしげると、チェリがこそっと後ろから教えてくれました。

「夜明けのことです、カーラ様」
「ありがとうございます」

 期待の目を向ける長老をまっすぐ見て、はっきり告げます。

「違います。」
「え、でも、しかし・・・荒れ地を緑に変え、飢えを無くす、セバス族を連れた、黒髪の美女・・・美少女? という」
「いいえ。違います。」

 食い気味に否定しました。そんなこっ恥ぱずかしい名前で呼ばれる覚えはありません。

「いや」
「違います。」
「でも」
「違います。」
「・・・」
「違います。」

 よし。帰ろう!
 再び踵を返そうとしたら、またもや先ほどの勇気ある幼女が私の手を引きました。

「かえっちゃうの?」
「え、ええ」

 すっごい可愛い幼女が、これまたすっごい可愛いヒラヒラしたドレスを着て、キラキラうるうるの大きな目で私を見上げて、私の手をきゅっと小さな手で握りました。
 我知らず、唾をのみこみます。

「あのね・・・」
「・・・はい」

 もじもじと下を向きつつ、ときどきチラ見する幼女。もじもじするたびに、ドレスの裾がふわふわと翻ります。
 かわいい。あの金茶の悪魔なんて足元にもおよびません。

「えっとね・・・」
「・・・はい」

 やばい。私、鼻血出てないよね?

「とまってく?」
「はい! よろこんで!!」

 可愛いは正義でした。




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