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そろそろ10歳

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 帰国希望者を募ったところ、ダーブさんやドード君といった「カーライル」に頻繁にかかわっている人たちは残留を希望しました。
 ドライマンゴーや砂糖が軌道に乗っているのもあると思います。

 それでもやはり生まれ育った故郷が恋しいのか、今いる難民の約半数は帰国を希望しました。だいたい150人くらいですかね。
 今はガンガーラが落ち着いているのもあって、私が声をかける前に帰っていった人々も多く、難民自体が「カーライル」として活動を始めた時より少ないです。

 クラウドと、彼と同じ18歳の私の姿をしたモリオンを連れて、「カーライル」の手下として紹介も済ませました。
 黒髪の「私」を見て、怖がる人がほとんどでしたが、侯爵令嬢と気づく人はいませんでしたので良しとします。まあ、噂を聞いた人はいるかもしれませんが、年齢が違いますし、カーラとしてエンディアを訪れたことはないので、テトラディル侯爵令嬢を実際に見たことがある人もいませんからね。

 パン屋さんとの取引も終了しました。
 心優しいパン屋のご主人は、これからも自主的に飢えた子供がいないか確認に行きたいと申し出てくれました。
 今は難民の流入がありませんが、私の土壌改良の旅がうまくいかなければ、この先また不安定になるかもしれませんからね。ダーブさんに話を通しておきました。

 砂漠越えに必要なのは食料くらいで、水は魔法で何とかなりますし、安全面は私とクラウドで何とかなります。それぞれの精霊もいますからね。ほぼ無敵でしょう。
 食料は各自で揃えてもらうよう、話してあります。砂漠の向こうの町まで、希望者の中に子供もいますし、だいたい10日前後でしょうか。最悪、スイカでも即席で作って、お腹を満たしていただくことにします。



 最近、忙しくなってきてしまった診療を終えて、薬局の表の掛札を休診にします。そして入り口を閉めようとしたところに、人が滑り込んできました。
 反射的に距離をとります。見るからに怪しい、目深にフードをかぶった人物だったのもあります。

「どうされましたか?」

 努めて冷静に問いかけてみました。その私の足元で、オニキスが牙をむいています。

『真白! いったい何の用だ!』

 侵入者は一言も発しないまま、両手に短剣を構えました。
 すかさず自分に「傷害無効」を付与します。そしてジャジャーンとばかりに薙刀を構えました。

 見るがいい! 私のミスリル製薙刀を!!

 どんなに金属を想像してもできなかったのに、色をイメージしたらすぐできました。ヘンリー王子がきっかけなのが癪ですが、結果オーライです。
 私のミスリルのイメージカラー、エメラルドグリーンに私の薙刀は輝いています。特性もしっかり再現されていて、魔法に耐性があり、手入れいらずの優れものです。
 ついでに影に入れ物があるイメージで、自分の影に収納を持たせることができるようにもなりました。影より幅が大きいものは、まだ入れられませんけど。

 どこからともなく武器が現れたというのに、侵入者は全く動じません。それどころか、一気に距離を詰めてきました。薙刀の切っ先で短剣をいなし、すれ違いざまに胴を狙って切り込みます。手ごたえはなく、相手の服を少し切り裂いただけでした。
 今の動きでフードが脱げたのでしょう。相手の顔があらわになりました。銀の髪に、茶色の瞳の老人。銀髪ということは治癒術師、光教会の人間ですね。
 そして、その視線の先には、オニキス。
 オニキス、姿を見せてます?

『いや。見せてはいないが、奴には見えているだろう。中身は光の精霊だからな』
「えっ?」

 驚いた隙を狙って、再び距離を詰めてきました。今度はナイフを持つ左手をしっかり狙い、峯で打ってはたき落とします。落ちた短剣はオニキスが回収してくれました。
 中身は精霊って・・・元の持ち主はいずこへ?

『宿主の精神が崩壊すると、精霊が体を乗っ取ることができる。つまり奴の宿主の精神は、崩壊してしまったということだ』

 そんな。重大な事実をあっさりと教えてくれますね。

『隠すことでもないからな。しかし、人で実践したものは初めて見た』

 人でないのは見たことがあるのですね。私も目にしたことがあるのでしょうか。
 私が少し考え込んだのを隙とみたのか、老人が右手に短剣を構えてまっすぐ向かってきました。横にステップを踏んで避けます。
 私に避けられて老人がよろめいたところを、いつの間に用意したのか、オニキスが金属製の網をかぶせました。そのまま端をくくって宙吊りにします。
 空間に固定とか、よくできますね。今度、教えてもらいましょうか。

『何を言っている。魔物のことだ』
「聞いてませんよ」

 老人がもがいていますが、もう逃げられないでしょう。しかし、この老人は暗殺の訓練は受けていないような、なんかいまいちの動きだったのは気のせいでしょうか。

『さしてカーライルを危険視していないのだろう。脅しに来ただけではないか?』

 抵抗をやめた老人は、捕まったというのに上から目線で、初めて口を開きました。

「どうりでカーライルの正体がつかめないわけだ。こんなところに残滓ざんしがいるとは」

 その言葉を聞いたとたん、オニキスの毛が逆立ちました。
 ぞわっと身の毛がよだつ感覚と共に、息苦しくなり、思わず後ずさります。オニキスは老人の目を覗き込むように見つめたまま、微動だにしません。
 オニキスに見つめられた老人はカタカタと震え始め、やがて白目をむいて意識を失いました。同時に息苦しさがなくなります。

「大丈夫ですか? オニキス」
『あぁ。精霊を少し脅しただけだ』

 申し訳なさそうに私を見るオニキスの傍らに跪き、首に手を回してぎゅっと抱きしめます。ふうっと息を吐いたオニキスが、体を預けてきました。その背をゆっくりと撫でます。

『まだカーライルの正体はばれていないようだが、私の存在が他の光の精霊に知れると、正体がカーラだと分かってしまうだろう。これは消した方がいい』

 重々しく告げるオニキス。
 消す・・・つまり殺す。人の命を奪うということ。私にできるのだろうか。

「他に方法は?」

 オニキスをぎゅっと抱きしめたまま、問いました。できれば避けたい。
 でも私がしなければ、オニキスがするでしょう。私のお金が欲しいなんて欲のために、オニキスに人を殺させる? いえ。それなら私がやります。
 こんなことならカーライルごっこなんて、するんじゃなかった。だったらいっそ・・・そうだ!
 いっそ、カーライルを殺してしまいましょう!

「オニキス、精霊の記憶を操作できますか?」
『できるが、操作では他の光の精霊に治癒されてしまうかもしれん。だが記憶を塗りつぶしてしまえば大丈夫だ。記憶は繊細だからな。黒くつぶしてしまえば、復元には時間がかかる。その間にこの老人の体は終わりを迎え、精霊は帰るだろう』

 そうと決まれば、この老人が目を覚ます前にやってしまいましょう。
 この老人の記憶を塗りつぶして開放するだけでは、また別の刺客がやってくるでしょうから、カーライルの死亡は決定。
 記憶を塗りつぶすのはオニキスに任せるとして、カーライルの死を偽装するのに必要なのは死体ですね。そしてカーライルのポーションについての諸々を隠滅するには、爆破が最適です。これから作成する死体の精度をごまかせますし。

『本当にいいのか?』
「もう十分、稼ぎましたからね。そろそろ潮時だとは思っていたのですよ」

 骨は比較的うまくできました。老人の骨格をトレースして、石灰を固めただけですけど。肉は・・・まあいっか。爆破してしまえばバラバラでしょうし、この世界に科学捜査班なんてありませんから、それっぽい背格好の骨があれば十分でしょう。

『っ・・・塗りつぶしたぞ。どうする?』
「老人には爆破と共に転がり出ていただきましょう。派手にしつつ、隣近所に被害がないように、爆破方向を調整しないと」
『両方、我がやろう』

 では私は爆破に専念しましょう。調薬室の椅子に作った骨を座らせ、部屋の天井、壁、床等のあらゆる隙間を異常とみなして感知し、土魔法で塞いで密閉空間にします。そしてアルコールを撒いて火をつけました。あっという間に火が回り、辺り一面が火の海と化します。
 後は火の勢いが衰えるのを待ち、密閉空間に穴を開けるだけです。

「オニキス、外へ出ましょう」
『わかった』

 隣の家の屋根に転移して調剤室の窓をのぞくと、まだ燃えるものが残っているのに、下火になっていました。そろそろですかね。

「天井に穴を開けると、一気に炎が上がり、爆発が起こるはずです」
『準備はできている。いつでもいいぞ』

 バックドラフトってやつですね。それを人為的に引き起こします。良い子は絶対にマネしないでね!
 薬屋の前の通りに人がいなくなったタイミングで、「なんでも切れる」を付与した土の薙刀を投げて、調薬室の天井に穴を開けました。

どぉぉぉん

 地響きと空気の振動が来て、薬屋の屋根が吹き飛び、火柱が上がりました。同時に老人が通りに転がされます。
 吹き飛んだ屋根の大きい破片や火のついている部分は、そのまま薬屋に落ちるように調整され、細かい灰や粉があたりに降り注ぎました。
 器用ですね。オニキス。

「では、延焼しそうな火を消したら、帰りましょうか」
『あぁ』

 通りに人が集まってくるのを確認し、後始末に向かいました。
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