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そろそろ10歳

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 テトラディル領都にある屋敷の私の寝室で、姿見の前に立ちます。
 シミひとつなく完璧に整った顔かんばせに、ややきつめの紫紺の瞳、癖のない艶やかな黒髪、バランスの良い白い手足、細い腰、そして順調に育っている胸!
 鏡の中で下着姿の美少女がニヤニヤしながら、自分の胸を揉んでいます。カーラ・テトラディル侯爵令嬢。もうすぐ10歳になる、私ですよ!

 四年前、強烈な光と共に見つかった大公令嬢、ゲーム主人公のせいで王都は大混乱に陥りました。
 その混乱に紛れて暗殺者が入り込むことを怖れた父は、早々に私と弟をテトラディル領に帰しました。
 どこだろうと守ってみせるのですが、ヘンリー王子たちから離れたかった私は「任せて!」とばかりに、とっととテトラディル領に帰り、それから王都に行くこともなく、キナ臭いままの国境にヘンリー王子が訪れることもなく、平和に過ごしているのです。
 時々、ヘンリー王子から手紙が来ますけどね。その程度です。

『カーラ・・・』

 何ですか、その残念な子を見るような目は。
 だって前世では、どんなに頑張っても、腹肉の方が胸より揉みごたえがあったのですよ。何度、移動させられないかと悩んだことか。
 腹肉を無視したとしても、すでに前世の私よりやや大きい胸を揉みながら、ほくそ笑みます。学園に入学するころには、これがもっとけしからん感じに育つのですよ。
 前世のかなりかわいそうな体型は、想像しないでいただきたい。

「カーラ様、そろそろお着替えください」

 16歳になったチェリは、相変わらず優秀な侍女で、主人の奇行にも動じません。
 チェリの方は均整のとれた、無駄のない、ネコ科の動物を思わせる肢体の女性になりつつあります。そろそろお年頃ですので、いい話でも持ってくるべきでしょうか。今度、聞いてみましょう。

「おはようございます。カーラ様」
『おはようございますっす』
「おはよう。クラウド、モリオン」

 鍛錬着に着替えて寝室を出ると、クラウドが待ち構えていました。
 18歳になったクラウドは、身長はおそらく180越えで、細マッチョ系の適度な筋肉と、長い手足、鈍色の髪は肩にかかるほどの長さで、いつも一つに縛っています。そして、マスカラいらずの茜色の瞳を縁取るまつ毛と、整った鼻、キリリとした眉、薄い唇。
 屋敷の侍女たちが熱い視線を送るような、イケメンになりました。

 このクラウドの顔を見て、思い出したことがあります。ゲームの中盤で登場する、攻略対象でもないのに無駄にイケメンだった、ガンガーラの将軍のことを。

「クラウド、ちょっといいですか?」
「はい?」

 手招きすると、クラウドが寄って来ました。屈んでもらい、束ねられていた髪をほどきます。目を隠すように前髪をたらし、クラウドに注文をつけます。

「伏せ目がちにしてください」
「はい」

 やっぱり。
 あいつだ。ほんとに詠唱してるのかって具合に魔法を連発してきて、剣でも槍でもなんでもござれな、あいつだ!
 あーあ。知らぬ間に、敵将を従者にしてしまっていたようです。

「ま、いいか」
「はい?」

 首をかしげるクラウドの後ろに回り、鈍色の髪を元通りに束ねました。
 問題はそこではありません。7年後、17歳の私が学園にいるときに、隣国ガンガーラが戦争を仕掛けてくるのです。
 当然、戦場は国境である、モノクロード国南端、テトラディル領エンディアです。
 おのれ・・・私のマンゴー畑に手出しさせてなるものか! 食べ物の恨みは恐ろしいのですよ。

「鍛練に行きましょう」

 クラウドと共に庭へ向かいます。どうしたものかと考えながら、広い庭の外周を走りました。その後いつも通り、組手を開始します。かなり早くこなせるようになってきて、考え事をしていても勝手に体が動きます。
 気がそれていることがバレたのでしょう。組手の終盤にクラウドが型に無い動きをして、私の手首をつかみました。そのまま後ろ手に固めようとしてきます。

「・・・あっ」

 わざと声を上げれば、クラウドの力が弱まりました。私は体を回転させて、目の前に来たクラウドの手首を逆につかみ、逆手にひねります。が、ひねりきれず、簡単に手首の拘束を解かれてしまいました。やはり経験の差は大きいですね。

「女子供に甘いのでは、いつか窮地に陥りますよ」

 クラウドを拘束できるようになったら、怖いもの無しなのですが、不意をつけただけでも満足です。彼につかまれて赤くなった手首をさすりながら、にやりと笑って見せます。

「私が甘いのはカーラ様にだけです」

 きまりが悪そうな顔をして、クラウドが言いました。私の手首から視線を外そうとしません。気にしているようですね。
 別に痛くも痒くもないのですが、見つめられるのは精神衛生上悪いので、闇魔法で手首の状態異常を解除しました。一瞬で跡形もなくなります。

「さあ、部屋に戻りましょう」
「はい。カーラ様」

 廊下を歩いていると、今日も使用人たちが気配を殺し、壁に張り付くようにして頭を下げています。しかしここ2,3年は、私が通り過ぎると、少し顔を上げてクラウドを盗み見る侍女が多くなってきました。
 部屋に向かって歩きながら、斜め後ろを歩くクラウドを振り返ります。

「クラウド、誰かいい人がいたりしないのですか?」

 こんなにモテモテなのに、浮いた話が全くないクラウド。
 チェリにも聞いてみたのですが、心当たりがないと言われました。さらに「兄は不器用な人なので、カーラ様がいらっしゃる限り、他の誰にも興味を持つことはないと思います」とか、重いことまで言われてしまいました。
 私のせいですか・・・今更、手放したくはないのですが。

「いませんし、つくる気も、探す気もございません」
「家庭を持ちたいとか、子供が欲しいとかないのですか?」

 好いた惚れたはともかく、生物としての種の存続的な欲望はないのでしょうか。
 すました顔で受け答えしていたクラウドの目が、少し泳ぎました。私の足元を歩いていたオニキスに視線が固定されます。

「・・・ございません」

 なんですか。その間は。じっとみるクラウドを、オニキスもまたじっと見返します。
 ま、まさか!

「オニキスがす」
「断じて違います!」

 すっっっごい嫌そうな顔で、被せぎみに否定されました。当然とばかりに、オニキスもふんすと鼻を鳴らします。

『我に勝つこともできないのに、口にできるとは思うなよ』
「わかっております」

 えー。オニキスに勝てないと家庭を持ちたいって言えないって、どんな無理ゲーですか。

『そういう意味ではない』

 それっきり、話は終わりだとでも言うように、オニキスもクラウドも口を閉ざしてしまいました。
 無理強いするようなことでもないし、本人がいいというならこのまま放置してしまいましょうか。

 寝室に戻って汗を拭き、本日のチェリチョイス、空色の生地に紺のリボンで裾や襟元をふちどりされたドレスを着ます。そしてチェリにするするっと手早く髪をまとめられ、紺のリボンで飾り付けられました。

 食堂へ行って、ルーカスと朝食を摂ります。両親は社交シーズンで王都にいますので、二人きりの食事です。

「お姉さま。午後はいつも通りでよろしいですか?」
「はい。ルーカスは大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」

 8歳になったルーカスはゲームのような根暗のねの字もなく、生き生きとした美少年に成長しました。笑顔が眩しい!
 ルーカスの努力の甲斐あって、彼の精霊は契約はしてくれないものの、協力的になりました。なので最近の鍛錬内容は専ら、詠唱省略の実験です。
 精霊が協力的だと、面倒な呪文が省けるようなのです。この場合、呪文というより、合言葉みたいなものですかね。こう言ったら、この現象を起こすというような。
 私が見せた魔法に、ルーカスが名前を付けて、精霊が覚えるまで実践するだけですけど。

 酵母パンがテトラディル領都にも広がったようで、美味しくなったパンをもぐもぐしながら、戦争をどう回避するか考えます。
 隣国ガンガーラはここ数年は落ち着いていますが、シナリオ通りなら、この先また干ばつが来たり、来なかったりを繰り返します。そして新王が、徐々に国力が弱まっていることに焦り、戦争を仕掛けてきます。
 今の王様は戦争しない派なのかな。
 病やクーデターで王が変わるのなら、手を出してみてもいいかもしれませんが、老衰だと・・・。延命できなくもないですが、人としてのタブーに触れてしまう気がします。
 死を回避したとして、永遠に生かしておくわけにもいかず、私の手で引導を渡す羽目になりそうです。人の死を操作するのはしたくありません。
 とりあえず後でどんな王様なのか、難民たちに聞いてみましょう。

 食事を終えたら、国境の町エンディアでカーライルとして活動します。
 徐々に他の町からポーションを求める人が来るようになり、たまに光教会の関係者らしき人が付近を彷徨くようになりました。薬屋はそろそろ潮時かもしれません。
 勘違い系お金持ちから「専属にしてやる」という内容の手紙も、来るようになりましたし。
 ちなみに父は、カーラ本体の方の面倒な噂など・・・主にヘンリー王子関係の対応に忙しいようで、カーライルを構いに来なくなりました。ドライマンゴーやら砂糖やらで利益を得だしたのをみて、うさん臭さが消え、逆に安心したのもあるようです。

 忙しくなってしまった薬屋を閉めて、パン屋に寄って売れ残りのパンを貰いにいきます。

「ご主人、景気はいかがですか?」
「カーライル様! おかげ様で上々ですよ」

 にこにこしながら、いつも通り売れ残りをくれました。礼を言ってパン屋を後にします。
 最近は難民の流入が止んでいるので、この取り引きもそろそろ終わりにしましょうか。

 パンと雑草を交換して、マンゴー畑に向かいます。

「こんにちは。カーライル様」
「こんにちは。ドード君」

 この青年は数年前からダーブさんに弟子入りして手伝っている、元甜菜少年です。
 ダーブさんが気にかけるようになり栄養改善されたのか、メキメキと背が伸びて、今ではクラウドと並ぶ程になっています。クラウドより歳は少し下でしょうか。

「ドード君、聞いてもいいですか?」
「何ですか? カーライル様」

 余分な枝を払う手を止めて、ドード君がこちらを向きました。

「ガンガーラの王様ってどんな人ですか?」

 質問の内容が予想外だったのか、ドード君は目を見張りました。しかし少し考えた後に答えてくれます。

「さすがに実際、会ったことも、見たこともないですが・・・大人たちが評するには、良くも悪くも普通の王だと」

 話によると、現王は他国から奪うのではなく、自国でなんとかならないか考えてるみたい。
 ただこれといっていい解決政策もなく、かといって悪政に陥るわけでもなく。そこが普通と言わしめる所以のようです。

 戦争をしないのは略奪したところで長期的に見て、自国が潤うかどうかというと、なんとも言えないからでしょうね。
 そもそも戦争するにも兵士を飢えさせないだけの兵糧が必要ですし、侵攻先で略奪を繰り返せば土地が荒れてしまいます。戦争で踏み荒らした土地がすぐ再生するわけはなく、それを手入れしていた人間を殺してしまえば利を得るにも時間がかかります。
 ガンガーラに足りないのは食料ですから。
 ただ軍部はそうではなく、掌握している王弟が、国境からちょっかいをかけようと狙っているらしい。

 これは王に干渉するより、食料事情回復に手を貸したほうがいいかもしれません。帰りたい難民を募って、送りながら土壌改良の旅でもしましょうか。
 カーライルで隣国ガンガーラへ行くのはまずいので、クラウドに引率をお願いしましょう。
 でも私も同行したいな。

『認識阻害で、いてもいなくても、疑問を感じなくさせればいい』

 成る程。座敷わらし戦法ですね。では父が王都にいる間に、薬屋を臨時休業にして、カーラとして同行してみましょうか。カーライルの手下設定でいいかな。
 では早速、帰国希望者を募ってみましょう。

「ドード君はガンガーラに帰りたいですか?」

 手始めに、目の前にいたドード君に尋ねました。
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