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やっと6歳
16
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堂々と館の前に止められた馬車から、これまた堂々とヘンリー殿下が降りてきます。それを淑女の礼で出迎えました。
「いらっしゃいませ、ヘンリー殿下」
「毎度、よく私が来るのがわかるね?」
それはやはり毎回、思い付きでこちらへ訪問されているということですかね。父が国王陛下はヘンリー殿下を溺愛されていると言っていましたが、限度があると思うのです。
殿下は最近、こうして王族らしい口調で話すようになりました。どうやらこれが素で、普段は無邪気な王子を装っているようです。
くうっ。ゲームではいつもはかわいくて、時々きりっとするギャップ萌え系だったのに。かわいいの方が偽物だったなんて。
「私に目印でもつけているのかい? カーラ嬢ならできそうで怖いな」
「黙秘します」
できますけど、そんなものを付けなくてもオニキスが察知できるので必要ありません。
ん? 今日はもう一人馬車の中に気配を感じます。思わず鋭くなった視線を殿下に向けました。
「あ、ごめんね。大丈夫。消されたりしないから、降りてきて」
相変わらず悪びれもしないで、殿下が同行人に馬車を降りるよう促します。恐る恐る顔を覗かせたのは・・・
「アレク・・・!」
驚きのあまり、名前を口走りそうになって、慌てて両手で口を塞ぎました。
馬車からゆっくり降りてきて、不安げに私から視線を逸らすのは、間違いなく攻略対象、アレクシス・トリステン公爵令息です。睨んでいるわけでもないのに鋭く見える空色の瞳で、私へ視線を向けてはそらすのを繰り返しています。
ヘンリー殿下。とびっきりの厄介事を連れてきてくれましたね!
「初めまして、カーラ・テトラディルと申します。早速ですが、お帰りください。殿下」
トリステン侯爵令息ににっこり微笑んで淑女の礼をとり、次いで真顔で殿下に言い放ちました。
「いやだなぁ、カーラ嬢。私と君の仲じゃないか! 不敬罪に問うよ。」
ニヤニヤしながら殿下が言葉を返します。
やっぱりダメですよね。諦めて、後ろに控えていたチェリとクラウドに目くばせをします。
「たいしたおもてなしはできませんが、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
「今日は天気がいいから、お庭の東屋がいいなぁ」
勝手知ったるヘンリー殿下が、ずかずかと屋敷に入っていきました。その後をやや怯えながら、トリステン公爵令息がついていきます。ため息を噛み殺して、二人を庭へ案内しました。
「ご挨拶が遅れました。アレクシス・トリステンと申します。本日はお招き・・・突然の訪問をお許しください」
庭の東屋に着いて、少し落ち着いたらしいトリステン公爵令息が、空気を読んで謝辞を述べてくれました。それを受け入れたというように彼に微笑みかけます。そして真顔で殿下に問いかけました。
「殿下。今日はどういったご用件でございますか?」
「実はねぇ、トリステン公爵に落ち込んでる息子を励まして欲しいって頼まれてさ」
ほう。それは私とどういう関係があるのでしょうか。
「私はトリステン公爵に借りがあるんだ。その借りと・・・」
「あー、あー、あーいーうーえーおー」
「・・・突然、どうしたの?」
耳を塞いで声を出す私を、殿下が不審そうに見ました。
「政治的背景は聞きたくありません。私を殿下の事情に巻き込まないでください」
そう言って、何事もなかったかのように紅茶を口にします。殿下は一瞬むっとしましたが、すぐいつもの企んでいるニヤニヤ顔になりました。
「そうは言ってもねぇ。カーラ嬢、貴族連中が君に、首輪をつけようとしているのを知っているかい?」
「なんですか? それは」
「その首輪候補が彼なんだよ」
首輪・・・婚約者ということですか。
父がきっと頑張って阻止しているのでしょうけど、上が出てくると厳しくなります。どこまで話が進んでいるかはわかりませんが、殿下が持ち出すということは回避の余地ありということでしょうか。
「それを私から断れと?」
「違うよ。もうテトラディル侯爵が、はっきりではないけど断ってる」
お父様、ありがとうございます。
「でもねぇ、トリステン公爵からの申し出を何度も断れないよね?」
あぁ。トリステン公爵はあきらめていないということですね。なんでまた嫌われ者の「夜の女神(再)」にこだわるのでしょうか。
疑問が顔に出たのでしょう、殿下が嬉々として口を開きました。
「それはね、側妃が・・・」
「あー、あー、あー、聞こえません。聞きません」
「・・・もういいよ。君はほんとに侯爵令嬢とは思えないほどに顔にでるよね」
「外ではやりませんよ」
視覚阻害を使用すれば、ポーカーフェイスは完璧です!
殿下が天使かというような、晴れやかな笑顔になりました。
「それは私が特別とい」
「違います」
言葉をかぶせて否定しました。殿下がぷっくりと頬を膨らませます。
かわいいですけど、もう私には通用しませんよ。
「ぷっ・・・ふふっ・・・申し訳ございません。殿下」
おや、トリステン公爵令息が笑っています。元気が出たようですね。お帰りいただきましょう。
思わず笑みが漏れたのがいけなかったのか、殿下がやれやれというようにゆっくり首を横に振りました。
「カーラ嬢、まだ帰らないよ」
えー。だって、笑ってますよ。十分でしょう。
「ほんとに、君は・・・もう。彼が悩んでいるのは、彼の精霊についてなんだよ」
「精霊? まさか・・・」
「いやいや、いくら私でもまだこの屋敷外で見せてないし、使ってないよ!」
なんでこの屋敷ではいいことになっているんですか。
「私にどうしろというのですか?」
「なんかいい考えがないかなって」
「そう言われましても・・・」
彼、トリステン公爵令息は若草色の髪をしています。ということは、植物属性の精霊ということですね。確かにあまり戦闘向きではありませんが、うまく使えば役に立つと思うのです。
「何が問題なのですか? 確かに植物魔法は攻撃には向きませんが、戦闘中の足止めにも使えますし、うまく使えば領民が飢えることを防げますでしょう?」
「え?」
トリステン公爵令息が信じられないという顔で、私を見ました。なにかまずいこと言いましたっけ。
「ふふ。君はやっぱり面白いね」
殿下がふんわりとほほ笑みました。ひいっ。背中を悪寒が走りましたよ!
「そもそも、魔法ありきなのがおかしいのです。攻撃手段が欲しいのでしたら、剣でも、槍でも極めたらよろしいでしょう?」
鳥肌が立った腕をこすりながら、早口でまくしたてます。そう、やられる前に、やればいいのです! 私が育てたゲーム主人公のように!
ゲーム主人公は治癒系チートですが、魔法での攻撃手段がありませんでした。ですから物理的に攻撃するしかありません。ゲームではレベルアップの時にステータスポイントを好きに割り振れたので、私は「俊敏」「魔法詠唱速度」をカンストさせてヒットアンドアウェイで、「特攻」「回復」を繰り返す、戦う聖女を育て上げたのです!
あ。一応、仲間に攻撃を任せて回復役に徹するって選択肢もありましたよ。「魅力」を上げると、攻略対象たちの攻略がしやすくなって、仲間が増えるのです。
相変わらずトリステン公爵令息が信じられないという顔で、私を見ていました。
なんなのですか?
『どうせ馬鹿にされると思っていたようだ。植物属性の精霊であることに劣等感があるようだが・・・こやつに寄生しているのは、複数属性の精霊だぞ』
「えっ?」
「えっ?」
つい、声を出してしまいました。ゲームでも確かに精霊の力が弱いことを悩んでいましたが、複数属性とは知りませんでした。この世界では皆、髪色で判断されてしまいますからね。複数の属性を持つ人は、稀ではありませんが、多くもないですし。
殿下が不審そうに私を見ていましたが、じわじわと呆けたような顔になって、トリステン公爵令息に視線を移します。
『王子の精霊が、王子にも複数属性持ちであると伝えた』
あぁ。なるほど。では、それをトリステン公爵令息に伝えれば解決ではないですか。
「解決いたしましたね、殿下。あとはお二人でお話しください」
茶会は終わりと告げるように、立ち上がりました。ここではない私のいない場所で、お二人でお話しください。
「え。待って、まだ・・・」
「まだ何か? 私をこれ以上、殿下の事情に巻き込まないでください」
もう話すことはないので踵を返そうとしたら、殿下に手をつかまれました。咎めようと殿下に顔を向けたところを、もう片方の手で口を塞がれます。
「私は側妃に命を狙われている。味方が必要なのだよ」
抵抗する間もなく、一気に殿下が言いました。これ以上聞きたくなくて身を捩りましたが、後ろにあった東屋の柱に背を押し付けられ、逃げられません。
『カーラ!』
オニキスが全身の毛を逆立てて、ヘンリー殿下を威嚇しています。クラウドとチェリも身構えていますが、相手は王族なので手を出せずにいます。軽く腰を浮かせた姿勢で固まっているトリステン公爵令息の視線が、オニキスに向いていました。
あー。オニキスが見えているようですね。
「ここはとても居心地が良いね。君がいるからか、ここにいる間は私を害しようという者たちの気配が、全くしないんだ」
自分より怒っている人を見ると、逆に落ち着くものです。オニキスは人ではありませんが。
何かの魔法を行使しようとするオニキスを目で制し、闇魔法で殿下に「声帯麻痺」を付与します。ちょっと荒業ですが、私の怒りを知るがいい! という気持ちのまま、さらに東屋に這っていた蔓植物を操って殿下を拘束しました。棘のない植物を選んだだけ、ましだと思ってください。
「っ!っ!!」
「殿下、私を脅そうなんて、いい度胸ですね」
不気味に見えるよう目を見開いて、にいっと笑って見せます。声を出せなくなって口をパクパクしていた殿下が、顔をゆがめておとなしくなりました。
「アレクシス・トリステン様。あなたは私と取引してでも、この力を欲しますか?」
殿下を拘束する植物を手で示し、上から睨みつけるように彼を見ます。私から視線をそらしたまま、トリステン公爵令息はぎゅっと拳を握りました。
これだけ脅せば、二人とも私に近づこうなんて二度と思わないはず。浮かびかけた笑みをごまかすように、トリステン公爵令息から顔をそむけ、殿下の拘束を解こうとしました。
「カーラ・テトラディル様! どうか私に、姉上をお守りする力をください!」
姉上・・・王太子殿下の婚約者でしたね。彼女も命を狙われているということでしょうか。振り返れば、トリステン公爵令息が強い意志を宿した空色の目で、まっすぐに私を見ていました。
あぁ、もう面倒です。そこまで言うなら、自分でなんとかしていただきましょう。
「では、ご自分の精霊に名を与えてください。ただし精霊が答えてくれなければ、力は手に入りませんよ」
言いながら殿下の拘束を解き、「声帯麻痺」を解除します。
茫然と座りこむ殿下をそのままに、トリステン公爵令息に近づいてその額に人差し指で触れ、闇魔法を使い問答無用で「精霊との契約方法を他者に伝えられない」を付与しました。
「ヘンリー・モノクロード殿下、アレクシス・トリステン様。お二人とも、全力で私の縁談をつぶしてくださいね?」
ぽかんと私を見る二人を、睨むように見返します。
これでようやく私に平穏な日常が帰ってくるのですね! スキップしそうになるのをこらえて、近くに控えていたクラウドとチェリに目くばせをしました。
「お客様がお帰りです」
何か言いたそうな殿下に牽制の笑顔を向け、帰路を掌で示して帰るよう促します。
結局、二人は一言も発しないまま、帰っていきました。
「いらっしゃいませ、ヘンリー殿下」
「毎度、よく私が来るのがわかるね?」
それはやはり毎回、思い付きでこちらへ訪問されているということですかね。父が国王陛下はヘンリー殿下を溺愛されていると言っていましたが、限度があると思うのです。
殿下は最近、こうして王族らしい口調で話すようになりました。どうやらこれが素で、普段は無邪気な王子を装っているようです。
くうっ。ゲームではいつもはかわいくて、時々きりっとするギャップ萌え系だったのに。かわいいの方が偽物だったなんて。
「私に目印でもつけているのかい? カーラ嬢ならできそうで怖いな」
「黙秘します」
できますけど、そんなものを付けなくてもオニキスが察知できるので必要ありません。
ん? 今日はもう一人馬車の中に気配を感じます。思わず鋭くなった視線を殿下に向けました。
「あ、ごめんね。大丈夫。消されたりしないから、降りてきて」
相変わらず悪びれもしないで、殿下が同行人に馬車を降りるよう促します。恐る恐る顔を覗かせたのは・・・
「アレク・・・!」
驚きのあまり、名前を口走りそうになって、慌てて両手で口を塞ぎました。
馬車からゆっくり降りてきて、不安げに私から視線を逸らすのは、間違いなく攻略対象、アレクシス・トリステン公爵令息です。睨んでいるわけでもないのに鋭く見える空色の瞳で、私へ視線を向けてはそらすのを繰り返しています。
ヘンリー殿下。とびっきりの厄介事を連れてきてくれましたね!
「初めまして、カーラ・テトラディルと申します。早速ですが、お帰りください。殿下」
トリステン侯爵令息ににっこり微笑んで淑女の礼をとり、次いで真顔で殿下に言い放ちました。
「いやだなぁ、カーラ嬢。私と君の仲じゃないか! 不敬罪に問うよ。」
ニヤニヤしながら殿下が言葉を返します。
やっぱりダメですよね。諦めて、後ろに控えていたチェリとクラウドに目くばせをします。
「たいしたおもてなしはできませんが、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
「今日は天気がいいから、お庭の東屋がいいなぁ」
勝手知ったるヘンリー殿下が、ずかずかと屋敷に入っていきました。その後をやや怯えながら、トリステン公爵令息がついていきます。ため息を噛み殺して、二人を庭へ案内しました。
「ご挨拶が遅れました。アレクシス・トリステンと申します。本日はお招き・・・突然の訪問をお許しください」
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「殿下。今日はどういったご用件でございますか?」
「実はねぇ、トリステン公爵に落ち込んでる息子を励まして欲しいって頼まれてさ」
ほう。それは私とどういう関係があるのでしょうか。
「私はトリステン公爵に借りがあるんだ。その借りと・・・」
「あー、あー、あーいーうーえーおー」
「・・・突然、どうしたの?」
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「なんですか? それは」
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「それを私から断れと?」
「違うよ。もうテトラディル侯爵が、はっきりではないけど断ってる」
お父様、ありがとうございます。
「でもねぇ、トリステン公爵からの申し出を何度も断れないよね?」
あぁ。トリステン公爵はあきらめていないということですね。なんでまた嫌われ者の「夜の女神(再)」にこだわるのでしょうか。
疑問が顔に出たのでしょう、殿下が嬉々として口を開きました。
「それはね、側妃が・・・」
「あー、あー、あー、聞こえません。聞きません」
「・・・もういいよ。君はほんとに侯爵令嬢とは思えないほどに顔にでるよね」
「外ではやりませんよ」
視覚阻害を使用すれば、ポーカーフェイスは完璧です!
殿下が天使かというような、晴れやかな笑顔になりました。
「それは私が特別とい」
「違います」
言葉をかぶせて否定しました。殿下がぷっくりと頬を膨らませます。
かわいいですけど、もう私には通用しませんよ。
「ぷっ・・・ふふっ・・・申し訳ございません。殿下」
おや、トリステン公爵令息が笑っています。元気が出たようですね。お帰りいただきましょう。
思わず笑みが漏れたのがいけなかったのか、殿下がやれやれというようにゆっくり首を横に振りました。
「カーラ嬢、まだ帰らないよ」
えー。だって、笑ってますよ。十分でしょう。
「ほんとに、君は・・・もう。彼が悩んでいるのは、彼の精霊についてなんだよ」
「精霊? まさか・・・」
「いやいや、いくら私でもまだこの屋敷外で見せてないし、使ってないよ!」
なんでこの屋敷ではいいことになっているんですか。
「私にどうしろというのですか?」
「なんかいい考えがないかなって」
「そう言われましても・・・」
彼、トリステン公爵令息は若草色の髪をしています。ということは、植物属性の精霊ということですね。確かにあまり戦闘向きではありませんが、うまく使えば役に立つと思うのです。
「何が問題なのですか? 確かに植物魔法は攻撃には向きませんが、戦闘中の足止めにも使えますし、うまく使えば領民が飢えることを防げますでしょう?」
「え?」
トリステン公爵令息が信じられないという顔で、私を見ました。なにかまずいこと言いましたっけ。
「ふふ。君はやっぱり面白いね」
殿下がふんわりとほほ笑みました。ひいっ。背中を悪寒が走りましたよ!
「そもそも、魔法ありきなのがおかしいのです。攻撃手段が欲しいのでしたら、剣でも、槍でも極めたらよろしいでしょう?」
鳥肌が立った腕をこすりながら、早口でまくしたてます。そう、やられる前に、やればいいのです! 私が育てたゲーム主人公のように!
ゲーム主人公は治癒系チートですが、魔法での攻撃手段がありませんでした。ですから物理的に攻撃するしかありません。ゲームではレベルアップの時にステータスポイントを好きに割り振れたので、私は「俊敏」「魔法詠唱速度」をカンストさせてヒットアンドアウェイで、「特攻」「回復」を繰り返す、戦う聖女を育て上げたのです!
あ。一応、仲間に攻撃を任せて回復役に徹するって選択肢もありましたよ。「魅力」を上げると、攻略対象たちの攻略がしやすくなって、仲間が増えるのです。
相変わらずトリステン公爵令息が信じられないという顔で、私を見ていました。
なんなのですか?
『どうせ馬鹿にされると思っていたようだ。植物属性の精霊であることに劣等感があるようだが・・・こやつに寄生しているのは、複数属性の精霊だぞ』
「えっ?」
「えっ?」
つい、声を出してしまいました。ゲームでも確かに精霊の力が弱いことを悩んでいましたが、複数属性とは知りませんでした。この世界では皆、髪色で判断されてしまいますからね。複数の属性を持つ人は、稀ではありませんが、多くもないですし。
殿下が不審そうに私を見ていましたが、じわじわと呆けたような顔になって、トリステン公爵令息に視線を移します。
『王子の精霊が、王子にも複数属性持ちであると伝えた』
あぁ。なるほど。では、それをトリステン公爵令息に伝えれば解決ではないですか。
「解決いたしましたね、殿下。あとはお二人でお話しください」
茶会は終わりと告げるように、立ち上がりました。ここではない私のいない場所で、お二人でお話しください。
「え。待って、まだ・・・」
「まだ何か? 私をこれ以上、殿下の事情に巻き込まないでください」
もう話すことはないので踵を返そうとしたら、殿下に手をつかまれました。咎めようと殿下に顔を向けたところを、もう片方の手で口を塞がれます。
「私は側妃に命を狙われている。味方が必要なのだよ」
抵抗する間もなく、一気に殿下が言いました。これ以上聞きたくなくて身を捩りましたが、後ろにあった東屋の柱に背を押し付けられ、逃げられません。
『カーラ!』
オニキスが全身の毛を逆立てて、ヘンリー殿下を威嚇しています。クラウドとチェリも身構えていますが、相手は王族なので手を出せずにいます。軽く腰を浮かせた姿勢で固まっているトリステン公爵令息の視線が、オニキスに向いていました。
あー。オニキスが見えているようですね。
「ここはとても居心地が良いね。君がいるからか、ここにいる間は私を害しようという者たちの気配が、全くしないんだ」
自分より怒っている人を見ると、逆に落ち着くものです。オニキスは人ではありませんが。
何かの魔法を行使しようとするオニキスを目で制し、闇魔法で殿下に「声帯麻痺」を付与します。ちょっと荒業ですが、私の怒りを知るがいい! という気持ちのまま、さらに東屋に這っていた蔓植物を操って殿下を拘束しました。棘のない植物を選んだだけ、ましだと思ってください。
「っ!っ!!」
「殿下、私を脅そうなんて、いい度胸ですね」
不気味に見えるよう目を見開いて、にいっと笑って見せます。声を出せなくなって口をパクパクしていた殿下が、顔をゆがめておとなしくなりました。
「アレクシス・トリステン様。あなたは私と取引してでも、この力を欲しますか?」
殿下を拘束する植物を手で示し、上から睨みつけるように彼を見ます。私から視線をそらしたまま、トリステン公爵令息はぎゅっと拳を握りました。
これだけ脅せば、二人とも私に近づこうなんて二度と思わないはず。浮かびかけた笑みをごまかすように、トリステン公爵令息から顔をそむけ、殿下の拘束を解こうとしました。
「カーラ・テトラディル様! どうか私に、姉上をお守りする力をください!」
姉上・・・王太子殿下の婚約者でしたね。彼女も命を狙われているということでしょうか。振り返れば、トリステン公爵令息が強い意志を宿した空色の目で、まっすぐに私を見ていました。
あぁ、もう面倒です。そこまで言うなら、自分でなんとかしていただきましょう。
「では、ご自分の精霊に名を与えてください。ただし精霊が答えてくれなければ、力は手に入りませんよ」
言いながら殿下の拘束を解き、「声帯麻痺」を解除します。
茫然と座りこむ殿下をそのままに、トリステン公爵令息に近づいてその額に人差し指で触れ、闇魔法を使い問答無用で「精霊との契約方法を他者に伝えられない」を付与しました。
「ヘンリー・モノクロード殿下、アレクシス・トリステン様。お二人とも、全力で私の縁談をつぶしてくださいね?」
ぽかんと私を見る二人を、睨むように見返します。
これでようやく私に平穏な日常が帰ってくるのですね! スキップしそうになるのをこらえて、近くに控えていたクラウドとチェリに目くばせをしました。
「お客様がお帰りです」
何か言いたそうな殿下に牽制の笑顔を向け、帰路を掌で示して帰るよう促します。
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