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やっと6歳

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 遠くに聞こえる鳥のさえずりに、意識が現実へ引っ張られ、目が覚めました。目の前にはオニキスのふさふさした胸元。まどろみながら手を伸ばして、もふもふします。

『おはよう、カーラ』

 朝の挨拶と共に、目元にオニキスの鼻先が押し付けられました。催促するようにオニキスが顔を寄せてくるので、その目元にキスをします。

「おはよう、オニキス」

 変わらない、朝のいつもの振る舞い。なのに、なぜだか最近、この朝のやり取りが妙に気恥しいのですよ。オニキスと契約してから、ずっとしていることなのに。
 なんというか・・・情事の後のような? いえ、前も今も経験はありませんよ。でもきっとこんな感じかなって。
 どうせ未経験ですよこんちくしょーめ。

『・・・』

 まだ体を伏せたままのオニキスをひと撫でしてから、ベッドから降り、窓の外を見ます。まだ薄暗い時間。しかし屋敷内にはすでに、働く人々の気配が感じられます。私が特別早く起きたというわけではありません。
 この世界には前世のような、夜更かししてまで楽しむような娯楽はありませんから、早く眠ってしまうのです。そして必然的に早く目が覚める。大人の世界は別だと思いますが、まだ6歳の私には縁がありません。

「今日もいい天気なようですね」

 朝焼けを眺めながらそうつぶやくと、ドアをノックされました。

「カーラ様、お目覚めですか?」
「はい」

 チェリが顔を洗う用のたらいに水を張ったものを持って、寝室に入ってきました。

「おはようございます。カーラ様」
「おはよう、チェリ」

 顔を洗うと、チェリがタオルをくれました。それで顔を拭きます。その間にチェリが服を用意してくれました。ぶかっとしたズボンに、裾の長いチュニック。朝の鍛錬用の服装です。
 それに着替えると、軽く髪をくくり、寝室を出ます。

「おはようございます。カーラ様」
『おはようございますっす』
「おはよう。クラウド、モリオン」

 応接室ですでに身支度を整えて待っていたクラウドを伴い、中庭へ向かいます。転移してもいいのですけど、歩ける距離を楽するようでは鍛錬の意味がない気がするので、歩いて向かいます。
 途中、気配を殺して壁に張り付くように頭を下げる使用人たちに、朝の挨拶して通り過ぎます。いつものことなので、気にもならなくなってきました。

「おはようございます。お父様」
「おはよう、カーラ」

 父はすでに体を動かした後のようで、やや汗ばんでいます。前世の知識の通りに準備体操をする私を、父がじっと見つめてきました。

「どうかしましたか?」
「いや。朝食には間に合うようにな」

 そう言って、屋敷へ戻っていきました。その背を見送り、走り込みを開始します。王都にある侯爵の館の庭として遜色ない広さですが、テトラディル領のそれと比べると狭い庭を無心で走ります。前世はこうも軽々と走れなかったので、ただ走るだけなのに、なんだかうきうきしてくるので不思議です。
 小学校のグラウンドほどの距離を10周もすると、息が上がり汗ばんできました。前世だったら滂沱の汗と鼻水が・・・やめておきましょう。

 次にクラウドと組み手をします。とはいっても、まだ思うように動けないので、決められた型に沿って動くだけですが。今は少しずつ速度を上げている段階です。こうして繰り返すことで、とっさに動けるようになるのだとか。合気道に似ているような気がします。

 朝の鍛錬を終えて、部屋に戻りました。チェリが濡れタオルをくれたので、汗を吸った服を脱いで体を拭きます。本日のチェリチョイス、エメラルドグリーンのシンプルなシルエットに、背中の大きめリボンがアクセントのドレスに着替えました。
 ややぼさっとした髪をそのままに、応接室へ向かい、用意された姿見の前の椅子に座ります。

 従者の服に着替えたクラウドが、嬉々として近づいてきました。そして鼻歌でも歌いだしそうな感じで、私の髪をすいていきます。
 これが時々ある、クラウドの「ご褒美」です。

 何がどう癒されるのかわかりませんが、クラウドは私に触れることを癒しとしているようです。

 転移の時のアレがわざとだとばれて勃発したオニキスとの喧嘩は、一旦保留となっていましたが、結局、砂漠での大乱闘になりました。それを呆れた目で見ていたチェリの提案により、時々ご褒美として髪を整えるというところに落ち着いたのです。
 まあ、髪を触る程度でモチベーションが上がるならいいかなと。

 戦闘特化型のクラウドですが、従者としての教育はなされていますので、髪をすいたり、結ったりするのはお手の物です。もちろん、チェリにはかないませんが。

 信じられないくらい早く髪が編み込まれ、まとめられ、残りはそのまま背に流されます。

「ありがとう。クラウド」

 満足げに頷くクラウドに礼を言って、食堂に向かいます。今日も一番乗りでした。次に父が来て、母と弟のルーカスが来ました。今日の恵みに感謝してからいただきます。

「眠そうだね、ルーカス。また夜更かししたのかい?」

 かったいパンを優雅にちぎっていると、父が目をこするルーカスに話しかけました。母が心配そうな視線を送っています。

「はい。たくさんおはなししていたら、ねむるのがおそくなってしまいました」

 ほわーっと笑うルーカス。かわゆす。

「お母さまが心配しているぞ。今日から早く寝るように」
「わかりました。おとうさま」

 素直にうなずいて、ルーカスは食事を再開しました。
 そうじゃなくて精霊に話しかけることをやめさせてください的に父をにらむ母。目をそらす父。いたたまれなくて明後日の方向を見る私。小声で何かとやり取りするオニキス。
 ん? 耳を澄ませてみましょう。

『・・だから・・我に言うな。・・・・金茶に・・・・』

 金茶・・・ヘンリー殿下の精霊のことでしょうか。どうやらルーカスの精霊に文句を言われているようです。ごめんね、オニキス。
 気まずい食事を終えて、席を立とうとすると、父が言いました。

「あと10日したら、テトラディル領へ帰るぞ」

 やった! ついにヘンリー殿下から離れて、平穏な私の日常が帰ってくる!!
 小躍りしそうな足取りで部屋に戻ります。10日後にテトラディル領へ帰る事を、セバス族兄妹に伝えて、国境の町エンディアにある薬屋へ転移しました。

 訪れた方たちに「カーライルさん、今日はご機嫌ですね」とか言われながら、いつも通り忙しくなく暇でもない仕事をして、薬屋を閉めます。

 テンション高いままパン屋に寄って、売れ残りをもらいました。幸せのお裾分けに、パン屋のご主人に腰痛改善の薬を差し入れます。
「カーライルさん。教えてもらったパンのレシピを、他の町のパン屋に売っても構わないかい?」
「構いませんよ」
 美味しいパンが広まるのは、大歓迎です。

 もらったパンを持って、難民キャンプへ向かいます。ぼろ布はほとんどなくなり、最近は小さな村の様になってきました。

「カーライル様!」

 私の周りをちょろちょろする子供たちが持つ雑草と、パンを交換していきます。
 ん? これはゴボウ・・・かな?
 じっと見つめていたら、持ってきた少年がキラキラと期待の目で見てきました。

「それね、オレのお気に入り! かじるとすごく甘いんだ! カーライル様、たくさん作ってよ!!」

 ふむ。確かに糖度は高いようです。見た目はゴボウですが、甜菜てんさいみたいなものですかね。次の改良候補にしましょう!

「わかりました。でも時間がかかりますから、すぐには無理ですよ」
「はーい!」

 交換を終えて、マンゴー畑に向かいます。

「こんにちは。ダーブさん」

 熱心に樹を観察していて、私に気付かなかったダーブさんに挨拶しました。

「カーライル様! これは失礼をいたしました!!」

 慌てて平伏しようとする、ダーブさんを止めます。彼は前の職場で、どのような扱いを受けていたのでしょうか。私としては、真面目すぎるほど真面目に働いていてくれているので、もう少し気楽にしてほしいのですけど。

「新たに植えましたマンゴーも、スイカも順調でございます」
「そうですか。それはよかった」

 そろそろドライマンゴーでも作ってみようかと、ダーブさんに相談してみます。

「果実を干したことはございませんが・・・川魚を乾燥させて売っていた者を知っています。相談してみましょう」
「よろしくお願いしますね」

 私、ドライマンゴー好きなんですよ。テレビを見ながらもぐもぐしていたのが懐かしい。
 さて、そろそろお昼なので帰りましょうか。
 エンディアに向かって歩く私を拝む、ダーブさんに居心地の悪さを感じながら、遠くなった辺りで認識阻害をかけて王都の自分の部屋に転移します。

「お帰りなさいませ。カーラ様」
「ただいま」

 遠話で帰る旨を伝えてから転移しましたので、タイミングよくセバス族兄妹が出迎えてくれました。テーブルの上にはすでに昼食が用意されています。たらいの水で手を洗ってからいただきます。
 一人で食べるのは好きではないので、昼食はセバス族兄妹も一緒に食べます。じっと見られている中、一人で食べるのって、苦痛以外の何物でもないのですよ。

「午後はいつも通りでございますか?」
「殿下は昨日お会いしましたし、今日はいらっしゃらないでしょう。ゆっくり鍛錬ができますね」

 チェリににっこり微笑みかけます。なんとなく形になりそうな、ミスリル作りでもしましょう。

『む。金茶の気配がする』

 ほんわりしていた空気を裂くように、オニキスが言いました。

「そうですか・・・今日もいらっしゃましたか」

 何でもない日常は終わりを迎えたようです。しかし、二日続けての訪問となると、嫌な予感しかしません。
 計らずも、五つのため息が被りました。

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