悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ

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ついに16歳

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「自分だけ、楽に、なって、解放されて・・・ほんと・・・ずるいよね」
『・・・お前』

 ついに喉がひきつり始めて、言葉が飛んでしまいました。視界も歪んでいるために、アークティースの反応が声音こわねからしか読み取れません。
 けれど。

 苦しい。
 胸が痛い。

 これだけ私が不快なのですから、言われた方はもっと不快なはずです。私は、そろそろ加えられるだろう痛みに備えて、きつく拳を握りました。体勢からして締め付けられるか、力いっぱい投げられるかのどちらかだと思うのです。
 しかし小さく呟かれたアークティースの声音は、そんな私の期待を裏切るかの様に、穏やかなものでした。

『死して・・・楽になれたのだろうか』

 そんなこと。私にだってわかりません。
 でも―――。

「楽に・・・なっているといいなぁ」

 前世まえの世界に神様がいて、願いを聞き叶えてくれるのならば、どうか。どうか彼の自死をとがめ償いを課すのではなく、逆に癒すような来世をお与えください。

 思わず本音で返してしまった私は、アークティースの明るい笑い声で我に返りました。

『わっはっはっは!! お前! 自身も傷付いて涙を流していたのでは、予が傷付くどころか、和んでしまったではないか!』
「・・・」

 そんな。まさか、と思って相変わらず自由だった手で目元をぬぐったら、指に水滴が付き、視界が良好になりました。

 おいおい。
 自分で言って、自分が傷ついて泣くとか。とんだブーメランですね。
 頑張って嫌な言葉を吐いたのに、傷つけるのではなく共感を得てしまいましたよ。非常に遺憾ですが、穴を広げよう作戦は失敗に終わってしまったようです。

 気まずい感満載で、まだ笑っているアークティースから顔をそむけます。側面に銀の視線が突き刺さりますが、無視の方向で。
 それもまた面白くて仕方がないというように暫く笑い声を上げていたアークティースが、急に私の体を持ち上げて、また宙へぶら下げてきました。
 不快を示すために眉間にシワを寄せて横目で睨み付けると、アークティースは蛇の頭を私の顔の正面へ移動させました。

『気に入った。予と契約しろ』
「・・・・・・・・・は?」

 意味がわかりません。一体全体、アークティースと何の契約を交わせと言うのでしょうか。

 精霊との「契約」といえばまず、私とオニキスが交わした、名を与え、命を共にするものが思い浮かびますが・・・。
 あ、そうか。精霊が名乗った名で契約すれば、精霊側から破棄できるのでしたっけ。この「狂乱」が私と命を共にする気があるとは思えませんので、彼の言う「契約」とは軽い方の「仮契約」の事で間違いないでしょう。
 しかし。だとしても、もうひとつの疑問が残っています。

「精霊って1人の人間に複数寄生できるのですか?」
『無理だな。どちらか、精神が強靭な方に吸収される』
「そんな・・・」

 「深淵」と呼ばれるかなり大きいらしいオニキスと、この狂いかけているんじゃないかと疑わしい「狂乱」の、どちらが勝ち、どちらが吸収されてしまうのかは予測できません。しかしその前に、私は「狂乱」に寄生されること自体を御免ごめんこうむりたい。私に選択権はなさそうですが。
 さらっと恐ろしい事を言ってのけたアークティースは、私の不安に満ちた顔に気付くと、顎を引き、蛇の胸らしき部分を前へ押し出してきました。

『安心しろ。予があんな図体ばかりでかいだけの若造に、負けるはずなどないからな』

 いやいやいや! そこはあえて負けてもいいんですっ!

 負けられない戦いがある! とばかりに目をぎらつかせる蛇から目をそらし、突っ込みを心の中で叫びます。というか、必要性が全く感じられない、命がけの戦いを挑むのは止めておきませんか。

『契約するのなら、「華」どもがこれから実行しようとしている計画を止めてやるぞ?』
「なんっ・・・それ! それはそもそも、自分たちの世界の問題なのでしょう?! こちらへ持ち込まないで自分たちで解決してくださいよ! もういっそ、寄生するのを禁じたらどうなんですか?!」

 絶対に唾がとんだな。ぐらいの勢いで捲し立てるように主張したら、アークティースが不満そうに眉根を寄せました。

『・・・それでは死を望まぬものまで、死んでしまうではないか』

 これまた随分と贅沢な権利を主張するな、おい。

 何と言うか・・・寿命を延ばすって、権力者なら誰もが一度は望みそうな願いの1つですよね。それができる精霊って、かなり恵まれた生き物だと思うのですよ。
 あぁ・・・でも、自分で死を選ぶことができなくて、狂って霧散するか、何もかもを諦めて消滅するか、自身を認識できなくなって消えていくか、のどれかでしたっけ。
 その不器用な生き方に同情はしますが、だからと言って大量虐殺を肯定する気にはなれません。

 オニキスと出会い、好きになってしまった手前、大きな声で言いづらいですが、人に寄生して寿命を延ばした挙げ句に狂うのなら、いっそ寄生なんてしなければいいと思うんですよね。始めに与えられた寿命を全うすればいいんです。
 寿命で死なないけど、死ぬこともできないなんて苦しみは、実際に味わったものにしか解らないから、こんな事になっているのでしょうけれども。

 って、待って。「悲嘆」は自ら死を選んで、その結果、オニキスの中にその記憶が残っているのですよね?
 と、いう事はつまり、オニキスが「悲嘆」と食べてしまったという事だったりする? それにしては「狂乱」が、オニキスを恨んでいる様子が無いというか・・・。

 そういえばレオンの精霊トゥバーンは「禁食」と呼ばれる、精霊を食べる存在でした。それも狂った精霊専門で。
 そしてオニキスのバックアップを持ってきた「悲嘆」の記憶は、自分の精神が不安定だと言っていました。正確に再現すると今にも自爆するほどだとも。
 精霊は相手を塗り潰して食べる際、相手方精神の影響を受けてしまい、自身も負荷を負いやすいと、オニキスは言っていました。
 精神生命体である精霊の、根本である精神に影響があるのって、致命的なのではないですか?

 もしかして・・・「悲嘆」の精神が壊滅的な理由って―――。

「・・・「悲嘆」は貴方の代わりに、精霊を食べていたのですか?」

 どうやら大正解だったようで、蛇の目が私を射抜くように鋭くなりました。

「そうして、望む者に死を与えていたのですか?」

 ギリギリと体を締め付ける力が増していきますが、負けずに声を張り上げます。アークティースの、怒りとも悲しみとも思える昏い光を宿した銀の瞳を、私は真っすぐに見返しました。

「それは・・・本当は貴方の役目なのに?」

 体が軋む痛みに悲鳴を上げかけた時、ふいっと私からアークティースの目がそらされ、蛇の尾から力が抜けました。
 ウェルカム、床。しかし今度こそぶん投げられると覚悟していたので、拍子抜けですよ。

『役目を果たすことによって、予が消えて無くなったとしても構わないと?』

 そうか。真白たちは何でも消せるけれども、その時に自分の体を削るのでした。そしてそれは、アークティースの言い方からして、精霊の世界であっても同じようです。
 その、あまりにも淋しそうな言い方に、つい同情してしまいました。

「そんなこと・・・ありませんけれど・・・」

 嘘です。別にアークティースがいなくなったところで、気に病むことなんてありません。
 かと言って、そうなるように仕向けるほどの、明確な殺意があるわけでもありませんけれども。

 うーん。なんだかなぁ・・・。
 ゲームの世界と違って、現実ってこう、両者ともに言い分があって、明確な悪と断じるのが難しい部分があるのが厄介ですよね。どちらか一方に傾倒できれば、一蹴できるのですけれど。

 精霊側も、人間側も損をしない、両者ともWin-Winな解決法って・・・。
 あ。あるわ。

「あの・・・契約を周知してはいけないのでしょうか?」

 思わずビクッとするほどの早さで、アークティースがこちらをふり返りました。そしてまじまじと私を見つめてきます。
 意外な反応に、マズイ提案だったのかと、今更ながら弊害について考えることにしました。

 契約をすると・・・精霊に寿命が生じますね。でも、それを狙っているのですから、精霊側に問題はないはずです。いきなり契約するのが不安だったら、仮契約に留めればいいのですし。

 では、人間側は?
 契約によって、無詠唱でも魔法が使えるようになります。これは・・・混乱もするでしょうが、よしとして。今までは貴族と一部の平民しか使えなかった魔法が、契約さえ成立すれば誰であっても使えるようになりますね。それに問題は・・・ない・・・かも?
 あぁ。強力な力を持つと、犯罪率が上がるとか?
 それもなぁ。力は使う人間次第というか、魔法が使えなくても悪い事をする人はいるものですし。
 そうだ!

「光教会で周知してはいかがですか?」

 国を跨いで存在し、国家に捕らわれない光教会でしたら周知しやすいですし、犯罪者とか危険人物へ教えないようにしてくれさえすれば、いいと思うのです。
 結構いい案だと思ったのですが、アークティースは首を横へ振りました。

『予らが構わずとも、人の王らが反発するであろう。彼らは光教会が力を持つことを嫌うからな』

 なるほど。
 宗教が力を持ち過ぎるというのは、確かに危険ですよね。前世でも迫害とか、宗教戦争とかありましたし。
 モノクロード国の国教は光教会ですが、他に宗教が無いわけではありません。大木や大岩を祀るといった、地域信仰もありますし。
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