上 下
142 / 147
ついに16歳

28

しおりを挟む
 なんと言うことでしょう!
 この蛇こそが畏れ多くもあの「狂乱の真白」だったなんて!

『そう。その「狂乱」だ。だがお前にはの名を呼ぶことを許してやる。アークティース、またはアークと呼べ』

 私と目を合わせたまま満足げに笑った「狂乱」、いえアークティースが、律儀に私の思考へ返答をくれます。そして急な大ボスの登場で、頭がゆだりそうなほど緊張している私をよそに、呼称を指定してきました。
 想像していたよりも、随分と馴れ馴れしい精霊ですね。

 不興を買って首を絞められるのは御免ですから、素直に名前を呼ぶとして、それでも愛称を呼びたくなんかありません。敬称は・・・なしで呼んでみて、睨まれたら付けることにします。

「アークティース・・・」
『なんだ?』

 語尾を濁して誤魔化しましたが、呼び捨てても咎められませんでしたので、敬称は無しでいくことに決めました。だって敵対している相手に「様」も、「さん」も付けたくありませんからね。

「貴方がオニキスに・・・私の精霊にこだわっていたのは何故ですか?」

 ちょっと嫌がりそうな事を聞いたら死者わたしを解放してくれるかも、と。ついでに純粋な好奇心を満たす為に、ズバリ核心を突いてみます。
 あ。そういえば、この白い空間に壁はあるのでしょうか? ぶん投げられて、強打したら嫌だな。

 放り出されたいけれど、痛いのは遠慮したいと眉根を寄せたら、目の前のアークティースもまた、眉根を寄せました。

『「深淵」自身に興味はない。予が欲しているのは、あれの中の「悲嘆」の欠片だ』
「「悲嘆」の欠片・・・「悲嘆の黒」の記憶の事ですか?」
『そうだ。予の半身にして、対なる存在。そして予の救い主。「悲嘆」が予の役目を代わりに果たしてくれたおかげで、予は今も生きておるのだ』

 記憶にある名を口に出せば、銀の瞳から鋭さが消え、春の朝露のごとき柔らかさを漂わせます。
 続けて心が和むような出来事を思い出しているらしいアークティースの、蛇の尾から力が抜けて、私は暫くぶりに地へ足をつけることができました。そちらも他の空間と同じく見た目は真っ白なので、足裏への感触だけでの地面判定ですが。

 暫くぽわぽわしていた蛇は、急に不快なことを思い出したようで低く唸りだしました。

『「深淵」め。口惜しい。記憶も自我も消去したというのに、「悲嘆」があれにとってかわることはなかった』

 いいえ。
 ちゃんとオニキスの体を使って、私のところまで来ましたよ。そしてお使いを果たしたら、一言の文句も言わずに体を返してくれる、とっても善良な方でした。

 自分の足で立ててほっとしたのも束の間、しっかり抜け出す前に、不機嫌そうなアークティースが再び尾を巻き付けてきました。ぶら下げられているわけではなく、また首へ巻かれていた尾からは解放されましたので、少しはマシになったと思い直します。

『あぁ・・・予の愛しきヘリオティス。ただ、もう一度会いたいと。予を置いて死を選んだ理由を聞きたいと。そんな願いでさえも、叶わぬものなのか』
「なっ―――」

 なんて・・・なんて、贅沢な事を願っているのでしょうか。
 この蛇は。

 死者と話ができたなら。

 そんなこと。私だって何度も望み、願いました。所詮、叶わぬ願い。おとぎ話の世界でしか叶わない、贅沢な望みなのです。
 イライラして怒鳴り付けそうになったのを飲み込み、私は意地悪い気持ちで、彼の望みが永遠に叶わなくなった事を告げてやりました。

「私を殺してしまったなら、彼も・・・私の精霊も死んでしまったのではないですか?」

 これでもう二度と、オニキスを依代よりしろ扱いできませんよ。
 ニヤニヤしつつ顎を上げ、私より高い位置にあるアークティースの頭を無理やり見下します。しかし予想外にも、蛇は私へ嘲笑うような視線を向けてきました。

『お前を存在ごと消去してしまえば、そんなことは起こらない。だが予の見込み違いで、それは叶わなかった。よってお前はまだ死んではいない。もちろん「深淵」も、な』

 え? 私、まだ死んでいないのですか?

 今までの認識を根底から覆され、思考が停止しかけます。
 死んでいない・・・つまり生きているってことはですね。さっき思い浮かべたような、あんなこととか、こんなこととか、そんなこととかを実行できるかもしれない、という事ですよね!
 理想ドンピシャのイケメンを愛でるチャンスが残されているという事で、いいのですよね!

 っと! 妄想している場合ではありません!
 私が無事に生還し、オニキスとイチャイチャするためには、この「狂乱」をどうにかしないといけないのです。勿論、オニキスのところへ行かせるわけにもいきません。

 しかし、どうしたらいいのでしょうか?
 ずっと話し相手として、私と共にここへ縛り付けておくとか?

 ・・・自分を犠牲にするのは美談ですが、妄想を実現したい欲もありますから、それは最終に近い手段で。

 うーん。
 まず、第一に。どうしたら精神生命体である精霊に、ダメージを与える事ができるのでしょうか。

 ええと。確か、精霊を殺すには・・・「自身を認識できなくなるほど心を折る」のでしたね。
 殺すとか消すとか、そんな物騒なこととは無縁でありたかったですが、そうも言っていられません。まあ、できるとも限りませんけどね。やるだけやってみることにします。 

 とりあえず。アークティースが言われたくない事と言えば・・・真っ先に思い浮かぶのは、オニキスの中にある「悲嘆」に関係することですよね。
 そして彼は私の精神に、彼と似た穴が空いていると言っていました。「悲嘆」が死を選んだとも。
 ・・・まさか。

「可哀想に。今だ、こんなに愛し求めているというのに、貴方は自死を遠ざけ、生に繋ぐ枷には成り得なかったのね。なんて憐れなんでしょう」

 私の言葉に、アークティースがピクリと反応しました。
 確信があった訳ではありませんが、他に思い浮かぶ事もありません。ですから、彼の愛した「悲嘆」が自ら死を選んだという話を元に、揺さぶりをかけてみます。

「だって貴方も・置いていかれたのでしょう?」

 それに彼が言うとおりの穴が、私の精神にも開いているというのなら、簡単です。それを広げてやればいいのですから。
 つまり。私が言われたら嫌なことを、あえて言ってやればいいというだけです。

「相手にとって貴方はその程度の存在だった。信頼されていなかったとか?」
『・・・黙れ』

 低く、怒りのこもった声音と共に、彼の尾が首に巻き付き始めます。
 思った通りの反応が返ってきた為でしょうか。意図せず笑いが込み上げた時のように、呼吸がひきつりかけました。
 私はそれを飲み込んで言葉を続けます。

「一言くらい相談してくれてからでもいいのに、と思わない?」
『黙れ。』

 苦しくはない程度にしか絞まっていなかった尾に、力が入り始めます。アークティースの銀の瞳が私を見て、不快気に歪められました。

「「引き留めて」と願って、欲しかった、でしょう?」
『・・・』

 アークティースがじっと見つめてくるのを、負けじと見返します。うまく息が吸えなくて途切れてしまいそうになる言葉を、無理やり口に出して続けました。

「一緒に、生きて、欲しかった・・・よね?」
『・・・』

 今でも、ふとした拍子に思い出してしまう、彼の事。もう顔も、声も、ぼんやりとしか浮かんでこないくせに。
 そのきっかけは前世に似通った場所だったり、物だったり、果ては匂い、音だったりして。

 思い出した時はほんのり幸せな気分で。けれどもすぐ、いないことに気付いて、どん底へ落とされる。
 私はその苦しみを知っています。

 生きてさえいてくれたら、私を好いてくれなくても、他の誰かと笑い合っていても耐えられたのに。

 あぁ。
 そうか。

 彼は転生しなかった、オニキスに出会えなかった私なんだ。
 それでも。オニキスに癒され、和らいでいてもなお、胸を抉られるように痛みを伴う想いを、私は忘れることができませんでした。
 しかも寿命がない、死ねない彼はずっとずっと・・・気が遠くなるほど永い間、自分を責め続けているのです。

 視界がぼやけてきたのは、首を締められているからでしょうか。首に巻き付いてきた尾に、それほど力は入っていないようですが、すでに酸欠状態でそう感じるだけなのかもしれません。
 あぁ・・・息苦しい。思考もぼんやりとしてきて、私はただ浮かんだ言葉を吐き出しました。

「自分だけ、楽に、なって、解放されて・・・ほんと・・・狡いよね」

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

サブキャラな私は、神竜王陛下を幸せにしたい。

神城葵
恋愛
気づいたら、やり込んだ乙女ゲームのサブキャラに転生していました。 体調不良を治そうとしてくれた神様の手違いだそうです。迷惑です。 でも、スチル一枚サブキャラのまま終わりたくないので、最萌えだった神竜王を攻略させていただきます。 ※ヒロインは親友に溺愛されます。GLではないですが、お嫌いな方はご注意下さい。 ※完結しました。ありがとうございました! ※改題しましたが、改稿はしていません。誤字は気づいたら直します。 表紙イラストはのの様に依頼しました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

異世界転生して悪役令嬢になったけど、元人格がワガママ過ぎて破滅回避できません!

柴野
恋愛
 事故死し、妹が好んでいたweb小説の世界に転生してしまった主人公の愛。  転生先は悪役令嬢アイリーン・ライセット。妹から聞いた情報では、悪役令嬢には破滅が待っていて、それを回避するべく奔走するのがお決まりらしいのだが……。 「何よあんた、わたくしの体に勝手に入ってきて! これはわたくしの体よ、さっさと出ていきなさい!」 「破滅? そんなの知らないわ。わたくしこそが王妃になるに相応しい者なのよ!」 「完璧な淑女になるだなんて御免被るわ。わたくしはわたくしのやりたいようにするんだから!」  転生先の元人格である本当のアイリーンが邪魔してきて、破滅回避がままならないのだった。  同じ体に共存することになった愛とアイリーンの物語。 ※第十九回書き出し祭りに参加した話を連載化したものです。 ※小説家になろう、カクヨムで重複投稿しています。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!

美月一乃
恋愛
 前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ! でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら  偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!  瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。    「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」  と思いながら

処理中です...