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ついに16歳

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『くくく・・・名も姿も、己の記憶まで消されようとも歓迎してくれるとは。契約とはかくも羨ましいものなのか』
「えっと・・・」

 ようやく反応を返してくれたというのに、なんとなくとしか言いようのない盛大な違和感を覚えます。しっくり来ない気持ち悪さでわずかに身を引くと、黒い淀みがまた笑いました。

『ほう。わらわがあれでないとわかるのか』
「彼・・・じゃない?」

 喜びから一転、失意のどん底に突き落とされて、自然と目が潤みます。歪み始めた視界の中で、黒い淀みが、まるでオロオロしているかのように揺らめき始めました。

『これこれ。泣くでない。入れ物に引きずられて、妾まで落ち込んだ気になる』
「・・・入れ物?」
『そうじゃ。この体はあちらで「深淵しんえん」と呼ばれていたもの。ぬしの契約者じゃな』

 意味を理解した瞬間、目の前がかっと赤く染まりました。
 即座に立ち上がり、影の異空間収納から薙刀を取り出します。それに闇魔法で「精霊が切れる」を付与して振り下ろし、黒い淀みに寸止めしました。

「では、彼の体を使っている貴方は誰ですか?!」

 今にも切りつけてしまいそうになるのを抑え、黒い淀みに向かって誰何すいかします。たとえ中身が違っても、彼の体を傷つけたくはありません。
 怒りに震える薙刀の切っ先を意に介した様子もなく、黒い淀みはのんびりと話し出しました。

『そう警戒せずともよい。妾はかつて「悲嘆の黒」と呼ばれていた者の欠片かけら。あれが「狂乱」へ差し出すために、妾の記憶に自我を持たせようと・・・なんじゃったか・・・「ぷろぐらみんぐ」?「えぇあい」? であったか・・・まあ、自立して動かせようとした結果の産物じゃ。結局、余りにも精神が不安定で正確に再現すると今にも自爆しそうであるという事、主が嫌う死者への冒涜だという事。あとは、欠片であっても「狂乱」に体を愛でられるのは耐えられないという大部分を占める理由で、凍結されていたのじゃが・・・。あれは決して消されないであろう「悲嘆」の記憶である妾に、己の記憶を消されながらもこれを託してきた。妾は主にこれを渡しに来ただけのこと』

 「悲嘆の黒」と言うらしい黒い淀みが、何やら同じく黒いものを差し出してきます。その話が真実なのならば、この「悲嘆」は味方という事になりますが・・・。
 薙刀を向けたまま、警戒しつつも差し出された黒い物を受け取ります。それは硬く、ひんやりとした乳児のこぶし程の塊でした。

「石?」
『これにあれが・・・何と言ったかの。「ばっくあっぷ」が入っているそうじゃ』

 バックアップ・・・つまり、この中に忘れてしまった彼の名前や、記憶が入っているという事でしょうか。
 そんな大事なものを片手で持っていることが怖ろしくて、持っていた薙刀を放り投げるようにして手放し、両手で包み込みます。満足そうに笑った「悲嘆」が、またのんびりと言いました。

『そうそう。「ぱすわぁど」は名前じゃ。己の名と言うものは他者に呼ばれて己と認識するものであって、名乗る気がなければそうそう意識するものではないからの。まさか最初に消されているとは、思いもよらなんだのじゃろうて』

 名前。
 それがわからなくて、呼びたくても彼を呼ぶことができなかったというのに。
 絶望的な気分になって俯き、鼻をすすると、あっけらかんと「悲嘆」が提案してきました。

『間違えたとて、何か起こるでも無し。思い付いた名を、片っ端からあげていけばよいではないか』
「・・・」

 なるほど。

 正論ですが、身も蓋もありませんな。
 間違えてもロックがかかるわけではなく、また制限時間もないようなので、落ち着いて考えることにします。まずは集中するために、目を閉じて何度も深呼吸をしました。

 よし。残っている記憶に沿って行ってみましょう。
 彼の名前は私がつけました。
 では、今またつけるとするなら、思い浮かぶのは?

 包み込んでいた手を開き、月明かりに微かに光る黒い石を見つめます。黒い石・・・そう。彼も黒かった。
 そう言えばクラウドも、モリオンも私がつけた名でしたね。

 ゆっくり顔を上げ、すぐ近くで静かにこちらを伺うようにしていたクラウドの方を見ると、何やら眉間に皺が寄っています。手加減したつもりでしたが、私が噛んだところが痛むのでしょうか?

「クラウド、大丈夫ですか?」

 私の問いにこっくり頷いたクラウドが、眉間に皺を寄せている憮然とした表情のまま言いました。

「・・・カーラ様がお持ちのその石と、今お召しのドレスに縫い付けてある石は同じものと見受けます。あの嫉妬深い精霊が、カーラ様のお召し物に使用する為とはいえ、自ら進んで創り出し、嬉々として大量に余るほど差し出してきた理由があるはずです」

 私は再び手元の石に視線を落とします。次いで自分の胸元へも。
 確かに同じ石のようです。貴族の、侯爵家の娘が着用するドレスだというのに、この石は宝石ではありません。これはパワーストーンです。この世界にも存在するのだか定かではない鉱物。

「オニキス?」

 ポツリと呟いた瞬間でした。
 手の中にあったオニキスがドロリと溶け、黒い淀みへ溶け込みます。少しの間、硬化したように静止したそれは、またウネウネ動き出すと、今度は何かを形成し始めました。正しい名を口にできた安堵と、やっと彼に、オニキスに会えるという喜びに身を震わせながら、動き続ける黒い淀みを見守ります。
 やがて姿が完成したらしい私の精霊は、閉じていた瞼を開き、最後まで記憶に残っていた闇色の瞳で私をました。

『すまない、カーラ。手間をかけた』

 ヤバす。
 なにそれ。反則でしょ。

 目の前に現れたオニキスは、それはそれはもう! ドンピシャ! 私の理想を凝縮した姿でした。よく一目惚れしなかったものです。

 だって!
 やや鋭い闇色の瞳と、その上の眉はキリリと男らしいのに、ほっそりとした輪郭が華奢に感じさせ、中性的な雰囲気を醸し出しているんですよ!
 整った鼻筋は高すぎも低すぎもしない上に、眼窩の窪みも程よい程度で彫りが深すぎないんですよ!
 さらにほんのり赤く薄い唇が色気を演出。さらにさらに近未来的戦国武将風な衣装の中身は、長身かつムキムキ過ぎない細マッチョな体躯。
 そして! ここ重要!!

 ケモ耳、しっぽ付き!
 犬と思われる耳と、しっぽが付いているんです!

 大事なことなので2度言いましたよ!!

『封じてあった姿のうち、より厳重な方を選んだが・・・違ったか?』

 話しかけられて、いつの間にか開いていたらしい口を閉じます。私のこの反応からすると違うような気がしないでもありませんが、大切なのは姿かたちではありません。
 私は目の前のオニキスにがばっと抱きつきます。そして二度と後悔しないように、心のままを口にしました。

「わかりません。でもなんだっていいの! 好き! 貴方が好きよ、オニキス。大好き! 愛してる!!」

 ここはぶちゅっと行くところですよね!
 けれども茫然とした感じで私を見下ろしてくるオニキスが、顔を寄せてくれる気配はありません。
 残念なことに彼の「愛」は相棒として向ける種類のものだったのでしょうか。だったらちゅーしたりして期待させないで欲しかったものです。

 が、しかーし! ここで諦めては女が廃ります。突き飛ばすほどの拒絶は無いとみて、グイグイ行くことに決めました。前世から拗らせ切った喪女の、対ポスター初キッス練習量をなめるなよ!

『おぉっ?!』

 オニキスのまるで袴のような衣装の襟を右手で掴み、左手で彼の二の腕を掴みます。そして股の間に片足を差し入れて引っかけつつ押し倒しました。
 いわゆる小内刈りってやつですね。

『えっ? はぁっ?! カ、カーラ?!』

 邪魔なドレスの裾をたくし上げ、仰向けに転がった状態で私を見上げているオニキスの胴を跨ぎ、馬乗りになります。再び彼の襟を、今度は両手で掴んで自分の方へ引き寄せました。

『ん~~~~!!!!!』

 まずは初動完了! そして・・・うーん。唇を合わせた後は・・・そう! 恋人の定番、べろちゅーですね! そうですね!!
 まだ相手の了承を得ていませんが、転移で逃げる等、明確な拒絶をしてこないという事はまんざらでもないとみなします。

『カー・・・んむぅ?!』

 唇を開けた隙を狙って、私の舌をオニキスの口の中へねじ込みます。えっと・・・そうなのです! 舌を絡めるのです!!

『ん・・・ぅん・・・』

 上手くできるか心配でしたが、どうやら前世で猛練習した、サクランボのヘタを口の中で結ぶ練習が役に立っているようです。舌を噛んで拒絶されることもなく、受け入れる体制なオニキスに気を良くして、差し出された彼の舌をこれでもかと舐め上げます。
 徐々に犬耳が力を失い、オニキスの目がとろんとしてきました。

 ぐふふ。
 よいではないか。よいではないか。
 それにしても・・・ちゅうの間、何も考えられないというのは嘘ですね! ここまでがっつり考察、企みつつでしたよ。

 ―――んあ?・・・でもちょっと・・・気持ち良くなってきた・・・?

「んはぁっ」

 なんとなくこれ以上はまずい気がして、唇を離しました。
 前世に大人の本で予習、脳内練習した通りに鼻から息をしてはいましたが、荒くならないようにとできるだけゆっくり呼吸していたので、私はかなり息が乱れています。口を開けて息を整える私を、こちらも薄っすら開けた口の端から、どちらのものともわからない唾液を垂らして熱っぽい目でこちらを見上げてくる、オニキス。

 エロいな! これが生エロ顔か!!
 とか感動しながら、同じく唾液でべっとり濡れている自分の唇を舐めとりました。

『カーラ・・・』
「はい?」

 何度かまばたきをしたオニキスの目に力がこもり、へにょっとしていた犬耳がピンと立ち上がります。無体を働いたことに怒りを感じているのかと身構えると、彼は顎の方まで垂れていた唾液を袖で乱暴にぬぐいました。

『愛してるっ』
「ひわぁっ!!」

 唐突に起き上がったオニキスが、私の頬を両手で包んで顔中にキスをし始めました。
 過去にもこんなことが・・・いえ、あの時はペロペロでしたね。って、ちょっと待って! こんな理想ドンピシャなイケメンに顔をペロペロされて、私が正気だったとは思えません!
 というか、もう、今、すでに、無理!!

「オニキス! その姿、なんか以前と違うような気がします!」

 変顔になるほど力が入っているわけでもないのに、逃げるどころか顔を背けることもできません。私は最終手段である転移を使って、ほんのり涙目なクラウドの横まで移動しました。
 おや。再会劇に感動したのでしょうか。クラウドは意外なことに、お涙ちょうだい物に弱いのですね。

『ちっ・・・ばれたか』

 何やら呟いたオニキスが、ゆっくり立ち上がります。そしてくるりと回ったと思ったら、そこには先程よりしっくりくる感じの黒いオオカミ犬が立っていました。

 
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