上 下
29 / 98
大学3年生編前期

第28話 紫帆からの可愛いお願い

しおりを挟む
 3年生になってから約1ヶ月が経過し、今はちょうどゴールデンウィークが終わったところだ。
 久々の長い休みが終わり今日から授業のため、俺は朝から憂鬱な気分にさせられていた。
 相変わらず俺のベッドに潜り込んで寝ている紫帆の体を揺さぶって起こすと、2人で朝食の準備して食べ始める。

「実家だとママが朝ごはんの準備をしてくれてたから楽だったけど、こっちに帰ってきたら全部自分達やらないといけないから大変だよ……」

 眠たそうな表情でコーヒーを飲みながら紫帆はそんな事を口にした。
 ゴールデンウィーク中、俺と紫帆は実家に帰っており掃除や洗濯、食事の準備などは母が全てやっていたので、そのありがたみを実感しているらしい。

「その気持ちは分かる、俺も1年生の今くらいの時期は同じように思ってたからな。でも2人暮らしな分、分担できるから1人で住むよりは断然楽だと思うよ」

 実際俺は、1人で住んでいた時よりも、紫帆と2人で暮らし始めてからの方が色々楽になったと感じていた。

「お兄ちゃんと一緒に住んで本当に良かったよ。私1人だと手を抜いたり後回しにしたりしそうだから、今頃大変な事になってた気がする……」

「紫帆は昔からめんどくさがり屋だったからな。俺が卒業するまでにある程度矯正しといた方がいいぞ、卒業したら一人暮らしになるんだから」

 俺は今3年生であり、後2年で大学を卒業してしまうので、そこから紫帆は1人で住む事になるのだ。

「そっか、お兄ちゃんが卒業したら1人になるのか。私1人で4年も生活できるかな……?」

 紫帆は先の未来を想像したのか、少し寂しそうな表情でこちらを見つめてくる。

「暮らすだけならどうにでもなるよ。まあ手を抜きすぎたら生活の質はほぼ間違いなく下がるだろうけど」

「……じゃあさ、私が卒業するまで留年するってのはどう?」

 紫帆は少し考えた後、ニヤニヤとした表情でとんでもない発言を俺にしてきた。

「いやいや、留年するのは駄目だろ。俺の人生が狂っちまうよ」

 万が一、特に大きな理由なく留年なんかした日には、就職活動のマイナス要因になりかねないので、それだけは絶対に嫌だ。
 特に俺が志望している業界の1つである銀行や証券会社などの金融業界は、お金を扱う関係上真面目な人物が好まれるため、留年は大きなマイナス要因になりかねない。
 外資系や総合商社は長期留学などの理由で留年している人間も割と多いらしいが、やはり意味のない留年は就活の際に大打撃になるだろう。
 俺が真面目にそんな事を考えていると、紫帆はおちゃらけたような口調で話し始める。

「もし就職に失敗しても私がお兄ちゃんを一生養ってあげるから心配しないで、将来は薬剤師になる予定だからお金も多分大丈夫だし」

「就活に失敗した末路が妹のヒモになるって、想像しただけでも相当悲惨だし嫌すぎるんだけど……そもそも紫帆はせっかく頑張って薬学部に入ったのにそれでいいのか」

「勿論」

 紫帆の元気な返答を聞いた俺はだんだんと頭が痛くなってきた。
 難関大学の1つである平成大学の薬学部に入るような学力があっても、どうやら紫帆の頭の中は相当残念なようだ。
 はっきり言って才能の無駄遣いと言わざるを得ないだろう。
 俺が本気で哀れみの視線を送っていると、それに気付いた紫帆は弁明を始める。

「やだなぁ、今のは冗談。妹の可愛い嘘って奴だよ」

「割とマジのトーンに聞こえたのは気のせいって事でいいんだよな?気のせいじゃないならお前の将来がかなり心配なんだけど……」

「そんなドン引きしたような顔しないでよ、常識人の私がそんな事を本気で言うわけないでしょ」

 人の布団の中へ勝手に潜り込んでくるような奴のどこが常識人なんだと言いたくなるが、もはやツッコミを入れる事すら面倒になったので何も言わなかった。
 そんな会話をしているうちに俺達2人は朝食を食べ終わり、それぞれが朝のルーティンをこなしていると紫帆が突然口を開く。

「そう言えばお兄ちゃんって大学院に行く予定はないの?」

「今のところ大学院に進学する事は一切考えてないんだよな。正直あんまり行く意味が無いと思ってるし」

「えっ、成績優秀者なんだから、大学院に行くのは選択肢として全然ありだと思うけど……」

 俺の言葉を聞いた紫帆は意外そうな顔で、そう反応を返してきた。

「紫帆みたいな理系の学生ならともかく、ぶっちゃけ文系で経済学部の俺が大学院まで行くメリットはほとんど無いんだよ。別に大学院で学んだ事を企業で活かす機会なんてほとんど無いはずだしさ」

 経済学者のような専門家にでもなるなら別だが、普通の企業に就職するなら大学院に行って2年遅く社会に出るメリットがあるとはあまり思えない。

「そうなんだ、もしお兄ちゃんが大学院に行くなら後4年は一緒に住めると思ったんだけどな」

 鏡の前でメイクをしていた紫帆はつまらなそうな顔でそう答えた。

「真面目な話かと思ったら結局それかよ、どれだけ俺と一緒に住みたいんだよ」

 ようやく別の話になったと思ったのに、またこの話に戻るのか……
 それが俺の正直な気持ちであり、朝から紫帆のせいで疲れてしまったので、1限の授業をサボってベッドに戻って寝たい気分にさせられるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

処理中です...