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11章.重なる世界

#7-1.リーシアのアトリエ

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 試行回数が五十回を超えた辺りで、既に彼らは考えるのをやめていた。
図書館ワープは、発動こそ一瞬で済む転移魔法であったが、転移後、自分達のいる場所を調べる為にリルニーク本人がその場にある本を1ページ、読む必要があるのだ。
自分の知っている場所ならばそのページは既に記憶にあるモノのはず、というのがリルニークの弁で、毎度転移ごとに行われる『儀式』の所為で無駄に時間がかかり、目的地に辿り付く頃には全員がぐんにゃりとしていた。

「……到着しましたわ。この『最奥の最奥』にある本は、私がいた頃から全く変わる事がありませんでしたが――やはり、今も」
ウェーブがかった金髪を煽りながら、読み取っていた本を書庫に戻し、リルニークはじ、と魔王を見つめた。
「どんな本があるのかね? 私には、この辺りの本は読むことすら出来ん。なんと書いてあるのかが……まるで理解できんのだ」
魔王は、この最奥の最奥にたどり着く以前に、この手前の書庫の本を読もうとしたことは何度かあったのだ。
理論的には16世界創造の記録、その辺りの歴史が書かれている書物ばかりが並んでいるらしいのだが、それらは魔王には読み解く事すらできない代物であった。

 そも、それが文字なのかすら解らない。
ただ本に書かれているから、読めないだけでそういった文字なのだろう、程度の理解である。
だが、このリルニークにはそれが解るらしいのだ。ハーミットの特性とでも言うべきだろうか。
魔王は知りたかった。世界がおこる前の世界。そういった知識がこの書庫の本棚には収まっているのでは、と。
何か、他では知り得ない何かが眠っているのでは、と。

「……『えほん』ですわ。途方も無い量の絵と文字が書き込まれた、情報のみの、整理すらろくにされずに乱雑に集められたものです。例えば、この世界の犬の姿そのままの絵や、竜という名のトカゲの化け物――子供の書いた落書きに見えるものから、まるで画家に描かせたかのような写実的なものまで、見事にばらばらな絵心ですが」
「……何故そんなものが、こんなところに?」
興味本位であったとはいえ、全ての歴史の根本にあるのが絵本とは、と、軽い落胆を覚えながら、それでも何かあるのではないかと、魔王は問う。
「解りませんが――このえほんの最後には、決まって一つの名前らしきものが書かれていますわ」
「名前? 誰の名前だ」
「――リーシア。リーシア=アルバトロス。必ず、最後の一ページ、その右下にそう記されています。その文字だけは、この世界と同じものでした」
ご覧になられますか? と、リルニークは適当な本を手に取り、魔王に見せた。
「……リーシア。その名前を、こんな所で見るとは」
実際に目にしてみればなるほど、とても繊細で丁寧な文字で、そのように書かれていたのが魔王にも解った。
「ええ。女神リーシア。間違いなくそこに関係する存在だとは思うのですが……そもそも、このえほんにどういった意味があるのかが解らないのです」
「君ですらそうなのだから、まあ、この世界の存在では誰であっても解らんのだろうね」
もしかしたら、と、師でもある異世界の『賢者』に思い馳せるが、わざわざそこまで聞きに行くというのもないな、と、あっさり投げ捨てた。
「まあ、訳が解らないモノの方が良いですよ。変に実用的なものだったら、全部読んでしまいたくなってしまうでしょうから」
「恐らくは二度とは来れないでしょうし、微妙な本の方が良いですわよね」
それまで黙ってその辺りの本をぱらぱら見ていたアルルとアリスが、苦笑いしながら本を戻し、そんなフォローを入れていた。
やはり、彼女たちにも意味が解らないらしい。魔王は笑った。
「二人の言うとおりだな。今は目的もある。あまり長居するつもりもないし――さっさとこの先に進もう」
本棚から視界をずらし、先ほどからずっと見えていた巨大な扉を睨み付ける。
「はい」
「参りましょう」
何が起きても良いようにと、アリスは手に長剣を、アルルはどこからか鞭を取り出し、強気に頬を引き締める。
そうかと思えば、リルニークは本を片手に優雅に歩くのみであった。
「……リルニークさんは武器を持たなくていいのですか?」
ちょっと拍子抜けしたとばかりにアルルはリルニークに問うのだが、当のリルニークは不思議そうに首をかしげてしまう。
「この本が私の武器ですわ。というか、身近の本の数量が私共ハーミットの生命力や魔力、戦闘能力に直結しますから、下手に杖やら剣やらを持つよりも一冊でも多くの本を持っていたほうが良いのです」
このように、と、長いスカートをちら、と、めくって見せると、それまでどこに隠していたというのか、無数の本がスカートの中からばらばらと零れ落ちてきた。
「わわっ」
たちまちリルニークの足元は本で埋め尽くされてしまう。本まみれであった。
突然の事に驚くアルルであったが、リルニークはさほどの事でもないかのようにぱちん、と、指を鳴らし、それと同時に転がり落ちた本達はどこぞへと消えていった。

「普段からその量の本を持ち歩いているのかね?」
「重そうですね……」
アルルほど驚いてはいないものの、魔王もアリスも半笑いであった。
「ええ。これくらいもっていれば、仮に本が全くないところに放り出されても、弱体化はしても死にはしないでしょうから」
保険もかねているのです、と、すまし顔のままリルニークは胸の谷間から本を取り出す。
両手に一冊ずつ。これがハーミットの戦闘の装備らしかった。とてもそうは見えないが。
「まあ、行こうか」
そして例によって魔王は特には武器も持たず、素手のままであった。
必然的に扉を開けるのは両手が空いている魔王である。

「ふん――んおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
押し開けようとした扉は妙に固く。
鍵のような引っ掛かりを感じたので、魔王は構わず力ずくでこじ開ける事にした。
結果、扉は儚くもひしゃげ、情けない形で半開きになってしまう。
「……鍵がかかっていたようですが」
ぐにゃりと捻じ曲がってしまった取っ手を見て、責めるような視線で魔王を見つめるリルニーク。
「知らんよ。押したら開いたからそんな事はないだろう? なあ?」
魔王はそしらぬ顔で笑い――
「私は何も見てません」
「旦那様が仰るならそれはきっとそうなのでしょう」
――アルルとアリスは目を覆っていやいやしていた。
「……」
呆れたように何も言えなくなってしまったリルニークであったが、魔王はその肩をぱんぱんと叩き、にかりと笑う。
「まあ、こんな事もあるさ。それよりも、入ろう」
「陛下……そうですね。今は早く用事を終えて、陛下にお話したい事が一つも二つも出来てしまいました。早く終わらせましょうね?」
冷え切った空気が二人の間に流れていた。
見ていたアルルの背筋が凍えそうになっていたが、魔王は全く気にしない。
そのまま扉の中、妙に明るい光の中に入ってしまう。
「……入っていいのでしょうか?」
「まあ、陛下が入った訳だし……」
「入るしかありませんわ。というか、私たちはここに来た以上、ここ以外のどこかに行かないと戻る事すら出来ませんし」
残された三人は迷いながらも互いに顔を見合わせ、三人一度に光の中に身を投げ出した。


「……おお」
目に刺さる眩しさの中。それに慣れると、魔王は、いや、魔王達は、とても静かな世界に立っていた。
緑溢れる優しい空気。温かな陽射し。どこかから聞こえる、癒される水の音。
「ここか……なるほどね。『ターミナル』か」
ようやく解ったぞ、と、魔王は嬉しげに笑っていたが、アリスもアルルも訳が解らない。
「陛下はなにやら納得されてるようだけど、リルニークさん、ここがさっき話していた『あの世とこの世の境目』ですか?」
勝手にうんうん頷いている魔王を他所に、アルルはあちらこちら見渡しながらもリルニークに聞く。
「ええ、そのようですわね。私も来たのは初めてでしたが――ですがこの空間、先ほどの図書館とそんなに違いが無いですわ。私の力も減衰していない。つまり、目に見えている光景こそ違えど、ここは図書館と変わらないはず……魔法は、使えるようですが」
ぽわ、と、手に持った本から簡単な炎の魔法を発動させてみせ、最悪の状況よりはマシである事を証明して見せる。
「リルニークさんが弱体化しないのはいいですけど、この光景に見えて実は図書館と変わりないって、なんかすごく意味不明ですね」
「私にもどのように説明したら良いか解りかねますわ。というか、本質的に考えて、私どもが『本』と認識しているのが、実際には生物の魂であるとか、生命を由来とした知識だとかなのかもしれませんね」
「なるほど……全く意味が解りませんね」
かなりの量本を読み解いたはずのアルルでも、この世界の有様、そしてリルニークの説明は深遠すぎて理解が追いつかなかった。

「アリスちゃん、大丈夫かね?」
二人の話をよそに、魔王はこちらにきてからずっと動かないアリスを心配していた。
「あ……すみません、旦那様。あんまりに綺麗な光景だったから――」
肩を揺すられ、はっとしたようにあわててぺこりとお辞儀するアリス。
「まあ、確かに綺麗な景色だね。緑も美しいし、どこかこう、癒される気もするしね」
「それに――たくさんの魂が漂っているのです。一面真っ白で――きらきら輝いていて、まるで星の海にでもいるかのよう」
そして、魔王たちには絶対に見る事の出来ない光景を目にしていた。
目を輝かせながら「ほう」と、うっとりした顔でため息をつき、自身の主を見つめる。
「バルトハイムを訪れた時よりもすごいのです。この光景、旦那様達にも見せて差し上げたい位ですわ」
残念です、と、眉を下げながら。
人形の乙女は、まるで恋でもしたかのように頬を赤く染めてまた、ロマンチックな宙空ちゅうくうを眺めていた。
「……アリスちゃんが幸せそうで何よりだ」
魔王としては、できればあんまり知りたくない真実のこの世界の姿であった。
癒しの光景かと思えばそんな死の空気に溢れた場所だったのだ。幻滅を通り越して恐怖だった。
「まあ、あの世一歩手前ですものね」
「魂だらけでも何ら不思議ではありませんわ」
見えるようにはなりたくないです、と、アルルもリルニークも一歩引いた様子でアリスを眺めていた。
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