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10章 世界の平和の為に

#9-2.暫定パーティー結成

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「――んぅ、お養父とうさ――」
場所は変わり、ディオミスの谷底にて。
ずっと意識を失ったままだったカルバーンが、ようやく目を醒まそうとしていた。
「起きたようだね。いや、よかった、無事そうで」
ただ、コニーはたきぎ集めの為離れてしまっており、その場にいたのは魔王きり、というタイミングの悪さで。
魔王は寝ているカルバーンの顔を上から眺めていたのだが、その所為でカルバーンはすぐさま覚醒してしまう。
「っ――!? 魔王っ!!」
「のがっ!?」
思わず勢いよく起き上がろうとしてしまい、正面の魔王と激突する。
魔王は鼻先に強烈な頭突きを喰らってしまい、一瞬、意識を刈り取られそうになる。
「痛ぅ――な、なんなのよもうっ」
勢いよく打ちつけた所為か、カルバーン自身も涙目になって額を押さえていた。
「わ、わらしが聞きたいよ――なんでひきなり飛びあがるんだ、まっはく……」
へし折れた鼻先を指でつまみながらコキコキと弄り、元の形に戻そうとする。
幸い元の形状に落ち着いたが、訳が解らないとばかりに魔王は泣きそうになっていた。

「――それで、なんであんたがここにいる訳よ? ていうかここどこ!? 養父さんはどうなったの!?」
少しして痛みが引いたのか、今度はカルバーンの質問攻めが始まっていた。
「聞くのは一つずつにして欲しいが……とりあえず、私がここにいるのは暴れまわって手がつけられなくなったエレイソンをなんとか止める為。帝国軍の援護の為、という事になるかね」
じろりと睨みつけながらの問いに、魔王は困ったように苦笑しながら答える。
「質問に対しての答えとしては順番が変わるが、エレイソンは恐らく、あの『幻獣』ドッペルゲンガーに成り代わられていたのだろう。どのタイミングで入れ替わっていたのかは解らんが、本物は恐らく――」
「ドッペルゲンガー……成り代わるって、それって、戦いの中であんたに変身したのと同じって事?」
「多分ね。私も不覚を取った。まっとうに戦って手に負えんようなら、最悪はコマンドでも使えばいいと思ってたんだが、あいつ、ご丁寧に世界への命令権まで複製していたらしい」
もう手に負えんよ、と、残った右手をパタパタと振っていた。
「……そう。養父さん、もういなくなっちゃったの……」
さっきまでの威勢は何処へやら、カルバーンは俯き、小さく震えてしまっていた。
魔王も話を続けにくく、しばし沈黙が続く。

「私は自分に変身したドッペルゲンガーに敗北。痛めつけられて崖へと投げ落とされた――こんなところだと思うのだが、君が何故私と一緒にここにいたのかは解らんよ。というか、それは君が知っていることなのでは?」
しばらくして落ち着いたのか、顔を上げたカルバーンに、魔王は再び話を聞かせていた。
「……思い出したくない」
今度はぷい、と横を向いてしまう。なんとも情緒が安定しない娘であった。
ある意味アンナの妹らしいというか、双子というだけあってこの辺りは似ていなくもないのだが。

「その、『コマンド』とか『命令権』とかって何?」
「んー……簡単に言うなら、この世界に最初から備わっている機能を『コマンド』と言う。魔法とか奇跡なんかもこのコマンドを誰もが扱えるようにする為に簡易化されたものだから、『すごく便利な魔法』位に思っておけば良いかな。基本何でもありだしね」
人差し指を立てながら、したり顔で説明を始める。魔王はこういったとき、愉しげであった。
「『命令権』というのは、それを世界に命じて効果を発現させるための権限みたいなものかな。コマンドには段階ごとに優先順位があって、当然、順位が高い方が同じ命令を発した際に優先されるし、後からでも上書き・無効化できてしまう」
「つまり、あんたはその優先順位という面でも負けちゃったって事?」
「そうなるね。やはり、同じ力を持つ者だとしても外部から来た者よりは、元々この世界由来の存在の方が優先されるらしい」
全く同一の力量を持った存在ならば、そこから更に条件付けが分かれる、という、単純ながらそれまでの知識では知りようも無かった新事実に、魔王は翻弄された形になっていた。
「まあ、とはいえ、私は属性的にもその辺りかなり耐性を持っている。今は無理でも、一月もかければ自力で封印を解除する事は可能だが――問題は、そこではないのだ」
時間を掛けさえすればいくらでも回復は可能であった。
脱出そのものも、魔王のみという前提で考えるなら真冬の極寒とてさほどの苦しみではない。
だが、それでは魔王を助けてくれたコニーが死んでしまう。
それだけは避けたかったのだ。
「――ともかく、私達はただ倒れていただけなのだ。それを助け、こうして介抱してくれた娘がいる。今はとにかく、彼女を助けたい」
「なるほど。確かに、助けてくれた人がいるなら、その人を助けるのはやぶさかではないわ。でも――」
突然、ぱたりと倒れる。
何事かと顔を覗き込む魔王も気にせずに一言。
「おなかすいた」
なんとも気の抜ける声が、テントに響いた。


「ただいま戻りました」
薪を背負いコニーが戻ってきたのは、それからすぐの事だった。
手にはどこぞで拾ったのか、緑色の軍用リュックがいくつか。
「それは……?」
「川岸に転がっていた人達のものです――誰も助けられませんでした」
魔王が問うや、残念そうにそう答え、リュックを丁寧にテントの隅に置いていく。
「教主様、目が覚めたんですね。初めまして、コニーと言います」
再び身を起こしたカルバーンに、礼儀正しくぺこりと腰を折るコニー。
「――貴方が私を助けてくれたのね。ありがとうコニー。お礼を言うわ」
華やかに微笑みながら返すその様は、なるほどアンナの双子らしく美しく眩いものであった。
「……はぇー」
コニーは思わず見とれぼんやりとしてしまっていた。
魔王はそんな様に苦笑していたが。


「――とりあえず、二人の話を聞くに、ここを脱出するためには何らかの手段を講ずる必要がある、という事なのね?」
おなかがすいたカルバーンの為、携帯食料祭が始まっていた。
鍋には貝と山菜のスープ。
火であぶった干し肉と黒パン、それにチーズ。デザートにチョコレート。
山で食べるにはちょっとしたご馳走が並んでいた。
「谷底で周りを崖に囲まれ、川の先も小さな穴になってるだけで抜けられない――」
干し肉にかぶりつきながら、「ううん」と、思考をめぐらせようとするカルバーン。
「何か、抜け出すために使えそうな魔法はないかね? 破壊魔法で山を貫いても良いし、転移魔法でもいい」
「転移魔法を扱うには立地条件が色々と必要だわ。それに、どこにしたって繋げるには時間も掛かる。それ位は知ってるんじゃないの?」
基本的な前提条件として、魔法を行使するための魔法陣を張るためにはある程度の広さの平地が必要と言われている。
川岸のあるこの付近は全て切り立った岩で出来ており、高低差も大きくその条件に適う場所はないらしかった。
「教団最新の魔法でもそういうのは無理か……破壊魔法は?」
「破壊魔法で壊すって言ったって、下手したらその衝撃が元で雪崩が発生して飲み込まれる恐れがあるし――」
ちら、と、テントの外を見やる。外は既に雪がかなりの勢いで降り始めていた。
この調子ならば、崖の上は既に人の身の丈以上の雪に覆われているに違いない、と、カルバーンは判断する。
「何より、私達が助かったって、近隣の村や集落が大ダメージを受ける恐れだってあるわ。いくら自分達が生き延びたいからって、多くの人に迷惑をかけかねない手段は取れないわよ」
そういった観点から、破壊魔法を活用しての脱出は無しという方向らしかった。

「頭を使いましょう。まず、ここからの脱出が不可能なのは、単に周りが高い崖で囲まれてるから。それだけなのよね?」
「ええ。どこかに出口さえあれば、なんとかそこから無理矢理にでも登るなり降りるなりして脱出が可能だと思うんです」
頭をぴん、と指先で指しながらの問いに、コニーが素早く答える。
カルバーンは満足げに頷き、話を進めていく。
「なら、梯子はしごを掛けましょう。今の季節なら、濡らしたロープやリュックを少し外に置いておけば凍りつくはずだから、崖の隙間に木の枝か何かで固定していけば、簡易的な梯子として活用できるはず」
「……滑らないかね? それに、重さではがれそうなものだが」
「氷の結着力けっちゃくりょくは意外と強いのよ。大人の男はともかく、私やコニー位ならよじのぼれるはず」
カルバーンはやる気らしかった。
「そうやって登って、ロープか何かで残った人を引き上げればいいのよ。幸い、ここには沢山リュックとロープがある。これを活用すれば、一番低い崖位ならギリギリ登れるんじゃないかしら?」
時間は掛かるけれど、と、首をややかしげながらはにかむ。
「勿論、一日や二日でできる事じゃないわ。リュックが足りなくなるようなら、衣服でも何でも活用して貼り付けていく必要がある。根気と――後は体力勝負ね。寒さが酷くなればそれだけ梯子を短時間で掛けられるけれど、体力も消耗させられてしまうから……」
「なら、始める前に出来る限りの前準備は必要、という事か」
「そうね。一度梯子さえ掛かってしまえば、後はどうにでもなるとも言える。もう冬は間近なようだから、本当に時間との勝負よ。あまり時間が掛かれば、こういう地形は寒気が一気に流れ込んできて急激に気温が下がるから――」
コレくらいの寒さで済んでいるうちがマシだというのだから、魔王もコニーも笑うしかなかった。
長く山で暮らす教主殿の仰る事である。洒落にならない。

「コニーはこれから毎日川岸の探索。リュックやロープは多くて困る事は無いから、嫌だろうけど滑落者がいないか探して頂戴。私は登り易く崩れにくそうな崖を探してロープとリュックをくくりつけるわ」
「解りましたっ」
とりあえずのところ、この場の指揮はカルバーンが執る形となっていた。
何せこの中では一番山暮らしが長い。よく知っているのだろうと。
だが、役目の振り分けに自分が入っていないらしく、魔王は首を傾げる。
「私は? 何かやる事はないのかね?」
「……念のためテントの外で狼煙のろしを上げるから、その火の番でもしてて。なんか、あんたにはあんまり何かを任せる事ってしたくない」
「そ、そうかね……」
あまりに適当すぎるその役目に、魔王はしょんぼりとしてしまっていた。

 正直扱いに困る、というのがカルバーン視点での魔王の存在であった。
何ができるのか解らないが、自分が起きるまで脱出の為の策をなんら講じていなかった辺り、コマンドやらがなければ本当に何も出来ない男なのかもしれない、と、感じていたのだ。
実際、今の魔王は火をおこすことすら難儀する不器用な中年でしかなかったので、このカルバーンの見立てはそんなに間違ってはいなかった。
魔王、役に立たない。

 そんな訳で翌日から、脱出の為に各々が行動する事となった。
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