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10章 世界の平和の為に
#1-4.後の世の為に
しおりを挟む「エリーセル殿は、確かガトー防衛の折、新米の勇者たちと共にラムクーヘンを撃退したと聞いておるが。君から見て、彼らはどうかね?」
束の間のティータイム。
ギド将軍はカップを置きながら、エリーセルに若き勇者達の事を問うた。
「とても有望です。というより、今の時点で十分に優秀だと思いますわ。ただ、メンタル面に若干の難があるようにも見受けられました」
対するエリーセルも、先ほどよりは落ち着き、カップに唇をつけたりする。
「恐らくは、自身の思い描いていた未来と異なる世界情勢に困惑してのことだと思いますが。彼らは、同じ人間と戦うことを、好ましいとは思っていなかったでしょうから」
「まあ、それはそうだの。我らとて、南部の軍勢の槍がアプリコットに向いたとき、騒然とし、困惑ばかりでどうしたらいいのかも解らんかった」
あれは驚かされたものだ、と、老将は笑う。今でこそ笑い話であった。
「しかし、そうか。新しい世代の若者に、人間同士の戦いという新しい、あまり望ましくない局面を押し付ける形になってしまったのは、申し訳なく思ってしまうのう……ワシらは、後の世代に押し付けてばかりじゃ」
ゼガの時代、いや、その外見からすればそれ以前から魔族との戦争に携わっていたようにも感じられる老将の言葉に、エリーセルはぴしりと肩を張る。
「ですがギド将軍。それももうすぐ終わるのではないでしょうか。今さえ乗り越えられれば。仮に今が辛くとも、今の世代の若者が苦労しようと、その後の世代に。後の後の世代に、平和をもたらすことが出来るなら。それはきっと、誇れることだと思うのですが」
時代の礎になり、平和を築く。
それが、今の世代の人間の役割なのだろう、と。エリーセルはそう感じていた。
少なくとも彼女の主はそう考えていたし、あの女王も、自身も含めてそう考えている節があったように見受けられた。
「それに将軍は立派ですわ。そのお年まで前線へ出張り、身を張っていらっしゃいますもの」
「いや、そう言われるとなんとも……君のような可愛らしいお嬢さんにそんな事を言われると、年甲斐もなく照れてしまうわい」
うっすら赤面しながら、照れながらに頭を後ろ手に掻く。まんざらでもなさそうだった。
「しかし、そうか……無駄ではないのか、ワシらの戦いは」
「決して無駄にはなりませんわ。散っていった兵達、その一人ひとりに至るまで。後の世の為戦った者に、唯の一つの無駄はありません」
それは、エリーセルからすれば『敵側の視点』でもあった。
愛しき主の邪魔をする障害。
そう思いながら無慈悲に殺していた。
しかし、彼女たちは心ある人形である。何も感じずただ殺していた訳ではない。
人という生物にも感情がある事は、主によって連れてこられた新しい仲間たちから聞いていた。
自分達人形を大切にしてくれるのも、ひどい扱いをして捨てるのも同じ人間なのだと。
人間とはさまざまなものがあり、さまざまなことを考え、さまざまな気持ちになることを知っていた。
魔族とそんなに違わない、ともすれば自分の主とそう違いは無い生き物なのだと解っていた。
だから、彼女は主により人間世界に赴くように言われた時もそんなに嫌な気持ちにはならなかったし、先んじて一人で人間世界に出向いたことのあるアリスにも対抗し、しっかりとお役目をこなそうと意気込んでいたほどであった。
女王エリーシャは、彼女にとってはあまり良い思い出の無い、できればあまり会いたくない相手ではあったが。
まだ若い人間の勇者達は、外見的には自分とそんなに違わない年頃なのに、どうしてかとても可愛い後輩のように感じてしまっていた。
自分の中にそんな感情が芽生えたのが不思議で仕方なかったが、こそばゆくもどこか心温まるもので。
かつて敵であった人間相手にこのような気持ちになるのは何故なのだろうと考え、そうしてたどり着いた答えは、思ったより簡単なものだった。
『私はきっと、羨ましかったのだ』と。
人形とは、人を模った存在である。
人を模して作られた彼女が、人のようになりたいと願うのはそんなにおかしなことでもなかった。
同じ型でありながらアリスのように感情豊かになることが中々出来ないでいたエリーセルは、しかし、様々な経験を元にようやく人間らしくなる事が出来たのだ。
そのようになって初めて、自分が殺してきた敵に、彼らが死ぬことに、一体何の意味があったのかを考え始めた。
彼らが何を願い、何故戦うことが出来たのかを。
なし崩しで戦ったことを除けば、その多くは護りたいモノがあり、命を捨ててでも前に立たねばならぬ何かがあったのだ。
それが何なのかを、ずっと考えていた。
そうして、若い勇者たちの悩む姿を見て、彼女は気づけた。
彼らが想像していた未来。魔族との戦争の続く世界で活躍する事、名を上げ世の中の、人々の役に立つ事。
そういった未来が崩され、今の世に困惑しているその姿を見て『人間は、未来の為に戦っているのでは』と、考えるようになった。
自分の望む未来があるからこそ、自分が護りたい誰かの未来があるからこそ、人は戦えるのではないかと。
目先ばかりではなく、もっと先の、はるか先のことを考え、戦っているのではないかと思ったのだ。
為政者だけでなく、兵士一人ひとりに至るまで。そのすべてが各々の思い描く未来を護るため、あるいはそうならないようにするため、戦うのではないかと。
彼らの死を、エリーセルは知っていた。
彼らが散り際に泣き叫んでいたのも、苦しみながらに歯を食いしばりながら挑みかかってきたことも。
それら全てが、これからくる未来の中、無意味なものだったとは到底思えなかった。
彼らの死が在ったからこそ今という時代があり、これからという未来がある。
それはとてもかけがえのないもので、決して無視してはいけないものなのだと、彼女は考える。
強く熱のこもった瞳で見つめてくる少女に、その言葉に、老将は胸に迫るものを感じていた。
嬉しかったのだ。まだ年若い娘が、そのように自分達を肯定してくれたことが。
彼らの戦いとは、敗戦の連続であった。
マジック・マスターとの戦いは、勇者ゼガが現れるまでの間、ひたすらに連戦連敗。
戦場に赴き、まず最初にしなくてはならないのはドラゴンとヴァンパイア、そして魔王が戦場にいないかという確認。
もしいずれかが存在していたら逃げなくてはならなかった。
例えその背後にいずれかの国家があろうと、無防備な民衆が置き去りにされようと、軍は逃げねばならなかった。
みっともないと、国の恥と誹りを受けようと、他国が滅びようと構わず兵力を温存せねばならなかった。
でなくては、本当に護りたいモノを護れなくなるから。
彼らは軍人である。ただ善意で戦場に立っている訳ではない。
護りたいモノがあり、それが為戦うことを誓ったのだ。
だが、実際に戦場に出てみればひたすら敵に蹂躙されるばかりの戦が続き、兵の士気は落ち、自分も含め、将とはただ逃げる際の指示を下すだけの敗戦処理係であった。
戦術など何の意味も無い。数の差など無視される圧倒的過ぎる戦力差。
拮抗しているかに見えた戦場で、ただ一人の魔族が前に出ただけで数十万の兵が瞬く間に全滅したことも一度や二度ではない。
絶望ばかりが戦場を支配し、自分の下にいた兵達がその日一日で幾人『無駄死にしたのか』を聞かされるのは、大層辛いものであった。
あまりの辛さに耐え切れず、敗戦の責任を取ろうと自害する者も後を絶たない程に。
だが、そんな日々も、そんな中散っていった者達も、無駄ではなかったのだ。
今という時代を作り、これから先の未来の為の礎になれる。
それが、彼にとってどれほど励まされるものであったか。
老将は、年甲斐もなくこみ上げてくるものに、瞳を濡らしそうになっていた。
「……将軍。その、どうぞ」
そんな彼を見てか、エリーセルは笑うでもなく、まっすぐに見据えてハンカチーフを手渡してくれる。
「すまぬ……この歳になると、涙腺が緩くなってのう」
遠慮がちにそれを受け取りながら、目元を覆い隠す。
わずかばかり肩が震えるが、すぐに収まり。
「ありがとうエリーセル殿。ここにきて良かった」
にかりと、善い笑顔になっていた。
その後、ほどなくノアールが戻り、若干気まずげになりながらも引継ぎが始まり。
それが終わるや、エリーセルとノアールは命令書どおり、後をこの老将に委ね、トネリコの塔へと向かうこととなった。
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