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8章 新たな戦いの狼煙

#13-3.魔法少女たち鍛錬中

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『ブラックバインド!!』
楽園の塔の最上階にて。
塔の娘達の遊技場として用意されたこの空間は、今、ミーシャの魔法の鍛錬に使われていた。
「んー、無詠唱だと大分威力が落ちてしまいますね。まだまだ鍛錬が必要かしら?」
傍で見守るアーティが、目標として用意された人型の鎧人形を見ながら指摘する。
巨大な爪に鷲掴みにされたように部分部分黒ずんでいる鎧人形であったが、壊れるまではいっていなかった。
「――むう。私としては、闇の中級魔法とか使えるようになっただけで十分嬉しいんだけどね。しかも無詠唱で」
まだ納得してくれていない師匠にミーシャは唸っていた。
「ブラックバインドは闇属性の対人中級魔法。人間にはかなり難易度の高い魔法のはずなんですけどね」
アーティはと言うと、そんなミーシャに苦笑してしまう。
確かに人間視点で見れば十分すぎる域の魔法であった。
少なくとも多少訓練を受けた程度の人間の魔法兵では、ここまでの魔法は単独では扱えない事の方が多い。
これだけの才能に恵まれれば、人間世界では天才と呼ばれてもおかしくない程なのだが。
本人も周りの人間も無自覚であり、勿体無かった。

「次は風属性でいってみましょうか」
「解ったわ」
アーティに言われるまま、ミーシャは静かに目を閉じる。
そうして、一回、二回、息を整え、また目を開くと、鎧人形を凝視した。
『エアロカッター!』
ヒュバ、というわずかな音。直後、鎧人形は風の刃に切り刻まれていった。
ぼとり、人形の上身が崩れ落ちる。
「まずまずの威力ですね。本当なら耐性のない相手なら風圧と風斬で粉みじんになってるはずなんですが」
中級魔法とはその程度の威力を擁する魔法を指す。
ただ難易度が高いだけではない、当然、威力もそれに伴って然るべきものなのだ。
「無詠唱発動のデメリット?」
「そうですね。魔法も、本人の属性にマッチしていたり、扱い慣れているものなら無詠唱でも威力が落ちたりはしないのですが……まあ、百年単位の鍛錬の末それが身に付くようなものですから」
「死ぬから。百年とか普通に死ぬから」
人間には無理過ぎた。生きて五十年の時代である。百年生きるのは不可能に等しい。
「ですが、人間の中にもそれ位の鍛錬を積んだ魔族と同等の火力を持つ者は多少なりともいるはずですから。貴方がその域に達する事も不可能ではないかもしれませんよ?」
エリーシャとかリットルとか、と指を折りながら呟いていく。
「師匠はまあ、名の知れた魔法使いだしね。エリーシャに関してはなんていうか、あれは別の人類なんじゃないのって思う」
魔法に特化された師匠リットルはまだ特化されてるからで納得はいくのだが、ミーシャ的にエリーシャの強さは反則だろうと思っていた。
「まあ、そうですね。百年に一度とかそれ位の割合で生まれるらしいですけどね、ああいう反則じみた強さを持つ人間って」
同じ人間視点でもやっぱり異端だったのかなあ、などと思いながら、アーティは苦笑。
才能がありすぎるのも難があるのかもしれないと、変な部分納得してしまっていた。


 一通りの鍛錬を終え、隅に設置されたベンチに腰掛ける二人。
水筒から紅茶を注ぎ、のんびりとくつろぐ。
話題は先ほどの続きであった。
「人間はね、ああいうすごすぎる人を見ると、逆にねたましく感じるものなのよ。羨ましいって思うけど、どうやっても手が届かない人なんか、周囲の妬みがすごいと思う」
大変よね、と、カップを手に、他人事のようにミーシャは呟くのだが。
アーティからすれば、ミーシャのその才能は間違いなく破格なもので、気づかれずに埋もれたままだったからそうなっただけで、一歩間違えれば同じように妬みの嵐にまみれることになってもおかしくないように思えた。
黙っていたが。わざわざ告げるようなことでもないし、それでミーシャが変な方向に自信を持ってもよろしくないし、と。
「そう考えると、魔族の『他人は他人』っていう考えはいいなあって思う。さばさばしてるっていうか、余計なことに首突っ込んでこないというか」
お節介焼きが少ないのよね、と、勝手にうんうん頷く。
「確かに、魔族は他者との関わりが希薄になりがちですからね。同僚や同胞という事である程度の連帯感を持つこともありますが、基本隣人が死んだとしても悲しんだりはしません」
価値観の違いというのも大きいのだが、やはり、人と魔族ではこの辺り全然違うようだった。
「人の世話焼く暇があったら自分の何かを極めたいっていう人が多いんでしょ? アーティさんはそうでもないの?」
「私は、貴方に教えながら、自分の復習のつもりでやってますから。これが魔法に何の関係もないことなら、多分お断りしてるはずですよ」
私も別に優しさでやってるわけではないので、と、断りを入れる。
「ウィッチ族は魔法に始終する人生を送るのが宿命ですからね。生涯学習、生涯鍛錬です」
ぐ、と、細い腕を曲げてみせる。残念な事に全く力が入っていなかったが。
「真面目だなあ。私なんてちょっとしたら飽きて遊んだりお祭にお忍びで混ざったりとかしてたのに」
ミーシャはやんちゃなお姫様であった。
「遊ぶのも時には良いですけどね。私はまあ、元々あんまり身体が丈夫ではないのもあると思うのですが」
あまり活発ではないアーティにしてみれば、それは羨ましくもある事ではあったが。
「でも、遊んでばかりでは駄目です。お馬鹿になります」
めっ、と、お姉さんのようにはっきり駄目だしする。
見た目は年下のようにも見えるのに、こんな時はお姉さんっぽかった。でもミーシャは悪い気がしない。
「アーティさんって、セシリアさんとかと違って怒ってもあんまり怖くないのよねぇ。だからありがたいというか」
「なっ――」
残念な事に、アーティには全く迫力がなかった。年季から来る怖さというものが存在していないのだ。
「あ、でもだからって無視して良いと思ってるとかじゃないのよ? ただ、怖い人に怒られると萎縮しちゃうというか、やる気なくすから、アーティさんみたいにやんわり言ってもらえる位がいいかなあって思ってるだけだから」
誤解しないでね、と、ミーシャなりにフォローもするのだが。
「そうですか……私って、そんなに怖くないんですか……はぁ」
アーティの傷は思いのほか深かった。
「いや、まあ、その……ごめん、余計なことを言ったみたい」
「いえ、いいんですよ。そうですね、私みたいなもやしっ子じゃ、怒ってもそよ風みたいなものですもんね。もっと、もっと強くならなきゃ――強く、なれるかなあ」
アーティもまた、悲しみを背負っていた。
「……ふぅ、お茶おいし」
これ以上何か言っても聞いてくれそうにないからと、ミーシャは放っておく事にした。
時間が解決してくれる問題というのもあるのだ。

 その後、しばらくぶつぶつと呟いていたようだったが、ミーシャが一休み終えて立ち上がる頃には立ち直ったのか、アーティは元の調子に戻っていた。


「そういえば、アーティさんも忙しくなってるようだけど、ここにいても大丈夫なの? 内乱、激しくなってるんでしょ?」
鍛錬の最中、おもむろにまた別の話を投げかけるミーシャ。
「んー、お城における私の役割って、実はそんなに多くありませんので……」
元々はラミアの留守中、ラミアからの報告を聞き、それを魔王に報告するのがアーティの役割だったのだが、急遽魔王自身も出陣するとの事でその役目がうやむやになってしまった。
そもそも、参謀本部自体がラミアの入った現地の本陣へと移されてしまい、魔王城は完全に本拠地としての機能を失った形となっている。
ただ、一応アルルがいる為政治拠点としては意味があるし、何だかんだで楽園の塔を守らなくてはならないために五千七百ほどの兵が詰めている。
対空監視や転送陣の警戒も解いているわけではない。有事には反乱軍の迎撃や一斉避難ができるだけの余力は残してあった。
アーティはこの指揮を執るのが仕事なのだが、今のところ近隣に敵影すらなく、平和そのものである。
「定期的にラミア様に報告するのと、お城を軽く見回りするくらいなんですよね。陛下もラミア様も心配しているのはこの塔の娘達位なので、私がここにいるのは割と合理的なんですよ」
ここさえ無事ならそれでいい、という観点で見ると、アーティがここに収まっているのは実に正しかった。
そうしてその合間にミーシャの鍛錬を手伝いつつ、自身の復習もこれに兼ねる。
無駄がない。とてもスマートな日程であった。
「それに、今のところこの塔で一番戦力的に心配があるのは私と貴方ですからね。有事に備えここで鍛錬を重ねるのは、その弱点をカバーするためにとても効率的です」
ウィークポイントに自分を入れてしまう辺り、アーティの自虐的な面が垣間見えてしまうのだが、ミーシャも自分が一番弱いのだと自覚させられてちょっとだけ傷ついてしまう。
「いやまあ、魔族の姫君だとか亜人の人らみたいなのと比べたらそりゃ私は弱いだろうけど……」
はっきり言い過ぎじゃない? と、悲しくなっていた。
「……だからこそ、強くなれば良いのです。お互いに頑張りましょう」
同じ悲しみをアーティは背負っていた。
いや、こちらは種族的に強くて当たり前なのに弱いのだから、より過酷なものを背負っていたのだ。

「でも、これだけ魔法が使えてもゴブリンの姫より弱いのかあ……」
「彼女はあれで格闘術の遣い手ですから。身のこなしが軽いのもありますし、子供っぽいですが私達よりも強いはずです」
確かに追いかけっこはすごいすばしっこかったわ、と、ミーシャも納得しそうになってしまう。
「基本的に亜人種族の方は基礎となる身体能力や魔力が人間や一部の魔族より高いらしいですし」
「グロリアさんとか普段ぼーっとしてるけどすごい魔法強いものね」
参考にはならないながら、精霊がどうのこうのとのたまいながら強大な魔法を難なく発動して見せるのだ。
ハイエルフの王族はその辺り、下手な魔法系の魔族よりもすごかった。いろんな意味で。
「彼女はあの感性さえなければ誰からも尊敬される魔法の遣い手になれたでしょうね。バリエーションも豊富ですし、何より魔族の魔法よりも使い勝手が良いものが多いですから」
「そうね。私もそう思う。すごく残念だわ」
この二人から見ても、グロリアはやはり残念な美人であった。
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