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8章 新たな戦いの狼煙

#5-2.魔王様はとても頼りになるお方

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 東部地域は更に混沌とし始めていた。
本来極寒の南部地域にいるはずの冬将軍や氷雪娘など、強力な種族が戦に介入し始めたのだ。
グリーンガーデンで足止めを受けていたアーティ軍は、これにより大打撃を被り、魔王城への撤退・再編成を余儀なくされる。

 黒竜族に押さえつけられているはずのこれら種族が、何故東部の戦に関わる事が出来ているのか。
参謀本部は、大いに混乱していた。
四天王の影響力、権威。
これらが落ちているか、あるいは他の四天王が何か野心を抱いているでもなければありえない状況であった。
もう春に差し掛かってきた頃だというのに、状況は改善されるどころか最悪の方向に捻じ曲げられつつあった。

「ラミア様、緊急事態です。中央部にて内戦が勃発。オロチ族とデーモンサーバントが交戦状態に入りました!!」
「即座に介入なさい!! もう、こんな時に同胞同士で内戦だなんて!!」
「エルフ族の集落が正体不明の敵から攻撃を……! 救援の要請がでていますわっ」
「ただちに部隊を編成、送りなさい!! あの集落の内側には捕虜の村もあるのよ!!」
「魔王城から五百の距離上空、レーダーに感。ワイバーン五十二騎の航空部隊かと思われます!!」
「対空カタパルト、及び魔導砲で迎撃なさい。地上も警戒!! 五十騎程度なら叩き潰せるはずよ!」
参謀本部に次々押し寄せる情報の嵐。飛び交う指示。
そこは、魔族世界のもう一つの戦場であった。

「ラミア様、北部地域より中央部に反乱軍液魔族が攻撃――大地に王水の雨が降り注ぎ、馬悪魔族の領土が滅亡致しました」
「……あいつらは魔王軍だけではなく、反乱に加わらない種族まで根絶やしにするつもりなの?」
反乱軍の狙いはあくまで魔王の排斥、魔界の、彼らにとっての正常化が行われる事。
それが彼らの動機であり、魔王に刃を向けるに十分な何かだったはずだが、どうも今の彼らはそうでもないらしいと、ラミアは気付く。
「これは……もうただの戦ではないわ。死滅戦争よ」
自軍に付かなければ滅ぼすという選択は、戦を避けようとする中立派を無理矢理にでも巻き込んでいく。
味方に付かなくとも敵にならなければ手を出すつもりは無い魔王軍に対し、反乱軍はそうした選択を取ってしまった。
ここまで来るともう、魔王一人が死ねば済む問題でもなく、正規軍が敗北すれば反乱軍に付かなかった者は皆殺しにされるのだろう、と容易に考えられる。
そこまでして魔王とそれに組みするものを排斥したい、それほどの憎しみを持っている者が、敵にいるのだろうとも。
「いかがなさいますかラミア様? 今から北部に兵を回す余裕はございません。ですが、このままでは北部のほかの親魔王派の領主や中立派の領主達まで敵に寝返ってしまう恐れが……」
魔王軍が頼りないのなら、彼らは自衛するしかない。
だが、反乱軍の規模は中・小規模の領主単独では抑えきれないほどの勢力を維持している。
負けると分かっている戦をする者は少ない。生きる為なら、多少意に反しても反乱軍に加わる道を選ぶに違いなかった。
「……吸血王はどうしてるの?」
このような状況下、最も楽に動かせるのは直近の吸血族なのだが。
「例によって、『気が向かぬので出撃はせぬ』と」
生憎な事に、彼らの王はやる気がないらしかった。
「まあ、なんとなく想像はついてたわ」
もうどうにもならない。北部は呑まれるに任せるしかない。
ため息混じりに、ラミアは自分の椅子に腰掛ける。
「私の想定が甘かったのは認めるしかないかしらねぇ。でも、この程度で危機とは言えないわ」

 現状、極東以外の全域で想定外が起きていると言えた。
西部と東部の攻撃の遅れ。
北部の『味方にならなければ敵』理論での中立派の領主への攻撃。
南部からの強力な魔族の移動。中央部の内乱。エルフの村への襲撃。
同時多方面への影響。全域での異常。
これは明らかに、参謀本部の機能を麻痺させる為に『何者かが』意図して起こしている。
間違いなく黒幕がいる。それも、軍の上層部。まあ、そちらは察しがついていたので証拠待ちだが。
「最大のピンチは、恐らくこの後に来るはずよ。各自備えなさい。イメージを働かせるのよ」

 魔族ではあまり無い事だが。
少し後の状況をイメージするという行為は、後々の戦況把握や対策を立てる際に有意であると、ラミアは最近気付かされた。
話そのものは魔王や黒竜姫から聞かされてはいたのだが、その有用さ、価値に気付けたのは、会談に際して人間達と直に接した際であった。
流石に全軍にフィードバックさせるには時間が足りないが、参謀本部では最近、この『イメージする』という行為が流行っている。
というよりラミアが流行らせた。
全軍の指揮を担う参謀本部。
その一人ひとりが先行きをある程度でも想像できるようになれば、軍の進行速度や人員配備、兵站などにムラが減り、結果人員や予算の削減に繋がるのではないかと考えたのだ。

 起きた事をそのまま報告するのではなく、目の前の状況を解決する方法ばかりを模索するのではなく、後に起こる状況を見越しての選択を選ばせる。
彼らの手に負えないような事案や失敗に関してはすぐラミアに通し、それ以外は各々の処理に任せる。
かつて魔王が内政を部下たちに押し付けていったのと同じように、ラミアは軍部でそれを行おうとしていた。
全てをラミアが考える時代は終わったのだ。これからは、本当に必要な指示だけを下す。
それ以外の能力は、全て『最悪の事態が起きた時』の対処に回す。ラミアはそう決めていた。
それまでラミアの手足でしかなかった参謀本部の面々は、このようにして、それぞれが即座に判断を下す事ができるように鍛えられていったのだ。
今はまだ頼りなく、自分が指示を下す必要もあるが。
最終的には、自分ひとりいなくなっても問題ないようにしたいと感じたのだ。


「――ふう。ここは癒されますわねぇ」
ここは魔王城隣に急遽作られた遊技場。
人間世界より招待した人間の専門家らが作業する為に用意されたプレイルームであった。
その一角で今、魔王とラミアはテーブルゲームに興じていた。
「君でも疲れる事があるのかね。あれほど戦の際には眼を輝かせていた君が」
魔王がダイスを振り、出た数に合わせてかち、かち、と駒を移動させる。
「なんでしょうねぇ。これまで私は、戦場を自分一人で支配している気になっていたのです。いえ、事実支配していましたわ」
ラミアの番になり、ダイスを振る。出た数字は一。一番目立つ大きな駒を一歩だけ前進させた。
「まあ、エリーシャが現れてからは、幾分バランスも崩れましたが」
「そうだな。彼女は実に画期的かつ斬新な戦術を考える。君でなくとも翻弄されてしまうだろう」
エリーシャは、その戦果で戦略を覆すレベルの戦術の天才である。
ラミアのような戦略家にはどうにもならない。そもそもの相性が悪かったのだろうと、魔王は笑う。
「どうやら反乱軍の討伐、上手く行っていないらしいな?」
掌の上でダイスを転がしながら、魔王はラミアの銀色の眼をじ、と見た。
「……仰る通りですわ。折角陛下に任せられておりますのに、不甲斐無い限りです」
本来現状報告の為ここを訪れたラミアであったが、魔王に誘われこうしてゲームに興じている。
それだけ、精神的に疲れているのだ。
精神の疲労は魔族には殊更大きい。種族柄かなりのタフネスを誇るラミアとて、それは例外ではなかった。
「まあ、それだけ魔族と人間とが和を結ぶのは大それた事だという訳だな。むしろ、問題はこれからどんどん拡大されていくのではないかと思うが」
「私もそう思いますわ。これはまだ物事の序盤でしかないと。ですが陛下、序盤の波が高すぎます。このままでは、最悪は――」

 あえて言葉を濁したのは、ラミアのプライドもあった。
考えられる最悪の事態は、それだけ起こりうる可能性が高い事を示す。
そして、そうなった場合、魔王もラミアも、共に悲惨な末路が待っているであろう事も。
だが、ラミアは認めたくなかった。
自分がついていながらそんな情けない『最悪』など迎えて溜まるかと、プライドが反抗していた。
それを知ってか、魔王は苦笑するばかりで、余計な事は言わない。

「陛下は、これを最初から想定してらっしゃったのですか?」
自分にとっての想定外。それを聞いても尚、表情を崩さず苦笑するばかり。
いつもの困ったような、人のよさそうな笑顔が、ラミアには妙な心強さを感じてしまう。
自分では無理でも、この方なら。自然、そんな風に甘えが入ってしまうのだ。
「――大体はな。だが、それでも通さなければならんと思っていた。ある意味、こうして大掛かりに分かれてくれたのはありがたいとすら思っている」
この魔王には、余裕のようなものがあるのをラミアは知っていた。
出会った当初こそそれに困惑させられ、苛立ちすら覚えた物だが、今は違う。
『それは信用に値するものだ』と、ラミアは経験で知っていた。
「安心したまえラミア。計画などというのは崩れる為にあるものだ。だが、崩れたとてやりようはある。今を楽しむのだ。戦を楽しみに笑っている君は、間違いなく輝いているのだからね」
「……解からない方ですわ」
妙に自信に溢れ笑っているこの中年男に、ラミアは可笑しくなってしまっていた。
ナーバスな空気などとっくに消え去っていた。
「ですが、陛下がそう仰ると、何事も上手く行く気がしてきました」
「そうかね? まあ、いざとなったら頼りたまえ。私自身、暇があればいつ前線に出ても構わんのだ」
最近何かと多忙そうな魔王であったが、自分にある程度信任をおいてくれている者達を守る為の戦いである。
それなりに積極的に動くつもりでもあった。
「それは助かりますわ。早速ですがエルフの集落に向かっていただけるとありがたいのですが」
「構わんよ。ではちょっと行ってくるか」
半ば冗談のようなノリでの一言に、魔王はすぐさま立ち上がる。
「あっ、陛下――」
「セシリアの仲間が死ぬのは忍びないし、正体不明の存在というのも気になるし、な」
とても格好の良いことを言って背を向ける。
「あと一手で終わりますのに」
王を示す王冠の駒。この前に、ラミアの駒達がひしめいていた。
圧倒的なラミア有利。魔王側の勝利は絶望となっていた。
「すまんが片付けておいてくれたまえ」
ラミアの言葉に、一瞬背をびくりとさせ、そのまま足早に去っていってしまう。

 そうして残されたのはラミアだけたが、なんとも滑稽に感じてしまい、つい笑みがこぼれる。
「ふふっ、本当に、あの方は――」
負けるのが嫌だから、それから逃げるためだけに戦地に向かう。
そんなデタラメな行動、ラミアには読めるはずも無かったが。
そんな主だからこそ、ラミアは認めたのだ。
自分の予想外を、あの方なら容易に片付けてくれるだろう、と。
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