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4章 死する英傑

#11-2.魔王様の介入

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「ウィッチ隊、敵『ゴーレム』に対し爆撃開始」
「リザード第十五分隊、敵のゴーレムとその周辺の歩兵に対し、攻撃を開始しました」
「帝国の軍には構わなくていいわ、南部のゴーレムと歩兵を集中攻撃しなさい」
「エルフの第二偵察中隊からの報告です。帝都『アプリコット』周辺の南部諸国連合軍、後方の補給集積地を発見したそうです」
「第二十五猟兵小隊、敵の指揮官らしき男を補足」
「敵の指揮官は皆殺しにしなさい。補給線は分断してやればいいわ。奴らの頭と生命線を喰いちぎるのよ」
「南部諸国の各主要都市にて『スティンガー』を発動。これによりかねてより篭絡していた多くの要人・首脳の失脚及び暗殺が完了しました。南部のほとんどの国家は一時的に機能不全に陥っています」
「吸血王に通達。南部方面軍はただちに攻撃を開始。ゴーレム達の帰り道を奪ってやりなさい」

 魔王城・参謀本部では、今まで以上の慌しさが空気を支配していた。
あらゆる方面からの報告、各種要請が飛び交い、本部のメンバーは逐一ラミアに報告しては、すぐさま自分のデスクに戻っていく。
無数の映像魔法が飛び交い、それを見てまたラミアの元に駆け寄る。
ラミアはそれを聞き即座に判断・命令を下し、そしてまた全ての戦場にその情報をアップデートしていく。
全ての状況は同期的に流れてゆく。全ての情報は全ての戦場に流れてゆく。
ラミアの判断は、命令は、すぐさま戦場に伝えられ、各地の軍団に、部隊に、隊長達に伝えられていく。
そしてそれを元に現場の指揮官達が判断し、行動に移す。

 全てをラミアが考え、ラミアが判断し、ラミアによって伝えられていた時代とは明らかに違う、スピーディーな立案・命令・実行の為のアルゴリズム。
現場と本部との乖離、前線と魔王城の距離はこれによって解消され、リアルタイムで情報が流れ、命令が達成され、次の指示が紡ぎ出されていった。
戦場が汗ドロまみれならば、参謀本部のメンバーもそれに負けぬほどに汗まみれ、疲労肩こりに悩みながらも、イキイキと奔走していた。
ラミアも例外ではなく、その優秀な頭脳を余す事無くフルスペックで活用し、額に汗しながら、次々に持ち込まれる報告に正確・かつ的確に対応していた。
参謀本部は、そんな戦争好きばかりで構成された戦争狂いの為の職場なのだ。

「ラミア様、帝国軍の部隊はラミア様の仰っていた通り、我が軍に対し攻撃を仕掛けてこない様子です」
部下の一人、魔女族の娘が書類片手にラミアに報告する。
ラミアも汗を拭き、ふぅ、と艶かしく息をついた。
それを見ていたメンバー達は、ついその仕草に見惚れてしまう。
「彼らにとっても都合がいいはずだもの。ゴーレムを退けるまでは高みの見物を決め込むでしょうよ」
ようやく一息つけたからか、清々しそうに映像魔法の一端を見ていた。

 戦場の勢力図。ゴーレム軍の一翼が、ウィッチ隊の『絨毯爆撃』により崩壊していた。
陸において強大な力を発揮するゴーレムも、遥か上空からの爆撃には無力この上なかった。
一部のゴーレムを除いて、ではあるが。
「ミスリルゴーレムにはウィッチの爆撃は効果が薄いらしく、前線の魔物兵部隊に被害が出始めています」
眼鏡をかけた馬頭の悪魔が、横着ながら自分のデスクからラミアの方を向いて報告を飛ばす。
「ミスリルは金属としてはそこまで強度は高くないわ。なんとか物理攻撃で破壊するようにするしかないわね……」
指先で眼鏡をくいっと持ち上げながら、ラミアは正面上に表示された映像魔法を見る。
これまでにまとめられたゴーレムの性能データだ。
やはりというか、最大の難点はこの鉛色に輝くゴーレムであった。
なんといってもしぶとい。そして通常のゴーレムより巨大なため、一度接近されれば甚大な被害を被りかねない。

 今回の作戦は、『いかに帝国軍に被害を出させずに、南部の軍勢に打撃を与えるか』が鍵となっている。
帝国側に『奇跡の勝利』という錯覚を。中央の周辺国に『帝国に対する疑念』を広める為である。
何故そんな回りくどい事をしているかと言われれば、それが魔王の指示だからであった。
彼女達の主は、帝国と周辺国の決定的な分断をラミア達に命じたのだ。
ラミアは震えたものだ。それは紛れも無く先代の遺言を果たすために必要な作戦なのだろうが、それにしても、人間までもを手玉に取る自らの主の器用さに、驚愕していた。
「このまま作戦を進めていけば、後は陛下が上手くやってくださるわ。問題はこの戦いが終わった後にこそあるの。最後まで気を抜かずにいきましょう」
一瞬、部屋の隅の空席の上に置かれた赤い帽子を見て、また部屋全体を見渡す。
「はい」
「解りました、ラミア様」
「お任せ下さい。上手くやって見せますわ」
参謀本部のメンバーは全員熱狂的なラミア信者である。
そのラミアからこう言われれば、彼らは、彼女達は、笑いながら気合を入れざるを得ない。
ここは魔王城参謀本部。(Mっ気の強い)笑顔の絶えない職場であった。


 さて、そのラミア達の主であるが――
「やれやれ、あまり戦いたくは無かったのだが。まさかこんな状況下で警備が厚くなっているとは驚きだな」
奇しくも、先日黒竜姫が侵入したのと全く同じルートで、アプリコットの城、その三階に侵入していた。
偶然鉢合わせた兵を黙らせたのも同じで。
違うところといえば、これらの兵は全員、魔王の後ろに控える三つの影達によって有無を言わさずお亡くなりになった事位である。
「ラミア経由で聞いた間者からの話では、城内の警備はここまで厚くなっていないはずなのだがね。何か手違いがあったか。あるいは、ゴーレムが思いのほか強くて、首脳部が逃げ出す算段を始めていたのか……」
影に向かって話しかけているのか、それとも独り言なのか。
どちらとも取れるような口調のまま、魔王は音も無く歩く。
「……」
影となり後ろを歩く者達は、無言のまま歩く。
これは影の一人、エリーセルが得意とする応用魔法の一つ『サイレンス』。
指定した範囲に発生した『音』を遮断するもので、このように隠密行動を取りたい時等に靴や武器などに範囲指定して発動させると、音も無く行動する事が可能となる。
魔王の口にかけなかったのはいささか無用心であったが。
とはいえ、城内警備兵程度の戦力は、この四人にしてみれば本当に『ただ邪魔してくるだけの敵』でしかなかった。

「……まさか、貴方が直接乗り込んでくるなんてね」
――彼女以外は。

「――やはりというか、君は私の前に立ちはだかるのか。困ったものだ」
四階への階段の前だった。
肩ほどで揃えられた、髪飾りの付いた美しい亜麻色の髪。
戦時に備えての事か、赤色の装飾軽鎧のついた紺のスカートアーマーという変わった出で立ちである。
大げさに両手を広げ、首を横に振りながら。
魔王は、顔見知りの元女勇者と対峙していた。
「アリスからの手紙は受け取ったわ。結局、あの手紙の意味は理解できなかったけどね」
「そうか、あの娘とはちゃんと会えたか。それは良かった。わざわざ会わせてやった甲斐があった」
エリーシャの言葉に、安堵したように微笑む魔王。
その様子に、エリーシャは怪訝に感じた。
この魔王がこの城を訪れた理由。そもそもアリスをわざわざ寄越した理由。全てが解らないままだった。
「会わせてやった? どういう事?」
「何、簡単な話だ――」
違和感を感じたエリーシャに、しかし魔王は眼を閉じにやりと口元をゆがめる。魔王の笑いだった。
「せめて、最後に会わせてあげたいと思った。そんな親心だよ」
「まさか、アリスは――」
「勘違いしないでくれ。この『最後』という言葉は――君にかかっているのだ」
目を見開き、腕をまっすぐエリーシャへ向ける。
いつの間にか魔法が解かれたのか、ズドン、と大きな音が魔王の真横から響く。
巨大な影が、照明に照らし出されていく。
「――っ、ちょっと――」
驚愕するエリーシャの前に立つそれは、屈強かつ巨大なオークの勇者・ジャッガ。
人よりも巨大な両手剣と鉄のバトルアックス。
鉄の胸当てやグリーブはそれほど防御力もないが、それ以上に全身隙無くついた鋼の筋肉が彼の頑強さを見せ付ける。
「このような場を与えてくれて感謝の言葉も無い」
「お前に任せる。殺しても構わん、命を賭して役目を果たせ。彼女はお前の『死神』だ。精々愉しめ」
主の言葉に、オークの勇者はニィ、と口を歪め、笑った。
「女、お前が我が宿敵だったか」
「……勘弁して欲しいわ」
エリーシャは苦笑していた。突然の展開過ぎてついていけない。
ただ、剣だけは構える。その剣を見て、魔王はさほど驚くでもなく「ほう」とニヤつく。
「あの宝剣はどうしたね? そんなナマクラで私の前に立つなんて、とんだ自殺願望者だ」
「万一に備え、『真に持つべき人』に返したわ。私じゃ、宝剣は一振りしか扱えないもの」
「それを聞いて安心した。そうか、やはり手紙を書いた意味はあった」
そうなっているだろう、と予想した上で、それがその通りになったのだ。魔王は機嫌よさげにエリーシャの横を通り抜けていく。
ぱたぱた、と、魔王の後ろを歩く二つの影もそれに倣い。
その場には、オークの勇者と、人間の元勇者が残された。
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