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4章 死する英傑

#6-3.自由を失った戦乙女

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「……しかし解らんものだな」
「はい……?」
そのような話の流れがあったので、皇帝が唸りながら続けるこの話に首を傾げる。
あれ、これで終わりじゃないの? という。
とてもいい話で締めたはずなのに、と。
「俺は最初、お前はシフォンとくっつくものと思っていたが……」
唐突に出た第一皇子の名前に、エリーシャは頭にクエスチョンを浮かべる。
「あの、何故シフォン皇子が……?」
「いや、まあ、シフォンはヘーゼルと結婚したしな。まあそういうのもあるか」
そうかと思えば勝手に納得し、うんうん、と頷きながら玉座から立ち上がる。
「まあいいか!! はっはっはっ」
そして突然笑い出す。
頭でもおかしくなったのかと一瞬不安になってしまい、戸惑うエリーシャ。
「へ、陛下……? あの、大丈夫ですか?」
「うむ。問題ない。エリーシャよ、お前も疲れているだろう。部屋も用意してあるから休め。トルテも会いたがってたぞ。じゃあな」
おもむろにエリーシャの肩をポンポンと叩くと、そのまま玉座を去っていった。
後に残されたのは、納得いかない様子のエリーシャ一人だった。


 その夜。再会したトルテにべったりとくっつかれたり、新しく付いたのだという侍女にじと眼で見られたりしながら時間を過ごしたエリーシャであったが、もうすぐ寝る時間か、という時刻になった辺りで部屋のドアが静かにノックされた。
因みにトルテの部屋である。
エリーシャの部屋も用意はされていたが、荷物を置いただけですぐにトルテに部屋に引っ張り込まれた。
「ヘーゼルですが、エリーシャ様はいらっしゃいまして……?」
ドアの外からのおずおずとした声に、「ヘーゼル姉様がいらっしゃるなんて珍しいですわ」なんて言いながら、トルテがドアを開ける。
「何か御用ですか? エリーシャ姉様ならいらっしゃいますが……」
「ああトルテ。それにエリーシャ様も。よかったわ。私、エリーシャ様にお聞きしたいことがあって――」
やり取りを見て、「この二人はいつの間に仲良くなったのだろう」と首を傾げるエリーシャ。
いつの間にか普通に話せる間柄になっていたのだ。違和感がある。だが、それはとりあえず置いておく事にした。
「ヘーゼル様、お久しぶりね。私に聞きたいことって?」
「エリーシャ様。お久しぶりですわ。あら、髪を……その、お切りになったのですね」
エリーシャの顔を見て一瞬嬉しそうに笑ったヘーゼルであるが、エリーシャの髪を見て、どこか居心地悪そうにしていた。
「ごめん。髪については触れないで。用件があるのでしょう?」
触れて欲しくない話題だったのでさらっと流した。
因みにトルテからもしつこく聞かれたのでこちらは頬を張って黙らせた。
対応の違いは性格の違いである。ヘーゼルは素直なのだ。
「あの、突然押しかけてしまって申し訳ないのですが、ちょっと確認を……」
眉を下げ、申し訳なさそうに小声で話すヘーゼル。
「とりあえず部屋の中で話しましょう」
何の話なのかは解らないながら、立ち話でするのもなんだからと、部屋に招きいれた。
「ありがとうございます。失礼しますわ」
トルテもさほど気にせず、ベッドに腰掛けた。やはり不思議だった。
「……?」
やっぱり違和感があったのだが、まじまじと見つめている所為かヘーゼルが首をかしげていたのを見て、エリーシャはそれ以上気にするのをやめる事にした。

「それで、確認したいお話って何?」
いつもなら愛するシフォンといちゃいちゃするタイムに突入しているはずのヘーゼルが、こうしてわざわざ義妹の部屋を訪ねてきたのだ。
まさか愉快な女子会をしにきたというものでもないだろう、と部屋にある種の緊張が走る。
「その、夕食の準備をしていた時に、お義父様から聞いたのですが……」
どうぞ、と侍女が用意した椅子に上品に腰掛けるヘーゼル。

「エリーシャ様、お義父様と……その、結婚なさるって、本当ですか?」

 瞬間、場が凍りついた。沈黙が支配した。何も流れない。
時計の針だけが、やたら大きな音で動いていく。
「姉様!?」
一番最初に反応したのはトルテだった。
「なんで」と言わんばかりに眼を見開いてエリーシャを見つめる。
「し、知らないわよ!? 結婚って何それ!?」
突然の事に後れを取ってしまったが、本来自分のことのはずで、エリーシャは大層驚いていた。
「姉様、私のお姉様になってくれたらと思ってたのに……義母様になってしまうんです?」
トルテの無念そうななんとも言えない表情が、事態の不味さをよく理解できる良い指標となっていた。
「知らないって……でも、エリーシャ様。お義父様は、『エリーシャからプロポーズされたぜ』とすごく上機嫌で笑っていたのですが……」
「まあ、女性からプロポーズだなんて、大胆ですわね」
「姉様、まさかずっと父上を……?」
侍女とトルテは口元に手を当て、心なしエリーシャから距離をおいていた。侍女はにやけていたが。
「ちょっと待って。本当にちょっと待って」
場は、明らかに劣勢であった。
トルテ達は早々に「そうだったのですね」と残念そうな曖昧な微笑みを浮かべている。
「いや、プロポーズって、それって……」
思い当たる所が全く無いとは言えない。そう気付いたのは今さっきである。
そういえば、なんかかっこいいこと言って話をまとめた気がするけど、受け取り方次第ではそう感じられない事もないかな? 位の物である。
しかし、自分と皇帝の歳の差を考えれば、まさかそう取られるとは思いもせず。
エリーシャは走り出していた。
「あ、姉様っ!?」
背中に向けられたトルテの声には振り向かず。
決して劣勢な場から逃げ出したいからではない。
今なら間に合うはず、と、皇帝に話をつけに向かったのだ。寝間着のままで。


「……えぇぇ」
気が付けば、城内は慌しくなっていた。
侍従やら小間使いやらがあれやこれやと荷物を運び始め、金ぶち入りの白いジャケットを着た高官達が幾枚もの書類を持ち立ったまま打ち合わせしていた。
そうかと思えば、通りかかった宴の間では、城のシェフらが「ここに通すならこのルートを使って……」等と料理を運ぶルートを模索していたり、大臣がどのように司会進行をするか悩んでいたりと鬱陶しい。
いずれにしても、普段の落ち着いた城内とは全く違う、非日常的な光景であった。

「あら、エリーシャさんじゃないですか」

 唖然としている中、背後から声をかけられ振り向くと、パン貴族のセーラが立っていた。
貴族らしからぬ白い調理エプロンと三角巾をつけたままの登城である。慣れたものだった。
「セーラじゃない。どうしてここに……?」
以前はよく使っていたパン屋の娘であったが、貴族となってからはあまり会う事がなく、少しだけ懐かしさを感じられた。
しかし、今はそんな場合ではないと思い返す。
「どうしてって……私、皇帝陛下がご再婚なさるという事で、ウェディングケーキの作成を申しつけられて、どの位のサイズにするだとか、そういうのの打ち合わせにきたんですけど……」
エリーシャは頭を抱えた。どうやらもう止まらない所まで来ているらしいと理解できてしまったのだ。
そう、皇室は暴走気質なのだ。止める者も居ない所為で、どこまでも突っ走ってしまう。
まさかこんな事になるなんて、と、エリーシャは途方に暮れてしまった。
「あ、そうだ。エリーシャさん、言い忘れましたが、ご婚約おめでとうございます。まさかエリーシャさんがお后様になるだなんて、びっくりです」
ニコニコと満面の笑みで祝福するセーラであったが、エリーシャはゲンナリとしていた。
「あー……はは、うん、なんか、そうみたいね。私もびっくり」
もう笑うしかなかった。抗う気力が殺がれてしまっていた。
「すごいですねぇ。エリーシャさんは普通の人とは違う気がしましたけど。でも美人さんですもんねえ。納得です」
「そうねえ……美人だからでお后様に選ばれるとかだったら、きっとそっちの方がよかったわね……」
「えっ?」
選ばれた理由がよりにもよって自分のプロポーズ。
ろくでもない。実にろくでもない理由で決めてくれたものである。そうまでやめさせたかったのか、と。
「はあ。もう、いいか」
泣きそうになったが、ここで自分ひとり無理に騒いでも誰も幸せにならないと思い、エリーシャは腹をくくる事にした。
「別に、皇族だからどうってものでもないし、そこまでして勇者やめさせたかったのなら仕方ないわ。うん、仕方ない……」
とほほ、と肩を落とす。言い知れない諦観が漂っていた。
「あの、エリーシャさん?」
「ううん、なんでもないの。ありがとうセーラ。素敵なケーキを作ってね」
エリーシャは、全てを素直に受け入れる事にした。

 勇者としても最近、腕が落ち始めたんじゃないかと思い始めていた。
少なくとも全盛期の実力は無い。老いは確実にエリーシャの身に迫っていた。
引退するには頃合なのかもしれない。勇者が十年以上生き延びる事なんて滅多に無いのだ。
父であるゼガが規格外に長生きだっただけで、大抵は名も残せず死ぬのだから、これで引退というのは勇者としてとても恵まれた事なのだと自分に言い聞かせる事にした。
折角教えてもらった衛星魔法を世に知らしめられないのは無念ながら、それは他の有望そうな勇者が現れた時に教えてあげよう、と割り切る事にした。
ごめんなさいアル・フラさん、私結婚する事になるみたいです、と。
窓の外を眺める。
星は美しく瞬き、そのうちの一つがとても強く輝いた気がした。
『いいってことよ』と。

 こうして、アップルランドの勇者エリーシャは、皇帝の後妻として迎え入れられ、『村娘から勇者を経て皇后になった女性』として世界中の女性の夢となった。
この一件をきっかけに、各地で女性勇者が爆発的に増える事となるが、そのうちのいかほどが成功したのかは知る由もなかった。
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